46.遅れてごめんなさい――SIDE竜女王
取り出したナイフを叩き落としたのに、抵抗をやめない犯人に怒りと不安が込み上げた。可愛いカイを傷つけるなら、どんな手を使っても処分する。そう決意した私の前で、カイの顔が歪む。苦しいだろうに悲鳴も上げないことが、彼の心についた傷の深さを感じさせた。
過去に殴られ、蹴られ、魔物の子と蔑まれた。人と魔族の間に生まれたのは、彼の責任ではないのに。母親が亡くなってから、扱いはどんどん酷くなった。奴隷のように扱われながら、カイは必至で生きてきたのだ。その懸命さが愛おしくて、今、苦しめている男への憎しみとなって吹き出した。
「その子を離せば命は助けてやる」
名は呼ばない。最愛の名を、こんな下衆に聞かせる気はなかった。拒んだ男に腕一本で首を絞められ吊るされたカイは、それでも私を信じている。大丈夫、必ず助けるから。
ドラゴンの姿で飛んだ森、導かれるように下降した私の目に飛び込んだ猟師小屋。すでに半分ほど吹き飛んだ小屋の残骸が散らばり、上空は複数のドラゴンが旋回する。逃げられはしない。一匹のドラゴンが近づき、気を取られた男の意識が空へ向いた。
一瞬のスキを逃さず、抜いた剣先を突き刺した。肩を貫く刃を赤く濡らし、男は悲鳴を上げる。カイを殺すと口にしたその罪、簡単に終わらせてあげないわ。首を切るなんて親切な殺し方はしないと決めた。
落ちたカイはチャンスを窺っていたのか、転がってこちらに近づく。小屋の破片である扉の残骸にぶつかり、動きを止めた。手足を拘束するロープを急いで切ったが、鬱血している。白い肌に浮かんだ青紫の痣が、ひどく鮮やかだった。
痛むだろうに私の名を呼びほわりと笑う。痺れた手で触れようとするカイの指先を握り、頬に当てて抱きしめた。こんな小さな軽い体で、彼は恐怖に立ち向かったのだ。褒めてキスを送り、目を閉じたカイを抱き上げる。気を失ったカイを抱き締めた。
遅れてごめんなさい、好きと言ってくれてありがとう。青紫に染まった痛々しい手首に口付けた。
戻ってすぐに治癒を施す。じいの説教を聞きながら、カイの回復を願う。魔力を注いで馴染ませ、傷口を何度も撫でた。カイ自身の体力が足りず、急速な治癒は危険だと言われる。頭では理解できても、痛みを我慢するカイを見たくなかった。
じいに頼み、痛み止めを多めに用意させる。それを口移しで与え、共に眠りに就いた。大切な大切な番、私の命より尊ぶべき存在を……傷つけられた。その怒りは消えることがない。たとえ敵を全員屠ったとしても、胸を焦がす怒りの炎は消えないだろう。
ならば、死にたいと願うほど苦しめてやろう。我が番に手を出そうと考える馬鹿が二度と出ないよう、見せしめは盛大に行うのが正しい。私はそうして竜族を支配下に置いたのだから。