33.ウサギの先生にお作法を習う
アスティが婚約式をすると言ったら、侍女の人は大喜びだった。明日の予定は変更して、お洋服を作る人を呼ぶんだって。僕のお洋服、いっぱい作ってもらったのに。着ていない服もあるからもったいないよと首を傾げた。今回は凄く特別だから、特別な服じゃないとダメと聞く。それなら仕方ないよね。
午後は予定通り、お作法を教えてくれる先生のところへ向かう。女の先生で可愛いウサギ耳があるの。ふさふさのお手てだけど、勝手に触ったらいけないと教えてもらった。獣人や竜族は勝手に人の体に触るのはダメで、触りたいときは聞いて「いいよ」が返ってから触らせてもらう。もちろんお礼も必要だよ。
僕が覚えたのはこのお作法と、お辞儀の仕方。知ってるお辞儀をしてみてと笑う先生の前に座り、ぺたんと体を付けてお辞儀したら慌てて止められた。これはすっごく悪いことをした人がお詫びするときの挨拶で、普通はしないんだ。僕は知らなかった。だって、皆が僕にこれをしろって教えたから。
僕は何か悪いことをしてたんだろうか。しょんぼりした僕が教わるのは、頭を下げるけど、足のつま先を見るくらいの角度。お腹が見える角度は下げ過ぎなの。立場によって変わるけど、僕はこれを覚えておけば全部平気らしい。覚えるお辞儀がひとつなのは、簡単で助かる。
「今日は女性のエスコートを覚えましょうね。婚約式が決まったのなら、竜女王陛下の手を取る練習が必要です」
「お願いします」
覚えたてのお辞儀で挨拶する。良く出来たと褒めてくれるウサギの先生が、優しく手を差し出した。勝手に触れてはダメだから「手に触れていいですか?」って聞くのが合ってる?
「勝手に触れないのは偉かったですよ」
「うん」
返事は「はい」が普通なんだけど、アスティが「うん」でいいと言った。そうしたら誰も注意しなくなったの。一番偉いのがアスティで、その次が僕だから。僕は僕らしくいて欲しいとアスティは笑った。よくわからないけど、僕は「うん」と笑い返したよ。頬にキスも貰えた。
最近の僕は間違いが減ったみたい。何をしても怒られることはあまりなくて、危険な時だけ騎士の人や侍女の人が止めに入る。お庭もお部屋もそうだった。僕は知らないことが多過ぎて、とても助かってるの。ナイフを手で握ったら痛いなんて、こないだまで知らなかったから。
「では私が竜女王陛下の代わりを務めますので、手のひらを上にして……さっきの私みたいに出してください」
ウサギの先生の真似をして手を差し出す。すると、先生が微笑んで手を載せた。柔らかくてふかふかで温かい。
「番様は竜女王陛下に触れる際、お声がけする必要はございません。逆もです」
アスティと僕はお互いに触っても平気。何度も練習して、お礼を言ってお辞儀した。侍女の人が「素敵でしたよ、陛下もお喜びになります」と優しく笑う。あとでアスティにも手を差し出してみよう。行事の時はそうやって並んで歩くと聞いたから。
「練習に付き合ってくれるかな」
「もちろんです。陛下はいつでも番様を愛しておられます」
番様が僕の名前になったみたい。カイの名を呼べるのはアスティだけ。アスティと呼ぶのも僕だけみたい。何だか特別な気がして顔が赤くなった。アスティ、早くお仕事終わって帰ってきたらいいのに。