たぶん、彼は悪魔。
久しぶりに高校生が主人公です。ただ、急展開でツッコミどころ満載かもしれません。お手柔らかにお願いします!
たぶん、彼は悪魔だ。天使の仮面をかぶった、意地の悪い悪魔。
「真央、重いでしょう?俺が荷物持つよ」
人前ではにこりと笑い優しくする。
「…なんで、俺がお前の荷物持たなきゃいけねぇんだよ。あ~、重い」
人がいなくなった瞬間に彼の仮面ははがれるのだ。学園の王子様の名が一気に剥がれ落ちる。
「じゃあ、私が持つから返してよ」
「お前、ばかだよな。お前に持たせてるのがバレたら俺のイメージに関わるだろ」
「イメージって…」
「優しく格好良い俺は無敵なんだよ。お前がいれば、面倒くさい女どもは排除できるし」
そう言い、彼は黒い笑みを浮かべて綺麗に笑うのだ。
「本当に、幼馴染って、便利だよな」
きっと彼は勘違いしている。幼馴染とは下僕の事だと。それでも私は彼に逆らえない。
「いいかげんにしてくれない?」
綺麗な人が怒ると余計に怖いな、と真央は他人事のように思った。あまりにもいつもの展開に驚く気にもなれない。今日は用事があると言って先に帰った愛花を巻き込まなくてよかったと小さく息をつく。
「聡があなたと一緒にいるのは、幼馴染だからでそれ以上の理由はないの。勘違いしないでね」
「わかってます」
「そろそろあなたも幼馴染離れしたら?聡が優しいからって、いつまでも甘えていては聡が可哀想だわ」
目の前の綺麗な彼女の言葉に、真央は勢いよく頷いた。自分は精一杯離れようとしている、などと余計なことは言わない。
「あれ?真央どうしたの?」
教室のドアを開く音と同時にそんな声がした。声をした方を見れば、そこに立っていたのは、渡辺聡。この学校の「王子様」的存在の彼は真央の幼馴染である。家が隣で、両親が友だち同士であるため、物心つく頃から一緒にいる仲だ。
「皆で集まって、何かの相談?」
あざとく首を傾げる姿。周りの女の子たちからは黄色い悲鳴が漏れている。けれど本性を知っている真央からすれば、しらじらしいの一言だった。
「なんでもないのよ」
「俺だけ仲間はずれ?」
「そ、そういう訳じゃないわ。それより聡、部活はいいの?」
「うん。今日はコーチがいないからお休み」
「そうなのね。…とりあえず、早瀬さん、そういうことだから」
「あ、はい」
「ねぇ、それなら、聡、私たちと一緒に帰らない?」
美人は聡に見られないように真央を睨むと、そのまま180度表情を変え、聡に微笑んだ。
「うん。いいね。そうしようか」
天使のスマイルに歓声が上がる。美女たちは勝ち誇ったように真央を見た。そして、聡は美女たちをぞろぞろと連れて、教室から出ていった。
「…もしかして、助けられた?」
一瞬見えた聡のにやりと笑った顔に、寒気を感じた。これをネタに脅されるかと思うと今からため息が出る。けれど、聡がサービスしたことによって、彼女たちからの風当たりが少しだけ弱くなるだろう。それだけでもよしとしようと気持ちを切り上げる。
「あれ?早瀬さん、一人?」
そんな声が聞こえ、真央は顔をそちらに向けた。
「戸澤くん」
名前を呼んだ真央の口角は少しだけ上がった。聡ほどではないにしても、「イケメン」と呼び声高い戸澤晴人が教室の中に入ってきたからだ。
「めずらしいね、早瀬さんが一人なんて」
「え~あ、うん。たまにはね」
「でも、うれしいな」
「…?」
「だって、早瀬さんと話したいなって思ってたから」
どこか照れたようにはにかむその顔に真央の頬は赤く色付く。
「は、話し?」
「うん。…言ってもいいかな?」
どこか母性本能をくすぐるような甘い顔で小さく首を傾げる晴人に真央は思わず一歩後ずさり、しかししっかりと頷いた。そんな真央に晴人は嬉しそうに笑うと真央が広げた距離を一気に縮める。
「…戸澤くん?」
「俺、…早瀬さんが好きなんだ」
「……え?」
「だから、付き合ってほしい」
「………え?」
「突然ごめんね。こんなこと言われても困るよね。でも、俺、本気だから。…明日、今日と同じ時間にここに来るから、答え考えておいてほしい」
一方的にそう言うと晴人は理解しきれていない真央を残して教室から出ていった。遅れて真央の頬が赤く染まり始める。告白、というものを初めてされたのだから、仕方がない。しかも相手は学年ナンバー2の戸澤晴人なのだから、やっぱり仕方がない。
けれど、すぐに疑問が生じた。なぜ彼は、真央を「好き」なのだろうか。真央は聡の幼馴染ということ以外は別段、人に注目されうる特徴を持っているとは言い難い。容姿:平凡、成績:平凡、スタイル:平凡の三拍子。人が人を好きになることに理由はないとしても、真央と晴人との接点などないに等しい。どこで晴人のお眼鏡にかなったのだろう。そう思うが思考とは裏腹に真央の口角は勝手に上がる。
~~♪。下校の時間を伝える音楽が流れた。ふと顔を上げれば、窓から見えるのはすっかり暗くなった空。あまりの嬉しさに思考が停止していたらしい。どのくらいぼーっとしていたのだろうかと真央は少し反省する。けれど仕方がないと思い直し、再び足を動かし始めたその時だった。
「マジで告ったのかよ?」
「まあな」
突然聞こえたその声に真央は思わず視線をそちらに向けた。真央の教室から2つ隣の空き教室から声が聞こえる。2つのうち1つの声には聞き覚えがあった。
「どうすんだよ、早瀬が本気になったら」
「付き合う」
「好きなんてこれっぽっちも思ってないのに?」
「だって、あいつむかつくし」
「渡辺聡、そんなに敵視するか?別に普通にいい奴だと思うけどな」
「いい奴だからむかつくんだろ?性格もよくて、顔もよくて、成績もいいなんて、むかつくから、あいつの一番大切にするもん貰ってやろうと思ってさ」
「お前、性格悪」
「自覚してるからいいだろ?」
「そういうもんか?」
「そういうもんだろ?」
笑い声が上がった。楽しそうなその声に真央は深く息を吐く。久しぶりに起きた筈の「いいこと」は蓋を開ければ「最悪なこと」のようだ。真央は向けていた足を方向転換し、彼らのいる教室に近づかないようにし、学校を出た。自然と足取りがゆっくりとなる。
一番初めに浮かんだ言葉は「どうして私ばかりが」だった。どうして私ばかりがこんな目に合わなければならないのか。ただ、聡と幼馴染だっただけだ。聡と全力で離れようとしているのに、放さないのは聡の方である。なのに、どうして。
そして二番目に浮かんだ言葉は「そんなにイケメンって偉いのか」だ。一人は幼馴染を奴隷のように扱い、もう一人はむかつく奴への意地悪のために好きでもない女に告白するなんて。悲しくて、悔しくて、怒れて、どうすることもできなかった。悔しすぎて、泣くのだけは意地で堪えた。
設定していたアラーム音が鳴り響く。眠たい頭をどうにか騙し、ベッドから起き上がった。カーテンを開け、朝の光を全身に浴びる。
昨日、悔しすぎて、早々に眠りについた。寝てしまえば嫌なことなど忘れられる。聡の幼馴染をやっていれば、嫌な目に合うのには慣れっこで、寝て忘れるという特技を真央は身に付けていた。
朝日を浴びてゆっくり動き出した頭で状況を整理する。昨日、イケメンである戸澤晴人に告白された。けれどそれは真央を好きだからではなく、真央の幼馴染の渡辺聡に対する嫌がらせのためだった。聡は真央には意地悪をするが、他のみんなに見せている顔は性格もよくて、顔もよくて、成績もいいと完璧であり、それがむかつくから幼馴染で大切にしているであろう真央を奪ってやろうということらしい。思い出して真央はイライラする自分に気づき、慌てて深呼吸をする。そして、もう一度考えた。
「…利用してやる」
小さな声が口から洩れる。そうだ、利用してやろうと真央は思った。彼氏ができれば聡だって離れていく。真央はずっと聡から離れたかった。それがようやく叶うのだ。晴人の言い方からして、自分をだまして付き合ったことを皆に言いふらしバカにするなんてことはしないだろう。それならいつかフラれはするが、付き合えば、聡を好きではないということを周りに知ってもらえる。何度否定したところで聡のファンたちは真央を敵視する。それがなくなると思えば安いものだ。あっちが利用するなら、こっちだって利用すればいい。ちょっとくらいおいしい思いをしたっていい。格好いい彼氏がつかの間できたって、それくらいおいしい思いをしたって許されるだろう。
「初カレがイケメンってなかなかいいかもしれない」
声に出せば余計にそう思えてきた。伊達に16年も聡の幼馴染をしていない。
そうとなれば善は急げ、だった。身支度を整え、急いで学校に向かう。一応記念すべき「初めてお付き合いする日」になるため、いつもより余計に髪の毛を整えてみる。校則ぎりぎりの茶色いシュシュで髪を少し高い位置にくくった。
「いってきます」
軽やかに家を出る。ここで大切なことは2つ。1つ、付き合うということを周りに知ってもらうこと。それでなければこの話を受ける意味は半減する。晴人と付き合うことで聡が好きなわけではないとファンの人たちに理解してもらわなければ困るのだ。そしてもう1つは聡にバレるわけにはいかないということ。真央の幸せをことごとく奪うあの悪魔に知られるわけにはいかない。
だから家を出て、少し歩いた先で、「今日は先に行く」と連絡と入れた。すぐにスマホの電源を切る。あとは晴人を見つけ、皆の前で付き合うことを宣言するだけだった。
「今日は、早い登校なんだな」
壁に背を預けて、スマホを手にした聡が目の前に見えて、真央は思わず二度見した。
「な…んで…」
「勘?」
思い返せば、今までだって聡の第六感は冴えわたっていた。真央の幸せを邪魔するという意味において。
「で、なんで今日はこんなに早いんだ?」
問いかける聡に、真央はすぐに冷静さを取り戻す。真央に何かある、そう思って待ち伏せをした。けれど、何があるかはわかっていない。そんな様子だ。なら、勝機はまだある。
「昨日、女の子たちに囲まれたでしょ?昨日の今日で、聡と一緒に登校しない方がいいかなって思っただけだよ」
「ふ~ん」
「だから今日は別で行こうよ。聡だって、聡のせいで私がいじめられるのは不本意じゃないでしょ。聡のキャラ的に私を助けないわけにはいかないだろうし。たぶん、面倒事増えるんじゃない?」
「……いや、やっぱ、一緒に行く」
聡の言葉に真央は舌打ちしそうになる己を必死で止めた。迷ったうえでの回答。あと一押しだったのに。
けれど、と考えを変える。聡が近くにいながら、告白の返事をすれば聡に気がないことを示すには決定的だ。真央の幸せを邪魔してくる悪魔の目の前で幸せになるのもいいのかもしれない。聡から離れる理由にもなるはずだ。
「わかった。じゃあ、一緒に行こう」
「やけに素直だな」
「聡に逆らっても無駄だって、学びましたから」
「ふ~ん」
どこか伺うように真央を見る聡とさりげなく視線を合わせないようにしながら真央は歩き出す。聡も壁から背中を離し、隣を歩いた。
ふと、真央は聡を盗むように見る。少しだけ茶色がかった髪はさらさらで、身長は高い。すらっとした足は長く、身体はバスケ部で鍛えているためか、程よく筋肉がついている。格好いいな、と思った。小さい顔も大きな目。真っ黒の瞳が可愛さまでも演出している。この顔で、勉強もできて、バスケ部ではエース。本当に完璧だなと思った。そしてこんな人が隣にいれば、彼氏ができるなんて、夢のまた夢だな、とも。
「何見てんの?…もしかして、見惚れた?」
からかうように真央を見る。そんな聡に真央は素直に言った。
「うん。やっぱ、聡って格好いいんだね」
「…は?…なんだよ急に」
「なんとなく思っただけ」
「俺が格好いいなんて、ずっと前から知ってだろ?」
「まあね」
悪いのは性格だけだよね、そんな本音をどうにか隠し、真央は小さく笑う。そして再び心に誓った。聡から離れよう、と。
「あ、戸澤くん」
学校まであと300mといったところか。目線の先に目的の人物を見つけた。真央の突然の行動に聡が不機嫌そうに一瞬表情を歪める。けれど周囲に同じ学校の生徒たちがいるため声に出して言うことはなかった。これ幸い、と真央は晴人に駆け寄る。
「おはよう、早瀬さん」
「おはよう。あのね、昨日の返事しようと思って」
「え?…ちょ、ちょっと待って。ここで返事くれるの?」
「うん。…私、戸澤くんと付き合うね。告白してくれてありがとう」
不自然にならない程度に声を張った。周りが驚いたようにこちらを見る。人気者の晴人に、ある意味有名人である真央という組み合わせ。噂は光の速さで伝わるだろうことは想像に難くない。
周りの視線は真央と晴人とそれから一瞬遅れて聡へ向けられた。動揺する晴人に放心の聡。その二人を交互に見て、真央は聡の方を向く。
「聡、そういうわけで、今日から戸澤くんと付き合うことになったから、これからは聡とはあんまり一緒いれなくなっちゃった。ごめんね」
「何、言って…」
「昨日の夕方、戸澤くんが告白してくれたの。それで今、返事させてもらったんだ。初めての彼氏。聡も喜んでくれるでしょう?」
ここでのポイントは晴人からの告白であること。聡も喜んでくれていること。それを周囲にわからせることだ。聡の近くにいればこれくらいの自己保身はできるようになる。晴人の告白の理由が真央自身でなくとも、「晴人が真央を好き」ということを周囲に印象づければすぐに別れを切り出されることはなく、立場も上に立てるだろう。「イケメンに好かれている私」をしばらくは堪能できるはずだ。
「戸澤…えっと、晴人、くん。これからよろしくね」
「え?…あ、うん。…よろしくね、早瀬さん」
顔を引きつらせる晴人に、しかし自業自得なので、フォローはしない。真央はにこりと笑うだけにとどめた。聡の隣から晴人の元へ。悪魔から解放される記念すべき一歩だった。
「何、勝手なことしてんだよ」
けれど、その一歩は伸びてきた手によって阻止される。聡を見れば見るからに「怒っている」という表情。
「聡、大丈夫?猫、かぶり切れてないよ?」
親切にも小声で教えるが、聡の耳には届かない。
「ふざけんな。お前は俺の言うことだけ聞いてればいいんだよ!」
王子様キャラはどこへやら。上手くことを運ぶには好青年がいい、そういってずっとキャラを作ってきたくせに本性むき出しで怒り出す聡に真央の方が慌ててしまう。
「…聡くん、どうしたのかな?」
「なんか、いつもと違くない?」
ざわつく周囲。けれど聡は気にしていないようで真央の右手を強引に引っ張った。想定外の行動に体制が崩れる。
「大丈夫?」
「え?あ、ありがとう」
支えたのは晴人だった。抱き合うような二人に聡から大きな舌打ちが聞こえた。
「そいつに触んな」
「…渡辺の本性ってこっちなんだね」
「うるせぇな。お前に関係ねぇだろ!お前、何なんだよ!」
「……早瀬さんの彼氏、かな」
少しだけ考えるしぐさをし、そう言う晴人に聡はもう一度舌打ちをした。その聡に笑みを浮かべる晴人を見て、そうだった、と真央は思い出す。聡に嫌がらせするための告白劇だった、と。周囲が突然の聡の変化に動揺し、距離を取っている今、さぞかし気分がいいだろうな、と真央は思った。けれど、と晴人を見る。悪魔のクオリティはそんなに甘くないことは真央が一番よく知っていた。
「真央、大丈夫?」
教室に入ると心配そうな顔をした愛花が迎えてくれた。他の人たちは遠巻きにこちらを見ている。
「…面倒くさい。かなり、面倒くさい」
「まあ、面倒くさいって言えてるなら、大丈夫か」
「ねぇ、私、何かしたかな?」
「何もしてないよ」
即答してくれる愛花がありがたかった。少しだけ心が落ち着いてくる。
「なんであの悪魔、私の幸せことをごとく潰してくるわけ?」
愛花にだけは聡の本性を話していた。初めは信じられないと言っていた愛花も真央といるとき、時々漏れる表情から聡の本性を察したようで、他の女子生徒のような感情は抱いていない。
「戸澤くんと付き合うと真央は幸せなの?渡辺くんから離れるために利用しようとしただけで、別に好きじゃないんでしょ?」
全部お見通しか、と真央は苦笑いを浮かべる。けれどそれだけではない。そもそも発端は晴人なのだ。このままだと自分が悪者になってしまうので、真央は事の顛末を掻い摘んで伝えた。
「あいつ、ぶん殴っていい?」
長い黒髪に、きりっとした目。端正な顔立ちの愛花が黒い笑みを浮かべた。鳥肌ものである。そんな愛花に苦笑いを浮かべながら真央は首を横に振った。
「気にしないで。ま、たぶん、今頃悔しがってるだろうし、ある意味制裁済みだと思うよ」
「…?」
「悪魔クオリティすごいから」
「どういうこと?」
「聡さま!」
女子生徒の甲高い声が廊下から聞こえた。真央は苦笑いを浮かべ声のする方を指さす。そこには聡を囲む女子たちの群れ。黄色い声援は昔よりも艶っぽい。王子様だったころのファンは確かに離れたようだ。けれど、別の層のファンがすでについている。前者はお姉さま系が多かった。今回は俺様好きのM女たちだろうか。どちらにしても、さすがイケメン、である。そして本性が悪魔であるだけに、今回はファンの層が妙に厚い。こんなことなら初めから猫なんかかぶらなければよかったのに。黄色い声援が遠ざかる。きっとうざがって、それさえも喜ばれているのだろう。その声の大きさに真央は小さく笑う。
「晴人くんが一番になるには敵が大きすぎるかな」
「…いや、でも、やっぱ、殴りたい」
「まあ、一応私の彼氏だから」
「それ、続行するの?」
「うん。あいつから離れられるチャンスだし。いつも、ことごとく私の幸せを邪魔してきて。本当に悪魔みたい」
「邪魔って例えば?」
「小学生の頃、仲良くなりかけたたっくんに、友也くんとの仲を邪魔されたでしょ。それに、中学生の時の敦くんのときも邪魔されたの。私だって、彼氏欲しいのに!だから、今回はやりきってみせる!」
「……ねぇ、渡辺くんてバカなの?」
「頭はいいけど?」
「じゃあ、コミュ障?」
「友だちは多いみたいだよ?」
真央の言葉に愛花は頭を押さえて息を吐く。
「…いいや、どっちにしても私は真央の味方だからね。でも、戸澤のことは許してないけどね」
「ま、利用してるのは私も一緒だし」
「真央がいいなら、いいけどさ」
納得していないことがわかる愛花の表情に真央は微苦笑を浮かべた。けれど、悪魔と離れるために自ら飛んできた夏の虫を逃すわけにはいかない。
「あ、だから、私、今日から晴人くんと帰るから」
「わかったよ。でも、自分のこと大切にしてね」
「なに、それ」
母親のような愛花の言葉に真央は笑って応えた。
そこからは思ったよりも順調だった。何をするわけでもない、ただ、一緒に帰るだけだったけれど。それでも隣にイケメンがいる生活は思いのほか楽しかった。相手がこちらを好きではないことがわかっているから緊張もしない。友だちの延長のような関係だった。
ゲーセンに寄って帰ったり、サッカー部の応援に行ったり。健全すぎる高校2年生のお付き合いだった。普通と違うのは、ほとんど毎回、聡の邪魔が入ったことぐらいだろうか。ゲーセンに寄れば、俺の方が上手いと一緒に対戦し、部活の応援はバスケ部の応援にも強制的に行かされた。母親同士が仲がいいことを利用し、真央の母を使うという卑怯なまねに出たのだ。聡に甘い真央の母は、聡の応援に行かなければお小遣いをあげないとまで言い出した。あくまで幸せにしない気か、この悪魔、と罵りたい気気持ちをぐっと抑える。
けれど晴人は文句を言わずに真央に付き合ってくれた。重いものは代わりに持ち、車道側を歩いてくれた。髪型を変えればすぐに気づいてくれ、褒めてくれる。今まで男子に優しくされた経験のない真央はそれだけで嬉しかった。
「ごめん。お待たせ」
サッカー部が終わるのを教室で待っていた真央のもとに来た晴人は軽く頭を下げる。そんな晴人に真央は首を横に振る。
「ううん。勉強してたから大丈夫だよ」
「…今日、渡辺はいないんだな」
あたりを見回して晴人が言った。
「バスケ部、明日試合だから、練習長いんじゃない?」
「そっか、今日は二人か」
「うん。いつも聡がごめんね」
「…別に、真央のせいじゃないから」
いつの間にか呼び方が『早瀬さん』から『真央』になっていた。なんだか本当に付き合っているカップルのような錯覚に陥りそうになる。真央は自分の思考に苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、帰ろうか」
そう言って伸びてきた手が真央の左手を掴んだ。突然のことに一瞬フリーズする。
「帰らないの?」
「え?いや、…これ、何?」
繋がれた手を見て真央が言う。そんな真央に少し照れたように晴人は「だめ?」と聞いた。どこかはにかんだ表情に頬が赤くなるのがわかる。
「だめじゃないけど…えっと…今まで、こんなことしなかったからびっくりして」
「真央」
「…何?」
「好きだよ」
夕焼けが差し込む教室。繋いだ手。付き合って2週間の彼氏からの愛の言葉。幸せに感じるはずのシチュエーション。けれど晴人の本性を知っている真央は、「今日はリップサービスがいいんだな」としか感じなかった。しかし、次第に端正な顔が近づいてくる。
あれ?と思った。もしかして、キスをされるのではないかと。目を閉じるか迷って、けれど浮かんできたのは聡の顔だった。ちょっと怒っている顔が脳裏に思い浮かぶ。
「えっと…あの…」
「そいつに触るな」
聞き覚えのある声が耳に入る。声のする方を見れば、苛立ちを隠さない聡がいた。
「野暮だな、お前」
「こいつに触っていいのは、俺だけだ」
そういうと真央の右手を掴んで強引に自分の方に引き寄せた。汗のにおいがする。ちゃんと乾かさず、急いでここに来たのだろう。
「離せよ。真央は俺の彼女だ」
苛立ちを隠さない晴人の声に、聡は真央を背に隠すように一歩前に出た。
「呼び捨てにすんな!」
「渡辺はただの幼馴染だろ?」
「…お前、俺がむかつくだけだろ?お前のダチが話してたよ。俺への嫌がらせで付き合ってるだけなのによく続くなって」
「…」
「俺の事嫌いでも構わねぇけど、こいつを巻き込むな」
聡の言葉に晴人は伺うように真央を見た。真央は困ったように晴人を見返す。
「…実は、知ってたんだ私も。晴人くんが友だちと話しているの、偶然聞いちゃって。でも、私も格好いい彼氏が欲しかったからそれでもいいかなって。…アクセサリー選ぶみたいに付き合うって決めたの。だから、晴人くんばかり責められないよ」
「確かに……初めは、そういう理由だった。でも、一緒にいるようになって、真央のやさしさとか可愛さとか知って、もっと一緒にいたいと思うようになったんだ」
「晴人くん…」
「俺、真央が好きだ」
まっすぐ真央の目を見て、言った。ストレートな言葉に真央の頬に熱が集まる。赤くなる真央を見て聡が舌打ちをした。
「…こいつが…好きなのかよ」
「え?」
「だから!こいつのことが好きなのかって聞いてんだ!」
怒鳴るような声。聡が真央を睨みつける。けれど、その目がかすかに揺れている。もしかして。そんな思いが浮かぶ。もしかして、この人は、とても不器用なのだろうか。
「好き。……って言ったら、どうするの?」
「奪う」
即答だった。
「こっちは何年、お前のこと好きだと思ってんだよ。年季が違うんだ。真央の事は俺が一番知ってる。だから、お前がこいつの事好きならそれでもいいよ。奪うだけだから」
ただまっすぐに、照れもせずそんなことを言う。そんなことを今更。だからやっぱりこいつは悪魔なのだと真央は思う。
「…ねぇ、なんで王子様みたいなキャラでいたの?」
「そうすればお前と一緒にいられるだろ?」
「……じゃあ、なんで私に優しくしないの?」
「好きな子はいじめたくなる性分だから」
「バカなんじゃないの?」
「俺もそう思う。俺がバカだから、こんな奴が出てきたんだ。バカだったなって俺も思うわ」
そう言って聡は晴人を睨みつけた。晴人は聡と数秒にらみ合いを続けたがすぐに苦笑いを浮かべる。
「バカらしい」
どこか自嘲的なその声色に真央は晴人を見つめる。そんな真央に、にっこりと笑った。
「いいよ、別れても」
「…」
「始まりが悪かったのは認めるし、真央の気持ちが俺にないこともとっくにわかってたし」
「…晴人くん」
「ねぇ、真央は俺と一緒にいて楽しかった?」
「うん。楽しかったよ」
偽りのないその言葉に晴人は小さく頷く。
「その言葉が聞けただけでよしとするよ。それに真央の気持ちがどこにあろうが初カレは俺だし」
意地悪な笑みを浮かべ、ひらひらと手を動かして教室から出て行く。真央はその背中をただ見つめていた。
「真央」
どのくらい経っただろうか。聡が真央の名前を呼んだ。真央はそっと聡に視線を向ける。
「…何?」
「お前は俺の事どう思ってるわけ?」
「…」
「おい。言えよ」
「……キスされそうになった時、…なんでか聡の顔が浮かんだの」
「だから?」
「……それだけ」
「はぁ?」
「それだけだよ」
「おまっ!ここまで来て、そんなこと言うのかよ!」
怒鳴りながらも焦っている聡の姿に真央は思わず声を出して笑った。晴人には何一つ聞かなかった。けれど、聡の気持ちは知りたくて色々聞いた。それが何を意味しているのか、自分がよくわかっていた。それでも、小さいころから今までずいぶんとひどいことを言われてきた。そんな悪魔に、仕返しくらいしたって許されるだろう。
「私が欲しかったら、優しくして」
「…わかった。まいったっていうくらい優しくしてやる。覚悟しろよ」
「なんか、怖いよ」
「俺を本気にさせたお前が悪い。ってことで、手始めに」
そう言って聡は真央の手を掴み、自分に引き寄せた。触れるだけのキスを奪うようにする。
「やわらかっ」
「なに…して…」
「なぁ、もう一回」
「い、嫌だよ」
「真央」
まっすぐな瞳で名前を呼ばれる。ああ、だからそれに弱いのだ。逆らえない。こんなに逆らえないのは、きっと、たぶん、こいつが悪魔だからだろう。そう思うことにして、真央は悔しそうな顔で、けれど素直に目を閉じた。
久しぶりに書いた。楽しかった。
終わりを急いでしまうのが自分の悪い癖ですね。2020年、そこを直していきたい。
これからも頑張ります。コメントや評価いただければ幸いです。
読んでいただき、ありがとうございました!!