05 『市』から見た冒険者ギルド⇒あぁ、そんなのあったなぁ。
今度は市井、都市部に住む一般市民。
小規模な『商』と『工』になるだろうが、そういった人間から見た冒険者ギルドを考える。
これは条件によってかなり左右されるが、冒険者ギルドが必要か? と問われると、首を傾げる。
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物語の中では、冒険者と、都市で暮らす一般市民の関わりは、深いと言っていいだろう。
宿泊施設、飲食店を利用しているの当たり前。
金属加工、皮加工、魔法関連の専門店もよく利用している。
都市から離れる際に必要な雑貨、食料品も店で購入しているだろう。
多くの店にとって、冒険者はお得意様だ。
しかし、だから冒険者ギルドは必須だ、という話にはならない。
勘違いしてはならないのだが。
市民生活において、『冒険者という職業の者』に関わることはあっても、『冒険者ギルド』に関わる機会は少ない。
これまで散々『冒険者ギルドいらね』と例を出して語ってるが、これを是とした場合、大きな変化はないと見る。
条件によって売り上げに増減あったり、商売内容を変化させる必要があるだろうが、業界や都市の生活全てに影響する大変化にはならないだろう。
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ある国や領地で、冒険者制度をなくし、冒険者ギルドを排斥したとしよう。定住している者はともかく、流浪の人間には市民権を大盤振る舞いして。
『冒険者』という職業がなくなった、その前後を比較してみると、なにがどう変わってくるか。
まず、為政者は軍事力増強が必要になる。
どれだけの規模かは不明だが、冒険者が都市周辺で活動していため、ある程度は魔物の間引きが行われ、正規軍による厳重な周辺警戒が不要だった。その補填が必要になる。
兵士たちがやることは基本、冒険者と同じだ。サーチ・アンド・デストロイ。領地内を見回り、魔物を狩り、治安維持に努める。
軍は新たな人員を抱え込むことになるが、冒険者ギルドが手に入れていた収益を、そのまま予算に組み込むことができる。兵士が魔物を狩り、素材を剥ぎ取り、持ち帰って売れば、平和な国の常備軍のように『ごく潰し』などとは言われない。
冒険者ギルドは冒険者の衣食住の面倒を見ておらず、常備兵として抱えると為政者は面倒を見なければならない。その投資額に大きな差があるので、そっくりそのまま抱えることは不可能だろうが、かなりの冒険者は兵士として生きていけるだろう。
兵士採用からあぶれた冒険者はどうやって生きるか?
まず、冒険者の必須技能ではない特技を持つ人材は、比較的どうとでもなる。
ちゃんとした料理が作れるなら料理人に。
鍛冶や錬金術ができるなら職人に。
物を教えるのが上手ければ教師に。
危険とは無縁の生活が可能になる。
そういう特技がない冒険者は?
別の需要がある。それも前述している。
商人と組んで、なんでも屋だった冒険者が、一芸特化していく。
ある大商人の信頼を得ることができれば、護衛として。
ある薬屋からの信頼を得ることができれば、プラントハンターとして。
ある行商人の信頼を得ることができれば、行商人として。
兵士同様、危険はあれど、安定した仕事に就くことができるだろう。
商人の信頼を得ることができなかった冒険者はどうするか?
これも前述している。自分たちで開業する。
危険な都市間移動を代行する輸送業。
クランタイプの小規模冒険者ギルド、つまりなんでも屋。
市民の身近な場所で、彼らにはできないことを代わりにやる。
苦労するだろうが、数少ないチャンスをものにし、実績を積み重ねて、新たな信頼を作っていくしかない。
そこまでできなかった冒険者は?
知らネ。
中世ヨーロッパ風異世界は、命が安く、死が身近な世界なのだ。生活保護などという制度はない。他人を助けたら自分が死ぬかもしれないのだ。
野垂れ死にするか、野盗として生きて討伐されるくらいしかないだろう。
誰からも信頼を得られなかったということは、冒険者としてロクなもんじゃなかったということだから、自業自得としか思わない。
大雑把に冒険者がいない場合を考えると、都市の一時的な流入・流出人口は減り、常住人口は増える。ある瞬間に都市にいる人口と比較すれば、微減になる。
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さて。これを踏まえて市民生活を考える。
冒険者という存在がいなくなると、冒険者が使っていた店に、どういう影響があるか。
宿屋の需要は確実に減る。
しかし冒険者はいなくなっても、そう名乗っていた人間は都市にそのまま残っている。
言葉の正しさが怪しいが、宿泊施設としての需要が激減した代わりに、不動産としての需要が激増するのだ。短期宿泊客は減った代わりに、長期宿泊客が増える。
だから大雑把には、宿泊プランを見直したり、そのまま下宿やアパートとすれば、この大改革を乗り越えることは可能なはず。
飲食店は……正直わからない。
日本人の感覚で考えると、長期的には需要が減る。
仕事が安定し、拠点を構えることができるようになると、結婚する者も出てくる。
となれば、外食の割合が減り、内食――つまり食料品店の需要が増えると見る。
ただ、家であまり料理しないのが普通という家庭どころか国も、現実に珍しくはない。
東南アジアでは、屋台や惣菜が発達している。アメリカやフランスでは、冷凍食品が家庭料理の味となっている。日本でも中食化して、冷凍・レトルト食品や惣菜の市場はかなり大きい。
手の込んだ調理の習慣がない人間の生活環境が変わり、どれほど料理をするようになるか、推測できない。
冒険者たちが結婚して、共働きを続けていれば、やはり外食を続けることも考えられる。
武器防具、魔法関連の物品、旅に必要な雑貨については、ちょっと複雑になる。
個々の店舗では、増減が激しい。廃業する店も出るだろうが、逆に巨大化する店も出てくる。
こちらも人口同様、業種全体でのトータルで、微減になると推測する。
冒険者が兵士になっても商人化しても、仕事は極端には変わらない。
だからそれらの物品の需要も大差はない。
ただ、冒険者相手だった小売の売り上げは半減以下になり、代わりに官給品としての納品量が増える。規格化された大量生産品、一点当たりの単価は安くなる製品を求められるようになる。
だから業界トータルで微減。軍御用達になった店は売り上げ爆増し、選ばれなかった店は小さくなる。細々と店を続けるか、下請けや店を畳んで御用達の職人になるか、その辺りの選択はそれぞれの経営者次第だ。
このように、変化は間違いなくあるが、需要が激減するわけでもない。
市民にとって冒険者ギルドが必須かというと、微妙と言わざるをえない。無いなら無いなりの生活ができるし、しなければならない。
市民が冒険者ギルドに依頼を出して、直接関わる場合もある?
ドブさらいとか? 荷運びとか?
そんなの近所の子供たちにこづかい与えてやらせればいい。
あるいはそんなことも助けてもらえないほど、ご近所付き合いがないのか?
だったら本格的に人を雇えばいい。それも役に立つかわからない、初対面の人間ではなく、信頼できる人間を専門に。
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もうひとつ、市民生活と大いに関係ある問題がある。
治安だ。
トータルで考えると、冒険者は素行が悪いと見るしかない。
身元の保証もなければ学もない、腕っ節ひとつで生きてきた連中だ。
しかも金次第でなんでもやる。
『農』の項で書いた縄張り荒らしも日常的に行っている。
犯罪者とは区別されて描かれているが、実情は大差ない。
主人公が物語序盤で冒険者ギルドに行くと、言いがかりをつけてくる噛ませ犬の登場頻度を考えれば、素行がいいとは到底思えない。
金をかけて身なりを整え、いつもほのかに香水の香りを漂わせ、朝は道路やゴミ捨て場を掃除し、住民に出会うと背筋を伸ばして挨拶するような殊勝さ、期待するのが間違いだろう。
冒険者をひとくくりにすれば、暴力の世界で生きる無法者だ。
そんな人間が集っている場所は、当然ながら治安が悪化。
危険とは無縁の一般市民には迷惑な存在だろう。
都市に冒険者ギルドが存在していると、この問題が常につきまとう。
ただし実情は、冒険者個人個人で大きく異なる。
無法者の中でも市民に迷惑かけないルールを持つ人間や、市民の憧れになるほどの高潔な人物もいると、物語で描かれている。
そういったリーダー的存在が、無法者を束ね、迷惑をかけさえしなければ、市民はさして問題ない。
現代では話が全く違うが、はるか昔のマフィアや任侠者といった裏社会の存在は、地域に根ざしてそうやって信頼を得ていた。嫌われ者であると同時に、いざという時には市民にも頼りにされる存在でもあった。まぁそうではない、単なる犯罪者も多かっただろうけど。
で。中世ヨーロッパ風異世界において、本来ならばこのリーダー役を、冒険者ギルド、ギルド長が行わなければならないのだが、そういう描写はあまり見受けられない。
これも作品によって違うだろうが、「自己責任」という言い分で、冒険者の管理を放置しているように思う。
でなければ、冒険者登録時に絡んでくる噛ませ犬行為など、目の届かない外ならまだしもギルド建物内で許しはしない。暴力沙汰になったらギルド長がようやく登場して止めるが、「最初からそんな勝手を許すなよ」という話だ。そして噛ませ犬クンを処分にするいったこともまずない。せいぜい口頭注意だ。
というか、ギルド長の仕事ってなんなのだろう? 不意に出てきて強権を発揮することが多いが、普段の業務がわからない。
王侯貴族や商人相手に、「こんな人材が派遣できます!」と営業?
ギルドカードに反映する内容をサーバー的なもので管理?
冒険者では解決できなかった依頼を代わりに達成?
まさか金勘定してるだけじゃないだろうな?
ギルド長個人は、さておき。
冒険者ギルドは、冒険者の管理・引き締めが不完全と判断する。
ならば市民にとっては、元締め役がいればいいのであって、冒険者ギルドという組織の存在価値は、ない。