第一話
思うに、時は夕刻である。
腰の曲がった漁師の人が、一人、続いてまた二人、後光よろしく照射する、清かな斜陽の下で、港に帰り着く。
特に何か用でもなければ、海が仄かに黒を帯びれば停船し、日の出日の入と漁に励むのが彼の日課であるが、この度は週帰り程度遠出してしばし陸を離れようと言い、今朝から力んでいた。
しかるに、一夜も二夜も家を出られて困るだのなんだの、家内が許さないという。
さほど迷惑顔もされず、無理な引き留めも食らわない。これが茶飯事な奴もいるのだと口利いて、背を向け外出、港が小さくなるにつれ、なんだか悪い気味が、じわりと、再びじわりと、胸に強大さを増すのがわかる。
それは、家内のことだ、そう知ったつもりではあったが、さらに見上げるようなものの気がし、いよいよ耐えられなくなってきた。
あげく、陸が霞む辺りまで来て、明後日の夢を見、恐妻によって、その日のうちに船を戻してしまう。
すると、兼ねてより沖合に寝泊まりしていた漁師たちが、その様子を、なにごとか、まずい兆しかなど、居ても立ってもいられなくなり、ついには気懸かりを顔に浮かべて、後から大勢で帰って来たのだ。
只今港が賑やかなのは、それ故のことである。
彼は、よもやあっしが漁の仲間を引き連れてきたなんてことはあるまいと、腐れた杭へと舫いを飛ばすが、のちに訊ねる若人の語りで、事が細かに解るであろう。