28.僕も役に立てることがあった
荷物は誰にも取られていなかった。ほっとしてアスティを見上げる。
「抱っこしましょうね」
そうじゃないよ。疲れたんじゃないの、でも嬉しいから頷いた。アスティに抱っこされて、近くで匂いを嗅ぐと幸せな気持ちになる。うっとりして胸がぽかぽかするんだ。だからアスティの抱っこは好き。首に手を回しても怒らないし、重いのに僕を落とさないくらい強い女王様なんだね。
近づくと、荷物の周りで番をしていた人が頭を下げる。さっと後ろへ下がった。腰に金属の棒を下げてるけど、あれは剣? あまりキラキラしていない。僕の知ってる剣はナイフの大きい奴で、表面が光ってたな。もしかしたら強くなると棒が光るのかも。
初めて見る騎士の装いに、マントが邪魔そうと眉を寄せた。歩く時裾を踏まないのかな、それにブーツも暑そうだよ。僕達みたいにサンダルにすればいいのに。長袖の服をきっちり着てカッコいいけど、汗かいてる。僕なら暑くて倒れちゃうと思う。
じろじろと上から下まで見ていたから、騎士の人も僕を見てくる。アスティに抱っこされた僕と目が合うと、にっこり笑った。怖い人じゃないみたい。
「ありがとう、でした」
アスティはうんと偉い人だから、お礼を言わない。僕はそこまで偉くないからお礼をしないと、失礼だよね。ぺこっと頭を下げたら「いいえ、お役に立てて光栄です」と頭を下げて挨拶された。いいえの後ろの「光栄」は分からないけど。
アスティがいい子ねと僕を撫でる。それから荷物を開け始めた。中には、テントや毛布も入ってる。広げた皮は大きくて、縁がぎざぎざとしていた。
「これはね、以前に退治した巨大な熊の毛皮なのよ。使い勝手がいいから愛用してるの」
熊なの? 僕をぱくりと食べてもまだ食べられそうだよ。アスティも入っちゃいそうなのに、戦って勝ったなんて驚いた。戦う強いアスティも見てみたかったな。
「大きいね」
「ええ。この上にテントを張って夜中になったら帰りましょう。朝までいるとここの国王が煩いでしょうし、貴族が詰めかけてくるのも御免だわ」
夜に帰る、朝は変な人が来るから。小声で復唱して忘れないようにしてたら、アスティがくすくすと笑った。
「手伝ってね、カイ」
「うん!」
騎士の人は手伝いたそうに見てるけど、アスティは頼むつもりはない。僕が頼まれたの! 普段何も出来ないと蹴られた僕に、大切なアスティが頼んでくれたんだ。嬉しくて大きな声で返事をした。
僕が手伝うのは、テントの棒を持ってる仕事だった。皮の上に並んだ荷物を中央に寄せて、その真ん中に棒を立てる。倒れて来ないように押さえてる役が僕で、アスティがふわりと浮いて上からテントの布を被せた。重くなったけど、ちゃんと支えたよ。
「偉いわ、さすが私の番、私のカイね。頼りになるわ」
その言葉が嬉しくて、アスティが周囲を固定するまで棒を掴んでいた。もう大丈夫と言われて手を離したけど、棒はぐらぐらしない。荷物の中から毛布を取り出して一緒に敷いた。下の砂が熱いかと思ったら、そうでもないの。
「荷物の下だったから、熱くないのよ」
「そうなんだね」
また教えてもらう。いろいろと知らなくても、アスティは嬉しいと笑うの。僕に教えることが出来て嬉しい、幸せって言うのが不思議だけど。僕もね、アスティから教えてもらうの好きだよ。優しいし、嬉しそうなアスティが見られるから。
並んで座る僕達のテントは、海に向いた方だけ開いてる。周りはぐるりと布に囲われていた。見えるのは寄せて返す波と、赤い空が暗くなっていく景色だけ。後ろの荷物を開けて、お茶のセットやご飯を取り出した。
「食べちゃいましょうか」
「うん」
お店を見て歩いたからお腹が空いたよ。開いた箱の中は、焼いたり揚げたりしたお肉と柔らかいパン、それから野菜が入っていた。
「たくさんだね」
「そうね」
「お外の騎士の人にあげてもいい?」
小さく頷くアスティと一緒に外へ出て、立っていた騎士の人に配った。お茶も渡して、半分になったご飯を僕とアスティで食べる。たくさん入れてくれたのは、お屋敷の人がこうなると知ってたから? すごいな。美味しく食べて、アスティに抱き着いて海を見つめる。
毎日、ずっとアスティとこうしていられたらいいな。




