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姫百合荘のナイショ話  作者: 嬉椎名わーい
2/6

2、匂いと匂いと匂い

紅鬼(くき)のパートナー、風太刀(かざたち)ミラル(27歳)。

褐色の肌、ダークブラウンの髪にマリンブルーの瞳、メークは濃いめ、左頬にトレードマークの小さな赤い星のタトゥーが2つ。

手も足も爪には凝ったネイルアートを施し、さらに両手にはへンナという植物性塗料で描いた精妙神秘な模様。

さまざまな準宝石や赤珊瑚のアクセサリーをジャラジャラとぶら下げ、日暮里の繊維街でまとめ買いしたエキゾチックな布を身にまとっている。

怪しいといえば怪しいが、この世ならぬ妖しい美しさを放っていた。

姫百合荘(ひめゆりそう)オープンから7ヶ月が過ぎたこの月曜日の夜、ミラルはソファー中央にゆったりと沈みこみ、右側にノートと筆記用具を手にした真琴(まこと)、左側にタブレットをかかえたアリスンを侍らせ、後ろに立った紅鬼がせっせとミラルの長い髪を編みこんでいた。

さながらミラルを中心としたハーレム・・・

実は文芸部出身の文学少女、今も作家を目指して執筆活動を続ける真琴が、獣畜振興会の会報誌「Nick Quitty ニック・クイッティー(肉食いてえ)」のコラム執筆の仕事をもらったのである。

コラムのお題は「広報部の注目の新人にして、あまりにもミステリアスなミラルさんてどんな人?」という人物紹介。

というわけでミラルへのインタビューが始まるのだが、ふだんなかなか語られない正体不明なミラ姉の素顔がのぞけるということもあって、アリスンも夜更かしして起きているのであった。(まりあはアンの添い寝当番で、すでに就寝)

湯香(ゆか)が飲み物やグラスを乗せたワゴンを押してきた。

「そもそもミラ姉って何者なの?」

真琴「ちょっと湯香、失礼でしょ」

ミラルに向き直ると、「あの、どちらの出身なんですか? 日本に帰化する前は」

褐色の美女は両わきの真琴とアリスンをギュッと抱きよせ、「うーん、君たち・・・」

アリスン「話したくないような、つらい過去があるの?」

ミラル「別にシリアスな話はないよ。ただ話すのがめんどくさいだけで」

覚悟を決めたように、「生まれた場所は世界地図で言うと、アフリカのニジェールかな」

アリスン「サハラ砂漠の方ね」

真琴「ニジェール人・・・ メモメモ」

ミラル「イヤ、あいにくニジェール国籍ではないんだよね・・・ 母親が不法入国みたいなもんだし。砂漠に国境線はないから」

真琴「それじゃ、国籍はどこだったの?」

ミラル「それが、まあ・・・ どこの国籍でもないんだな。完全に無国籍、地球人としか言いようがない」

真琴「えええ・・・」

ミラル「紅鬼が手配してくれて日本国籍を取るまでは、国籍というものはなかった。フランスの偽造パスポートはもってたけどね」

アリスンが感心して、「そういう人もいるんだ・・・」

ミラル「地方政府の役人がやってきてニジェール領から立ち退け、というんだけどガン無視。知事が変わると今度はニジェールに帰化せよという。それも無視してると、また知事が変わって出て行けという・・・ それの繰り返し」

後ろで紅鬼がニヤニヤしながら、「洞窟に住んでたんだよね」

ミラルがプンプンして、「洞窟を利用した住居! 別に原始人だったわけじゃないぞ! ちゃんとベッドも絨毯もあって」

アリスンがタブレットで検索、「カッパドキアとか世界中にそういう住居があるよね。高級ホテルになってるところもあるし」

紅鬼に画像を見せると、「あ、ステキ! 泊まってみたーい」

ミラル「あ、そうそう。こんな感じ! ここまで豪華じゃないけど」

ここで湯香が飲み物を配りながら、「魔女っていうけどさあ、ミラ姉はどうもイメージがちがうんだよね。帽子もかぶってないし、(ほうき)にも乗らないし」

ミラル「それは西洋の魔女」

アリスン「でもイスラム圏だよね? イスラム教的には魔術はNGのはず・・・」

ミラル「おっしゃる通り、禁止されています。が、実際にはイスラム世界にも魔術師は多いのです」

真琴「イスラム世界の魔術師、イメージ湧かないや・・・」

ミラル「日本で知られてるのはコーヒー占いとか」

真琴「あ、それは知ってる!」

アリスン「飲み終わった後の残りのコーヒーを、皿に流すんだっけ?」

ミラル「それだけじゃなく西洋の錬金術に占星術、いずれも源流は中東に行きつくんだけどね」

アリスン「中世はヨーロッパよりアラビアの方が、科学も文化も発展してたからね」


ミラルの母は、おもに地元の農民を相手に、占いをして生計を立てていた。

「来年は何を植えたらいいかね?」「デーツを植えなさい。デーツの値が上がるよ」

「うちの山羊が乳を出さないんだが・・・」「手遅れだよ!しめて肉にして売りなさい」

といった感じだが、ある日占いの結果、夫を迎える時が来たと知る。

「トヨタのトラックに乗ったリビア人の商人が、一夜の宿を求めてくる・・・ その男と契らなければならない」

お告げ通り、満月の晩にトヨタのハイラックスが通りかかった。

荷台にはカラシニコフがギッチリ積まれており(アリスン「ロシアの自動小銃ね」と画像を真琴らに見せる)、「礼ははずむから」と食事とベッドを求めてきた。

それがミラルの父であり、一夜限りの相手なので名前も素性もわからない。


「へえ~・・・」真琴は、この不思議な生い立ち話に感じ入ってしまった。

ミラルは自らの眼を指し示し、「この青い眼を残してくれたので、リビア人といってもヨーロッパの血も入ってそうだけど」

アリスン「お母様はどちらのご出身なの?」

ミラル「母は私を産む前はヌビアにいた。かといってエジプト国籍だったわけではないのは、私と同じ。母の父親は、やはり行きずりのソマリア人。母の母は母を産む前エチオピアにいたけど、やはりエチオピア国籍はなく・・・」

みんな混乱してきた。「複雑だねえ~」

「そういうわけで私の体にはリビア人、ソマリア人、エチオピア人、ベルベル人、ヌビア人などなど、いろんな血が流れてる。先祖をどんどん遡っていくと、イエメンのサナア、ハールーン・アッラシード公に仕えた魔術師だったらしい」

湯香「結局、なに人なの・・・」

ミラル「うーん・・・ あえて言うなら『黒い知識の一族』と呼ばれてたけど」

湯香「何それ!中2病みたいでカッコいい! 私もそういう呼び名がほしいよう」

ここでパートナーの真琴が、「あなたは『茶色いホカホカした生き物』」

みんな大笑い。


このあたりでミラルが「ほろよいミックスフルーツ味」をグイッと一口、「もう疲れたー。今日はここまで」

真琴「えっ まだ始まったばかりなのに!」

湯香「結局、紅鬼さんとはどこで会ったの」

アリスン「聞いたところでは、初めて紅鬼と出会った時、1週間シャワー浴びてなくて匂いが・・・」

ムッとするミラル、「それには事情があるの! あれは紅鬼の側の手落ちなんだから!」

紅鬼はニヘニヘしながら、パートナーの髪を編みこみ完了。「でもあの時以来、ミラルの匂いに惚れちゃったようなもんだからね」

アリスン(紅鬼の匂いフェチの原点はミラ姉だったのか・・・)

ミラルが眉を吊り上げ、「また言ってる!匂いのこと言われるのがイヤだって何度もゆってるのにもー!」

紅鬼「ま、まあ押さえて・・・ ミラルの体臭がキツイって意味じゃなくて、ミラルの匂いが好きだって言ってるの」


実は例の「結婚式」の披露宴でも、「ダブル新婦質問コーナー」(司会はパンと龍子(りゅうこ))の際、「ミラルの好きなところは?」と聞かれた純白ウェディング・ドレスの紅鬼が「体臭!」と答えて会場の気まずい笑いを誘ったが、深紅のウェディング・ドレスのミラルは明らかに表情がこわばって、微妙な空気になってしまうという一幕があった。

その時以来、2人の間ではけっこう根深い「匂い問題」なのであるが・・・


ミラル「ムキーッまだ言ってる! 匂いというワードを使うな!」

紅鬼「ごめん・・・」

オロオロする紅鬼。

ミラルは不機嫌そうに立ち上がると、「今夜はもう紅鬼とはセしたくないな! パートナー・チェンジ! 湯香、おいで!」

湯香「えっ あの・・・」

ミラルは湯香を引っ張って、「第1和室」の方へ消えてしまった。

しょんぼり肩を落とす紅鬼。

真琴「気を落とさないで、紅鬼さん」と言いつつも、「私も今夜はお嬢と・・・」(ごめん、ふうふゲンカには関わりたくないので・・・)

紅鬼はソファーベッドに1人残され、寂しく眠りについた。


一方、「第1和室」では・・・

湯香がワタワタして、「あのミラ姉、わたくしセに関しては未熟者で・・・」

ミラルはアクセサリーを外して服をバサバサ脱ぐと、「今日はもうセはしない。抱き枕抱いてグッスリ寝る」

ホカホカした湯香を抱いて、布団に入るのだった。

「紅鬼のやつ、どうして人のイヤがることを・・・」

湯香はミラルの裸の胸の中でクンクン、(これは・・・ 淹れたてのコーヒーの匂い? かすかに焼きたてのトーストの香りも・・・ なるほど、これはいい匂いかも)


明け方、湯香は夢を見ていた。

テーブルに並ぶ、バターをタップリ塗った茶色い焦げ目の厚切りトースト、ベーコンとソーセージと目玉焼き、大きめのマグカップに入った湯気の立つ濃いコーヒー・・・

「いただきまーす」


「ちょっと湯香、起きろ! 腹の音がうるさくて眠れないよ!」

「うーん・・・ 夢なのか? せっかく美味しい朝食を・・・」

まだ朝の4時前であった。

湯香は布団の中にこもる匂いをクンクン、「この匂いのせいで、あんな美味そうな夢を?」

ミラルの顔が険しくなり、「お前まで匂いとかゆーのか!」

ここでハッとひらめく湯香、「わかった! わかったよミラ姉、紅鬼さんがこの匂いにこだわる理由!」

「なに」

「紅鬼さんが食い意地はってる、というのもあるだろうけど。でも、それ以前に、この匂いは『幸せな家庭の匂い』なんだよ!」

「幸せな家庭・・・」

「紅鬼さんって17歳の時に爆弾テロで家族を失くしてるんでしょ? で、風太刀家の養女になったって聞いたけど」

「うん・・・」

「ミラ姉の匂いは、紅鬼さんが家族と死別する前の、一家そろっていただく幸せな朝の食事の匂いなんだよ、きっと・・・」

涙を浮かべる湯香。

「・・・・・・」ミラルは口をへの字に曲げて考えていたが、やがて部屋から出ていく。


リビングでは紅鬼が1人、くすんくすんと泣き寝入りしていたが、ミラルがシーツの中に入りこむと目を覚まし、「みらる・・・」

「まだ起床まで1時間あるから、ゆっくり匂いを嗅いでなよ」

パートナーのむき出しの胸に、顔をうずめる紅鬼。「みらるう、みらるうう」

その髪を優しく撫でてやるミラルであった。


翌日、紅鬼はミラルから話を聞いた。

「幸せな家庭の匂い? 湯香がそんなことを・・・ なかなかいいことゆーわ」

が、心の中では

(でも実は、私の阿蘇の実家の朝食・・・ ご飯と味噌汁だったんだよねー笑)




姫百合荘の豆知識(14)


(前回からの続き)それでは、畜産品をPRするアイドルグループ「プリティー・プリンセス・セブン」のイカレたメンバーをご紹介しよう。

主人公にしてセンター、たまに宇宙からの電波を受信する変な子!

瞳潤(ひとみ うるう)! ラムやマトン大好き! 国産ウールで編み物しちゃうよ」

リーダーは大金持ちのお嬢様、たまにヘタレな

獅子王院(ししおういん)桜子(さくらこ)! 肉の王者・牛肉を愛しております!」

バストが大きい母性ふっくら、実は腐女子でコスプレイヤー

樫宮織江(かしみや おりえ)! チーズもミルクもアイスクリームも私のものですわ!」

最年少だがもっともセクシー? シャイでオタクな

伊寿々初奈(いすず ういな)ンゴ・・・ ハムもソーセージもトンカツも好きンゴ・・・」

不幸キャラ? なんで私がアイドルに?

霧裂夜雨(きりさき やう)です、スミマセン・・・ チキンと卵料理があれば生きていけます」

クールなようでママ大好きっ子のフィンランド女子!

逢羅(オーラ)スキヤネン! 鴨、キジ、七面鳥、ウズラ、ウサギが好きやねん・・・ 恥ずかしー!」

筋肉大好き、汗の匂い大好き、あたまおかC!

渡龍門舞(とりゅうもん まい)! 馬肉、山羊肉、鹿肉、それにハチミツ・・・ 私の担当だけまとまりがなーい!」

(つづく)




サハラ砂漠は実際には岩石地域が多く、人が砂漠と聞いてイメージするような砂丘は意外と少ない。

だが砂嵐(ハムスィーン)が吹き荒れると、そんな砂丘地域のサラサラした粒子の細かい砂がオアシスに降り積もり、あまりきれいとは言えない通りや家々を清めてくれる。

ちょうど日本で、雪の降り積もった街の景色が清らかに感じられるように・・・

砂嵐(ハムスィーン)が去った後、母はミラルに金の入った革袋を渡し、市場(スーク)まで行って食料や生活必需品を買ってくるよう命じた。

「買い物? いくいく!」

少女時代のミラルは髪が短く、まるで少年。

母は付き添いの従者に、娘が余計な買い物をしないよう厳しく監視してくれ、と言い渡した。

「本当はお前にお金を預けたくないんだけど・・・」と渋い顔を見せる母を残し、ロバが引く荷車に乗って出発。

このころのミラルにとって、市場は夢の世界だった。

案の定、鮮やかな布地の店、きらびやかなアクセサリーの店に足が向いてしまい、従者に怒られる。

屋外カフェでコーラを飲んでいる裕福そうな子供が手にしたスマホと、その画面に映ってる動画を、背後から食い入るように見つめてしまう。

彼女の「洞窟住居」にも衛星放送用アンテナとブラウン管テレビがあるのだが、めったに映らない。

「スマホ欲しいなー」

「ダメですよ」

見ると、1台のランドローバーが止まって、Tシャツに短パン姿の欧米人らが降りてきた。

彼らもこの市場で、食料や水を補給するのだろう。

ミラルがあまりにも興味深そうに欧米人を観察してるので、従者が解説を始めた。

「ツーリストですよ」

その口調にはじゃっかん、非イスラム教徒の外国人に対する侮蔑の響きがあった。

「フランスからランドローバーをもちこんで、サハラを縦断するんです。最近はアガデスも治安が悪いので、こっちのルートを取ってるんでしょうね」

「何しに来るんだろう」

「砂漠を見るんです。ツーリストだから」

「信じられない! 私なんか砂漠以外のものが見られるなら、悪魔に魂を売ってもいいのに」

砂漠仕様のランドローバーをチラッと見て、

「あんな車、欲しいよね」

「あなたは欲しい欲しいばっかりですなー!」

「だって欲しいんだもん。お金があればなー」

従者はバカにしたように手を振って、「本当の金持ちは、あんな車には乗らないんですよ。本当の金持ちってのは・・・」

あたりを見回して、「ほら、あった!」

ミラルは従者の指さす方を見た。

「あれが金持ちの車・・・ トヨタのランドクルーザーです」

「トヨタ・・・ アメリカの車?」

「日本ですよ」

「日本・・・」彼女の聞いたことのない国であった。

「砂漠の奥深い場所に入る時は、ランドクルーザーでないと生きて帰れないんですよ」

その声にこもっていた尊敬の念に、ミラルは強い印象を受けた。

外国人嫌いなこの従者が、こんなにも外国のものをリスペクトするとは・・・

「日本か・・・ いつか行ってみたいな・・・」


そしてミラルが15歳になった年の、ある夜。

映画「スターウォーズ」の背景のような銀河の星々の下、彼女は故郷に別れを告げた。

あまり好きではない母だが、何も言わずこっそり出ていくのは申し訳なかったし、たぶんもう2度と会うことはないと考えると、ちょっとだけ悲しかった。

だが、それ以上にこれから始まる大冒険の日々への期待に、彼女の瞳は星々よりも輝いていた。

この日より、10年以上におよぶ放浪の旅が続く・・・ 終着点は日本、パートナー紅鬼との出会い・・・



第2話 おしまい

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