第一話 最強賢者は野外にて魔王の軍勢を破る
春の曇り空の元、広い平野で軍が対峙している。片方の軍の先頭には一人の男が立っている。
男性の身長は百七十五㎝、体重は六十㎏、外見年齢は二十代。短い髪は黒く、肌は薄いオレンジ色である。顔は面長で目つきは鋭い。
名をアレンという。アレンの格好はパンツ一丁だが、笑う者も咎める者もいない。皆が真剣な顔だった。
銀の甲冑に身を包んで、髭を生やした年配の指揮官がいる。
指揮官がアレンの元に緊張した顔でやって来て、状況を報告する。
「賢者様。魔王軍の数は六千。また、ブッチャン・ワールドの遺産を所持しています。対する味方は二千。この戦に勝ち目は、ありますかな?」
ブッチャン・ワールドとは、この世界ブルウルーラにおける異世界に当り、進んだ独自技術と思想形態を持つ世界である。
アレンは報告を聞いても、慌てない。
「俺が味方すれば、ブッチャンの遺産があっても、どうにかなる戦力差ですよ。カレー・ライスのほうは、どうです? きちんと、甘口に仕上がっていますか? 辛すぎると俺には食べられない」
指揮官は強張った顔で告げる。
「熱々カレーの味については、きちんと指示を出しています。子供でも食べられるくらいの甘口です。また、すぐにでも食べられる準備をしています」
アレンが振り返ると、テーブルと椅子が用意されている。テーブルの横には火が熾されていて、カレーの入った鍋が掛かっている。火の横には、緊張する料理番の兵士の姿があった。
アレンがパンツ一丁のまま発言する。
「カレー・ライスの準備はできているようですね。テーブルに着きましょう。戦は、いつ始まらないとも限らない。それに、ここは寒い」
指揮官が当然のように口にする。
「それは、まだ春の終わりですからな」
席に着くと、遠くで進軍を知らせるラッパが鳴る。
指揮官が緊張した声で指示をだす。
「始まったな。料理番、賢者様にカレー・ライスを出すのだ。ここが勝負の分かれ目だ」
料理番の兵士が皿に飯を盛り、カレーを掛けて、アレンの前に出す。
アレンはやんわりと注意する。
「おい、スプーンがないぞ。慌てるな。熱々のカレーは手で喰えん。ここでしくじると、この戦いは負けるぞ」
「申し訳ありません」と料理番がスプーンを取り出してアレンの前に置く。
アレンが猛然とカレーを食べ出すうちに、魔王軍の歩兵が前進を始めた。
カレーを食べ終わる頃には、勇者軍と魔王軍の砲兵が四インチ砲を撃ち始めていた。
アレンの頭の中に渋い男の声が響く。
【スキル発動条件。野外・春の終わり・防具なし・熱々カレーの完食三分以内・を確認。スキル・『地獄の雷鳴』を発動します】
この世界にはスキルと呼ばれる神の恩恵が存在した。
普通の人間が持てるスキルは一つか二つ。だが、アレンの所持するスキルは一万。ただし、アレンのスキルには発動条件があり、条件は結構シビアである。
男の声が響き終わると、魔王軍の上空に黒雲が渦を巻いて集まる。黒雲は異常な帯電を示すと、魔王軍に向かって雷の雨を降らせる。
雷の雨に打たれた、魔王軍の歩兵と弓兵が次々と吹き飛ぶ。
魔王軍は兵の半数以上を失い、陣形を乱される。魔王軍は勇者軍の砲撃と射撃の中で、どうにか兵を立て直すそうとする。
指揮官が伝令に険しい顔で指示する。
「バリスタを前に出せ」
兵士が砲の間を縫って、牛に引かせたバリスタをテーブルの横に移動させる。
戦場に変化が訪れた。勇者軍と魔王軍の間に直径十五mの青い魔法陣が現れる。
魔法陣の下から、全長十二mの、泥の仁王像が現れ、勇者の軍から怖れの声が上がる。
「出た、ブッチャンの遺産だ。怒れる鬼だ!」
指揮官がすぐに怒鳴る。
「慌てるな、こちらには最強の賢者様の助力がある、負けはしない」
アレンは自信をもって答える。
「任せておけ、仁王の存在は事前の間者より情報を得ている。対策済みだ」
アレンはすぐにバリスタの後ろに行き、工兵に指示を出す。
「あの仁王に照準を合わせてくれ。発射は俺がやる。俺が仁王を華麗に仕留める」
工兵が照準を着ける間、アレンはその場で激しく足踏みダッシュをする。
再びアレンの頭の中に、渋い男の声が響く。
【スキル発動条件。曇り空・三分以内キル数が千以上・射出武器使用・脈拍百四十以上・を確認。スキル・仏像破壊追加ダメージ一万%+再生不可を発動】
「照準完了しました」と工兵が緊迫した声を上げる。
「よし、仁王を潰すぞ」と、アレンはバリスタのレバーを引く。
矢が青く光る。長さ一・二m、直径五㎝の矢が、仁王の腹を直撃した。
仁王像はバリスタの矢が直撃すると、ばらばらに砕け散った。
指揮官が喜びの声を上げる。
「やったぞ! ブッチャンの遺産を破壊したぞ! はっははあ」
魔王軍は多数の死者を出した。奥の手も破壊されたとあって、無理に戦わず撤退に入った。
副指揮官がやってきて、確認する。
「指揮官、敵を追撃しますか?」
指揮官は上機嫌で指示を出す。
「止めておこう、我々の任務は、この土地の維持だ。深追いして犠牲者を出せば、砦まで落とされかねない」
「わかりました。では、砦に凱旋しましょう」
兵士が勝どきを上げるなか、アレンは脱いだ服を着る。
(俺のスキルって強力だけど、この発動条件の厳しさって、どうにかならんかな。パンツ一丁で勝鬨って、様にならんぞ)