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第十一話 採れすぎた蕗(ふき)

 昼前に来客があった。エルマンだった。エルマンは、とても上機嫌だった。

 エルマンはイリーナが出すチャイを美味そうに飲む。

「イリーナさんが出すチャイは、実に美味いですな。香がとてもいい」


 イリーナが笑顔で答える。

「褒めてもらえて嬉しいっす、茶葉はできるだけ同じ価格帯の中でも香の良いものを選んでいるっす」

「安い物の中で、よい物をみつける。実に賢明です」


 エルマンがアレンに向き直り、明るい顔で告げる。

「アレン殿の見立て通りでした。アリの返済は、滞りなく行われ、私も心配事が消えました」

「それは何よりです。それで今日は、どのようなご用件ですかな?」


 エルマンは笑って答える。

「そう、構えないでください。今日は先日のお礼がしたく、やってきました。(ふき)はお好きですかな?」

「蕗とは、あの野菜の蕗ですか? 嫌いではありませんが、なぜ、蕗を?」


 エルマンが、にこにこ顔で説明する

「アレン殿は御存じないようですな。ソーマの町は夏を前に、蕗があちらこちらで採れるのです。ソーマの人間にしてみれば、この時季の蕗は、名物みたいものです」

(お礼としては、ささやか過ぎる気がする。だが、欲を掻いて失敗するのも幸先が悪い)

「そうですか。なら、蕗をいただきましょう」


 エルマンが帰っていった後、アレンの家に木箱に入った二十㎏の蕗が届いた。

(ちょっと、この量は、想像してなかったぞ。そんなに、この街の近郊で採れるものなのか?)


 イリーナが感嘆の声を上げる。

「凄い量が届いたっすね。御主人と二人では、食べ切れないっす」

「一人で十㎏は喰えないな。よし、近所に分けてこい」


 イリーナが出て行って、すぐに帰ってきた。イリーナは弱った顔をしていた。

「駄目っす。どこの家でも要らないって、断られたっす。どうやら、この季節、どこの家でも蕗はあり余っているっす。特に今年は蕗の生育が良いらしいっすよ」

「何、野菜が余る、だと? では、食料に困っていそうな孤児院は、どうだ?」


 イリーナは首を横に振る。

「断られたっす。小さい子なんて『また、蕗?』って泣きそうな顔をされたっす」

「でも、春に食料に困らないって、ある意味、すごい街だな」


「この街では春の季節に蕗が食卓を(にぎ)わすっす。貧乏人は塩茹で。庶民は味噌をつけて。金持ちは、ピーナッツと鶏肉とを一緒に炒めて食べるっす」

「とりあえず、塩漬けにしておくか。それでも余る時は色々試してみるか」

 塩茹ではすぐに飽きた。煮物、炒め物、ブイヨン煮、酢漬け、味噌和え、佃煮と試したが、それでも四日が限界だった。


「これ、駄目だな。あまりにも食べ過ぎて、美味いと感じない。保存食にした分は除いてもう、捨てよう」

 イリーナが安心した顔で同意した。

「そう判断してもらえると安心したっす。蕗を見るのが嫌になっていたっす」


 翌日、お城から使者が来た。使者は畏まった顔で告げる。

「賢者アレン殿、ザビーネ様がおよびです、昼前に登城してください」。

(ザビーネからの呼び出しか、今度はいったいどんな難題を持ち込んでくるんだ)

 あまり、気分のよい呼び出しではないが、いかないと反逆者として処刑される。


 アレンは余所行きの用のローブを着て、家を出た。

 ソーマの街にある城は三階建。周囲は三・二㎞の四角い石造りの城である。城の周りには深さ八m、幅一二mの堀が巡らされている。城壁は高さが二十mあるが、この城壁を挟んでの戦いになった過去はない。


 謁見の間は二階にあった。謁見の間の右側には、一辺が一・二mの大きな窓がいくつも並び、潮風と明るい光を室内に運んでいた。

 王座には、平服のザビーネがいた。ザビーネの周りには、八名の護衛の兵士が緊張した面持ちで立っている。


 兵士の緊張は暗殺を警戒したものではない。ザビーネにいつ暗殺の言いがかりを付けられて処刑されもおかしくないからだと、この時は思った。

「ザビーネ様、賢者アレン、ただいま参上しました」


 ザビーネが不機嫌な顔で告げる。

「アレンよ。最近は何をしておった?」

 ザビーネの意図が読めないので、差しさわりのない内容を告げる。

「市中を散策したり、書を読んだりして、見聞を高めておりました。全ては、ザビーネ様のお役に立ちたい一心です」


 ザビーネは暗い顔で褒める。

「そうか、それは、殊勝な心懸けよ。皆がいつもそうであれば、我も満足よ」

(ザビーネが疑わずに褒めた、だと)

 いつもと違ったザビーネの言葉に内心ひやりとした。ザビーネの表情を確認する。

 よくみれば、目の下の隈は薄く、顔付きも落ち着いて見えた。


(戦場から離れた状況と、ソーマの街の環境がザビーネを楽にさせたのか。でも、油断は禁物だ。兵士たちの緊張した表情が気になる)

 ザビーネが薄ら笑いを浮かべる。ザビーネが首を傾げ、拳で顔を支えポーズをとる。

「時に、アレンよ、蕗はもう食べたか。この街の特産だ」


「存分にいただきました。もう、しばらくは遠慮したいくらいです」

 ザビーネは真面目な顔で語る。

「我も同じよ。聞けば、採れすぎた蕗は、捨てているそうじゃ」


「人民が飢えずに済み、捨てるほどにある状況は幸せですな」

 ザビーネは姿勢を正し、真剣な顔で尋ねる。

「そこで我は考えた。蕗を別のものに変えられないか、と」

(ここまでは、まともな思考に思える。だが、ザビーネの発案だからな)

「加工品に変えて中央に持ち込む商売をお考えですか?」


 ザビーネの表情が曇る。

「違う、蕗を小麦に変えられたら、どれだけ軍が助かることか。蕗を使い、軍を救ってほしい」

(ザビーネの閃きは加工の範疇を超えているぞ)

「どなたかに既に相談されましたか?」


 ザビーネがむすっとした顔で不機嫌に発言する。

「何人かの錬金術師に相談した。皆、できない、と断ったので、首を()ねた。蕗を小麦に変えるくらいなんだ。賢者の石や霊薬を造るより遙かに簡単なはず。できなかったのは、魔王のスパイだからに違いない」


(そりゃあ、相談された錬金術師が可哀想だ。だが、この流れからして。俺もできないと処刑なんだろうな。それで、護衛の兵士が緊張していたのか)

「さあ、どうする?」とザビーネが暗い笑みを浮かべる。


 頭の中で「開け、スキル・ブック」と念じる。

 頭の中に渋い男の声が響く。

「どのようなスキルを、お探しですか?」


(蕗を小麦に変えるスキル。いや、蕗を別のものに変えるスキルを知りたい)

「スキル『蕗を植物油に変換』『蕗を糸に変換』があります」

(蕗って油分がなかった気がするが、油になるのか。線維はあるだろうけど、糸にできるのか。なんか、見方によっては凄いスキルだな。高位の錬金術並だ)


「ザビーネ様。私は賢者であり、錬金術師ではありません」

 ザビーネの顔が不機嫌に曇った。

 アレンは構わず言葉を続けた。

「ですが、蕗から植物油を取れる奇跡を使えます。また、蕗から糸を取る奇跡も使えます。油と糸、どちらが、よろしいですか」


 ザビーネの機嫌が改善した。

「糸単体では使えぬ。糸を織る工房が必要であろう。植物油は立派な軍需物資。蕗で植物油ができるなら、我が軍は大いに助かる」


 アレンは頭の中で念じる。

「スキル『蕗を植物油に』の発動条件について教えてくれ」

【発動条件・必要アイテム・二十四時間以内に収穫された茹でられた蕗・フスマ・気温二十度以下で二十四時間の安置所・触媒のマンマンヤ】

(マンマンヤが何を示すか、わからないが、やるしかないか)


 ザビーネは、にやりと微笑み、命令する。

「軍師アレンよ。蕗を利用し、植物油に見事に変えるのだ」


【連載終了のお知らせ】

 本作品を楽しみにしていた読者様には申し訳ありませんが、健康と仕事上の理由により、連載を続けるのが難しくなりました。ここまで、応援してくださった皆様にはもうしわけありませんが、本作品をここで打ち切りとさせてください。力が及ばずこのような不本意な結果に終わり申し訳ありませんでした。


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