プロローグ1
よろしくお願いします。
思い起こせば、会社からの帰り道で声をかけられたのが、この大事の最初か。
そんなことを、薄暗い穴倉の中で考えていた。
後ろから声をかけられて振り向いたら、この暗い穴倉にいた。
訳が分からない。
だってそうだろう、振り向いたら穴倉だぞ。
そうしたら、さらに声がする。
「マスター、よろしくお願いします」
声がするほうを振り向くと、そこには丸い青白く光る球が浮かんでいた。
「な?」
「はじめまして、マスター」
「ええと、この球がしゃべっているのか?」
「はい、わたしはダンジョンコア2020です」
「ダンジョンコア2020・・・」
「はい、この星が生まれてから2020番目のダンジョンコアになります」
「……わるいが、ダンジョンコアってなんだ?」
「ダンジョンがダンジョンたるために必要な存在です」
「それから、ここはどこだ?」
「ダンジョン2020の最下層、といってもまだ地下1階しかありませんが」
「ええと、ありったけの記憶を絞り出すとだな、ここはゲームの世界か?」
「げいむ、ですか?」
「おれがやったことがあるのは、石壁の中に飛ばされてしまうようなやつだ」
「石壁に飛ぶ、ですか。飛ばされたことがあったのですか?どうやって回復できたのですか?」
「テレビゲームだったから、実際に経験したわけじゃないよ」
「てれびげいむ?げいむとはまた違うのですか?」
小一時間かけて、ゲームの概念を説明できた、に違いない。
「だいたいのことはわかりましたが、これは本当の現実です。ダンジョンコアである私が制圧されるか、マスターが倒されると、ダンジョンは普通の穴になります」
「倒されると、オレはどうなる?」
「倒されたら、そのままです。蘇生はあり得ません。能力が高いユニットであればスキルによって蘇生することはありますが、ダンジョンマスターに限っては蘇生できません」
「つまり、死というわけか」
「し、ですか?」
「いや、だから蘇生できないということは死亡ってことだろ?」
「蘇生できるユニットか、蘇生できないユニットかの違いでしかありません」
「………そうだ、仮にダンジョンコアが制圧されたときは、オレはどうなる?」
「わかりません。それを確認できたダンジョンコアは存在しません」
「ああ、なるほど、な」
「では、ダンジョンを作り上げていくことに理解していただけますか?」
「ところで、オレはなぜここに呼ばれたんだろう?」
「わかりません。覚えているのは、マスターが私の呼びかけに応えてくれたということです」
「……どうあっても、ダンジョンを作らなければならない一本道だということは、理解した」
「では、おおまかに説明しますと、ダンジョンのなかにユニットを配置して、外来の生命体を吸収することでダンジョンを維持、拡張をしていくことになります」
「そういったゲームをやったことがあるから、だいたいは理解できている」
「そうでしたね、げいむでしたね」
「そのときは攻略するほうだったけどな」
「なるほど、ある程度の説明は省略できるのは、大変助かります」
それから、基本的な操作方法を教えてくれた。
階の増やし方から罠の設置など、入れ物になる辺りは。
「ところで、ユニットだったか、それの配置はどうするんだ?」
「最初のころは、ゴブリン2匹から始めたらしいです。が、あるパターンに似たり寄ったりになってしまい、成長できずに攻略されてしまうことが多かったようです。最大で12階層だったらしいです。そのため、抽選方式を取ったとのことです」
「それって、誰が?」
「……さあ、記録にはそうなっているだけで、それ以上のことは記録されていません」
「そうか、わかった。で、その抽選方式ってなんだ?」
「これになります」
目の前に現れたのは、スーパーやゲーセンにあるようなガチャ箱だった。
「これって、ガチャ箱じゃねぇか」
「そう呼称されることがあるようですね。さっそく、引いてみますか?」
「ああ、やってみよう」
「あまり引いてしまいますと、ダンジョン本体に影響しますから、ほどほどにお願いします」
「わかってるよ。というか、最初にダンジョンを作るほうが先か?」
「いえ、引いたユニットに合わせてダンジョン内の構成をするのも有効です」
「そうか、じゃあやってみるか」
「1回引くごとに300DPが引かれます。現在初期値なので5万DPですが、標準的なダンジョン構成に4万DPほど使用します。10回程度に収めておくのがいいかと思います」
「わかった」
「あ、いまなら10回無料がついていましたので、ちょっとお得ですね」
「なんだ、10回無料って」
「DP消費なしで抽選できます」
「そうか、わかったよ」
ガチャ箱をよく見ると1回、10回、100回の押しボタンがあった。
「これって、なんだ?」
「ええと、ああ。10回引くと1回、100回引くと15回分、足されて出てくるようですね」
「3万DP使えば115枚出てくるというわけか」
「3万DPを貯めるには、今の規模では大変ですよ」
「…そうか、わかった。じゃあ、10回分だな」
そういうと、素直に10回分を押した。
ガチャ箱から、カードが吐き出されていく。
■コボルド F
■コボルド F
■コボルド F
■ゴブリン F
■ゴブリン F
■ゴブリン F
■ゴブリンメイジ E
■ゴブリンメイジ E
■ゴブリンアーチャー E
■ゴブリンアーチャー E
■ゴブリンソード E
「まあ、無料ですから、こんな感じですよ。本番の10回ですよ、気合を入れて引いてください」
「初回はLRが必ず当たるとか、ないのか?」
「いえ、そういうのは聞いたことありません」
「そうか、残念だ。よし、引くぞ」
右腕を曲げて、ぐるぐると回して、10回分のボタンを押す。
■コボルド F
■コボルド F
■コボルド F
■ゴブリン F
■ゴブリン F
■ゴブリン F
■ポルターガイスト F
■ポルターガイスト F
■サイクロプス D
■サイクロプス D
■レッサーデーモン B
「お、いいのきた?」
「レッサーデーモンですか。使いどころが難しいですが、いまのところ最高戦力ですね」
「使いどころ?」
「はい、あまり浅層に配置すると外来生命体が来ないことになってしまいます。かといって、ほかのユニットでは力不足としかいえません」
「なるほどね」
「さて、とりあえずユニットがそろいましたので、ダンジョン構成を考えましょう」
「そうだな。………何からする?」
「そうですね、おすすめでしたら、3階層にして2階層目を縦方向に拡張します」
「縦方向に拡張?」
「巨人がいますから、天井が低いと困りますし、ある程度広さがないとすぐに攻略されてしまいますから」
「なるほどね」
「第1階層を平面に2段階拡張しましょう。第2階層は広さと高さを、第3階層は1段階拡張です」
「ええと、それでどのくらいになる?」
「3万5千DPです。第1階層にコボルド、第2階層にゴブリンとサイクロプス、第3階層にレッサーデーモンというのはどうでしょう?」
「ポルターガイストってのは……ああそうか麻痺の追加効果があるのか」
「そこはマスターの考え方になります」
「レベルが高いとあまり効果が出ないんだろ?」
「そのとおりです」
「じゃあ、第1階層に配置しよう。ポルターガイストが麻痺させて、そこをコボルドがとどめを刺していくのが、基本パターンになるのかな?」
「どうでしょう、そこまで命令に沿うかどうか」
「あんまりいうことを聞かない?」
「個体差もありますけど、たいがい本能に引っ張られます」
「ああ、そうなんだ」
「それでは、クリエイトしますね」
「ああ、頼む」
球が点滅すると、地響きのような音がし始めて、目の前の壁が動き始めていった。
壁の移動が収まると、音が静まり、初期設定は終わったようだった。
「拡張までは済ませましたが、まだ入り口を開けていません」
「ユニット配置があるからかな?」
「それもありますが、各階層の環境設定などもありますから」
「ああ、そうか。その環境ってユニットたちにも影響するのかな?」
「そうですね。多少のプラス効果は期待できます。なので、ユニットに合わせて活動しやすい環境にしてあげるのが、最適です」
「そうか…。ああ、そうしたらコボルドとポルターガイストを2階層にしてゴブリンシリーズを第1階層にしよう。サイクロプスは、切り札として手持ちにしておこう」
「それはどうしてですか?」
「迷路から草原、そしてまた迷路というのはどうだろうか?」
「なるほど、第1階層が草原ではだめですか?」
「まだ個体数が少ないからね、地上に戻ったと勘違いさせてから、得意な環境で活動させたい」
「多少の疑問はありますが、階段の方向を調整してあげれば、なんとかなりそうですね」
また5千DPを使って環境を整えていく。
これで、迷路から草原、そしてまた迷路という構成になった。
そしてユニットを配置するには、操作盤を出してから該当する階層を表示させて、カードを置くとその場に固定される。
置かれたユニットが移動すると合わせるようにずれていくので、配置管理と現在の状態表示が一目で分かるようになっている。
ユニットが倒されると、ドロップされてしまうため、DPを使って再配置することになる。
ユニット数が多くなっていくと、当然忙しいことになるので、一定程度ランクが低いカードは自動再配置されることになるのだが、DPが乏しい今はやらないほうがいいらしい。
「さて、ユニット配置も終わったし、少し中を見て回りたいんだが」
「そうですね、今のうちにみてまわりましょうか」
第1階層の最初の部屋に跳んでいく。
ダンジョンマスターであるオレは、ダンジョン内であればどこにでもテレポートできることになっている。
まだ罠を設置していないので、気ままに歩いていく。
ところどころに水たまりのようなものが見受けられる。
「なあ、あれはなんだ?」
「あれは、スライムですね」
「スライム?」
「倒れた外来生物やユニットの回収というか、吸収してDPに還元しています」
「ユニットもDPになるのか?」
「ごく少しです。ちなみに、EとFにDPはつきませんよ」
「そっか、うまくいかないものだな。それから、スライムはユニットとして使えないのか?」
「それは、難しいかと。死体を溶かすしか能がありませんから」
罠の設置や壁の修正など行いながら進んでいくと、第1階層のゴブリンたちを配置した辺りに着いた。
「声をかけてみてください」
「声?」
「集まれ、とかいうと、集まってきますよ」
「そうか、みんな集まれ!」
あちこちで散らばって作業をしていたゴブリンたちが目の前に整列した。
「なあ、そういえば、あまり言うことを聞かないんじゃなかったのか?」
「この程度であれば、ダンジョンマスターの言葉であれば、それなりにいうことを聞きますよ。難しいのはダメですけど」
「なるほどね。よし、みんな各自持ち場に戻ってよし」
そう声をかけると、また散らばっていった。
そして、ゴブリンたちの広場から奥に行くと、登り階段があった。
そこを抜けると、広い草原にでる。
ここで少し時間をかけて、目につく景色を操作していく。
遠くに壊れた砦のように見えるものを作った。
壊れた砦のようなものは、DP消費がほとんどない迷路のパーツを利用したものなので、本当の砦ではない。
見た目の複雑さに対して、なるべくDPを節約した労作だ。
ちなみに、次の階段はその壊れた砦に配置していない。
「コボルドたちは、どこにいるかな?」
「たぶん、あの砦もどき辺りでしょう。一応気象もついているので、雨風をしのぐには必要ですから」
「そだね、砦跡だねぇ」
階段に向かってまっすぐ歩いていく。
砦跡を越えてから左に少し行くと地面から突き出した岩に隠れて階段が現れた。
「わりと見つけにくいと思うんだけどね」
「探知能力が高いと見つかりますが、それでも砦辺りにいるユニットには気づかれますからね」
「いろいろと勘違いしてもらうと、いいよね」
「そうなると、いいですね」
階段を下っていくと、また迷路になる。
ひたすら遠回りになるようにしてある、もちろん左手の法則は使えないように入れ子にしてある。
「面倒だから、跳んじゃおうか」
「そうですね」
レッサーデーモンがいるところまで跳ぶ。
「わが主、ようこそ」
「え?」
「Bともなると、会話ができるユニットも出てきますよ」
「そうなんだ、ええと、名前はあるのかな?」
「名前はありませぬ」
「5DPでネームドにすることができますよ。少しだけ能力が強化されますし、お得といえばお得です。ただ、ドロップすると1暦日は再配置できません」
「そうか。すまない、名づけはもうしばらく時間をくれないか」
「なんの、構いませぬ。いづれつけていただけるのならば望外なれば」
「よろしく頼むな」
「わかりましたぞ、わが主」
「いまはDPが使えないけど、ユリウスとしておくよ。普段から使ってもらって構わないから」
「ユリウス、ですか。わかりました。その日まで待ちましょう」
そして最後の部屋、ダンジョンコアの制御室兼居室に帰ってくる。
「さて、ひととおり見てきたけど、これで開通させるのかな?」
「そうですね。開通させましょう」
「あ、入口ってどこにあけるのかな?」
「人間の冒険者を誘うのか、魔物を誘うのかで判断するのですが、安全策としては魔物である程度形を作ってから、人間を狙うのがいいかと思います。DPで入口をもう一つ加えることができますから」
「……そうか、そうしよう」
人間の冒険者?
引っかかる言葉だが、身内に冒険者を仕事としているやつはいないから、大丈夫だ。
「これで魔物が入ってきて、こちらのユニットによって倒されれば、DPが増えていき、ダンジョンの拡張につなげていくことができる環境ができました。しばらくは様子見としましょう」
「そうだな。あ、戦っているところを見てみたいんだが、いいか」
「そうですね。見てみましょうか」
居室の壁にモニター画面が浮かぶと、入口のほかに小さい画面で各階層のいろいろなところが数秒おきに映し出されていく。
入口の画面は、うっそうとした森の中にある水場を映し出していた。
いろいろな生き物が水を飲みに来たところを誘い込むのだろう。
ほかの画面に、ときおりゴブリンやコボルドが映りこんでいく。
思ったよりも整然と行動しているように思えた。
しばらく眺めていると、入口の近くに熊のような生き物がいるのを見た。
「ラーシュですね。魔物ではありませんが、ゴブリンたちにはちょうどいい相手です」
ラーシュは少し警戒しながらも、入口に入り込んできた。
ゴブリンたちも、それに気づいたようで入口に向かって移動を始めた。
入口の近くにある、少し広くなった通路にゴブリンたちが陣取る。
「へえ、組織的な行動がとれるんだ。力任せに突っ込んでいくだけだと思っていたけど」
「ゴブリンメイジがいると、前衛と後衛の概念ができるようですね」
「なるほど、それでゴブリン、アーチャー、メイジの順で列を作っているんだ」
「それと、ゴブリンソードが隊長クラスの指揮ができるようです」
操作盤にあるゴブリンソードのカードを詳しく見ると、確かに指揮D+とあった。
それが高いのか、低いのか。
まあ、小隊クラスは指揮できるんだろうから、まあいいか。
ラーシュと会敵したようだ。
ゴブリンメイジとゴブリンアーチャーが攻撃を開始したが、ヒット率が高くないらしく、それほどダメージが与えられていない。
ゴブリンたちが槍のようなものを水平に持ち、まっすぐ突っ込んでいく。
あ、味方の矢が肩口に刺さったやつがいる。
それでも気にせずに突っ込んでいく。
ラーシュが動きを止め、立ち上がって威嚇したが、的が大きくなった分、メイジの火の玉があたりはじめる。
ゴブリンたちが、下から突き上げるようにすると槍が食い込んでいくと、のけぞる。
そこにゴブリンソードが、相手の喉元に剣を突き刺すと、ラーシュがあおむけに倒れこんだ。
少し痙攣を見せるが、そのまま喉元から血を出しながら動かなくなった。
ゴブリンたちに欠けるものがなく、またぞろぞろと広場へと帰っていった。
詰め所に帰る様子は、蜂が外敵を追いやる姿に似ている気がした。
少しすると、ラーシュの周りにスライムが集まってきて、溶かす作業に入っているようだった。
「おめでとうございます。大型では始めての収入になります、350DPくらいになりそうですね」
「大型では?」
「昆虫類はさほどポイントにはなりませんが、スライムが直接溶かしています。あと、小型の鼠類から、入口を設けてから12DPの収入があります」
「ああ、そうなんだ。スライムも地味に働いているんだ。それに、さほどって虫でもポイントになるのか」
「ポイントが付く虫がいるんですよ」
その日、迷い込んできた動物たちによって690DPを得ることができた。
ほかの作品がエタらないための、助走!