第十話 時計台の謎の装置
ソーマの街の中心には直径百mの円形の議会場がある。議会場の裏手には縦横十五m、高さ三十mの、塔に似た時計台があった。
時計台は去年より、故障で停まっていた。今年は修理予算が付いた。だが、修理開始が二週間後のため、時計台は去年より閉鎖されていた。
アレンとイリーナは走って時計台の入口へと急ぐ。
時計台の入口は議会場の裏手に広がる庭園の中にあり、人目に付かない場所にあった。
「イリーナ、時計台の鍵を開けられるか?」
イリーナが真剣な顔で時計台の鍵を調べる。
「簡単な鍵だから、開けられるっす。でも、きちんと守衛に許可を貰わなくていいんっすか」
「役人のやる仕事だ。手続きやら何やらで、時間が掛かれば間に合わない」
イリーナは開錠用のツールを出して、鍵を開けながら答える。
「なら、怒られる人間は、御主人だけにしてほしいっすね」
ガチャンと音がして鍵が開いた。扉を開ける。
鼻を突くような強烈な腐敗臭いがした。
開いた扉から中に光が入る。時計台の一階の中央には人間の木乃伊化した死体があった。死体は一辺が一mの正方形の木箱に凭れ掛るような体勢だった。
箱からは、細いパイプが上へと伸びていた。
「死体と意味ありげな箱だな。イリーナは急いで時計台に死体があり、爆発物が仕掛けられていると、守衛に伝えてきてくれ」
イリーナが怖い顔で注意する。
「わかったす。この手の罠は素人が触ると危険っす。うちが戻ってくるまで、待っすよ」
「できるだけ、早くな。俺は他の人間が装置を触らないように見張っている」
イリーナが駆けて行った。
アレンは、もっとよく装置を見ようと、部屋の中に入った。
箱の上端には長さ二十㎝ほど赤と青の二本のレバーが突き出ていた。
(何だ、あのレバーは? いや、触るのは、よくないな。イリーナを待とう)
扉が閉じないように適当な石を捜してきて、扉の隙間に挟む。地面が微かに揺れた。
(地震か? 寝ていたら気付かないような微弱な揺れだな)
静かだった時計台の歯車が回る音がする。
同時に、箱に着いていたパイプが上下を開始する。
(おっと、これは、まずいだろう。地震の影響で装置が動き出した気がするぞ)
アレンが慌てると、木乃伊から微かに男の声が聞こえた。
「装置を止めてくれ、このままでは時計台が倒れる。あと、四十秒」
アレンは大声で尋ねる。
「おい、止めるって、どうするんだよ?」
アレンの問いに、木乃伊は答えなかった。
(くっそ! これは、あれか? 赤か青のレバーを引けば、止まるのか?)
外からは、庭園で遊ぶ子供の声が聞こえていた。
「こうなりゃ、自棄だ」と赤のレバーを引く。
ポキンと音がして、赤のレバーは途中で折れる。装置からは煙が出始める。
アレンは折れたレバーを捨てる
「やっぱり、こっちが正解か?」と青のレバーを引く。
青のレバーも、ポキンと途中で折れた。
(何て脆いレバーなんだ。両方、レバーが折れたぞ)
煙が、もうもうと上がる。
もう逃げようと思うと、イリーナが走ってくる姿が見えた。
「駄目だ、イリーナ! こっちに来るな!」
ピーーーと蒸気のようなものが装置から上がる。
ボフ、と装置は大きな煙を吐いたが、何も起こらなかった。
「助かったのか?」
装置は沈黙したままになった。
謎の装置が見つかり、一時、ロープが張られ辺りは騒然となった。
アレンは発見者として事情を訊かれたので、張られたロープの内側に立っていた。
事情を訊かれた後も、帰っていいと命じられなかった。なので、現場に残っていた。
軍の機械技師がやってきて装置を調べる。
機械技師と衛兵長の会話が聞える
「衛兵長、これはブッチャンの遺産で爆発物の可能性がある。爆発すれば議会場に被害がでる。爆発物の解体をするなら、議会場内から人を避難させないと駄目だ」
「わかった、すぐに、避難範囲を拡げよう」
装置はブッチャン教の遺産であり、爆発物だった。
避難勧告が出たので家に帰ると、イリーナに怒られた。
「もう、御主人、触るなって注意したのに、何で触るっすか! 子供っすか?」
「そうは怒鳴っても、目の前で装置が動き出したら、どうにかしたいと思うだろう」
イリーナは目を三角にして怒った。
「危なく死ぬところだったっすよ」
「でも、止めたからいいだろう。何事も、結果が大事だよ」
イリーナが呆れた顔で言い放つ。
「止めたんじゃないっす。止まったんす」
「どうことだ? 俺がレバーを引いたから、爆発しなかったんだろう?」
「違うっすよ。専門家の話を盗み聞きしたっす。原因は装置の中にあった部品の劣化っす。時計台の中にあった湿気に部品が一年近く曝されて、装置は半ば壊れてたっす」
時計台は一年近く壊れていた。隣に木乃伊もあった。なので、死体から出た湿気に装置の部品がやられていても、不思議ではなかった。
「そうなんだ。なら、俺が慌てなくても、誰も死ななかったのか。ピンの奴、驚かせやがって」
イリーナは渋い顔をして腕組みする。
「馬鹿っすよ、御主人。何で、一人で逃げなかったっすか?」
「それは、お前、大勢の人の命が懸っていると、考えたからだよ」
イリーナは怖い顔で、ぴしゃりと告げる。
「御主人は、戦争を終わらせる大事な使命があるっす」
「わかったよ。今度から、もう少し注意深く行動する。でも、俺は宣言する。イリーナを見捨てて、俺だけ助かる未来なら、俺は要らない」
イリーナは諦めた顔で下を向いた。
「これは、駄目っすね。馬鹿につける薬は、ないっす」
「なら、俺は馬鹿でいい。冷たい天才より、血の通った馬鹿がいい」