04 『農』から見た冒険者ギルド⇒返せ! オラたちの○○を!
次、『農』、都市から離れた農村で暮らしている人々を見よう。
異世界モノ作品において、農村と冒険者が関わる場面は、大きくふたつになるだろう。
物語の冒頭の拠点となる場合。
村に生まれ育った主人公が、成長して冒険者になる。
物語の中盤の一時的拠点となる場合。
依頼の都合で主人公たちが村を訪れる。
やはり結論から言おう。
やはり冒険者ギルドなんぞ不用だ。
これは都市と農村の距離によるところもある。
だが、多くの作品で描かれる村は、基本的には自給自足、それ以外で必要な物は行商人を介して手に入れている。
少なくとも毎日都市まで通える距離ではないと見るしかない。
だから農村に暮らしている人々が、冒険者ギルドと直接関わる場面は少ないだろう。
それでも冒険者ギルドの存在は、メリットよりもデメリットが上回る。
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順番が逆になるが、まず物語の途中で主人公たちが村を訪れる場合を考える。
これのほとんどは、畑が魔物に荒らされたとか、魔物を見たから調査とか、村からそういう依頼が出された場合だろう。
別の場所に赴くための中継地として登場する場合、物語の中で村の存在意義はないので、無視する。直で目的地に行くよう編集しても、内容にほぼ変化はない。
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ここで唐突なので話が変わったように思うだろうが、繋がっている前提の話になる。少々迂遠なるが、我慢してお付き合いしていただきたい。
時代や地域によって違うが、中世ヨーロッパの都市の代名詞が、なぜ城塞都市として描かれているのか、理由がわかるだろうか?
城の石垣はともかく、日本で丸ごと高い壁に囲まれた城塞都市は、ないと言っていい。それがなぜかわかるだろうか?
それは、地続きの国と島国の日本では、戦争の質が違うからだ。
歴史・日本史のテストで、『~の戦い』『~の乱』をいくつも語呂合わせで覚えただろう。日本は歴史上、何度も戦争が起こっている。
しかし明治に入る以前では、元寇や朝鮮出兵などの例外があるが、外国との戦争はほぼない。
戦国時代、いくつもの『国』が覇権を巡って争ったとはいえ、日本で起きた戦争は、日本人同士による内戦に過ぎない。
だから戦争に対する考え方は、比較的のん気になる。武将が討ち取られた歴史的大事件が起きようと、農民からみれば土地のオーナーが変わっただけで、日常生活に大差ない。せいぜい『今度の殿様は戦が多い』とか『税が高い』とか、その程度だ。いや、当事者は死活問題だっただろうが、後世の人間から見れば『その程度』でしかない。
これが大陸、地続きの国では大きく変わる。
敵国の首領・軍隊だけでなく、一般人までも皆殺しするのが基本となる。
だって戦争を行う相手は、異民族なのだ。
文化が違う。言語が違う。肌の色が違う。
決定的に異なる人種だ。いや、『人種』というくくりに入れてしまえるかも怪しい。
自分たちに似た異なる『生き物』を殺し、食料や土地や家を奪って使う。殺戮が自分たちの神が定義している正しい行い、それどころか異民族の救済だと、詭弁と自己正当化にまみれた宗教的背景も生まれることになる。
腹が減ったら殺して奪う。それが大陸での戦争の基本形だ。従属・隷属などというのは、自分たちが食っていける余裕が生まれた後の話だ。
これは中世日本の戦争とは決定的に違う。
織田信長の比叡山焼き討ちみたいなことを、武将が新たな領地を獲得するたびにやっていては、自分の首を絞めることになる。
戦国時代、その土地で生きる農民は、食い扶持の作り手であると同時に兵力だ。戦で失われる分は仕方ないとしても、それ以上をいたずらに減らすことは、己の弱体化になる。
だから城塞都市が不要だった。人の出入りを制限するため、広範囲を柵で囲むくらいはしても、戦闘に備えて頑丈にするのは自分の拠点、城だけでよかった。
そして、大陸では城塞都市が必要だった。
領主はきちんと外敵から市民を守ることをアピールしなければ、住民は税を払ってくれないから。
これは都市内だけでなく、都市周辺の住民に対しても同じだ。
生活の都合で離れて暮らしていても、いざという時には避難場所を提供する。逃げ込んでくればいいから税を払えと。
現実の、異民族対策だけでも、これだけのことが必要だったのだ。
更に魔物の脅威がある中世ヨーロッパ風異世界においては、なおさら必要なことだろう。
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さて。本題に戻る。
なにが言いたいか、お分かりだろうか。
村に魔物が現れた?
冒険者を呼ぶ前にとっとと逃げろや。
避難場所が近くにない?
じゃあどうしてそんな場所を生活拠点に選んだ?
冒険者ギルドの必要性を問う以前の問題だ。
ここまででも散々あげつらっているが、村人もまた危機管理がなっていない。
戦争で敗れた兵が作った隠し村などという設定がない限り、平和ボケして魔物のエサになるために村を作ったとしか思えない。
逃げ出すまでもない弱い魔物で、冒険者を呼ぶということは、絶対にない。
これがまだ、選ばれた人間にしか倒せない特殊な生命体なら話が変わるが、魔物もその世界で当たり前に生きている生命体である設定が多い。
なら、ある程度は村人たちで対処できなければ、生きていけるわけない。
まだ弱いかどうかもわからない、調査段階でも同じだ。冒険者の出番はない。
村にも狩人といった、探索の専門家くらいいるだろう。
冒険者を待っていては、手遅れになるかもしれないのだ。依頼を出すより前に動き出す。
それで狩人が帰ってこないなんて事態になったら、冒険者ギルドに依頼を出す?
いいや。村人総出で避難して、王侯貴族、正規軍に通報する。
そのために税を払っているのだ。高貴な者の務めだ。
別途料金がかかる冒険者ギルドに依頼なんてするわけがない。せめて、正規軍が動いてくれなかった後の話だ。
なによりも。
冒険者は、魔物の肉を食べたり、剥ぎ取った素材を売っているではないか。
魔物を自分たちで倒せば、基本自給自足の農村部で、貴重な糧や現金収入となる。
村人で対処できるのであれば、外部の人間を呼んで任せ、譲るわけはない。
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これを踏まえて、村人が冒険者になる場合を考えてみよう。
当人ではなく、親や村内の大人の立場からだ。
どのような形で冒険者の存在を知ったかはさておいて、子供が英雄譚や冒険譚、なによりも村という閉鎖された環境にいれば、都会、外の世界に憧れを抱くのは、ごく当然のことだろう。
そして土地や家を相続できるのは、普通は長男のみ。補助として次男までは面倒を見るとしても、三男以降の食い扶持など、村では保障できない。
識字率も低い世界であれば、村人に学はない。誇れるものがあるとすれば、せいぜい腕っ節くらいだろう。
だから村も親も、街に出て冒険者となることを薦める?
絶対にない。
腕っ節に自信があるなら、しばらく木こりでもさせておけばいい。
自分で土地を切り開き、建築資材を取ってくるのだから、完成までの面倒を我慢して見れば、土地を作り、家を建てて、畑を作り、生活できるようになる。嫁の世話もしてやれば、人口が増えて村は万々歳。税収も増えて領主も万々歳。
放逐する理由がない。
土地が切り開けない理由がある? 新たな生活拠点を作ることができない?
だから子供に冒険者になることを薦める?
やっぱり絶対にない。
だったら村長や、村に出入りする外部の人間のコネを通じ、仕事に就けるようにするはずだ。そのような世界観なら、腕っ節しか誇れるものがなくても、選り好みしなければ下働き程度の仕事はどこでもある。
百歩譲っても、兵士になることを望むだろう。
危険はあるかもしれないが、それが如何ほどかは推測できない、半公務員だ。
冒険者などという、確実に危険な、明日をも知れない自営業者とは違う。
別に村で面倒を見きれないからといって、ごく普通、人でなしではない感性の持ち主ならば、子供にのたれ死んで欲しいと願うわけはない。
離れた場所に出さざるをえないなら、そこで幸せになって欲しいと願うのが人情だ。
冒険者としてやっていけるだけの力量を見せたから、問題ない?
村長の家に入りびたり、本を読んで文字を覚えたから。
魔物を倒して剣や魔法が通用するとわかったから。
商品開発して行商人と結託して金を稼いだから。
普通の子供とは違うところを見せたから。
外の世界でやっていける実績を作り上げたから。
だから冒険者になるべく送り出す?
それこそ絶対にありえない。
認められているということは、村の運営に欠かせない人材になってしまっているのだ。
チート具合を見せつけることで、逆に自分を束縛してしまっている。
大人たちはどんな手段を使ってでも、村の外に出さないようにするだろう。
外に出るとすれば、権力者がその人物を村から取り上げる場合のみ。
仮に親や大人たちが「この子の望むようにさせてあげたい」と理解を示し、冒険者にさせるべく送り出したとしよう。
現実問題として、次の日からその村はどうなる?
村で産業を興していたら、丸投げにできる後継責任者はいるのか?
最悪なのは、魔物の襲撃などで、チート持ち子供が、村の防衛戦力として活躍した場合だ。
褒め称えると同時に、その子なしでは村が壊滅しかねない事態が起こると、村人たちに知らしめてしまったのだ。それが他の努力で補えるならいいが、そうでないなら危機意識が足りていない。
一帯の生態系を変えるほどの大量虐殺でもしない限り、脅威は依然としてあり続ける。
その子供が冒険者となるべく旅立った次の日、村は魔物の襲撃を受けて、滅びるかもしれない。
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こうなってくると、子供たちが憧れる、冒険者という存在について追求せざるをえなくなる。
いや、前述したように、冒険者に憧れるのは仕方なく、当然のこと。
それを現実にしようと柵を振り切って旅立つか、諦めて大人しく畑を耕すかは、結局のところは当人の問題でしかない。
問題は、冒険者ギルドという組織だ。
入り口までだが、憧れを簡単に現実のものにしまえるのだ。
しかもその後の保障はなく、完全に投げっぱで。
なにせ冒険者に求められるものは、ほぼない。
登録料さえあれば、いつでも誰でもなれる。
腕っ節一本でのし上がることも不可能でははない。
熱意と運があれば一攫千金も夢ではない。
いいこと尽くめに聞こえる。
そんなチャレンジャーを世に送り出すのが、冒険者ギルドの役割だ。
さて。そんな組織の求人募集要項を、現代風に説明してみよう。
・未経験者大歓迎!
・若い仲間たちが中心!
・事業拡大のため募集中!
・熱意があればOK!
・頑張りを評価します!
・あなたの夢を一緒に実現しましょう!
・学歴不問!
・年齢不問!
・業務経験不問!
・募集条件:健康であること。
・茶髪・ピアス等OK。
・業務内容:主に肉体労働。
・給料:完全歩合制。
・勤務時間:自由裁量。
・休暇:自由裁量。
・待遇:交通費支給なし。
住居保障なし。
制服・備品の支給なし。
・各種社会保険:なし。
高校生以上・社会人で、ブラック加減が理解できない人は、ハッキリ言ってヤバイ。勤務時間と休暇が自由に決められるイエ~イとか思ったら大間違いだ。
現代モノのフィクションでも出てこない、ブラック企業とはベクトルの違う真っ黒さだ。労働者派遣事業なので、通常の雇用形態とは性質が異なる部分があるが、雇う気どころか組織に働く気があるのか聞きたい。天下り先かペーパーカンパニーと言われたほうが、まだ納得できる。
ちゃんと組織として動いてるなら、ヤクザの事務所でももっとマシと思う。先輩が色々と面倒を見て、仕事のノウハウを叩き込んで、使い物にしてくれるだろうから。
ギルド主宰の講習を行っていたり、専門学校があったりする作品もあるが、冒険者は教育すら保障されていない場合が圧倒的に多いように思う。
たまにだが、特定の、あるいは定期的に依頼を受諾しないと罰則があるなんて設定が見るが、「ふざけるな」という話だ。
それは教育を施し、ちゃんと稼げる人間に仕立て上げ、生活の保障をしてから言える言葉だ。
冒険者ギルドとは、大人たちから見れば、子供たちをたぶらかし、登録料をガメた上で死地に送り込む、悪の組織以外のなにものでもない。
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最悪なのは、間接的であったとしても、冒険者が災厄を村に運んでくる可能性があることだ。
冒険者は、先のことを考えない。
貯蓄なんて考え方があったとしても、そういう描かれ方をしている。
『政』の項で例を出して触れたことだ。
強力な魔物を討伐することで、周辺に波及効果が生まれないと、なぜ言い切れる? 少し想像力があれば、なにも影響ないと思うほうが不自然だ。
これが、例えば国の政策として土地を開発するのに邪魔だから、討伐軍を編成したとかなら、まだ仕方ない側面もある。
為政者はこのままでは魔物との共存を図ることはできないと判断した。天秤にかけて人間の生存を優先させて、方策を打ち出し、実行した。
それで痛ましいことが起こったとしても、言い方は悪いが、想定された被害の一部に過ぎない。事前・事後にフォローすることもできる。
だが冒険者が、名誉や金といった個人の目的で同じことをした場合、そんな気遣いや意義や他人が納得できる理由は一切ない。
異なる例も出してみよう。
ある地域に、貴重な薬草がある。
冒険者は依頼を受けて山に分け入り、その薬草を取ってくる。
近隣の村人が、同じことをしているとは思わないのだろうか?
これは間違いなくしている。
魔法のある世界では一概に言えない部分もあるが、その土地の者ではない人間が、ふらっとやって来てふらっと薬草の生える場所を見つけてふらっと誰かに教えたなんてことは、ないと思ったほうがいい。少なくともキロ単位で詳細な植物の分布を把握できる探知魔法があったり、飛べたりテレポートできる魔法使いがウジャウジャいない限りは。
薬草が生える場所は、長年の間に近隣住民が見つけ、その効果も知った。
情報は村人から冒険者ギルドが知ったものだ。
農村で暮らしているなら、その薬草は間違いなく貴重な収入源となっている。
あるなしで餓死者や身売りに関わる年もあるだろう。
これが薬草が緊急に必要で、村人に話を通して、最低限の量だけ冒険者が取りに行くなら、問題はないだろう。
だが描かれている冒険者の姿は、そんな殊勝なものではない。
依頼票を見て、黙って村の『縄張り』を荒らすだけ荒らして、それで終わり。
来年から薬草が生えなくなり、収入を得る手段がなくなっても、別の仕事をやったり、別の土地に行けばいいだけ。
その土地に生きるしかない人々のことなど、欠片も考えない。
もし実際に被害を被れば、村人たちは一生どころか未来永劫語り継いで、冒険者との関わりを断つ。