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「あのあたりです」
指差した先には、なんの変哲もない樹冠が広がっている。
樹冠すれすれに飛ぶ白龍はまるで水面を泳ぐ蛇に似ているのかもしれない。うねるように流れるように、優美にも見えるに違いない。短い手足で地上を歩く小さな龍を見たことはあるが、あれはやはり空の生き物なのだろう。
見覚えのある岩山を指差すと滑らかに龍が下降した。
天井のない広い空間に優美なカーブを描く赤い屋根。
どうしてこれが見つからないのか。
不思議な屋敷は迷い家だからなのだろうか。
ぼんやりと眺めていると、ふたりは龍を引き連れたまま進んでゆく。
「どうした来ないのか」
「でも………」
高貴な方々に乞われて案内したのだ。もう自分は立ち去るべきだろうと考えていた。それに気づいたのだろう。
「暮れも近い。若い娘が山道をひとりは我らが心穏やかではおられぬ」
そう言われては、逆らえるはずもない。
ふたりに遅れて、ついてあるいた。
季節もばらばらな花々が庭一杯に咲き誇る中を、蝶や蜂が優雅に飛び交っている。
大きな池には朱色の欄干を持つ橋がかけられ、菖蒲や水仙が縁を飾る。水の中には魚が放たれているだろう。それらを狙ってか、青いキラキラとした羽を持つ鳥が岩に止まる。鳥といえば、家禽が放たれ、犬や猫が走り回り、遠くから牛や馬の鳴き声が聞こえてくる。
空は青く、不思議なことに中天にかかったままの太陽が暖かな日差しを投げかけていた。
鄙びて穏やかな、それでいて雅な不思議な空間だった。
「それでは………と」
菊の直衣の男が歌うように呟いた。
「寝まれる部屋を決めてしまいましょう。湯殿はその後に」
恭しく告げるその美声。
「わかった」
鷹揚にうなづく青紅葉の襲の男がふと気づいたと、
「そういえば、このものは?」
懐から取り出した蝙蝠扇で私を指し示す。
「サンカのものでございます。ここまで案内してくださいました」
穏やかな声に、
「そうか。大儀であったな。労いに褒美を取らせねばな。用意はできようか?」
どこか途方に暮れたような風情の男に、
「ご心配には及びませぬ」
労るような声だった。
静かな屋内に、青紅葉の君と菊の君、それに私だけが存在する。しかし、私がそこまで手を入れているわけでもないのにいつも綺麗に整っていた。
私は、ふたりに買われた形でここに部屋を賜ったのだ。
本当ならばあの次の日、私はサンカの母のために売られるはずだった。
私を拾い育ててくれたサンカの父母。その母が病にかかった。それは、山にある草や木の根などでは到底治るものではなく。枝神殿の神官たちでも手に負えるものではなく。高価な薬を購うために人買いが来る予定だったのだ。
けれど。
本名は知らない青紅葉の君に問われるがままに語った身の上に酷く心を痛め、薬と少なからぬ金子を与えてくださったのである。
あの日捕まえた魚籠いっぱいのウナギとそれらを持った私は、同じく名を知らないままの菊の君に塒に連れていかれ、使用人として買われたのだった。




