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外伝1.あの出会いは偶然かしら

 夫シエルに出会ったのは、偶然だったのかしら――。


 私は貴族とは名ばかりの貧乏男爵家に生まれ、平民と変わらぬ生活を送っていた。不幸だと思ったことはないわ。


 豪華な王宮の夜会は知らないし、ドレスだって2着だけ。普段は絹じゃなくて、綿のワンピースだった。お母様が縫ってくれたワンピースは、着心地がよくて好きよ。絹じゃ街を気軽に散策できないもの。すぐに汚れてシミになってしまうわ。


 お裁縫で家計を支える母が過労で倒れ、金策に駆け回る父も後を追うように亡くなった。男爵で見栄も必要ない我が家で、どうしてそんなにお金が必要だったのか。両親の死後に知らされたのは、私の婚礼費用を貯めた金庫の存在だった。相続した金庫で光る数十枚の金貨、これが両親の対価なの?


 悲しくて切なくて。私には貴族の奥様は無理よ。だから働き者で優しい平民と結婚したかった。何度もそう告げたのに、両親は強がりだと思っていたのね。届かなかった言葉は、すれ違いを生んで……二人とも儚くなってしまった。


 金貨なんて要らないわ。両親を返して。強くそう願い、叶わない現実に絶望した。


 小さな屋敷を守りながら、使用人のいない生活を繰り返す。働く食堂での稼ぎで、ギリギリの生活は苦しい。それでも屋敷を手放す気はなくて、遺産の金貨も手を付けたくなかった。


「……どなた?」


 家の前で顔色の悪い青年を拾ったのは、そんな鬱屈とした日々の中。整った顔立ちと雨に濡れた黒髪、細くて女性のような手足の彼を、引きずるように屋敷の玄関へ運んだ。客間まで運ぶのは無理で、毛布を運んで包む。


 助けを求める人がいたら、全力で助けなさい。その徳があなたを幸福にしてくれる。母の教えを守って、私は彼を介抱した。どうせ盗まれるような財産もない。殺されるなら、それも運命よ。そう腹を括れば、恐怖心はなかった。


「助けてくれてありがとう」


 朝まで額を冷やし、はだけてしまう毛布を直しながら玄関で過ごした私は、明け方にうたた寝したのね。彼の声で飛び起きた。


 開いた瞳の色は赤、鮮やかで美しく……魅入られてしまった。一目惚れって、本の中だけだと思ったわ。


「お名前は?」


「シ……シエル」


 彼はなぜか言い淀んだ後、シエルと名乗った。きっと事情があるんだわ。雨で濡れて汚れていたけど、仕立てのいい服を着ている。それに所作も綺麗だった。どこかの貴族かしら。


「あなたは?」


 尋ねられて「ルイース」と答える。父が亡くなり、未婚の令嬢のみが残った我が家は、もう貴族じゃない。没落した家名を名乗る気はなかった。


「ありがとう、ルイース」


 微笑んだ彼に、体調が良くなるまで一緒に暮らして欲しいと告げた。不思議そうな顔をされ、両親が亡くなって寂しいし、女性一人で暮らすのが怖いと口にする。見えすいた嘘にシエルは微笑んで頷いた。


 僅か数日で恋を自覚し、彼から告白されて結婚する。身を任せて子を宿し……何もかもが順調に思えた。あの日までは――。

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