58.お花に触ったら噛まれた
「どうしたの? カイ」
びくっとした僕に気づいたアスティが声をかける。隠さずに傷を見せた。指の先から赤い血が溢れている。じわじわと丸い玉が出来て、もうすぐ横に流れちゃいそう。
「お花に触ったら噛まれた」
「噛む……ああ、あの大きな赤い薔薇ね」
赤いお花だったから頷くと、傷をぺろりと舐めたアスティが説明した。赤い花は薔薇という名前の種類で、小さな棘がいっぱいある。触る時は気を付けなさい、と。言われてよく見たら、花の下にある棒の部分も、葉っぱの先もぎざぎざしていた。
「綺麗なお花だから、取られないようにしてるのかな」
「ふふっ、本当にカイの考えは可愛いわ」
ちゅっと頬にキスを貰い、お膝の上に座った。見ると僕の手の傷はもう血がなくて、でも押したら少し痛い。
「吸い出しておいたから、毒はないと思うけれど。数日はちくちく痛いわよ」
「うん。いきなり触った僕が悪いからいいの」
痛いのは嫌いだけど、僕が悪いんだもん。今度からアスティや侍女の人に聞いて触るようにしよう。庭に作られた屋根の下を「あずまや」と呼ぶみたい。今日のお散歩の目的地はここだった。
「ここは何をするお部屋なの?」
「カイは何に使えばいいと思う?」
ぐるりと見回した。雨が降っても屋根があるけど、風が吹いたら寒いよね。壁がないし、窓もなかった。でも涼しいし、椅子やテーブルがあるから休める。
「晴れた日のお昼寝」
「こんな感じ?」
僕を腕に抱いたまま、アスティがごろんと寝転がる。銀色の髪がさらりと流れた。長いから床についちゃいそうで、慌てて手で掴む。汚れたらもったいないよ。
ざざっと木が揺れる音がして、他にも小さな音がいっぱい聞える。目を閉じると風が優しくて、気持ちよさにアスティを強く抱き締めた。アスティと僕、二人だけの世界みたい。
そのまま抱き合って二人で眠った。少し寒い気がしてぶるりと体を揺らしたら、アスティが慌てて起き上がる。ルビアに貰った上着を僕に着せてくれた。あれ? ルビアはずっとここにいたのかな。一緒にお昼寝すればよかったのに。
僕のお洋服を用意してくれたから、ぴったり。袖を通した上着ごと抱き上げられ、またお庭から屋敷へ戻った。アベルさんが怖い顔で待っていて、たくさんの紙束をアスティに見せた。嫌そうな顔をしながら、アスティは頷く。
「アスティ、お仕事なら……僕、ちゃんとお部屋で待っていられるよ?」
貰ったぬいぐるみと並んで、絵本を開いていたらすぐだよね。にっこり笑ったら、僕を抱っこしたままアスティが廊下に出た。お部屋を通り過ぎて、知らないお部屋に入っていく。
「女王陛下!」
「仕事はする。だがカイを同席させる」
言い切ったアスティに僕は首を傾げた。知らない言葉があった。
「どうせきって何?」
「一緒にいることよ」
説明する間に、アベルさんが大きく溜め息を吐いた。それから書類を机に積み上げ、斜め前にある別の机に移動する。あっちがアベルさんの机で、ここはアスティの机なのかな。僕はお膝の上でアスティにしがみ付いた。お仕事の邪魔にならないよう、両手両足を使ってがっちり!
これならアスティが僕を支えなくても平気だよ。そう笑ったら、アベルさんが困ったような顔をした。それから外にいた騎士の人に頼んで、小さな椅子を運んでもらう。
「番様はこちらにどうぞ」
「僕のお椅子? ありがとう、アベルさん」
「アベルで結構ですよ」
皆、さん付けて呼ばれるのが嫌いなの? 僕は不思議に思いながらも頷いた。
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6/29の更新から AM7:10に変更させていただきます。