メイド斡旋所
時は架空の18世紀のイギリス。
国王の長男誕生をきっかけとして
ベビーブームが起こり、
爵位を持つ貴族たちの間でも
それが加熱した。
その後20年。
あっちもこっちも爵位持ち。
石を投げれば男爵に当たる。
王家の血を引くものが多すぎて
領地の広い狭いでいちいちいがみ合う。
まあ、平民には関係のないことだが。
貴族のお屋敷多すぎて、仕える者が足りていない。
特に特別なスキルを持つ優秀なメイドが足りていない。
足りなければ教育するまでだが、出来たら
即戦力が欲しい。
そんな貴族の要望を汲み、中央でそんなメイドの
斡旋所が建設された。
言うなればメイドを派遣します、ということだ。
これは就労にとって有益だった。
お屋敷としては雇うに困らないし、
働き手としても経験を積むのに最適であった。
ただ、「優秀なメイド」というのはどうしても
足りなかった。
彼女もそんな残念なメイド志願者だった。
名前はヨーデル・エリア。
田舎は架空のスイスだが親元を離れ
郊外の古いアパートに借家して暮らしている。
幼い時に見た気品のある貴族に憧れて
どうしてもお屋敷に務めたかった。
能力は悪くない。
この時代、最適な方法で紅茶を淹れられる
エキスパートはそんなにいない。
彼女は茶葉の種類や抽出の方法、最適な温度まで
確実に出す。
しかし彼女には別のスキルがあったのだ。
「ドジっ子属性」
とにかくミスが多い。
多すぎて話にならない。
食器をひっくり返すやら
窓から落下するやらろくなことをしない。
何人もの貴族がひやひやしたことだろうか。
そのため彼女を雇おうとする貴族は皆無となり
まともなパンも食べられない身となった。
パン屋のくれる余ったパンの耳が
なんとありがたかったことか。
だが、ここにきて彼女、ヨーデルに転機が訪れる。
「ドジっ子属性ありでも構わない、紅茶を淹れろ。」
メイド斡旋所にもたらされた求人票。
彼女は大根のように抜いた。
「天職キタ――(゜∀゜)――!!」
パンの耳だけでは栄養価が低い。
そもそもお風呂にも入れないなんて
若い女子として終わっている。
貴族の屋敷に住み込みで入れれば
衣食住心配ないし。
きっと女子力も上がる。
男の子にもモテるようになる。
そんな期待を込めて。
実際はそんなに甘くはなかったのだが。
第一関門は家政婦。
「あなたね変なスキルのある子は。」
「変じゃありません、役に立つスキルもあります。」
「だったら見せてみなさい。あなたが役に立つって
証明してお見せなさい。」
初仕事。
紅茶淹れ。
茶葉に適度の温度でお湯を入れ、蒸らす。
その時に茶葉が舞うようにしていれば
たいてい間違いはない。
どこで勉強したでもなく、ヨーデルは経験的に
それを知っていた。
英知はドジっ子属性をも打ち消す。
彼女はそれを示した。
「悪くないわ、合格。」
家政婦はティーカップを置き、そう言った。
認められた。
かどうかは中々わからないが、
晴れて雇い主であるハインリヒ子爵と
顔合わせ出来ることになった。
ハインリヒ子爵は、言われなければ
何もしないタイプの怠け者であるとの噂があった。
紅茶に目がなく、しかしお茶菓子は食べない。
そのためひょろっとした体格で、そして貴族特有の
威圧するような強い瞳の持ち主だった。
だから、ヨーデルは目が合った瞬間硬直した。
「わわっ!」
蛇ににらまれたカエルのごとく。
「誰が蛇だ、お茶を淹れろ。」
「はい!」
きびすを返す。
給仕室には一定の温度のお湯がある。
先ほどしたように、紅茶を適度な方法で
抽出すればいい。それだけのはずだ。
ただ、緊張して足がガクガクする。
こんな緊張は久しぶりだ。
ついでに言うと、働くのも久しぶりだ。
前の主に言われた。
「おまえはいらない。」
それが今になっても心臓に残る、拳銃の
鉛玉のように苦しみを与える。
「(私はいらなくなんてない!)」
込めろ、想いを込めろ。
否定されても進め。前に進め。
未来の予知は出来ない。
「今」を真剣に生きるしかない。
生きることでしか存在証明できないのだから。
かくして、紅茶が出来上がったと思う。
我ながら完ぺきな味わい。
ただひとつ、作り過ぎてしまった。
子爵一人では飲みきれないだろう。
しかし運んでいかなければ行けないじゃないか。
本来なら給仕用のワゴンでポットを運ぶのだが、
あいにくどこかへ行ってしまっている。
ならば直接ポットを手にもって行くしか
ないではないか。
ティーカップも温めないと。
妙なところが抜けてしまっていた。
さいわいティーカップはそんなに冷えていない。
真冬ではないのだ。
温度は少し下がってしまうけれど、
お茶の温度で相殺できると思う。
問題は運ぶことか。
ヨーデルはポットを片手に部屋を訪れた。
じゃっかん危なっかしい足取り、
あせっているのかも知れない。
実際は誰があせらせたかではなく、
問題は自分の中にある。
「子爵さま、ただ今お入れ....!」
信じがたい事が起こった。
ヨーデルはけっつまずいて体勢を崩した。
このまま行くとただ転ぶだけでなく
持っているポットごと子爵を直撃する。
ついに今までやったことのないタイプの
ミスをする。
自分の主人を傷つけるのだ。
それはやってはいけない。
ヨーデルは大きくひざを折り、
半ばお腹にポットを抱くようにして大きく転んだ。
ヨーデルの体に約60度の紅茶がかかり、
何とも言えない高貴な香りがあたりに充満した。
やけどはしていない。
だが、この失態、どうしたものか。
とりあえず下がる、下がって交代する。
着替える、そのあと子爵にお詫びする。
そんなことで許されるとも思えないが、
そうするしかないではないか。
「申し訳ございませんでした!」
ヨーデルは謝罪した。
もうここに来なくていいのかも知れないと思った。
だが、子爵の言葉はまったく変わっていなかった。
「とりあえず紅茶を淹れろ。話はそれからだ。」
ここまで来て紅茶か。
それでお気が済まれるのであれば。
給仕用のワゴンが戻ってきた。
やっぱり試す系の意地悪だったんだな。
お茶を丁寧に淹れなおして。
今回も、これからも転ばないでいよう。
今日の日はさようなら、また逢う日まで。
そんな気分。
子爵の前でポットに入れた紅茶を注ぐ。
子爵は茶菓子を食べないので
砂糖なしのストテートティー。
「ありがとう。」
言葉を言ったか言わないかのタイミングで
紅茶をティーカップからこくりとひと口。
「これは...じょうずに出来たな。」
「えっ?」
「香りが高い、ここまで活かせるのは尊い。」
なんと子爵さまからお褒めの言葉をいただきました。
これが将来を決めてしまう程の威力を持っては
いないと思うけれど、久しぶりに褒められたな。
スキルを極めるといい事あるんだな。
と思いながら、夜、布団の中に入れたのであった。




