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姫百合荘のナイショ話  作者: 嬉椎名わーい
1/6

1、革と甘い香りとハゲおっちゃん

全世界で国民が真っ二つに分かれて争う「世界分断戦争」の時代。

日本でも現政権を支持する多数派の国民と、「富の再分配」を(うた)い武力革命を企てる極左との間で、血なまぐさい「内戦」があった。

幸い日本では革命勢力の敗北に終わり、平和が訪れたが・・・

全国民を震撼させた、あの血と暴力の日から1年、2年が過ぎようとしていた。


東京都港区銀平(しろがねだいら)、ここに「風太刀(かざたち)ヒルズ」と呼ばれる高級住宅地がある。

周囲より一段高くなったこのエリアに入る坂道には、通行止めの遮断棒が降りて、常時警備員が貼りついている。

この先はすべて私有地であり、獣畜振興会会長・風太刀兵馬(かざたち ひょうま)の一族と関係者らが暮らす聖域なのだ。

高台の中央には「日本の首領(ドン)」と呼ばれる風太刀会長の、周囲からうかがい知ることのできない豪壮な邸宅がある。

イメージに反してモダンな作りであり、和風建築は離れなど一部しかない。

17歳でこの家の養女となった風太刀紅鬼(かざたち くき)は、本日2週間ぶりに里帰りしている。

リビングでくつろぐ和服姿の風太刀会長はガッシリした体格に口ひげ、メキシコ人を思わせる風貌。

若いころはこの体格でトンボが切れたそうだが、今は王者の風格漂う枯れた風情。

かすれた渋い声で「よっぽど姫百合荘(ひめゆりそう)が楽しいと見えて、歩いても帰れる距離なのに、ちっとも姿を見せんな!」

妻の玉子は中村玉緒に似てると評判の、京都出身の気のいいオバサン。

「あーた、そんなこというたかて、紅鬼だって管理人の仕事があるんやさかいな!」

そのクールな美貌、無表情さから「人造人間(アンドロイド)」と呼ばれることもあった紅鬼だが、今は愛情をもって育ててくれた養父・養母の前であり、すっかりくつろいだ顔を見せている。

「ま、2人とも元気で良かったよ」

夜烏子(ようこ)と2人では来れんの? ちゃんと検診受けてますの? 今日はうちでごはん食べていかれへんの?」

「なかなか2人抜けるとシフトがキツくて・・・ 乳がん検診は住人全員が年2回受けてるよ。今日はもう帰らないと」

玉子夫人は新婚当初、「男の子2人、女の子2人を産む」という野望があったのだが、男子2名を産んだ後で子宮筋腫が見つかり、それ以上の出産は望めなくなった。

その後、遅ればせながら紅鬼と夜烏子という2人の器量良しを養女として、理想の家族を完成させたのである。

まさか、その2人の娘が2人とも、女性をパートナーとする同性愛者になってしまうとは夢にも思わなかったようだが・・・

父がじれったそうに、「管理人だの掃除だの、業者にやらせるわけにはいかんのか」

母「あーた、業者を入れたら、とくに男を入れたら、お嬢さん方がゆっくりくつろげやしまへんやろ」

紅鬼「うん、できることはできるだけ、自分たちでやりたいんだ・・・ 父さん、ごめん。港区の一等地にあれだけの敷地をプレゼントしてもらったのに、勝手なことばかり言って」

会長は大きくうなづいて、「それはいい。お前は獣畜のため日本のため、あれだけの働きをしたんだ・・・ いくらでも勝手を言う権利はある。だから、あの魔女との同性婚だって認めてやった。お前はそれにふさわしい仕事をじゅうぶんにしたんだからな」

紅鬼は紅茶を口にもっていきながら、「最近はどうなの? 奴らの残党は・・・ 何か動きはある?」

父はそれを遮るように、「やめい!お前にはもう関係のないことだ・・・ お前の戦いは終わった。これからは自分の幸せだけを考えて生きろ」

今回もまた山のようなお土産(おもに関係業者が会長あてにもってくる菓子折りや試食品など)をもらって、姫百合荘公用車、水色のダイハツ・タフトにパンパンに詰めこむ。

「食費が助かるわー」

母「安全運転でな、気をつけて帰るんやで!」


風太刀ヒルズを後にして、ゆっくり走って15分ほどで姫百合荘に帰還。

この日はオープンから7カ月がたとうという土曜日。

今日は在宅シフトのアリスンが体調不良、かわりに休みを返上してミラルが入っている。

「お帰り紅鬼! お土産は?」

「その前にキスしてくれよう! うんと熱く!」

褐色の肌のパートナーが、紅鬼を抱きしめ情熱的なキス。

1分以上もお互いの口の中で「舌の柔道」「舌のボクシング」で熱戦を繰り広げ、ついに両者離れて大きく息をつく。

ミラル「成長したな、小僧!」

紅鬼「あんたこそ・・・ 悪魔の舌は健在ね!」

そこへ身長182センチのまりあがやってきて、「2人ともヨダレふけ! 荷物運ぶの手伝うから」


3階の自室で、生理痛がひどくて寝こんでるアリスンを、紅鬼はホットミルクをもってお見舞い。

「ありがとう紅鬼・・・ オレ故郷に帰ったら結婚するんだ」

「死亡フラグたてんな!」

くしゃくしゃになったボブカット(だいぶ伸びた)のブロンド、緑色の瞳、華奢な体つきの美少女を、紅鬼は優しく見下ろす。

「時々すごいイヤなやつでムカつくけど、この若さで、みんなの生活のため投資家としてがんばってくれてるアリスン・・・ 憎たらしいけど可愛い妹・・・」(ムリしなくていいから、ゆっくり休みな)

あ、と気づく紅鬼、「心の中で思うセリフと、口に出すセリフをまちがえた」

アリスン「いや、もうわかってるからいいよ・・・」



3ケ月ほど前、2人は姫百合荘を真っ二つに割るような大喧嘩をした。

これには他の住人たちも、どうなってしまうのかと、ずいぶんハラハラしたものだった。

きっかけはカード・・・ アリスン、アン、湯香(ゆか)の3人がバカラをしていたのだが、金を賭けているのが紅鬼に見つかった。

「湯香!あんた子供たち相手に何やってんの!」

当然、最年長の湯香が激しく怒られ、ワーッと泣き出す。

それを見てアリスン、「ちょっと!湯香のせいじゃないから! 私が巧みな話術で湯香を追いつめて、お金を賭けるよう誘導したのよ」

紅鬼はキョトンとして、「どうやったのかは知らんけど、大人相手ならともかく、アンを巻きこむのはやめなよ!」

アリスン「アンに大人の世界の厳しさ、お金の大切さを教える教育だから」

紅鬼「なんだと・・・ まだ6歳なんだぞ?」

アリスン「私も5歳から投資を始めましたから」

紅鬼「なんというクソ生意気な・・・」ピキピキ

アリスン「それに、この家だって総工費2億円のうち1億8千万は私が出してるんだから、えーと9割は私の家か。イヤなら出ていってくれてよろしいんですよ」

紅鬼「なんですってー!」


みんなのリーダーである紅鬼と、姫百合荘の一大スポンサーであるアリスン。

この両巨頭の対立を、他の住人たちは固唾をのんで見守るしかない。

アリスンのパートナーであるローラは、日ごろは母親のように接しているものの、ここぞという時にはアリスンには何も言えないヘタレであることが、この時ハッキリした。

ローラ「おねがいアリスン、もうやめて・・・ 紅鬼も怒りを鎮めて・・・」プルプル

姫百合荘はいったい、どうなってしまうのか。(当時はオープンから4ヶ月目くらい)

ところが、この後予想外の展開となった・・・ アリスンが紅鬼にガチ恋してしまったのである。

パートナーの胸の中でアリスンは目を潤ませて、「ごめんローラ! 決してローラを裏切るつもりはないんだけど・・・ 今、紅鬼のことしか考えられないの・・・」

ローラ「いいんだよ、愛する人は何人いてもいいんだよ」

アリスン「今まで私に向かって、あれほど逆らってくる人もいなかったし、あれほど怒ってくれる人もいなかったから・・・」

ローラ「ともかく、みんなヒヤヒヤしてたから。ケンカが収まって良かった・・・」


こうして、紅鬼とアリスンは仲直りデートすることとなった。(「私もしかしたら紅鬼とセをするかもしれない」「がんばれ!」ローラはお洒落に無頓着なパートナーのために、かわいい下着を選んであげた)

アリスンの希望で上野の国立博物館、西洋美術館、科学博物館をハシゴした後、ベンチで並んで休む。

紅鬼「ふーっ こんなに博物館ばかり巡ったのはじめて!」

アリスンは恋に落ちて間もない隣りの女性の、くっきりした勝気そうな眉、涼し気な奥二重の瞳、濃いルージュの厚めの唇をジッと見つめ、「紅鬼、鼻毛が出てる」

「え!マジ?」あわてて手鏡を取り出し、鼻の穴を観察。

「ウソだよ!」

紅鬼はムッとして隣りの美少女を睨みつけるが、

「あはははははは!」と無邪気に笑う、その華奢な首すじと肩に、思わず見とれてしまう。

「もう! あんたねえ」(年下の彼女、年の差彼女・・・ なんかイイかも!)


(未成年だからヤバイかな・・・)と思いつつ、紅鬼はついついアリスン(当時16歳)を、いきつけのラブホテル「スケヴェニンゲン」に連れていってしまった。

ベッドに並んで腰かけ、肩を抱くと、アリスンはかすかに震えていた。

「ね、こういうところって・・・ 先にシャワーを浴びるんじゃないの?」

「後でいいんじゃない?」

2人とも下着姿になり、紅鬼は少女の髪の毛から足の先まで、クンクンと匂いを嗅いでいく。

「あのさ・・・ これがセなの?」

「これは香りセという。あんたも私を嗅いで! まだ加齢臭はないと思うから笑」

「さすが日本、風流なセがあるのね・・・」

「私が考えた」

クンクン「このシャンプー、ローラと同じ匂い」

「経費節約のため、みんな共通のシャンプー使ってるからね笑」

「ということは私もか」

「そう、だからシャンプーの匂いなんか嗅いでもつまらない。素のままの、アリスンの髪や肌の匂いが欲しいの」

「うわーなんか変態チック・・・ だからシャワーは後なのか。でも紅鬼、いい匂いだよ」

「あんたも若いから・・・ これが16歳の乙女の香り・・・」ウットリ

「紅鬼もたいがい変態オヤジだなあ」

だいぶアリスンもリラックスしてきた。

「よーしお互い、上から下まで完全にカバーしたでしょうか」

「あそこの、デリケートゾーンがまだ・・・ お尻も・・・」

「そういうところは上級者向けで、風流でなくなってしまうので、今回はパスです」

「えっ じゃあ、もしかして今日は下着は取らないの?」

ホッとしたような、ガッカリしたような顔を見せるアリスン。

「その通り。万が一通報されても、私がロリコン罪で逮捕されないように」

「じゅうぶん有罪だと思うけど・・・」

お互いにピッタリ密着したまま、ベッドに転がる。

「ではこれより、お互いどこの匂いが良かったか、ベスト5を発表します」

「えっそういう趣旨なの? 特に意識せず嗅いでたから、うーん・・・」

「じゃ、私からいくよ。第5位、アリスンの息の匂い」

「いーっ!なに!やだ!」

「第4位、足裏の匂い。第3位、うなじの生え際あたりの匂い。第2位、ワキの匂い」

アリスンはワナワナ震えて、「もうやめてよ・・・」

「第1位、パンツごしの股間の匂い」

ワーッと泣き出すアリスン、「なんなのこれ!ふつうのセより変態!」

ハッと気がついて、「そうか、さっきの鼻毛の仕返しか! 紅鬼ひどい!年上なのに!」

「よしよし」優しくアリスンの髪を撫でてやる紅鬼。

「私もベスト5発表するから!」

「うんうん」

「順位はよくわからないから順不同で・・・ 髪の匂い、化粧の匂い、首すじの匂い、胸の谷間の匂い、おなかの匂い。ちょっと臭いと思ったのは足、たぶんブーツ履いてるせい」

「ウワーきびしいお言葉!」

アリスン(ダメだ、ぜんぜんダメージを与えられない・・・)

この後、ちょっとだけふつうのセもしてから帰りました。



回想が終わり、再びアリスンの枕元。

「紅鬼、何人殺したの・・・」

凍りつく紅鬼、目を閉じて「だいたい1万人くらいかな・・・ もちろん、自分で直接手を下したのは、そんなにいかない。50人もいかない」

アリスンはいくらか表情が和らいで、「ああ、やっと痛み止めが効いてきた・・・」

紅鬼を尊敬のまなざしで見上げて、「すごいな紅鬼・・・ よく戦ったよ・・・

でも、いまだに紅鬼たちを追求しようとする奴らは後を絶たないね」

「うん、だから姫百合荘にこもって生きていかなければならない・・・」

アリスンは紅鬼の手を握り、「万が一あなたたちが日本にいるのがヤバくなった時のため、イギリスに脱出するルートは、もう確保してある。だけど皮肉なことに、イギリスの方が日本より危険な状況になってきてしまった・・・ アンティファのデモは日に日に凶暴化して規模も大きくなってる。もしかしたら王室が日本に脱出しなければならない時が来るかもしれない。その時は私の父のポッペンブルック伯爵もいっしょに・・・」

紅鬼は驚いて、「そこまで状況は切迫してるの?」

「アナリストの予測では10%くらいの可能性、まずありえないとは思うけど・・・ 左派がクーデターを起こして北朝鮮に併合されてしまった韓国の例もあるし・・・」

「イギリスは大丈夫だよ! おなか痛い時に、シリアスなこと考えるのやめなさい。楽しいこと考えなさい」

「そうだね、痛みが収まったら、また紅鬼の匂いを嗅ぎたい」

「それまでに私も、足の匂いを治すから!」

「まだ治ってないのか・・・」げんなり




姫百合荘の豆知識(13)


日本獣畜振興会はホースレースの収益金を管理し、日本の畜産業の発展のため役立てています。

日本の食文化の幅を広げ、食料自給率を75%まで上げる。

元気な家畜を育て、おいしいお肉や乳製品を食べて、健康で強い日本を育てていきましょう!

「一日百善! ホースレースの収益は、日本の畜産業の発展に役立てられています」


というわけで獣畜振興会では、肉食の広報のため新企画を立ち上げたのであった。

それは今流行(はや)りのアイドル・アニメ!(および漫画・音楽ゲームも含めたマルチメディア展開)

その名も「プリティー・プリンセス・セブン」、略して「プリプリ7」!

7人の畜産品大好き少女たちが、お肉や乳製品や卵料理からパワーをもらい、日本一のアイドルを目指すのだ・・・

少女漫画雑誌「ぴえん」に、先行してチャオ仲良(なかよし)先生によるコミックが連載スタート!

(つづく)




燃子(もえこ)はワンレン黒髪の九頭身、モデルかレースクイーンのようなスタイルの良さを誇るつり目の美女である。

大のイタリアびいきを自認しており、外出の時も家にいる時も、常にアルファロメオのエンブレム・バッジをトレードマークとして襟元に装着している。

この木曜日はパートナーのまりあとともに休みシフトであるが、家でのんびりすることに。

在宅シフトの紅鬼、真琴(まこと)龍子(りゅうこ)に「なあなあ」と声をかけて尋ねるには、「なあ、もし大阪のハゲおっちゃんがな、お昼にカルボナーラとペペロンチーノどっちかおごってくれるゆーたら、どっちがいい?」

「へ?」「ハゲおっちゃん?」「カルボナーラ」

「ならカルボ作るわー」

要するに燃子が昼食を作ってくれるらしい。

イタリア料理が得意な燃子、絶品パスタであった。(イタリアン以外は苦手らしい)


「なぜハゲおっちゃん?」と疑問に思った紅鬼、まりあに相談してみると、どうやら燃子が子供時代に関西のみで流行(はや)ったローカルなキャラクターらしい。

「両親のことも覚えてないのに、ティーポちゃんだのハゲおっちゃんだのは覚えてる・・・」と、まりあも不思議がっていた。(燃子は記憶障害でメンタル・クリニックに今も通院している)

紅鬼「それだけ強烈な印象があったんじゃないかな」


また燃子はイタリアン・ファッション好きのお洒落さんであり、イタリア製ブーツも多数もっている。

自分のブーツや靴を手入れする時は、必ずみんなの分も靴磨きしてくれるので(かなりの量におよぶ)、ありがたがられていた。

この日も、まりあに磨き方を伝授しながら、ほぼ半日かけて全員の分をピカピカにしていく。

紅鬼「燃子ありがとうね。意外と燃子、働き者だよねー」

燃子「靴が好きだしな。匂いも好き」

紅鬼の方を振り向いて、「革の匂いが好きってことよ」

「わかってるわかってる」

「これが紅鬼さんのブーツか・・・ なあなあ。もし大阪のハゲおっちゃんが、ブーツの中の匂い嗅いだらどうするよ?」

実際にブーツ内側に鼻を入れてクンカクンカ

紅鬼「やめてー」

燃子「うーむ。紅鬼さん、水虫に気をつけてな」

紅鬼「夏場は控えます! たとえショートブーツでも」



第1話 おしまい

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