表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫百合荘のナイショ話  作者: 嬉椎名わーい
4/6

4、雨とムチと告白

雨の中、紅鬼(くき)は場末の安アパートの前に立って、崩れそうな木造の建物を見上げていた。

ハイヒールの音を響かせて階段を上る。

23号室。呼び鈴を鳴らす。

コートの下は体にピッタリしたセーター、ミニスカートに黒タイツ。

こんな格好で訪問していいのかどうかわからなかったが、とにかく急いで駆けつけたのだ。

「どなた?」

ドアを薄めに開けてのぞいた顔は、まだ少女といってもいい年齢の、日焼けしたかわいい顔。

だが目つきは鋭く、追いつめられた野生動物のように警戒している。

「あの、突然すみません。こちらに薬師寺真琴(やくしじ まこと)さんはお住まいですか?」

警戒のオーラが強くなった。「どちらさんですか!」

「私、獣畜振興会という団体の・・・」名刺を取り出す。

風太刀紅鬼(かざたち くき)といいます」少女に渡そうとして、引っこめる。

「ちょっと待って」ペンを取り出し、名刺の裏に「X13'」と書きこんでから、あらためて渡す。

少女はそれを受け取ると、いったんドアを閉めて施錠した。

紅鬼はドアの横の窓に移動して、耳をすませる。

「だれなの?」と、弱々しい声が中から聞こえる。

今しがたの少女が、「ミニスカートにハイヒールの、すげー美人のおねーさん! でも目が冷たいし悪人顔だし、きっと奴らの仲間だよ!」

ショックを受ける紅鬼、両目をモミモミやわらかく揉みほぐす。

「お通しして」と窓の中の声。

ドアが開き、「どうぞ」

紅鬼はハイヒールを脱ぎながら、「あなたは真琴さんと、どういうご関係で?」

「少女」は思ったより肉づきがよく、けっこう大人であることがわかった。

敵意のこもった目で、「用心棒です」


薬師寺真琴は寝床に半身を起こし、カーディガンをはおっていた。

やつれてはいるが、じゅうぶん美しい。

「私がX13ダッシュですが・・・ それをご存知のあなたは、お味方ですね?」

紅鬼が近よると、「用心棒」が真琴との間に割りこむ。

差し出された座布団に腰を下ろすと、「あなたをずっと捜してました、真琴さん。あの内乱の後、世の中が混乱して、あなたの行方もわからなくなり・・・ 無事でよかった! お体の調子はどうなの?」

「どうにか退院できました・・・ 流産したんです」

紅鬼が立ち上がろうとすると、「用心棒」の手が肩に置かれ、押さえつける。

かなりのパワーで、立つことができない。

「急に動くな! 私はこれでも元・女子レスラーだから。逆らわない方がいいよ」

湯香(ゆか)!失礼でしょ!」

怒られた「用心棒」は、しゅんとなる。

紅鬼は真琴のそばににじりよって、その手を握る。

「ご苦労をおかけしましたね・・・ でも、あなたたちがもたらしてくれた情報が日本を救ったんです! あなたたち2人が・・・」

真琴は涙を浮かべてほほえみ、「そこの湯香が私を助けてくれたんですよ。危ないところでした・・・ 私も『X13号』同様、殺されるところでした・・・」

湯香「私がもっと早く駆けつけてれば、おなかの子も助けられたのに!」

その悲痛な叫びに、紅鬼は「用心棒」の顔をまじまじと見直す。(この子は真琴さんの何なんだろう・・・)

「とりあえず」バッグから封筒を取り出す紅鬼、「当座のお金と・・・ それから真琴さん、自動車でなら移動できそうですか? もちろん今日でなく、もっと天気のいい日に。マンションにあなたの部屋が用意してあります。私の仲間も住んでますから、あなたの世話をしてもらう。生活費も心配いりません。あ、それと念のため大きな病院で、もう1度検査受けましょう」

話を聞きながら湯香は、どんどん寂しそうな顔になってきた。

それに気づいた真琴、「急な話なんで、どうしたらいいのかわからないんですけど、あの・・・ 私、この子がいっしょでないと・・・」

湯香を指さす。

紅鬼「あ、そう・・・ 2人で住めそうか確認して、また来ます。そちらもなるべく引っ越す方向で準備しといてください。今日はこれで」


湯香が見送って、2人でアパートの外へ。

紅鬼「カッコよくてかわいい用心棒さん。あなたも彼女といっしょにマンションに入るなら、念のため身上調査をさせてもらいたいんですが。あと、あなたにも聞きたいことがたくさんある・・・ 来週どこかで時間取れませんか?」

湯香「あんたさあ、いったい何なの? 私がアンティファの手から真琴さんを救い出して、病院に入れて、建設現場で働いて真琴さんを養ってきたんだ! それをいきなり・・・ そりゃ、いいマンションに引っ越した方がいいのはわかるけどさ! 私の稼ぎは少ないけどさ・・・ そもそも真琴さんはいったい何に関わってたんだよ?」

紅鬼「彼女から聞いてないの?」

湯香「詳しいことはまったく。ていうか真琴さん自身、詳しいことわかってるのかどうか・・・ たぶんバックに警察か公安がいるんだろうと思ってたけど」

紅鬼「ご推察の通り、警察か公安っぽいのがバックにいるんです」

湯香「ウソつけ!あんたぜんぜん警察じゃないよ! 私んちも父親が警察官だからわかる・・・ 獣畜振興会って何なの?」

紅鬼「ホースレースの収益金を、日本の畜産業の発展のため運用しております」

湯香「あ、なんか思い出した。聞いたことある・・・ 獣畜振興会、たしか右翼の・・・ 日本の右翼には2人のボスがいて、1人はロッキード事件のナントカって人、もう1人が獣畜振興会の・・・一日百善!とか言ってたジイサン・・・」

紅鬼「けっこう物知りですね。私、養女になるまで、そんなこと知らなかったわ笑」

湯香「あんた怪しすぎる・・・ いったいぜんたい、どういうわけで真琴さんとぬらりー先輩をアンティファに潜りこませたのか、話してもらおうか!」

紅鬼「部外者のあなたに話せると思いますか?(というか私もよく知らないし)」

湯香は傘を放り出し、「女に暴力はふるいたくないんだけど・・・ 私の関節技は痛いよ!というか関節外れちゃうよ!」

手指の骨をコキコキ鳴らす。

紅鬼はバッグから丸めた「何か」を取り出すと、ビシイッ!

転がってる湯香の傘が弾かれて宙を舞い、クルクル回りながら湯香の上に落下。

バシュッと、もう1回地面を打った何かは、再び丸まって紅鬼の手に・・・ それは革の鞭。

青ざめる湯香、(ムチ使いかー!)

紅鬼「またお会いしましょう」

歩き去るその後姿を、悔しそうに見送る湯香であった。



その後、湯香の信用調査も完了して、真琴とともに伊東マンション303号室に引っ越してきた。

隣室の302号室には夜烏子(ようこ)とクリスのカップルが住んでいた。

真琴の世話から家事から、2人が全面的に手伝ってくれる。

何よりうれしいのは、ゆっくりお風呂に入れること。

アパートにいたころは真琴は銭湯にも行けなっかたので、湯香が毎日きれいに体をふいてやり、流しで髪を洗っていたのだ。

夜烏子が作ってくれる家庭的な料理も美味かった。

日に日に真琴は元気になっていく。

湯香はもうバイトする必要もなかったが、何もかも世話になるのは気が引けるので、紅鬼の手配で準看護師として働き始めた。

紅鬼「準看護師は働きながら資格が取れるらしいから。がんばってね、用心棒さん」

湯香「もう!その呼び方はやめてくださいよー」

紅鬼「キリッ私の関節技は痛いよ!というか関節外れちゃうよ!」

湯香の物まねをすると、クリスと夜烏子は大笑い。

赤面して自らの黒歴史を悔いるしかない湯香であった。


湯香は同姓カップルというのを見たことがなかったので、クリスと夜烏子がパートナー同士だと知ると、たいそう驚いた。

決してベタベタしてるわけではないが、さりげなく相手を気づかい、優しく思いやる。

そのごく自然な指のからませ方、肩のより添い方、友人のような笑い方、友人ではありえない距離の近さ・・・ 「いいなあ。すごくいい雰囲気」

さらに2人が「お見合い」で出会ったカップルと聞き、なおビックリ。

そのうえ紅鬼までが女性とつき合ってるという事実に、口をあんぐりするしかない。

当時はまだ髪の長かったクリスが、「純白ドレスと深紅のドレス」の結婚式・披露宴の写真を見せてくれる。(後には撮影した動画も見せてくれる)

「うわ! 紅鬼さんもキレイだけど、相手の人なんですか! 信じられないほど美しい・・・」

こんな美女のハートを射止めてしまう紅鬼さんは、きっと素晴らしい人なんだろうな、悪人ではなかったんだなー、と今さら認識を改めたのであった。

クリス「わしらの式の写真も見てくれよー」

ひるがえって自分と真琴は・・・ どういう関係なんだろう・・・

クリス「おーい」

夜烏子がお茶を運んできた。「てっきり真琴さんと湯香ちゃんもカップルだと思ってたんだけど・・・ ねえさんが連れてきたから」

「私らは・・・ そういうんじゃないです・・・」



真琴はまだ外で働くのは無理だが、家で家事をこなせるまでには回復。

ある日、湯香を呼んで膝をつき合わせ、「大事な話がある」と切り出した。

「前にも言ったと思うけど・・・ ぬらりーも私も作家志望だった、それはわかってるよね?」

「2人とも文芸部だったしね」

ちなみに湯香は高校時代は漫研、つまり漫画研究部。

文芸部と同じ部屋で、隣り合って活動していた。

「あの人は作家としてブレイクする決定的なネタが欲しかった・・・ それで潜入工作員に志願してアンティファに接近するという危険を冒した。ノンフィクションとして発表が無理でも小説にはできるはずだ、そんなことを言ってた。すべてはぬらりー自身の決断。そしてもちろん、私とも手を切ろうとした」

「真琴さんより自分の夢を選んだってこと?」

「あんな危険な世界に女は連れていけない、と思ったんでしょう。無事に任務が終わって、私が彼を待っていたら、あるいは再び・・・ なんて考えていたかもしれない。だけど」

真琴の瞳に炎が燃え上がるのを、湯香は見た。

「ご承知のように私はぬらりーから離れなかった、スッポンのように食いついて、どこまでもいっしょに踏みこんでいった。あの地獄へも・・・ 死ぬ時はいっしょだ、そう決めてました」

「だから真琴さん、私と縁を切ったんだよね」

「切らなければ、あなたを巻きこんでしまう」

重苦しい沈黙が降りた。

「その結果が、これです・・・ ぬらりーも、おなかに宿したぬらりーの子も、帰ってはこない・・・ これでもう私の愛はひと区切りついたと思ってる。私はぬらりーへの愛をつらぬき通し、行くところまで行っちまったんだと」

「はあ」

「そして今、私はここまで回復した。湯香、あなたを自由にしてあげられるところまで」

「うん・・・」

「知ってるよ。ぬらりーから『真琴をたのむ』って言われたんでしょ? それで今まで私のそばにいてくれた・・・」

「いやあ・・・」

「湯香、あなたは今から自由の身です。これからは好きに生きてくれていいんです」

「そんな・・・」

「と、ここまではいいでしょうか。ここからが本題です」

真琴はにじりよると、湯香の手を両手で包みこんで、こみ上げるような声で、

柚本湯香(ゆずもと ゆか)さん! 私は・・・あなたが好き! ぬらりーと同じくらい愛してるんです! おねがい、これからの人生を・・・ 私と・・・」

涙で喉がつまって、それ以上の言葉は出なかった。

湯香は真琴を抱きしめ、「真琴さん、私わからないんだよ! 真琴さんを恋人として愛せるのか、女性を愛せるのか・・・ そもそも男だってぬらりー先輩しか好きになったことないし、この先彼氏ができそうな気もしないし・・・ わからん!わからんのです!」

後にこのやり取りを真琴から聞いた紅鬼は、「いや湯香は完全にあんたに惚れてるから! あの初めて会った雨の日、あんたを取られそうになって焦った湯香は私に挑戦してきたんだよ、こんなふうに(ここでまた例のモノマネ)」

とりあえず湯香は他に人生の目標もないので、伊東マンションで真琴と同棲しながら、准看護師としての仕事を続けた。



半年後。すでに姫百合荘(ひめゆりそう)の建築工事は始まっており、湯香&真琴のカップルも入居する予定になっていた。

伊東マンション303号室のキッチンでは、エプロン姿の真琴が夕食の準備に取りかかる。

「今日は筑前煮でいいかなあ?」

リビングのソファーでうつ伏せに寝転がって漫画を読んでる湯香は、「ええーやだーハンバーグがいいー」

キッチンから真琴が暖簾をよけて顔をのぞかせ、「ハンバーグは先週食べたばかり・・・」

「やだやだハンバーグ!ハンバーグがいい!」

足をバタバタさせる湯香を、思わずスマホで撮影してしまう真琴。

(これ待ち受けにしよう笑)

とにかく幸せそうな笑顔であった。




姫百合荘の豆知識(16)


(前回からの続き)「プリティー・プリンセス・セブン」の渡龍門舞(とりゅうもん まい)ちゃんのモデルになった、ステキな女性は誰でしょう?

「それは私です!」

舞浜龍子(まいはま りゅうこ)

大阪出身の龍子は宝塚に憧れ、その狭き門を目指すが最終選考で不合格。

失意のまま大学に進むが、幼いころより大好きだったプロレスに挑戦するのは今しかない!と、ある団体の訓練生に。(そこで同期の湯香と出会う)

が、テクニックに関しては「技の100円ショップ」と呼ばれるほどの天才ぶりを発揮するものの、生まれつき筋肉がつきにくい体質のため、パワー不足でやはり挫折・・・

失意のどん底にいたころ、知人の推薦により「ぷりぷり7」のメンバーとなり、馬肉や蜂蜜のPRをすることになった。(龍子の父は風太刀アイランドを造営した(株)黒田建設の重役)

メンバーでは一番ダンスが上手い。


そして、もう1人。

霧裂夜雨(きりさき やう)ちゃんのモデルになった、ふつうの女性は誰でしょう・・・

「それは私・・・」

霧雨夜烏子(きりさめ ようこ)(当時、現在は風太刀家の養女となり風太刀姓に)

彼女を推薦したのは紅鬼である。

「私アイドルなんかできない!って言ったのに、無理やり・・・ でもまあ実際に世の中に姿をさらすわけでもない『中の人』ですから、いいか」

ダンス、歌、MC、すべて「ふつう」・・・(逆にいうと欠点がない)

担当製品は鶏肉と鶏卵。


この他のメンバーも全員、獣畜振興会の関係者。

ちなみに「ぷりぷり7」のマネージャー「九頭竜華(くず りゅうか)」は紅鬼自身がモデルとなっている。

本人いわく「アイドルとして登場したかった!」

歌もダンスもメンバーらに負けない!ということらしい。




姫百合荘オープンから7ヶ月が過ぎた木曜日。

真琴は夜烏子にパテック・フィリップの腕時計を返した。

「ごめん! これ夜烏子さんの優勝賞品なんだってね! 私寝起きで頭がボーッとしてたから、ワケもわからず受け取っちゃった・・・」

「え、いいのに・・・」

「いえいえ! もしドレスアップする機会があったら、その時はお借りするよ」

「そう?じゃ返してもらうね・・・ ホントいうとちょっと恨んでた笑」

「昔、あんなにお世話になったのに、恩知らずですまない笑」

「あの時からさー、私らずいぶん遠いところに来ちゃった気がするよね笑」



第4話 おしまい

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ