99.呪いに似た邪法――SIDE竜女王
可愛い番の変化に気づけない私ではない。カイは眠ることを恐れていた。悪夢に魘されて目覚めることも多く、その度に泣き出しそうな顔をする。昼寝を共にするヒスイも心配し、解決の糸口を探ることにした。
なかなか眠ろうとしないカイも、体力の限界が来れば眠る。そのタイミングで、魔族のラーシュを呼び出した。先日のイース神聖国襲撃で顔を合わせた彼は、魔術に関してトップクラスの実力と知識を持つ。
魔術や魔法に関して、魔族以上に知る一族はいなかった。最初は忙しいと断った彼も、カイのためと聞いて駆け付ける。失神するように眠ったカイを調べ、ラーシュは眉を寄せた。
「ひとまず眠らせるなら、このお茶を飲ませろ。夢を見ないはずだ。それから……竜女王にだけ話がある」
アベルやボリスには聞かせられない。そう口にした男は、真っ直ぐに私を見つめた。何か切羽詰まった危機感を漂わせるラーシュは、部屋の隅で厳重に防音魔法をかける。そこまでして秘匿する情報があるのか。
おそらくカイに関する話だろう。見当はついていた。だから心を落ち着かせて待つ。言い淀む彼はそれでも最後まで説明した。耳にしたくない言葉の羅列を、私はただ受け止めるしかなく……。
「本当にそのようなことが」
「分からん、が起きない保証がない。あの子は間違いなく、先代魔王の子だ」
思い浮かべたのは、私が止めを刺した男の顔だ。人族や獣人を迫害し、同族である魔族も虐殺した。顔は整っているが、残虐な本質が滲んでいる。冷たい目をした彼は魔王になり、獣人と竜族の間に生まれた子を殺した。
竜族は同族の結束が固い反面、興味がないことに動かない。他種族が大量虐殺されようと、あの頃の私は関係ないと考えた。しかし同族の血を引く子どもが死ぬのは話が別だ。
ドラゴンの血を引く子は、混じって生まれることがない。ドラゴンとして生まれるか否か。選択肢は二つしかなかった。獣人の母が竜族の夫の子として、竜族を産んだ。半竜が存在しない以上、生まれた竜族の赤子は純粋なドラゴン。
殺された子の仇を討つと息巻く父竜を宥め、代わりに戦ったのが私だった。一族の長である女王が先陣に立つのは、ドラゴンの誇りである。あの男を倒した最後に足元に浮かんだ魔法陣、覚えていた。あれが今回の騒動に繋がると聞いて、額を押さえて呻いた。
「よりによって、カイに」
なんてこと。可愛いあの子にすべてを背負わせてしまった。私の業であるべき呪いが、愛しい番に背負わされる。己の心臓を貫かれるより辛い事実だった。
「助ける方法は?」
「分からない。あんな邪法、初めてで……少し時間をくれ」
ラーシュは前魔王の空席を埋めるべく選ばれた候補の一人だ。実際には蹴って自由を選んだが、それだけの実力者が知らない呪い――あの子の笑顔を守るために、命を懸ける覚悟は出来ている。
「悪いが、頼む。出来るだけ早く」
「ああ。俺もあの子は気に入っているからな」
義理ではない。自らの意思で動いていると口にして、ラーシュは転移で消えた。見送った私はカイの元へ戻り、眠る可愛い番の頬にキスを落とす。
「大丈夫よ、必ず方法を見つけて守るわ。愛してる、カイ」
きつく閉じた瞼の裏で、血塗れの魔王が嗤った気がした。