表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/154

【サポーター特典SS】※2022/10/16公開

 偶然だった。目の端をかすめたピンクの髪に振り返る。そこから目が離せなかった。ぱっちりと大きな青い瞳、ふわふわと揺れるピンクの髪……ぴょこんと薄茶の耳が覗く。獣人か。愛らしい顔立ちだが、そこはあまり気にならなかった。


 周りの人と同じはずだ。俺が気にする奴じゃない。そう自分に()()()()()()。離れようと振り返った直後、後ろから抱き着かれる。


「見つけた! 私の番!!」


「は?」


 驚き過ぎて、他に何も出てこない。何を言っている? 番とは、獣人が固執する運命の相手とやらか。なぜ俺だと思った。それ以前に、この姿は偽装している。存在に気づくはずがないのだ。魔王になるため強引な手法を使った俺は、あちこちで襲われる。


 蹴散らすのも一興だが、毎日続けばうんざりもする。そこで魔法により気配を希薄にし、存在自体を目隠しした。この魔法を破れるとしたら、塔に住む賢者くらいだろう。


「離さないから!」


 少女が俺に抱き着いたことで、周囲に存在が認識されてしまった。あくまでも気配を薄くするだけで、消せるわけではない。注目される前に逃げようと、無理やり転移を発動させる。だが触れた少女も一緒に移動した。


「ちっ、運命だか番だか知らんが、帰れ」


 城の一室でそう告げるも、彼女は俺の腰にしがみ付いて離れない。無理やり弾くことも出来るのに、この子がケガをするかも知れないと思ったら動けなかった。溜め息をついて、近くの椅子に乱暴に腰掛ける。ついてきた少女も一緒に転がった。


「きゃっ!」


 尻餅をついた少女を咄嗟に抱き留める。俺は何をしてるんだ? 我に返って手を離そうとしたが、彼女はしがみ付いた。


「私、マドレイネと言うのよ。名前を教えて」


「嫌だ」


 即答する。何度断っても、突き放す言葉を向けても、彼女は嬉しそうに付きまとう。にこにこと笑顔を振りまく姿は、愛らしいと思うが……いや、思わない。最近俺の感情は何か不具合を起こしたらしい。むすっとした顔で肘を突いた俺に、別の魔族が指摘した。


「自分で気づいてるんだろ?」


 乱暴な口調は魔王候補の一人だった若者だ。目障りなので、睨みつけて遠くへ飛ばしてやった。苦労して戻ればいいさ。獣人を粛清したばかりなのに、俺の番が獣人だと? それもあの三角の耳は、猫系だ。馴れ馴れしい猫は嫌いだった。


 それでも目が離せなくて、気づくと追っている。先日も階段から転げ落ちそうになって、助けてやろうとしたら、くるんと丸まって着地しやがった。二度と助けないからな。そう心に決めたのに、聞こえた悲鳴に椅子を蹴飛ばして立ち上がった。


「お前があの魔王の番か? じっくり壊して……うおっ!」


 鱗はあるが竜族ではない獣人が、舌舐めずりしながら伸ばした腕を切断する。驚きの声の後に続いた悲鳴に口角が持ち上がった。普段以上に残虐な感情が湧き上がる。


「誰の「つがい」に手を触れようとしたか、思い知らせて……ん?」


 止めを刺そうとした俺は、勝手に口から零れた言葉に固まる。誰が誰のつがいだって? 倒れたマデレイネのピンクの髪が一部切れて、地面に散らばっていた。倒れた彼女は目を閉じて動かない。その姿に再び感情が沸騰した。


「マデレイネに、何をしたぁ!?」


 叫んだ直後に魔力が爆発する。魔法ではない。形を持たぬはずの魔力が、物理的な存在感を得た。黒い魔力が突き刺さる先で、鱗を持つ獣人が粉々になって散る。まるで焼け落ちた灰が飛ぶように、壊れた砂の像が零れ落ちるように。


 ああ、俺はとっくに気づいていたのか。囚われたくなくて足掻いても、番の運命から逃れられない。気づいたら、マデレイネへの感情が溢れた。


「痛むか、マデレイネ」


「……やっと呼んでくれた……いててっ」


 ケガをしているのに、笑って身を起こそうとする彼女を抱き起す。逃げられぬよう足を切られたらしい。ムッとした顔でそのまま抱き上げ、大股で歩き始める。治癒が得意なのは誰だったか。いや、誰かに見せたり触れさせるのは腹立たしい。俺が治す。


 一度認めてしまえば、ずっと欠けていた俺の心にぴたりと彼女は嵌った。最初から、この喪失感は彼女がいないことが原因だったかのように。


「あのね、番って言ってくれて嬉しかったの」


 照れたように笑う彼女の猫耳が、髪に隠れるほど倒れる。その照れた所作に釣られて、耳に唇を当てた。びくりと肩を揺らすマデレイネを逃がさぬよう、しっかり腕に閉じ込める。


「シグルド、だ。呼ぶのを許すのはお前だけだ、マデレイネ」


 お前と呼んだ響きに目を伏せた番に、俺は躊躇いなく名を付け足す。途端に輝く青い瞳が俺の心に沁みた。世界など手に入れても心は満たされない。俺はマデレイネに会うために、世界制覇を考えたのかも知れないな。


 以前なら考えもしなかった、平凡な幸せがここにある。それを得難く大切な物だと感じた。


 ――番を得た残虐魔王は改心し、傷つけた民に謝罪と贖罪を約束した。世界は穏やかに平和を享受する。それはもしかしたら、存在しなかった可能性がある未来。







*********************

カクヨム、10月有料サポーター様のリクエストSSです。

1ヵ月以上経過したので、公開しました。

シグルドとマデレイネの番としての出会いif編です(*ノωノ)なんか照れちゃう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ