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第二話 間者のイリーナ

 砦に帰ったアレンは、あてがわれた自室に行く。自室はテーブルに椅子とベッドしかない殺風景の部屋で、広さは十二畳ほどしかない。

 椅子に座って一息吐くと、ドアがノックされる。「入れ」と声を掛けると、一人の少女が入ってくる。


 少女の身長は百五十五㎝、体重は五十㎏。年齢は十六歳。黒髪で白い肌をしている。

 顔は愛嬌のある丸顔で、髪は短い。服は簡単なクリーム色のシャツに茶のズボンを穿いて黒のブーツを着用していた。名前はイリーナ。アレンが雇っている、助手であり、間者である。


 イリーナはトレーの上にカップを二つ載せていた。イリーナがテーブルにカップを置く。

 生姜のよい匂いがした。

 イリーナは当然のようにアレンの向かいに腰掛ける。

「御主人、お疲れっす。外は寒かったでしょう」

「寒かったよ。パンツ一枚だったしな。それに、熱々のカレー・ライスをきちんと喰うために一食抜いたから、空腹と寒さで、辛かったよ」


 イリーナが、にたにたと笑う。

「それは寒かったすっね。外はまだ雪が残っているところもあるっすからね。なんなら、人肌で暖めてやりましょうか」

「いいよ。お前の冷たい肌より、この生姜湯のほうがよっぽど温まる」


「もう、一歳児らしい発言すね。なんならイリーナのおっぱいを吸ってみるっすか」

 アレンは普通の人間ではない。カレンスキーに造られた人造賢者である。人造賢者として世に生を受けて一年しか経っていない事実は秘密だった。

 だが、心を許したイリーナにだけは秘密を教えていた。


「冗談はそれくらいにしろ。それで、本隊のほうは、どうだった。期待はしないが、勇者か魔王、どっちか死んだか。どっちも死んでいてくれると俺は嬉しい、存在義気が達成されるんだからな」


 アレンは魔王と勇者の戦いに終止符を打つために造られた。つまり、魔王か勇者のどちらかが倒れればいい。

 できれば両方倒れるのが望ましいとアレンは思っていた。勇者陣営にいるのは成り行きでしかなかった。


 イリーナが残念そうな顔で首を横に振る

「どうって、尋ねられても完全な泥仕合っすよ。勇者も魔王もどっちも無事っす。これから、種蒔きの時季に入るから、もうしばらくは、大規模な戦は難しいっすね」


 ブルウルーラにも職業軍人はいる。だが、その数は少なく雑兵は農村からの供給に頼っていた。なので、農業が本格的始まる夏と秋の初めは戦争をしないのが普通だった。

「この長きに亘る戦争もいい加減に勝敗が決まってほしいものだな。こう、毎年戦争をしていたら国内の疲弊も馬鹿にならん。戦争で滅びるまえに、戦争の支出で国が廃れるぞ」


 人間の国も魔族の国も決着の付かない長気に亘る戦に疲れていた。

 アレンの感想は特別なものではない。国民の九割が抱く感情だった。ただ、国の一割を担う支配者層が戦争を止めたがらなかった。


 イリーナがうんざりした顔で相槌を打つ。

「もう、いっそ、魔族の国も人間の国も、武器を捨てたらいいんですけどねえ」

 イリーナの考えもまた国の大部分の人間と魔族が抱く感想だった。

「魔王に勇者、まったく、神様は罪な存在を作り出したものだ」


 イリーナが悲しそうな表情で意見する。

「神様にとっては人間なんて数でしかないっすよ。いちいち、小さな者の願いを叶えてくれたりはしないっすよ。それに、人間も魔族も、救う価値があるとは思えないっす」

「ずいぶんと、暗い世界観だな。もっと、前向きに明るい世界でダラダラと幸せを享受して、皆で笑いあって暮らす未来を描けないのか」


 イリーナが暗い表情で、うつむき語る。

「御主人は世界を知識でしか知らないっすね。この世の中には暗く、惨めで、残酷な出来事で満ち溢れているっすよ。それを知らないから幸せなだけっす」

 アレンはイリーナに希望を持ってもらいたかった。

「では、俺がイリーナに見せてやるよ。犬の肉球のようなプニプニに柔らかく、初夏の日差しの中で藁の乾いた匂いがする暖かな世界をな」


 イリーナが半笑いの顔で意見する。

「できれば、そこは『犬のような』ではなく、猫のような、にしてもらいたいっす」

「なんだ、イリーナは猫派なのか。俺は犬派だけどな」


 イリーナが沈んだ顔で過去を語る。

「うちらの住んでいた地区は貧しかったす。それがある年、飢饉に苦しみ、みんなで飼っていた犬を食べた経験があるっす。だから、犬は幸せの象徴には思えないっす」

「そうか、なら、なにを食べるかを選べる世界にするのが当面の目標かな」


 イリーナが無理に笑ったような顔で頼んだ。

「なら、うちは大きな海老が食べたいっす」

「海老か、いいぞ。海老が獲れる町に着いたら、さっそく俺が釣ってきてやろう」


 イリーナが怪訝な顔をする。

「海老って釣るもんすっか? あれは海中に潜って獲ってくるものっすよ」

「そうか、どちらにせよ。俺には一万のスキルがあるんだ。海老を捕まえるのに便利なスキルぐらい覚えている、と思う」


 イリーナが難しい顔で示唆する。

「別に発動条件が厳しいスキルを使かわなくても、買えばいいと思うっすよ」

「駄目だ。俺は、平和になった世界の象徴として、海老をイリーナに食べさせたいんだ。一万のスキルは戦うためにあるんじゃない。俺のスキルは、イリーナのような人間を幸せにするためにあるんだ」


 イリーナが内気に微笑んで告げる。

「なぜ、うちのためにスキルを使うっすか。ご主人のスキルなんすから、ご主人のために使えばいいと思うっす。自分のために自分の力を使わないなんて馬鹿だと思うっす」

「なら、俺は馬鹿でいい。馬鹿のまま生きて、馬鹿のまま死んでいく。もっとも、勇者や魔王よりは先には死なんがな」


 イリーナが明るい顔でせがんだ。

「なら、見せてくださいっす。大きな海老が食べられる世界を。できれば、うちが皺皺のお婆さんになるまえに」

「いいぞ、そのために俺は生まれてきた」


 イリーナが「しっ」と声を出すと、ベッドに中に潜り込む。

 数秒してドアがノックされ若い男性の声がする。

「賢者様、よろしいでしょうか。勇者ザビーネ様がお呼びです」

「わかった、すぐ行く、部屋の外で待っていてくれ」


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