僕と神様
『僕』のそばには『神様』がいる。
『神様』と初めて会ったのは5歳のとき。
『お父さん』と『お母さん』のお墓の前。
その日は雨が激しく降っていた。
ただの交通事故。
『お父さん』と『お母さん』と幼馴染の『ミカちゃん』と『僕』を載せた車が事故に巻き込まれた。
『僕』を除いた『人間』はみんな死んでしまったらしい。
ねずみの国を目指した道中、後部座席で眠っていた『僕』は起きたら病院のベッドの上にいた。
『親戚の叔父さん』から『お父さん』と『お母さん』のことを聞かされた。
そのときは良くわからなかった。
お墓の前に連れて来られたとき、何となくもう二度と『お父さん』と『お母さん』に会えないことを理解した。
涙は出なかった。
『人間』は悲しすぎると涙は出なくなるのかもしれない。
ただただお墓を見つめる『僕』のそばにやってきたのが『神様』だ。
『神様』は言った。
「私がきい君を幸せにしてあげよう」
どうやら『僕』はいらない子らしい。
『親戚の叔父さん』達は、誰が『僕』を引き取るか話し合っている。
『僕』がその様子を見ていることに気づくと、眉間にシワを寄せて舌打ちした。
『僕』は『お父さん』と『お母さん』だけでなく、居場所をも失ったことを理解した。
涙は出なかった。
『神様』がひょっこり現れた。
「ちっとも幸せじゃない」
『僕』は『神様』に苦情を言う。
「どうしてほしいの?」
『神様』は『僕』に問いかける。
次の日、『僕』に『家族』ができた。
その日から『神様』は『僕』のそばにいる。
『僕』はテレビゲームがほしいと『神様』にお願いした。
「……こういうのも幸せなのかなあ」
翌日の夕方、渋々といった表情で『神様』はゲームをくれた。
ゲームをずっとやっていたら、『神様』に取り上げられた。
一日一時間。それが『神様』と『僕』の新しい約束になった。
『僕』は頭が良くなりたいと『神様』にお願いした。
『神様』は参考書を持ってきた。
「わからないところ教えてあげるから、筆記用具を早く出しなさい」
なんか違う。もっと手っ取り早く頭が良くなりたかった。
それを伝えたら、怒られた。
一生懸命努力している人への冒涜らしい。
半年後、僕はクラスでも成績上位に入るくらい頭が良くなった。
『僕』は『彼女』がほしいと『神様』にお願いした。
好みのタイプを事細かく聞かれた。
次の日、『彼女』ができた。
歩道を歩くときは、道路側を歩かなければいけない。
お金を払うときは、『僕』が全額払わなければならない。
格好は小奇麗にしないといけない。
『神様』と『僕』の約束が一気に増えた。
何故かと聞いたら、『紳士』の嗜みであり、『彼氏』の常識と言われた。
『僕』はいい会社に就職したいと『神様』にお願いした。
面接の練習が始まった。
『僕』は悟った。
頭が良くなりたいと願ったときと同じパターンだと。
こうなると、『神様』は意地でも言うことを聞いてくれない。
『僕』は必死に『神様』の試練に耐えた。
その介あってか、一年後、それなりの会社に就職できた。
『僕』は『神様』からそろそろ結婚すべきじゃないかと言われた。
「独身を謳歌したい」
そう答えたら、『僕』は『神様』に殴られた。
それはもうしこたま殴られた。
「結婚するから。結婚するから」
翌日、『僕』は腫れた顔で役所に届けを出して、新しい『家族』を作ることになった。
『僕』は『子供』がほしいと『神様』にお願いした。
『神様』は優しい笑みを浮かべ、頷いてくれた。
10ヶ月後、『僕』の『息子』が生まれた。
季節は幾度も巡り、『僕』を取り巻く環境も移りゆく。
『僕』にも3人目の『子供』が生まれて、5人『家族』となった。
気づくと『僕』は『お父さん』の、『お母さん』の年齢を超えていた。
当時の彼らも、子供だった『僕』が考えていたほど『大人』ではなかったのかもしれない。
そう思えるようになる頃、『神様』が病気になった。
『僕』はもっとそばにいてほしいと『神様』にお願いした。
「きい君を幸せにできたかな?」
『神様』は『僕』に質問する。
「幸せじゃないから、まだ幸せじゃないから。だからそばにいてよ」
『神様』は苦笑した。
「わかったわかった。
私がかかった病気は見えなくなる病気なの。
いなくなるわけじゃないからね。
私はきい君のそばにずっといるよ」
三日後、『神様』の姿は『僕』の目には映らなくなってしまった。
『僕』は泣いた。
それからは大変だった。
今までやっていた仕事に加えて、子供の面倒に、洗濯、料理に掃除。
今まで『神様』に如何に頼っていたかを実感させられた。
自分の時間を作ることもできず、ただただ目の前の対処をしているだけで時は過ぎていった。
『神様』がいた時間と同じくらい、『神様』がいない時間が過ぎた頃。
『僕』は体を動かすことも難しくなっていた。
その『僕』の眼の前に、再び『神様』が現れた。
「きい君。頑張ったね」
微笑む『神様』
彼女の笑顔は出会ったときの幼い顔でもあり、別れたときの大人の顔でもあった。
「本当に大変だったよ」
「あははは。さすがきい君だ」
『僕』が皺くちゃの顔で苦情をいうと、神様は声に出して笑っていた。
「幸せだった?」
『神様』は『僕』の手を取る。
「……何を今更」
『僕』は『神様』の手を握り返した。
『僕』のそばには『神様』がいる。
『神様』と初めて会ったのは5歳のとき。
『お父さん』と『お母さん』のお墓の前。
その日は雨が激しく降っていた。
ただただお墓を見つめる『僕』のそばに『神様』はやってきた。
「私の名前ね。逆から読むと神になるの。
だから私は『神様』。
偉いんだよ。
なんでも願い事を叶えられるんだ。
だから、私がきい君を幸せにしてあげよう」