62.鱗がないけど、お友達になってくれる?
「……ごめんなさい」
ぽつりと降ってきた言葉に驚いた。顔を上げると、緑の手で顔を押さえている。何処か痛いのかな。心配になって手を伸ばし、勝手に触れていいか迷う。でも今聞いても答えられないよね? だから後で謝ります。そう決めて僕は手を触れた。
アスティの鱗と同じひんやりした感じで、ざらりとしている。何度も手を撫でていると、ちらっとこちらを見た。
「勝手に触ってごめんね。嫌だったらやめるよ。お菓子を受け取ってくれる?」
頷いた彼がお菓子の包みを受け取り、中に入れてくれた。サフィーは何も言わず、扉の脇に立つ。これはお仕事だから、サフィーの邪魔をしたらいけないの。アスティに教わった通り、僕は何も言わずに頷いた。案内された椅子に座る。
なんだか薄暗い部屋だった。薄いカーテンが閉まってて、灯りもちょっとだけ。でも綺麗に片付いてるし、昔僕がいた地下室より全然明るいよ。きょろきょろして、出されたお茶に手を伸ばす。
「失礼」
サフィーがさっと近づいて一口飲んだ。これもお仕事だから、サフィーの邪魔しちゃダメなの。待っていたら、お茶の入ったカップを返された。僕はお茶を飲みながら、向かいに座る緑の人を見つめる。名前聞いたら教えてくれるかな。
「あのね、僕はカイというの。お名前を教えてください」
礼儀作法のリリア先生に言われた注意を思い出し、途中から丁寧に尋ねた。
「ヒスイ、です」
「綺麗な名前だね。緑の鱗にとても似合う」
にっこり笑ったら、ヒスイは泣きだした。びっくりしたのは、僕だけじゃなくてサフィーも同じ。二人で顔を見合わせて、それから伸ばした手でヒスイの髪を撫でる。鱗より濃いめの緑の髪は硬かった。何度も撫でていたら、やっと泣き止む。
「俺は嫌われ者だから、ぶつかった時怖くて……逃げてごめんなさい。綺麗、とか……初めて言われて」
お話の内容が良く分からない。でも嫌われてて怖かったのは分かる。アスティに見つけてもらうまでの僕と同じだもの。綺麗も、アスティに初めて言われた。僕はお母さんがいてくれたけど、ヒスイは守ってくれる人がいなかったのかな。
「森色の鱗の人、透き通っていて綺麗。それが昨日からの番様のお言葉です」
サフィーがルビアから聞いた僕の話をした。驚いた顔をしたあと、ヒスイは「ツガイ、さま?」と尋ねる。気になるのかな。アスティが偉い人だから、僕はお友達がいない。アスティの部下の人や侍女の人はいるけど、僕と仲良くするお友達は見つからなかった。
先生達もお友達じゃないから、怖いけど僕からお願いする。
「ヒスイが嫌いじゃなかったら、僕とお友達になって欲しいの」
怖いから一気に言い切った。途中で言葉を止めたら、何も言えなくなりそうだった。言い切って、残ったお茶を最後まで飲み干す。ちくたくと時計の音が聞こえて、しばらく時間が経った。緊張してるからか、あまり長く感じない。
「でも俺は、蜥蜴だから」
「蜥蜴も蛇も好きだよ」
見開いたヒスイの目がきらりと光った。金色にも見える。それに縦に割けてるね、この辺はアスティ達と同じだ。同じ目じゃないから、羨ましい。
「僕はただの人だから、その目は羨ましい」
こうなった感じ、と手で縦に割けた目を説明する。瞳孔が縦に割れると表現するみたい。説明がうまく行かない僕を見かねて、サフィーがそっと囁いた。その言葉を使ってもう一度ヒスイに伝える。
「僕ね、瞳孔が縦の目が羨ましいの。ドラゴンのアスティ達と同じだもん。僕も鱗とか生えたらよかったのに」
心底がっかりしながら呟いた。そこで当初の用件を思い出す。
「鱗がないけど、お友達になってくれる?」