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第六話 『寝返り』のスキル発動

 翌日、魔族の上流階級の格好をして座敷牢に行く。

 座敷牢の前では、イリーナがカツ丼を作る準備をしていた。

「カツ丼の準備はどうだ。カツ丼がないと、スキルが使えないぞ」


 イリーナが笑顔で胸を張る。

「問題ないっす。割下の入手には苦労したっす。けど、材料は全て持ってきたっす。牢屋番を買収して、廊下で豚カツを揚げるための鍋、油、それに固形燃料も、持ち込んだっす」

「そうか。なら、部屋に入ったら、廊下でカツ丼を作ってくれ」


 イリーナが自信顔で発言する。

「任せるっす。こんな任務は、ちょちょいのちょいっすよ」

 扉をノックしてから、イリーナに鍵を開けさせて、中に入る。

 エマはアレンの格好を見ると「ぷっ」と噴き出した。が、すぐに澄ました顔になる。

(ショックだけど、受けたよ。イリーナの見立て通りだな)


 エマが椅子に腰掛けたので、アレンも向かいの席に腰掛ける。

「名前はエマさん――で、よろしいですか? 俺の名は、アレンといいます」

 エマの表情が、微かに強張(こわば)る。

「アレンの名前には聞き覚えがあります。勇者ザビーネより、賢者の称号を授与された人間です。貴方が、賢者のアレンですか?」


「そうです。俺が、そのアレンです。さて、エマさんは、魔王バーナードをお嫌いと聞きました」

エマがきつい瞳でアレンを睨む。

「これは尋問ですか? ならば、私は何も答えない。たとえ、二度と祖国の土を踏めなくてもです」


「尋問ではありませんよ。そう、これは、お互いの利益になる交渉です」

 エマはつんとした表情で否定する。

「バーナード陛下を否定する立場に私はいません。軍人なら魔王様に忠誠を誓う心情は当然です。私は人間ではない。魔族です」


 アレンは立つとカーテンを閉める。部屋に入ってくる光が減り、部屋が薄暗くなる。

 エマの表情が硬くなり、口を(つぐ)んだ。

 アレンは、さも重要な話がある風を装って、再び席に座る

「隠さなくてもいい。俺も、勇者ザビーネに忠誠を誓っているわけではない」


 エマが険しい顔で問い(ただ)す。

「勇者ザビーネの否定は人間の国では死を意味すると聞いています。なぜ、私の前で、ザビーネを否定する話をするのですか? 意味がわかりません」

「私はバーナードの敵です。ザビーネにも臣従していません。にっくきは、この世界の戦乱です。俺は、この戦いを終わらせたい」


 エマが挑戦的な顔で尋ねる。

「それは、人間が負ける結末になってでも、ですか?」

「よく、考えてください。この、戦争に勝者など、いるのでしょうか? いや、いません。ここは、勇者か魔王を排除するに限る。できれば、両者を共倒れにして戦争を終わらせるべきです」


 扉の外で、豚カツを揚げる音がして、揚げ物の匂いがする

 エマは意地悪く微笑む。

「なるほど。それで、アレン殿の申し出を拒否したら、私を煮え(たぎ)る油の中に投げ込んで処刑するのですね。人間のやりそうな手口だ」

「いやあ、違います。あれはカツ丼を作るために、豚カツを揚げているんです」


「えっ」とエマの顔が歪む。

「カツ丼ですよ。知りませんか? ブッチャン教の禁忌の食べ物です。噂では、なかなかに美味しいそうです」


 エマが困惑顔をする。

「カツ丼は知っています。ですが、ここで、その名を聞かされるとは、思わなかったわ」

「割下も作ってきました。卵も産みたての卵を用意しました。卵の表面は強い酒で拭き、汚れを落とした清潔なものを使用します。これで、カツ丼に半熟の卵が使用できます」

 エマが、ごくりと喉を鳴らす。


(あれ、何? この人、もしかして、むっちゃカツ丼を食べたかったの? 魔族の懐柔にカツ丼って有効なのか?)

 アレンの視線に気が付くと、エマはクールな表情で横を向く。

「カツ丼ごときで、仲間になるなんて思わないで」

「じゃあ、カツ丼、要らないんですか? 金貨とかのほうが、いいんですか?」


 エマが苛っとした顔をする。

「金貨は金貨。カツ丼はカツ丼よ」

(両方とも欲しいのかよ。素直に要求してくれたほうが、わかりやすくていいんだけどな)


 トントンとドアをノックする音がしたので、ドアを開ける。

 カツ丼に先割れスプーンをつけて、イリーナが差し出す。

 アレンはカツ丼と先割れスプーンを受け取ると、エマに差し出した。


 エマはカツ丼を懐かしそうな顔をして見ると、先割れスプーンを使い、器用に食べ始める。

 アレンは、エマに会う前に食事を済ませてきた。されど、エマが食べるカツ丼がとても美味しそうだった。

 あまり、人の食事風景を見るのも失礼に思えたので、窓辺に立つ。


【発動条件。対照者の忠誠心半分以下・おもろい服装・薄暗い密室で二人きり・必要アイテム=カツ丼・を確認。スキル・『寝返り』を発動します】

(おっと、スキルが発動したね。やはり、イリーナの見立て通りに、エマは魔王に対する忠誠心は半分以下だったか)


 カチャカチャとスプーンが丼に当る音がする。

「美味いですか?」と尋ねると、エマが涙声で「はい。美味しいです」と返ってきた。

エマが独りでに話し出す。

「うちの村は養豚が盛んな畜産村でした。子供の誕生日には、よく豚肉の揚げ物が食卓に並びました。ですが、戦争が酷くなると、育った家畜は、すべて軍に取り上げられました」


「肉類を使った食事は、兵士の士気を上げる格好の材料だからな。戦時下で物価が上がって買い上げると馬鹿にならない。だから、魔王軍は重税で取り上げたのか」

 エマは寂しげな顔で、(うつむ)いて語る。

「そうです。私はまた昔ののように、村の皆が肉を食べられるような世界にしたい」


「ならば、俺に協力してくれますか?」

 エマは真剣な顔で要求した。

「わかりました。協力は、しましょう。ですが、タダでは協力できません。意地汚い女と思われるかもしれませんが、危険に見合う報酬がほしい」


「わかりました。では、情報のやり取りの仕方、報酬などは、このあとに俺の秘書が来るから、話を詰めてください。働きに見合うものを用意しましょう」

「わかりました。終わらせましょう。この不毛な戦争を」


 アレンが部屋を出ると。イリーナが料理の後始末をしていたので、告げる。

「スキルはうまく発動した。エマは内通者になってくれた。好きに使うといい」

 イリーナは笑顔で請け負う。

「わかったっす。では、あとは任せるっす」

(これで、俺の計画も一歩、前進か。だが、先は、まだまだ遠いな)


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