130.きちんと断るのが正しい
お屋敷には、いろんな人がアスティを訪ねてくる。強い竜族の女王に頼み事がある人、何かのお礼を持ってくる人、王族や貴族の使者として訪れた人。
仕事の時のアスティは厳しい話し方をする。それを見るのが大好きだった。覗いてたのがバレて、アスティが椅子を用意してくれた。隣に並べられた椅子に腰を下ろし、アスティを見つめる。
きびきびした口調で、いろんな人を傅かせる。竜女王として役目を果たしているのです、とアベルが誇らしげに語った。僕にだけ甘いアスティも好きだけど、カッコいいアスティも大好き。うっとり見つめる僕は、妙な感覚に周囲を見回した。
誰かが僕を見ていた? そんな気がしてぐるりと周囲を確認するけど、分からない。でもアスティの眉が寄って、一箇所を睨んだ。
「あっ」
僕も同じ場所を見て気づく。あの子だ、睨むみたいに僕を見ていた。ピンク色の髪に青い瞳の女の子は、僕より少し年下かな。
「竜女王陛下?」
「ああ、それでいい。任せる」
公式の場だから促すように呼ぶアベルへ、淡々とアスティは答えた。その声は機嫌が悪い時の響きだ。手を伸ばして、椅子の肘掛けに置かれたアスティの指先を握る。ふわりと眉間の皺が解けた。
「ふふっ、やはり椅子を用意して正解だったわ」
「ありがと、アスティ」
仕事中に僕がいることを許してくれて。こうやって隣に居場所も用意された。僕は愛されてる、そう実感できて嬉しい。だから僕はすぐに忘れてしまった。
ピンクの髪の少女より、アスティのことで頭がいっぱいなの。いつだって、アスティが一番だ。鱗の少ない指先は僕より冷たくて、温めるように両手で包んだ。
「カイ様」
こっそり呼びに来たヒスイに頷く。ラーシュ達の授業だね。アスティに「行ってきます」と挨拶して席を立った。ちょうど使者が下がり、次の謁見までの時間が空く。頬にキスをして、僕もキスをもらった。
これで頑張れる。ヒスイと一緒に魔術の授業に向かう。廊下に出た僕達は、いつもより急いだ。足早に廊下を歩くと、後ろから走り寄る音がした。ヒスイが僕を引っ張る。
「何者だ!」
「あの……」
怖い声を出したヒスイは、僕の護衛を兼ねている。だからお屋敷の中でも、常に短剣を持ち歩いた。抜いてはいないけど、しっかり柄を握る手に僕は自分の手を重ねる。
「何か用? 僕達は急いでるんだけど」
「好きです」
「……誰を?」
「あなたを」
言い切った少女は、獣人みたい。小さな獣耳があった。どの獣人かは、ちょっと勉強不足で判断できないけど、三角の耳はぺたりと垂れている。
驚いた顔で固まるヒスイの前に立ち、僕はきっぱりと引導を渡した。勘違いして追いかけられても困るから。もしかたら、アスティに誤解される原因になるかも。そう考えたら、きちんと断るのが正しい。
「ありがとう。でも僕は大切な人がいるから、ごめんね」
前半部分で目を輝かせた少女だけど、後半で項垂れた。後ろにある尻尾もしょぼんと下を向く。可哀想と思うより、理解してくれて安心した。
「じゃあね。急ごう、ヒスイ」
「はい」
ヒスイと手を繋いで走る。本当は廊下を走ったらダメなんだけど、もうラーシュ達との約束時間を過ぎていた。完全に遅刻だ。焦った僕達は、後ろの少女を置き去りにした。彼女が何か呟いたけど、聞こえなくて。言い訳みたいだけど、本当に急いでたんだよ。