52.僕、お勉強してもいいの!?
「宣戦布告もなしに隣国へ攻め入るとは何事でしょうか。これでは我が国を含めた周辺諸国は不安になります」
「我が番を害したナイセル国王は、一切の通知も宣戦布告もなかったぞ? このように幼く弱い番を攫った者に、何の容赦が必要か」
「知らずに攫った可能性は」
「ない。先日ナイセルの海岸で顔を合わせ、我が番に挨拶したばかりだ」
いつもの柔らかい話し方じゃなくて、アスティは厳しい言い方をする。怒ってるみたいで、触れている喉がじわりと熱を帯びた。すりりと頬を寄せて、ぴたりと張り付く。
「で、ですが、番殿はケガもなく」
「番、殿? 竜女王の伴侶に対し、随分な敬称をつけたな」
ぶわっと風が動く。ひんやりと冷たい風がぐるぐる回るのが見えた。アスティ、暑いから涼しくしたのかな。渦巻く風を見ながら、僕の黒髪を撫でるアスティ。首に回した手を、優しくアスティが掴んだ。心配そうな目に、痛くないよと笑う。本当だよ、アスティの触り方は柔らかくて痛くない。
「我が番にケガを負わせ、命を狙った。万死に値する」
言い切ったアスティが睨みつけると、使者の人はぺたんと座った。そのまま騎士の人が入ってきて、外へ連れ出す。引き摺ってるけど、足痛くないのかな。じっと見送った僕の唇に、アスティの指が触れた。
「大好きよ、カイ。我慢させてごめんなさいね」
話してもいいと微笑むアスティが笑う。その顔が大好きで、ぎゅっと抱き着いた。
「アスティ、僕のせいなら言ってね。ちゃんと謝れるよ」
「カイが悪いことなんてないわ」
「大好き」
ちゅっと音を立てて額にキスをもらう。アスティもキスも好き。僕はすごく幸せだから、アスティも幸せに出来たらいい。お月様のような銀色の髪を撫でて、ほわりと頬を崩した。
「陛下、失礼いたします」
さっきの銀と青のお兄さんが近づく。名前はアベルさんだと教えてもらった。アスティのお仕事を手伝ってる人で、偉い人なの。お勉強がすごく出来ると聞いた。頭のいい人なんだね。そう言ったら、優しく笑ってくれる。やっぱりいい人だと思う。
「ナイセル国の統合作業に取り掛かります。今後、アークライト王国と同様の問い合わせがあった場合、私の方で処理したいと思いますが」
「任せる」
アスティの短い答えに、アベルさんは頭を深く下げた。僕より低くなったのが気になって、僕も頭を下げてみる。くすくす笑うアスティとアベルさんに「頭を下げなくていい」と教えてもらうまで、ぺこりと腰を折って下を向いていた。
部屋に戻って、アスティのお膝に座り直した。こないだのおじさんの国はなくなって、海岸までアスティの国になる。地図を見ながら、アスティの柔らかい声で説明を聞いた。ここからここまで。そう示された土地は大きいのか、小さいのか分からない。地図は机に載る大きさしかなくて、今いる場所を示す印がついていた。
「アスティ、地図はどのくらい小さいの?」
「明日から一緒に勉強してみない?」
「お勉強していいの!?」
「ええ、もちろんよ。カイに必要なら、専門の先生も用意するわ」
僕、お勉強してもいいんだ! 学びたいと言ったら殴られたけど、もう平気なんだね。嬉しくて、わくわくしながらお勉強の予定を立てた。