さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。
昔々あるところに、一人が騎士のおったとさ。
背が高くてよい男。馬が得意で戦が上手。
黒い髪の毛なびかせて、黒い瞳を光らせて、鉄鎧を身につけて、黒ビロードのマント着て、青毛の名馬にまたがって、あちらの戦場、こちらの闘技場へと、忙しく走り回っておったとさ。
戦場では敵陣に単騎で駆け込む勇ましさ。
先鋒の槍なみをすり抜け、後陣の矢の雨をかいくぐり、敵将の幕屋を横に見て、殿の傷兵たちを飛び越えて、戦場の向こうの遙か先、国境をこえて駆け抜ける。
闘技場では丸腰のまま名乗りを上げる勇ましさ。
初太刀の下をくぐり、返す槍先をかわし、控えの溜まりを斜に見て、客席の塀を跳び越えて、城下の街の遙か先、城壁を越えて駆け抜ける。
何時でも何処でも何度でも、そんな調子の方なので、みんながみんな口揃え、慌て者の黒騎士と呼んでおったとさ。
さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。
ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞いたとさ。
小鳥がさえずり言うことにゃ、
「高い高い塔のてっぺんの、
狭い狭い石の部屋に、
お姫様が捕らわれて、
石のベッドに石の枕、
横たえられて眠ってる。
ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
慌て者の黒騎士は、早速直様逸早、朝一番に矛を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた高い塔。
逸る気持ちにせかされて、矛を振り振り馬腹を蹴って、
「進め、進め」
と青毛を煽る。
叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩速歩駈歩と、勢い上げて突き進む。
眼前迫る石の塔、
「止まれ」
の一声言い忘れ、襲歩の勢いそのままに、前へ前へと突き進む。
慌て者の黒騎士は、矛を携え塔の壁、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。
壁にはぴしぴしヒビが入り、小石がぽろぽろ落ちてきて、根元も先もぐらぐらと、揺れて震えてそのうちに、ガラガラ崩れて落ちたとさ。
高い高い塔のてっぺんの、狭い狭い石の部屋の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、柱と床と壁と天井が、崩れた下敷きになったとさ。
さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。
ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。
小鳥がさえずり言うことにゃ、
「深い深い谷間の底の、
狭い狭い洞穴に、
お姫様が捕らわれて、
石のベッドに石の枕、
横たえられて眠ってる。
ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
慌て者の黒騎士は、早速直様逸早、午後一番に楯を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた深い洞。
逸る気持ちにせかされて、楯を振り振り馬腹を蹴って、
「進め、進め」
と青毛を煽る。
叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩速歩駈歩と、勢い上げて突き進む。
眼前迫る岩の壁、
「止まれ」
の一声言い忘れ、襲歩の勢いそのままに、前へ前へと突き進む。
慌て者の黒騎士は、楯を構えて岩肌に、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。
岩にはぴしぴしヒビが入り、小石がぽろぽろ落ちてきて、壁も天井もぐらぐらと、揺れて震えてそのうちに、ガラガラ崩れて落たとさ。
深い深い谷間の底の、狭い狭い洞穴の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、岩と小石と砂と土の、崩れた下敷きになったとさ。
さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。
ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。
小鳥がさえずり言うことにゃ、
「暗い暗い森の奥の、
深い深い龍の巣に、
お姫様が捕らわれて、
石のベッドに石の枕、
横たえられて眠ってる。
ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
慌て者の黒騎士は、早速直様逸早、夕刻一番に剣を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた龍の谷。
逸る気持ちにせかされて、剣を振り振り馬腹を蹴って、
「進め、進め」
と青毛を煽る。
叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩速歩駈歩と、勢い上げて突き進む。
眼前迫る龍の鱗、
「止まれ」
の一声言い忘れ、襲歩の勢いそのままに、前へ前へと突き進む。
慌て者の黒騎士は、剣を構えて龍の尻に、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。
龍は驚きぎゃーぎゃー啼いて、足踏み腕降り首振って、地面も風もぐらぐらと、揺れて震えてそのうちに、しっぽで地面を打ったとさ。
暗い暗い森の奥の、深い深い龍の巣の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、鱗と爪としっぽと足が、暴れた下敷きになったとさ。
さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。
ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。
小鳥がさえずり言うことにゃ、
「茂り茂った藪の奥の、
寒い寒い古城に、
お姫様が捕らわれて、
石のベッドに石の枕、
横たえられて眠ってる。
ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」
慌て者の黒騎士は、早速直様逸早、夜一番に松明を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた藪の山。
逸る気持ちにせかされて、剣を振り振り馬腹を蹴って、
「進め、進め」
と青毛を煽る。
叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩速歩駈歩と、勢い上げて突き進む。
眼前迫る藪茂み、
「止まれ」
の一声言い忘れ、襲歩の勢いそのままに、前へ前へと突き進む。
慌て者の黒騎士は、松明掲げて彼藪に、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。
火の粉は散ってぱちぱちいって、枯葉に枯れ草枯れ枝と、そこもかしこもめらめらと、燃えて移ってそのうちに、お城は火の海の底に落ちたとさ。
茂り茂った藪の奥の、寒い寒い古城の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、梁と煉瓦と焼けぼっくい、崩れた下敷きになったとさ。