表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/11

第九話 風呂屋の精霊

 アレンは二十人用の大きな木製の湯船に浸っていた。

 湯船には数字を記した薄い木の板が浮かんでいる。木の板に載っている数字を読む。アレンは算盤(そろばん)で計算を確認してから、目を閉じて瞑想に入る。


 しばらくすると、頭の中で渋い男の声がする

【発動条件。対照者の経済状態の把握・禁酒状態・必要アイテム・算盤・女湯での瞑想。スキル・『金銭返済可能確率の啓示』を発動します】


「返済可能確率は九十五%です」と男の声が告げた。

(かなり、高い確率が出たな。これは、エルマンのやつ、運に左右されると吹聴(ふいちょう)していたが、かなり確実な投資と見ていたな。喰えない男だ)


 瞑想を止めて目を開ける。風呂場内は早朝なのに薄暗かった。

 窓に目をやると雨戸が全て閉じていた。魔法の灯も明るさが三分の一くらい落ちていた。

(何だ? 暗くなっているぞ。イリーナの奴が、瞑想し易いように灯を落としてくれたのか?)


 ふと、右後方に視線を感じたので、目を向ける。

 いつのまにか、一人の若い女性が湯船に浸かっていた。女性の肌は白く、茶色の瞳をしていた。

髪は長く赤かった。女性は、どこかぼーっとした顔をしていた。

(おかしいな。借り切りの時間はまだ終わっていないはず。それに、男が入っていたら、普通は入って来そうにないものだ)


「今日の午前中の女湯は俺らの借り切りですが」

「風呂が長いわよ」と女性は苛っとした顔で叫ぶと、薄くなって消えた。

 女性が消えると、魔法の灯は明るくなり、元に戻った。


(何だったんだ、あの女? この世の者ではなかったか?)

 風呂から上がって、三十畳ほどある脱衣所でパンツを穿()く。

 脱衣所ではイリーナが待っていたので、声を掛ける。

「スキルは発動した。借り切っている時間が残っているなら、好きにするといいぞ」


 イリーナは顔を輝かせる。

「いいっすか? やったす! 一度、こんな大きな風呂を、一人で借り切ってみたかったっす」

 イリーナは元気よく服を脱ぐと、タオルを担いで風呂場に入っていった。

 フルーツ牛乳を飲んで、汗が引くのを待つ。


 イリーナが風呂から上がってきた。イリーナも美味しそうにフルーツ牛乳を飲んだ。

 いい頃合いで風呂屋のフロントに行く。

 フロントには風呂屋の女将さんがいた。女将さんの年齢は三十くらい。褐色肌で、瞳は黒。肩まである黒い髪を後ろで縛っている。


 服装は動き赤い半袖シャツに半ズボンを穿いていた。

「開業時間をいつもより二時間も早く開けてもらって、助かった」

 女将さんは気まずい顔で訊いてくる。

「風呂に入っている最中に、異変はなかったでしょうか?」


 イリーナが目をぱちくりさせて答える。

「温度もちょうどよく、お湯も綺麗だったっすよ」

 アレンの答えは、違った。

「そういえば、女の幽霊が出たな。風呂が長いと文句を言って、消えた」


「えっ」とイリーナの顔が歪むので、考えを語る。

「女湯に男の幽霊が出るなら問題だが、女湯に女の幽霊が出るのなら、問題ないだろう。幽霊だって、風呂に入りたくなる時もあろう。不思議ではない」


 女主人が困惑した顔で尋ねる。

「それで、女の幽霊は何と告げていました?」

「知らん。こっちは瞑想中だ。雑念は排除していたからな」

 イリーナが幽霊に同情した顔をする。

「それまた、脅かし甲斐がない客っすね。幽霊は脅す相手を間違えたっすね」


 女主人は困って頼んできた。

「風呂を借りに来たお客様に、こんな仕事を頼むのはなんですが。幽霊を祓っていただけないでしょうか」

「俺は賢者であって、坊主ではない」


 女主人は困った顔で告げる。

「でも、僧侶の前だと幽霊は出ないんです」

「わかった。やるだけやってみよう」


 アレンは脱衣所の扉を開けた。

 脱衣所のベンチの上に、先ほどの女性の幽霊が、バスタオルを巻いて横たわっていた。

 幽霊は苦しそうな顔をしていた。

「噂をすれば幽霊だ。何やら、逆上(のぼ)せているな。イリーナよ、団扇(うちわ)を借りてきて、扇いでやれ」


 イリーナが感心する。

「風呂で逆上せた幽霊って初めて見たっす。けど、逆上せた幽霊を見て、すぐに扇いでやれって頼む御主人も、大物っすね」

 イリーナは団扇を持ってきて、逆上せている幽霊を扇いだ。

 アレンは幽霊を見下ろして告げる。

「幽霊よ。何か伝えたい話があるのであろう? 今なら聞いてやる。話すがいい」


 幽霊が目を閉じて、老婆のような声で語る

「この町に災いが迫っている。災いは高きところから、低きところに流れるであろう」

「お前、さっきまで普通に話していただろう。ちゃんとわかるように話さないと、団扇で扇ぐのを止めるぞ」


「うっ」と幽霊は顔を歪めて、普通の女の声で語る。

「ありがたみが出るように、不思議めいた言葉で教えなきゃいけないのよ。それに、私は幽霊じゃないわ。この街の守護霊で、名前はピンよ」

「わかった、ピンよ。わかりやすく教えるなら、フルーツ牛乳を供えよう」


 ピンが膨れっ面で答える。

「精霊は普通の飲み物を飲めないのよ!」

 アレンはスキル・ブックの中を探す。

『霊体にフルーツ牛乳を飲ませる』スキルが存在した。

(何か、ピンポイントであったな、発動条件は何だ)


【発動条件。精霊の友好度が半分以上・対象霊は風呂上り状態・必要アイテム・フルーツ牛乳二本・一本は対象の整理に供える。もう一本は、スキル保持者が飲む】

(使い道がほとんどなく、効果も限定的で弱いスキルなら、発動条件も緩いのか)


 アレンはフルーツ牛乳を二本買ってくる。

 一本をピンに供えて、もう一本は自分で飲む。

【スキル・『霊体にフルーツ牛乳を飲ませる』を発動します】


 アレンはピンに命じる

「これで、飲めるはずだ。飲んでみろ」

 ピンはアレンを疑ったが、瓶を手に取ると驚く。

「嘘、瓶が握れる!」


 ピンは、おそるおそる蓋を開けると、瓶に口を付ける。

「美味しい!」とピンは顔を輝かせた。

 ピンがフルーツ牛乳を飲み終わったところで尋ねる。

「それで、具体的には、何が起きようとしているんだ?」


 ピンは、あっけらかんとした顔で重要な事実を語った。

「この街には、去年から動かなくなった時計台があるのよ。その時計台の中に爆発物が仕掛けられているわ。それが、今日の昼前にも爆発するのよ」

「何だって? もう、そんなに時間が残されていないだろう」


 ピンは、むっとした顔で言い返した。

「ずっと前から警告していたんだけど、ちゃんと聞いた人は貴方が初めてよ」

「わかった。イリーナ、時計台に急ぐぞ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ