第四話 捕虜を確認しよう
自室に戻ると、イリーナが待っていた。捕虜交換の責任者となった事態を教える。
イリーナは素直に驚いた。
「そんな任務は受けては駄目っす。成功しても失敗しても、後悔するっすよ」
(やはり、イリーナも同じ考えか)
「俺は新参者だ。実績を立てていかねばならない。ある程度、上の人間と親しくならないと戦争は終わらせられない。ここで躓くようでは先がない」
イリーナが不安も露に意見する。
「もう、だからって、無茶っすよ。あの、ザビーネからの依頼なら、用心しても用心しきれないっす。どこから横槍が入るか、わからないっすよ」
「そういう時のために、俺は万のスキルを持っている。俺だって何も考えなしで、依頼を引き受けたわけではない」
イリーナが目を細めて疑う。
「本当すっか? 疑わしいっすよ」
「疑ってくる人間はザビーネだけにして欲しいものだな。今から、俺が持つスキルの中から、使えるスキルの検索を懸ける。きっと俺を救う作戦に役立つスキルは存在する」
頭の中で「開け、スキル・ブック」と念じる。頭の中に渋い男の声が響く。
「どのようなスキルを、お探しですか?」
(寝返って間者になってくれそうな魔族を探すスキルを頼む)
「スキル『内応』『謀反』『寝返り』があります」
(よし、寝返りの条件を教えてくれ)
【発動条件。対照者の忠誠心半分以下・おもろい服装・薄暗い密室で二人きり・必要アイテム=カツ丼】
(何となく、発動条件はわかった。今回はそれほど厳しくはない。おもろい服装がちょっと難しいか、ぐらいだ。ただ、カツ丼って何だ?)
「イリーナ。カツ丼って、聞いた覚えはあるか? これが今回の作戦の肝になる」
イリーナが首を傾げて思案顔をする。
「確か、ブッチャン教で禁忌とされている食べ物だと思ったっす」
(知っているとは、ありがたい。イリーナは中々に有能だ)
「よし、イリーナは、そのカツ丼の造り方を探ってくれ。俺は、裏切ってくれそうな魔族を捜して、魔王軍の中に間者として送り込む」
イリーナが目をぱちくりさせて申し出る。
「情報収集するなら、うちがやるっすよ。うちは魔王軍の中にも入れるっす」
「魔王軍の中に間者を潜ませる状況が、必要なんだ。ザビーネからの嫌疑が懸かった時のための保険だ」
イリーナが興味を示して尋ねる。
「どういう風に使うっすか? 気になるっすね」
「裏切り者の嫌疑が、懸かったとする。実は、間者を潜り込ませるための芝居でした、とか。間者による情報によると○○が本当の謀反人ですとか。言い訳するために必要なんだよ」
イリーナが真剣な顔で頼んだ
「さすが御主人、考える内容が、悪いどいっすね。でも、最後に間者を誰にするかを決める時は、うちも判断させてほしいっす。御主人は人がいいっす。また、スキルを過信しているところがあるから、心配っす」
(俺一人で充分だとは思うが、人を見る目はイリーナのほうがある。頼れるところは頼ったほうが安全か、なにせあのザビーネが絡んだ依頼だ)
「わかった。最後はイリーナにも意見を聞く。では、カツ丼の調達は頼む」
イリーナが出て行ったので、アレンは捕虜が囚われている牢獄に行く。捕虜用の牢獄は石造りの地下牢だった。牢は正面に鉄格子が嵌められる、暑い壁で区切られている。牢と反対側の壁には魔法の灯があるので暗くはない。
牢屋番の中年兵士の男に声を掛ける。
「捕虜交換に先立ち、捕虜の人数と状態を確認しに来た。捕虜を見せてもらうぞ」
「勝手に見ていってくだせえ」と牢屋番は呑気な様子で返事をする。
捕虜は全部で十九人いた。捕虜はたいがい二人一組だが、一人で収容されている魔族も三人いた。
捕虜は怪我をしている者はいたが、動けないほど酷く怪我した者はいない。
牢屋の中は臭うが、不衛生ではなかった。確認のために牢屋番に声を掛ける。
「捕虜は全部で十九人か?」
牢屋番は面倒臭そうに答える。
「捕虜は全部で二十人ですよ。一人は女性なので、綺麗な座敷牢に入れています」
「座敷牢の場所はどこにある、捕虜を全員確認しておく必要がある場所を教えてくれ」
座敷牢の場所を聞いて行ってみる。女性は城の地下牢ではなく、一階にある座敷牢に入れられていた。
扉に付いている小窓から座敷牢の中を覗く。
十二畳ほどの、こざっぱりした座敷牢が見えた。部屋の中の家具はベッドとテーブル、それに椅子が二脚しかない。
(トイレがある点を除けば、俺の部屋と大して違いはないな)
座敷牢には一人の魔族の女性が囚われていた。女性の身長は百六十㎝で痩せ型、手足には筋肉が付いており、戦士の風格があった。
肌の色は褐色で、黒い髪をしている。顔は卵型で、凛々しい顔をしていた。
魔族らしく、頭から小さな角が二本、延びていた。服装は茶のハーフパンツと、ハーフシャツを着ていた。
牢屋番が呑気な顔で告げる。
「名前はエマです。魔王軍での階級は十人隊長です。それ以外、本人は何も喋りませんでした。他の捕虜の話では、魔王軍で進軍ラッパを吹く隊を指揮していたそうです」
「進軍ラッパを吹く部隊の隊長にしては、待遇がいいな」
牢屋番の男は首を竦めて、恐々と発言した。
「賢者様は知らないんですね。ザビーネ様は女性捕虜の扱いに関して厳しいんですよ」
「ザビーネ様にしてはお優しい対応だな。いいことのなのだが」
「ザビーネ様の眼が光っている場所で女性の捕虜に手を出そうものなら、アソコをちょん切られますぜ」
「それは、怖いな。なんにせよ、ザビーネ様に疑われないにかぎる、か」
だが、アレンは、エマがただのラップを吹く部隊の隊長に思えなかった。エマの物怖じしない佇まいを見ていると、気品と芯の強さを感じた。
(エマを本当の間者に仕立て上げれば、魔王軍の情報を探るイリーナの負担も減るのではないだろうか)
その日は、座敷牢から黙って立ち去った。
互いの外交官の折衝により、捕虜交換の人数と日取りが決まる。
人間側は捕虜となっている魔族二十人を引渡し、十八人の捕虜と金貨の入った袋を受け取る。捕虜を護送する人間は百人まで。引渡し場所は国境の平野と決まった。