絶望と希望
「本当にお前と戦わなくちゃいけないのかよ!」
「……俺たちは魔王を倒さなくてはならない。だからこそ、その剣は危険だ。そして、その所有者であるお前も…」
「俺たちは仲間じゃないのかよ! それにオレだって魔王を倒すためにここに呼ばれたんだ!」
「…すまない。しかし、お前の処分をするよう彼らに頼まれた。さもなくば、俺の命も…。せめて、俺の手でお前を倒してやる」
「…分かった。お前は自分の仕事をすればいいさ。
けどなあ、オレはこの世界を救うって決めたんだ。...だからここで倒されるわけにはいかない!」
二つの刃が激しくぶつかり合い、散った火花は男たちの戦いを彩っていた。
出会った当初は同じ目的を目指す仲間だった二人。
だが、今は互いに違う役割を果たすために戦っている。
どうして二人は殺し合うのか――時間は一ヵ月前まで遡る。
見慣れない空、見慣れない場所。凪鳥ツカサはうつ伏せの状態で目を覚ました。
周りはフェンスで囲まれていて、緑色の床が敷詰められている。
(ここは......学校の屋上か?)
ツカサはそう言うと、すぐに頭を振った。
「いや、そんなはずはない。...オレは暴走したエンシェントドラゴンの討伐に向かっていたはずだ」
ツカサは頭の中を整理するために、直前の記憶を口に出した。
そして、大きな疑問に直面する。
――どうしてオレはこんなところにいるのか。
ツカサの後ろには、アルミ製のドアがあって、『立ち入り禁止』と日本語で書かれたプレートが貼ってあった。
ツカサはここであることを確信する。
この世界は、自分が前世で生活していた日本だということを。
ツカサは前世で交通事故にあい、貴族の子供に転生した。前世の記憶を受け継ぎ、どんな魔法や必殺技でも一度見ただけで再現することのできる能力を手にして、多くの仲間と出会いながら様々な偉業を成し遂げた。
『救世主』や『英雄』などと称賛され、次期国王とまで言われていた。
(いったい何が起こったんだよ!)
国王から直々にお願いされた討伐任務のために、大陸から離れた孤島に向かっていたことだけは覚えている。しかし、その先の出来事はまったく記憶にないのだ。
太陽が傾きだしていた。時刻は午後3時くらいだろう。
空を見上げることしたできなかったツカサは、ここであることに気がついた。
(HPゲージとMPゲージが見えるぞ! ということは、ここを開けば…)
傍から見ればただぼっと突っ立っているようにしか見えないが、ツカサにはゲームのようなステータス表示が見えていた。手慣れた様子で操作を続ける。
(スキル一覧っと、……あれっ? 何も表示されないぞ!)
ツカサはとても焦っていた。異世界ではありとあらゆる魔法や必殺技を習得していたので、スキルボックスを開けば、画面上が魔法名や技名で覆い尽くされるはずだった。
しかし、視線の先には何も表示されていないスキルボックスが虚しくあるだけだ。
(まさか、この世界に転生してすべてのスキルがリセットされたのか…)
最悪の展開を迎えてツカサは絶望に襲われる。
(とりあえず、アイテム欄も確認しておこう)
スキルボックスを閉じ、アイテムボックスを開く。
アイテム名 カテゴリ
スマートフォン 通信
ヴリトラ 不明
アイテムボックスにあったはずものはすべて消えていて、代わりにスマートフォンと見慣れぬ名前のアイテムが表示されていた。
(まさか、スマホがあるなんて…)
日本に住んでいたころはもっぱらソシャゲ専用となっていた電子機器だが、異世界にそんなものは当然なく、少し退屈していた時期もあった。
(取り出すには、アイテムを選択して決定アイコンをポチっと)
「アイテム『スマートフォン』が選択されました」という文章が表示され、右手で握るような状態でスマートフォンが現れた。
「これ、オレが使ってた機種じゃん!」
ツカサは思わず声を上げた。
懐かしい触り心地に感動したが、状況が好転したわけではないため、すぐにディスプレイの電源を落とした。
ツカサはもうひとつのアイテムに目を向ける。これに関してはまったくの初見であるため、取り出すのに少し躊躇したが、何かのきっかけになればいいと思い決定アイコンを押した。
その直後、雲ひとつなかった青空が一瞬にして暗闇に変わった。そして、上空に大きな魔法陣が現れ、雷光があちこちで見える。
(おいおいおい…、これってヤバいやつだったんじゃないか)
キャンセルアイコンを連打してみるが、何も起こらない。
ドカーン!
一筋の雷がツカサの目の前に落ちた。
「うわあああああ!」
ツカサは驚きのあまり腰を抜かしてしまった。立ち上がろうとしても力が入らない。
先ほどまでの暗闇が嘘のように、快晴だった空に戻っていた。
落下地点は黒い煙でよく見えなかったが、何か細長い物体が地面に突き刺さっていることは確認できた。
「あれは、…剣か?」
黒い片刃の刀身と翼のような鍔が特徴的な剣がそこにあった。
しばらく経ってから立ち上がり、剣が突き刺さっているところまで歩いていった。
ツカサは今自分が置かれている状況を忘れ、この剣に見入っていた。
自然と右手が柄の方に向かい始めた。そして包み込むように握り、剣を引き抜いた。
「初めまして。我が主」
突然頭の中で声が響いた。
「誰だ!」
「フフフ、私は今あなたが握っている魔道具ですよ、我が主」
低音でミステリアスな雰囲気を声に纏っている。
「魔道具だって? オレは魔法使いじゃないけど」
「ご心配なく。私は持ち主の戦闘スタイルに合わせて形状が変化する魔道具です。また、魔法の適正がなくとも魔法攻撃が可能です。
試しに魔法で流星を落としてみてはいかがでしょうか」
「流星だって? そんなことしたら町が吹っ飛ぶだろ!」
「フフフ、力は使うためにあるのですよ。それを選択するのは主次第ですがね」
まるで悪役のようなセリフを吐く魔道具に対して、勇者であったツカサは嫌悪感を抱きはじめていた。
「お前が強力な武器であることは理解した。だけどな、この世界はそんなに物騒じゃない」
「なるほど。私は戦うためだけの存在――この世界ではあまり楽しめないようですね」
「そういうことだ。今はアイテムボックスで大人しくしていてくれ」
ツカサはアイテムボックスにある収納アイコンを選択した。
黒い剣は光の粒子となって消えた。
「さて、これからどうすっかなあ」
先の見えぬ状況で不安が積もっていた。
――ピロリーン。
スマートフォンに着信がきた。
画面には『転生神』の文字が表示されている。
ツカサは電話にでることにした。
「もしもし」
「初めまして、凪鳥ツカサくん。ワタシは転生を司る神のメーテアよ」
「はあ、神さまですか…」
「神さまから電話がかかってきたというのに驚かないのね。まあ、そのくらい冷静に話を聞いてもらえるほうがこちらとしても嬉しいわ」
ツカサは一度転生を経験しているので、神と名乗る存在に抵抗がなかった。それよりも、これからの生活のことで頭がいっぱいだったのだ。
「何かオレに用ですか?」
「先に言っておくことがあるのだけれど、…あなたをこの世界に呼んだのはワタシなの」
「なに? あんたがオレを呼んだ!? いったいどういうことだ!」
ツカサは衝撃的な事実を告げられ、興奮を隠し切れない。
「落ち着いて…とワタシからは言えないわね。ごめんなさい。…でもあなたを呼んだことには重大な理由があるの」
メーテアの真剣な様子が声からツカサに伝わった。
「この世界に転生した魔王を倒してほしい」