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第七話 魔王バーナード

 風はないが、雨が降りそうなほどに天気は曇っていた。空気は湿気を含んで肌寒い。

 朝早くに、捕虜二十人と九十八人の部隊を率いて砦を出る。捕虜も兵士も皆が緊張した面持ちだった。


 アレンは大きな茶の肩掛け鞄を提げていた。

 アレンの横にいたイリーナが真面目な顔で話し掛けてくる。

「魔王は約束を守るっすかね?」


「わからん、だが、いくら大法螺(おおぼら)吹きの魔王といえど、捕虜交換で嘘を吐きはしない。今後は捕虜交換が成立しなくなる状況がどれほどまずいかわからないほど馬鹿ではない。現に今までは、問題なく捕虜交換が行われてきた」

 イリーナが渋い顔で不安がる。

「捕虜交換は互いに利益になることっすから、破綻すれば問題になるっす。でも、今回の捕虜交換は少し、嫌な予感がするっす」


(イリーナも不安なのか、俺も今回の捕虜交換は何かが起きる気がする)

「何だ、イリーナも、不吉な予感がしているのか? ありがたくないが、実は俺もだ。だから、備えてきた」


 イリーナが興味を示した顔で尋ねる。

「鞄の中身は、スキルを発動させるのに必要な道具っすか? ちなみに、どんなスキルを準備してきたっす?」

「詳しくは教えられない。だが、捕虜交換が行われる、場所、時間、天候と鞄の品を組み合わせるとする。させれば、攻撃系が一つ、防御系が一つ、移動系が一つ、使える」


 イリーナが安心した顔をする。

「なら、大丈夫っすね。御主人のスキルは強力っすから、合計三つも使えれば、だいたいの難局は乗り切れるっす」

「だといいんだがな。何にせよ、無事に捕虜を連れて砦に帰還したいよ」


 捕虜交換を行う場所が見えてきた。早くに出たつもりだったが、魔族側が先に場所に到達していた。百mの距離を空けて対角線上に位置する。

 人間側の外交官が叫ぶ。

「よし、なら互いに、捕虜を歩かせて交換するぞ」

「待てい!」と大きな声がする。


 全長十五mの漆黒の龍に乗った男が中間地点に降下してきた。男は身長三mもある髭面の大男だった。

 髭は黒々と艶があり、髪も黒い。角はないが、目は真っ赤だった。装備は全身を黒い甲冑で覆い、大きな黒い剣を背負っていた。

「魔王だ、魔王バーナードだ!」と護衛の兵士から悲痛な声がする。


 アレンは冷静にバーナードではなく、降りてきた黒龍を見ていた。

(あの、黒龍、何か変だな? 妙に落ち着いている)

「慌てるな。こちらには賢者殿がいる」と、護衛部隊の兵が緊迫の声を上げる。

 アレンは、じっとバーナードを凝視する。

(こいつが、魔王バーナード。俺が排除しなければならない障害の一つか)


 バーナードは龍から降りると、天を指差す。

 上空百mには、いつのまにか体長十mほどの黒い龍が五頭も旋回していた。


 バーナードが自信たっぷりに発言する。

「あれは、我に従う竜騎兵よ。戦いのために連れてきた」

 若い外交官の男が怖れた顔で抗議する。

「竜騎兵を連れてくるなんて、約束違反だ」

 抗議はしたが、外交官は今にも震え出しそうだった。


 バーナードがむすっとした顔で告げる。

「何を馬鹿げたことを。魔王といえど、一人は一人。一騎当千の竜騎兵といえども一人は一人よ。約束に問題なし。もっとも、捕虜交換の約束は、なしだ。人間は皆殺しにする」

 イリーナが即座に短剣を構えて、アレンを庇って前に出る。


 バーナードの言葉に味方の兵は、ざわめく。

 アレンは怖れることなく、余裕のある声でバーナードに告げる。

「これは、失礼した。今度からは、人数は百人以内。戦力は百人分以内とせねばなりませんね。こちらも、魔王殿の対応をとやかく言えない。人間側の代表として俺が来たのですからね」


 バーナードは大きな目でギロリとアレンを睨む。

小賢(こざか)しい人間よ。俺はそういう人間は大嫌いだ。名乗れ。墓に名を刻んでやろう」


 アレンは物怖じせず挑発的に告げる。

「俺の名は、アレン。だが、俺を埋葬したいなら、墓は一つでは足りない。魔王の後ろにいる魔族の九十九人分と、捕虜になった魔族の二十人分の墓も用意したほうがいい」


 バーナードが馬鹿にしたように笑う

「我以外の全てを討ち取るだと? お主に、それができるのか?」

「この場の魔族を全て討ち取ることは、できる。だが、実体がなく、遠くで観賞しているだけの魔王は討ち取りようがない。いれば、討ったがな」


 バーナードが眉間に皺を寄せて尋ねる。

「我が偽者だというか? 根拠は何だ?」

「黒龍だ。魔族に演技はできても、黒龍に演技はできない。黒龍には戦意がない。黒龍を見れば、主が本物かどうかわかる」


 バーナードは感心した顔で、素っ気なく告げる。

「なるほどのう。見てないようで、見ているのか。さすがは、賢者アレンよ。余興は、ここまででいいだろう。では、捕虜の交換をしようか」

 イリーナが、きょとんとして顔で尋ねる

「竜騎兵を戦いのために連れてきた、ってのは?」


 バーナードは実に楽しそうに語る。

「はっはっは。あれは嘘だ。龍騎兵は捕虜の運搬用よ」

「じゃあ、人間は皆殺しにする、ってのは?」


 バーナードはにこにこした顔で気さくに語る。

「それも、嘘だ。余興は余興よ。心配するでない。単なる、暇つぶしよ」

「嘘だ」と発言するバーナードの言葉にこそ、アレンは欺瞞(ぎまん)を感じた。

(これは、捕虜交換を終えて、こちらが後ろを向けると、危ないな)


 バーナードは大きく構えて、軽い調子で指示する。

「では、金貨の入った袋を持たせた捕虜を、人間側に向かわせる。一人が着いたら、賢者は三人の捕虜を送れ。あとは一人ずつ交換だ」

 ピリピリしたムードのなか、ゆっくりと捕虜の交換が進む。

 途中で雨が降ってきたが、気にしない。


 捕虜の交換を終えると、アレンは味方に四列になるように命令を出す。

 アレンは(かばん)から(たすき)と眼鏡を出して掛ける

【発動条件。冷たい雨空の下・対象集団人数二百五十五人以下・先頭の人間は武器の携帯不可。先頭の人間は眼鏡と(たすき)着用。スキル・『高速集団移動』を発動します】


「全軍駆け足」とアレンは号令を掛ける。皆が一斉に走り出す。

 風景が高速で、後ろに流れるように過ぎていく。徒歩で三時間以上も掛かった移動を、帰りは十二分で走って帰った。



【お知らせ】

 更新頻度が二日に一回に変わります。次は11月9日です。

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