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第三話 勇者ザビーネ

 勇者ザビーネは、今年で三十になる女性である。

 身長は百七十㎝と、女性にしては高く、体型もがっしりしている。金髪の髪は短く、丸顔で目鼻が整った顔をしていた。


 戦時には勇者の鎧に兜で身を固め、剣と盾を持って戦う。今は戦争の終結時とあって、平服の青い服に、腰から剣を佩いただけの格好をしている。

 ザビーネは砦の主の席に座り、指揮官が横に立つ。ザビーネは人間の国の勇者であるが、兄は摂政をやっており、権力者の一族に身を連ねているためだった。


 ザビーネの表情は暗く、目の下には隈がある。目の下の隈は魔王との戦いの疲労のためではない。常に頭を悩ませる、どうでもいい(本人にとっては、重要な)悩み事のためである。

「賢者、アレン、参上しました。ザビーネ様が無事で何より。ほっとしております」


 本当はザビーネにはいなくなってほしい。だが、本当の気持ちを告げれば処刑されるので、当たり障りのない挨拶をしておく。

 ザビーネはアレンの言葉を、露骨に疑った

「アレンよ。お前の功績は認める。されど、嘘を()いているであろう」

「なにを根拠にそのようなことを仰います。身に覚えがありません」


「我なぞ、魔王と戦って共に死ねばよいと思うておろう。言わなくても、はっきり顔に出ているわ」

 ここでザビーネに心を読まれたと思ってはいけない。ザビーネは、いつも誰かが自分のことを死ねばよいと思っている被害妄想を、本気で抱いている。

 ここで、まかり間違って「はい」などと答えようものなら、確実に殺される。


 アレンは笑顔を心掛けて、やんわりと否定する。

「ザビーネ様、そのようはことは絶対ありません。もし、ザビーネ様の失脚を目論(もくろ)むなら魔族の軍を打ち破ったりは絶対にしません。これまで私があげた功績の数々も、ザビーネ様が認めてくださったからこそです」


 ザビーネは視線を泳がせる。

「アレンの度重なる功績はわかっている。わかっているが、どうも怪しい」

(今日のザビーネは、いつにも増して、気分が優れないな。戦いでハイになった後に来る極度の不安状態だな。これは少々注意したほうがよい)


「私は、法螺(ほら)()き魔王と違います。(やま)しい心など、一切ございません。私は今回の功績を持って、ザビーネ様に従いていきます」

 ザビーネは、そわそわと貧乏揺すりをする。

「本当か? 本当であろうな?」


 少々くどいようだが、ここは何度も「本当です」と答えるのが、ザビーネとの謁見から生還する秘訣だった。

「本当です。このアレン、ザビーネ様から賢者の称号を頂いた恩を、一秒たりとも忘れてはおりません」


 ザビーネが目を泳がせそわそわした態度で語る。

「ならば、よい。よいのだが、不安だ。不安でしかたない」

(挨拶はこの辺でいいか。そろそろ本題に入らないと、夜が明ける。それに、ザビーネの不安が高まれば、段々と身の上も危険になる)


「ザビーネ様。それで、私を呼んだ理由をお聞かせください。薬の処方でしょうか? それとも、内政に関する助言が欲しいのでしょうか?」

「薬は薬師から処方してもらっている。あまり効かんがな」


「長く飲まねば効かぬ薬もありますからな」

「政治は兄のヤウズが滞りなくやっている。アレンには私と一緒に、国境の街ソーマに来てほしい」

(はて? ソーマの街は、平和そのものだったはず)


「ソーマの街に、何か厄介事でもありますか? あそこは国境の街ですが、平穏だと聞きます」

 ザビーネが神経質な顔で告げる。

「魔王のバーナードがソーマの街を狙っている。我はソーマの街に滞在する。なので、アレンにも来てほしい」

(摂政ヤウズの入れ知恵だな。ヤウズの目的はザビーネの休養と中央からの切り離しか?)


 ザビーネは強い。だが、疲れれば疲れるほど、被害妄想が強くなる。そのため、どこかで休ませねばならない。

 けれども、下手に中央に戻せば、処刑の嵐となる事態をヤウズは見ている。


 処刑が乱発されれば、遺族たちの反感が大きくなり、政権運営に問題を来す。

 なので、ヤウズはザビーネを遠くに起きたい。だが、理由もなく遠くに置けば、今度はヤウズに矛先を向く。そこで、魔王が攻めてくるかもしれないと言いくるめた、と推測できた。


 もし、攻めて来なくても問題はない。大法螺吹き魔王ことバーナードは、どこかで「ソーマを手に入れる」または「ソーマとその周辺は近々我が物になる」と公言しているはずだ。 

 バーナードが攻めると吹聴(ふいちょう)しているので、警戒の名目にザビーネを配備する決定をしても、ザビーネは受け入れる。


(もう、戦争は秋の終わりまでないのになあ。だが、余計な内容を口にして摂政のヤウズに目を付けられるのも避けたい。今は、まだヤウズと戦う時ではない)

「わかりました。このアレン、ザビーネ様についてソーマ入りしましょう。ソーマをバーナードから守りましょう」


 ザビーネが懐疑的な顔を向けてくる。

「そのような聞こえのよい言葉を言っておいて、実はお主はバーナードと繋がっておるのではあるまいな」

「バーナードと繋がっていることなぞ、断じてありません。そこは信じてください」


 ザビーネが苛立った顔を向けてくる。

「本当か? 我が軍に魔王軍の間者が忍び込んでいるとの噂がある。まさか、その間者の正体はアレンではないのか?」

(ザビーネはかなり疲れているな。普段は、ここまで被害妄想が強くない)


「間者とは人目につかず、こっそり忍ぶもの。ここまで堂々と陣中を歩く間者はいないでしょう。それに、このたびの戦で私は魔王軍の兵士を大勢、討ち取っております。討ち取った首の数が、間者ではない証です」

 ザビーネが不安そうな顔で爪を噛む。

「そうか、そうであったな。わかった、ならば、もう一つ仕事を頼みたい。捕虜を交換してきてもらいたい」


(これ、嫌な仕事だ。誰もやりたがらなくて、俺に役目が回ってきたな)

 仕事なので、成功すれば評価される。だが、ザビーネの性格からすれば、捕虜の交換を成功させるような人間は魔族と通じているかもしれない、と疑う。

 ザビーネの思いつきのような疑いは、やがてザビーネの中で事実となり、処刑コースと繋がる。


 では、失敗すればどうなるか。ミスが過大に評価されると、よくて失職、悪くすれば処刑である。

成功しても失敗しても処刑に繋がる仕事ゆえ、誰もやりたがらない。

(断りたいところだが、賢者の称号を貰っている。俺は新参者だし、スキルで、どうにかするしかないか)


「わかりました。事前折衝はお願いします。あと、捕虜を運ぶ人間を、用意してください。さすれば、責任は私がきちんと果たしましょう」


 ザビーネが暗い顔で承諾した。

「成功した暁には、きちんと報いるゆえ、よろしく頼むぞ」

(素直に送り出すところをみると、やりたがる奴がいなくて、ザビーネも困っていたのだろうな。被害妄想狂でも、使える奴は利用するところは、兄のヤウズと同じだな)


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