44.もうすぐ迎えが来るから怖くない
お腹も痛いし、縛られた手足も痛い。知らない場所に置いて行かれて、悲しくて寂しかった。もうアスティに会えなくなるかも知れない。そう思ったら胸が痛くて、ごろんと床に転がった。
板で作ったお部屋は隙間が多くて、あちこちから風が入ってくる。枯れた葉っぱもたくさん落ちていた。お掃除してないのかな。ざらざらする床で、鼻を啜る。
――カイ、聞こえる?
アスティだ! 大丈夫って言ってくれた。僕を探してるって。安心した僕は頑張って座り直す。アスティはお迎えに行くと言って連絡を切った。
「アスティ?」
小さい声で呼んでも返事がない。でも怖いのは半分になった。アスティが僕を探して来るの。さっきまで痛かった胸がぽかぽかする。頭に被った布の袋がないから、外の音もよく聞こえた。景色や光も見える。暗くなる頃にはアスティが来てくれると嬉しいな。
僕、暗いところに一人は嫌いなの。でも無理してアスティがケガするのも困るから、ゆっくりでもいい。迎えに来てもらうなんて、すごく幸せなことだから。
板の壁に寄り掛かる僕は、天井から下がる紐を見上げる。それから壁にある道具も。痛そうなギザギザがついた道具は、あちこちに飾ってあった。変なもの飾る人のお部屋なんだね。アスティは「小屋」と呼んでいた。
小屋の中は少しずつ寒くなっていく。外も暗くなってきて、夕日の赤い色が見えた。まだかな? 足もだけど、手の方が痛い。鼻水が出てきちゃった。ずずっと啜ったけどうまく行かなくて、肩のところで拭いた。あとで洗うのを手伝うから許してね。
がたん! 外で大きな音がする。アスティかな? でも違うといけないから、呼ばないで待つ。どきどきする僕は、開いた扉の先に立つ人影にがっかりした。アスティじゃない。
もっと背が低い人だった。男の人で、肩に大きなコブがある。髪の毛は黒くて、もこもこした背中もコブがあるみたい。丸めた腰に手を当てて入ってきたお爺さんの後ろに、また別の男の人がいた。
「この子か?」
「ああ、そうだ。連れ出すのに苦労したんだ。奮発してもらわないと」
「わかっている」
お爺さんとおじさんの会話を聞きながら、僕はそわそわする気持ちで空を見上げた。開いたままの扉の向こう、何かいる。近づいてるけど、まだ遠い。じっと外を見つめる僕に、おじさんの影がかかった。いつの間にか近くにいる。
「だれ?」
「お前を殺す男だ」
不思議と怖くなかった。アスティに会えないから死ぬのは嫌だけど、今は何も怖くないの。だって、もうすぐ来るよ。僕のところに、強くて綺麗で優しい銀色のドラゴンが……ほら、お迎えに来るから。にっこり笑って首を傾げた。
「僕、お家に帰る」
「……アホなのか?」
おじさんがそう呟いた次の瞬間、すごい風が小屋に吹き込んだ。壁の道具がいくつか落ちたし、小屋もがたがた揺れる。慌てたおじさんが僕に手を伸ばした。避けたけど、手と足が動かなくて捕まる。
「やだっ! 触んないで」
「その手を離せ、下衆が」
アスティの声がする。赤い光を背負って、銀色の髪が燃えてるみたいに光った。本当に迎えに来てくれたんだね。僕は嬉しくなってアスティの名前を呼んだ。