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106.素直に明け渡すがよい

 知らない人に応えてはいけない。ついて行ってはダメ。僕がアスティと約束したことだよ。でも誰もいないし見えないし、音も聞こえない場所は嫌い。


 ――ここへ来るのだ。


 また呼ぶ声がして、僕は首を傾げた。歩けないし、手も動かないから移動できない。アスティの声が聞こえないのに、この人だけ聞えるのは変だよね。何だか怖い。きっと手を取ったらいけないんだと思う。


 逃げるように寝転がってもぞもぞしていたら、上からぐいと床に押さえられた。苦しいから暴れるけど、押さえる力は緩まなくて。ばさりと羽の音がした。


 ――ガキの扱いなど知らぬが……ふむ、依代としては上質だ。光栄に思うがよい。そなたのその手を赤く染めてやろう。


 半分も意味が分からない。ただ「よくない」と気づいた。きっとこの人は悪いことをするんだ。僕の手を赤くするのは、ぬるっとした血のこと? 僕はそんなの嫌だ。叫んで暴れる僕を簡単そうに押さえたまま、上の人は冷たい手で頬を撫でた。


 怖い、気持ち悪い、吐きそう。


 ――食らってやる故、素直に明け渡すがよい。


 何を? どうして、なんで? いろんな疑問が湧いて、全身が痛くなった。声も出ないくらい痛くて、小さく震えながら丸まろうとしても力が入らない。体を誰かに食べられた感じ、さっき食らってやるって言ったけど、大きな誰かに食べられたのかな。


 アスティにもっと抱っこして欲しかったし、大好きっていっぱい言いたかった。何もかもが痛い中で、僕は大切な人達を思い浮かべる。ヒスイ、ルビア、サフィー、ボリス、アベル……アスティ。僕を番に選んで、好きになってくれて、大切にされた。ありがとう。


 ぽろりと涙がこぼれて、僕は痛みの中に沈んでしまった。体も心も全部痛い。引き裂かれたみたい。眠ることも出来ず、ただぼんやりと転がる。ここは暗くて怖いよ、アスティ。早く迎えに来て。


 見えないし聞こえない。さっきの男の人の声も響かなくなった。手や足も動かないけど、痛いから形があるのは分かる。息をすると胸や喉が痛くて、目を閉じた目蓋も痛かった。こんなに痛いなら、体が無くなっちゃえば……そこで慌てて首を横に振った。


 絵本にあった。悪い言葉を使うと、その通りになる。だからいい言葉を使わないとダメ。僕が無くなってしまえと言って、体が無くなったらアスティが泣くもん。アスティが泣くくらいなら、痛くても我慢できるよ。大丈夫……僕、我慢する。


 今までだって我慢できたんだから、少し柔らかくて温かい場所にいたから勘違いしたの。アスティが迎えに来るまで頑張るから、絶対に僕を助けてね。出来るだけ体を丸くして、冷たい銀色の鱗を思い浮かべながら楽な姿勢を探した。


 大好き、アスティ。ずっとずっと、僕はアスティを待ってるからね。

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