135.迎えに行くわ――SIDE竜女王
カイが消えた――その一報を耳にした瞬間、世界が白黒になる。崩れるように座った執務椅子が、ぎしりと軋んだ音を立てた。
「状況を説明してください」
焦った声ながらも、アベルはさらなる追加情報を求める。剣術の指導はボリスが行った。あれほどの強者を倒して、カイを攫う? 疑問はすぐに解消される。
剣術の指導が終わった後、護衛のサフィーやヒスイと共に水浴びに向かったらしい。生け簀を兼ねて魚を放した池があるのだ。そこで水浴び直後に、カイはなんらかの魔法で飛ばされたという。
落ちていたタオルを拾えば、魔力の痕跡があった。現在ラーシュが解析中との説明で締め括られる。それ以上の情報はまだ手元にない。
「鱗は持っていたのか」
「確認させます」
ヒスイが呼ばれ、泣きながら彼が話す説明によれば、首から鎖を下げていた。毎日部屋を出るときに、ヒスイと互いに見せ合って確認するらしい。ほっとして大きく息を吐き出す。賢いカイのこと、目が覚めれば鱗を使って私を呼ぶだろう。
アベルも安堵の表情を浮かべたが……カイの声はなかなか届かなかった。助けを呼ぶ状況ではないのか、まさか鱗が手元にないのかも知れない。徐々に考えは悪い方向へ流れていく。
「居場所を突き止めたぞ!」
飛び込んできたラーシュは、握り締めたタオルを振った。最後にカイが使った、魔法の気配が残る証拠品を彼は机の上に叩きつけた。
「面倒臭い誤魔化しが施されてたが、追跡できた。獣人が拝む塔の中だ」
獣人達は自らの国家を立ち上げた後、ひとつの塔を建てた。それは虐げられた彼らの決意表明であり、象徴でもある。その塔には部屋がいくつもあり、失われた秘術を伝承する魔術師が住んでいると……。
聞いたことはあるが、実際のところは不明だった。前魔王が使った憑依も、この塔の技術が漏れ出したものと言われている。彼らが口を噤んだため、本当のところは不明だった。
「カイの救出に向かう」
「おいおい。竜女王が攻め込んだら、戦争になっちまう。それじゃカイが泣くだろ。この魔法陣を再構築して、直接飛び込むぞ」
攫われたカイの場所に、直接? 魔法や魔術は極めると、ここまで出来るのか。圧倒的な力を誇る竜族では、手を伸ばすことのない魔術を引っ提げて、ラーシュはにやりと笑った。
「どうしてそこまで」
協力するのか。尋ねる私に、彼は不機嫌な表情を浮かべた。
「気に入らねえんだよ。俺がいる場所で、可愛がってる弟子を攫われるなんざ……俺の面目丸潰れだろ」
「……なるほど。それを言うなら、最強の竜女王の肩書きも泣いているな」
不思議なことに、くすっと笑いが漏れた。カイを助ける目処がつき、最高の助っ人が現れた。物理的な力は私が、魔術に関してはラーシュが担当する。これ以上のコンビはない。
「何人飛ばせますか」
「あと二人、イェルドも連れていくから一人か」
「俺が行く」
ボリスが立候補し、カイ救出班が決まった。私、ボリス、ラーシュ、イェルド。これ以上ない布陣に、アベルは静かに一礼した。留守を任せる、そう告げてラーシュの魔法陣に乗る。
待っていて、カイ。これから迎えに行くわ。