01 『世界』から見た冒険者ギルド⇒よろしい。では戦争だ。
冒険者ギルドを考えるのに、まず注意しなければならないのは、ファンタジーではおなじみの『ギルド』だ。
商業ギルド、鍛冶ギルドなど、ファンタジー作品ではよく出てくるアレ。
まず、現実に存在した、ギルドそのものについて。
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●ギルド【guild】の意味
中世ヨーロッパの都市で発達した商工業者の独占的、排他的な同業者組合。商人ギルドは11世紀に、手工業ギルドは12世紀に成立。13~14世紀には各都市の政治・経済を支配したが、16世紀以降衰退。
(出典:デジタル大辞泉)
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現代日本人の感覚で、ギルドに一番近い組織は、商工組合・商工会議所となるだろうか? 時代背景が大きく違うので、一概に比べても仕方ないので、あくまでも「近い」で。
本題は別なので、それらの詳細は説明する気はない。ギルドの役割とはどういうものか、以下のことがわかればいい。
ギルドとは、個々では立場の弱い職人・商売人たちが徒党を組み、社会的(+政治的)な発言力を持つことで、既得権益を得るするために自然と設立されたものだ。
目先部分で言えば、商品の価格設定で有利になる。
自分の店の商品だけを値上げしても、普通ならば余所の店に客が流れるだけだ。
しかしここで同業者も一斉に値上げすれば、都市内の消費者はその値段で買う以外の選択がない。よって店の利益が損なわれることがない。
他にも、新規事業・新規事業者の審査。
自分たちの得になると思う要素か否か審査することで、敵・不利益になると思えば排除してしまえる。
更には権力に対しても発言力や交渉力を持つことが可能なる。示し合わせてストライキし、その業種に関わる部分は一気に停滞すると、脅迫が可能になる。
作者が意図しているかどうかは不明だが、この辺りは多くのフィクション作品でも描かれている。
なろう作品で関わる部分は、多くは新規事情・新規事業者の部分だ。主人公が知識チートで商売しようとすると、その知識を得ようとしたり、商売を認めようとしなかったりと、商業ギルドが悪役に描かれるのは、よくある描写だ。
ただ、現実のギルドと違うところは、会館や事務局など、独立した建物で業務を請け負っている。
そんなものは不要だろう。寄り合い話し合いができればどこでもいいのだから。ここらは現代の商工会・商工会議所に近い。
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ここまではおおよそ理解を得られたと思って、本題に入る。
フィクション内の冒険者ギルドは、それらの『○○ギルド』とは、根本的に異なるものとして描かれている。
ギルドとは本来、地域限定の同業者組合でしかない。
同じ業種の『○○ギルド』であったとしても、Aという地域のものと、Bという地域のものは、違う組織と考えるべきだ。
Aという街で活動していた冒険者が旅に出て、Bという街の冒険者ギルドに訪れる。
身分証明書を提示すると、即座にそのランクに応じた扱いを受けられる。
作品の中で描かれるこのような展開を、ごく当たり前のように感じるだろうが、実はかなり異常だ。
名刺の肩書きに役職がついてれば、みんなスゴイ人だと思うか?
事業内容や規模を問わず『社長』なら全員年収一千万円以上だと思うか?
履歴書に『生徒会長を務めました』と書いてあれば、バイトリーダーを任せても大丈夫だと思うか?
ゴールド運転免許証の持ち主は、後にも先にも無事故無違反優良運転手だと思うか?
そんなわけはないだろう。
権威主義な人は多い。肩書きが立派ならば、その人物そのものも立派だと、勝手な色眼鏡で見てしまうことは多々ある。
だから色眼鏡を外し、本質的な部分を見る必要がある。
冒険者ランクの例を取れば。
ギルドカードに提示されているA街で取得したランクは、それはそれ。紹介状レベルと考えるべき。
B街の冒険者ギルド内の審査で、本当にそのランク相当の実力なのか、確認しようとしなければ、ギルド職員の存在意義は半分なくなる。
更にだ。そのランク相当だと認められたとしよう。
だがB街でも、A街と同じ扱いを受けられるかというと、否だ。
B街を拠点に活動する、実績と信頼ある冒険者たちを優遇し、A街から来た新参者など普通は塩対応する。
そもそもギルドとは、既得権益を守るための組合なのだから。
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しかしながら、多くの作品では、そのようになっていない。
街どころか国を移動しても、冒険者ギルドが発行する身分証明書は、恣意的でない限りどこでも同じ評価を受けることができる、高い信頼性がある。
地域密着型、その土地に独立して存在する冒険者ギルドとなると、『クラン』と呼んで差別化されている節もある。
こっちのほうが自然だ。無職で腕っ節以外に誇れるものない連中がより集り、人材派遣業や何でも屋を営んでいるようなものなのだから、『ギルド』の定義に近い。しかも現代一般人にもまだ想像が可能で、無理のない描写ができるはず。
だが、ゲームの影響か、この形はあまり一般化していない。なぜか国内どころか、超国家規模のネットワーク化がされた、全世界規模の超巨大組織として描かれている。
現代でもそんな企業、ざらにはないぞ? 国際機関でも全世界どこの国にも窓口があるわけではない。
そんな巨大組織を中世レベルで作れと?
魔法による、誰でも使えるリアルタイム通信や、現代の鉄道・飛行機並の輸送技術が確立しているなら、まだ話は変わる。
だが移動は人の足か帆船、離れた場所への連絡は手紙を運ぶしかないなら、絶対にそんな組織は作れない。
異世界の国家が皆、バチカン市国やモナコ公国のようなミニ国家でない限り、本部から指示を出すだけでも、全ての支部に届くのに一年くらい平気でかかるだろう。
加えて魔物の脅威もある。連絡員の事故死、手紙の紛失などで、連絡が届かないことも珍しくないだろう。
それで足並み揃えた業務ができるはずがない。
Aの冒険者ギルドはその国の権力者とズブズブに、Bの冒険者ギルドは商人たちとズブズブに、Cの冒険者ギルドはギルド長が私物化して別の組織と化している……などと、責任者個人個人の思惑で動いている可能性もありえるが、それでも「足並みを揃えた」と呼べるのだろうか。
そして魔法によって、誰でも使える、現代に匹敵する通信・輸送技術があれば……とは前述しているが、これを定義してしまうと、前提を否定してしまう。
それは『中世ヨーロッパ』の枠内に収まらない。
どう考えても、産業革命以後の技術レベルだ。歴史や世界史の教科書では『近世』に入る。
しかも冒険者ギルドで独占しているため、一般化されていないといった事態は考えられない。
それらの技術は政治や軍事、日常生活における重要性がハンパない。独占しようとしたら、間違いなく為政者たちは技術を得るために、実力行使する。王侯貴族の横暴さをナメたら市民は死ぬぞ。
そうなれば冒険者ギルドの末路は、みっつだ。
物理的に叩き潰されて存在そのものを抹消される。
技術を公開することで通信会社・物流会社として生まれ変わり、近代国家へ進化する手助けを行う。
技術をネタに秘密結社化して世界を裏から牛耳る。
どれにせよ『冒険者ギルド』という形では、公然に存在できない。
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というかだ。中世ヨーロッパ風異世界は、封建制の国がほとんどだ。
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●中世封建制度
フューダリズム(Feudalism)とは歴史学において中世北西部欧州社会特有の支配形態を指した用語であり、「封建制」と訳される。土地と軍事的な奉仕を媒介とした教皇・皇帝・国王・領主・家臣の間の契約に基づく緩やかな主従関係により形成される分権的社会制度で、近世以降の中央集権制を基盤とした主権国家や絶対王政の台頭の中で解消した。
(出典 wikipedia 封建制)
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大半の人は身分制度、つまり「国王とか領主がいたら封建制」くらいの認識でしかないだろう。
だから土地のことについて、作品の作者も読者もあまり頓着しているとは思えない。
厳格な身分制度のもと、土地の所有権あるいは使用権を与えられ、生活を営む。
軍事のことを除けば、封建制社会は、それが基本形となる。
土地の外に出るのが前提のグローバル化と著しく相性が悪いというか、真っ向からケンカを売っている。
移動は基本人間の足、あっても馬車な時代なので、技術的な問題もある。魔法がある異世界でも、この基本原則は変わっていない。
だがそれ以外の理由で、人が移動することは、領主も納得のなんらかの理由がない限り、まず不可能だ。
やはり一番は経済的な問題だろう。
領地というものを、現代日本の都道府県くらいに考えてはならない。江戸時代の藩政ともやや異なるので、この辺りの感覚は現代日本人には理解しにくいだろう。
分け与えられた土地はひとつの国で、その責任者は小さな王様であると考えるべきだ。
領主は自分の領地でやりたい放題。関所の出入りで通行税、徒歩税・車税・橋税・河川税・浅瀬税など、「払いたくなければ出て行け」と言わんばかりに、移動だけで税金を搾取しまくれる。
交通費が払える経済力の持ち主――貴族と商人以外、移動は実質不可能になる。
更に言えば、「移動してどうするの?」という問題もある。
農民は土地を耕してればいい。
職人はモノ作って売ってればいい。
移動する必要があるのは、大商人と役人と兵隊、あと犯罪者くらい。
身分制度があるため、領主が通行の融通を利かせなければいけない相手は、ごく限られている。
だから民間人の移動、見知らぬ土地への旅行という娯楽なんて、概念そのものがない。少なくとも江戸時代後期のお伊勢参り、イスラム教のメッカ巡礼みたいに、宗教的背景がない限りは。
国内外で活動する冒険者の存在、国境を越えたネットワークを作る冒険者ギルドを、根本否定してしまう。
そんな世界で冒険者ギルドを超国家規模で作ろうと思えば、封建制政治を行う全ての国の制度や政治を一度破壊して、冒険者ギルドの都合のいいように再構築する必要がある。
つまり、冒険者ギルドが世界征服する。
圧倒的な財力・政治力・軍事力をもって全国家にケンカを売り、その全てに完全勝利して侵略し、スペースオペラでしか見たことがない惑星唯一の超巨大連邦国家を建国する。
その中でA帝国、B公国、C王国という『州』が独自に活動している状態にし、冒険者制度を共通の法とする。
それならば、問題のほとんどは一応の解決を見る。よくある描かれ方がされている冒険者ギルドのまま、作ることも不可能ではない。建国当初は悪として語り継がれ、冒険者たちはとてつもなく恐れられるだろうが、一世代も誠実に活動を続けていれば、そんな評判も徐々に払拭されていくだろう。
このエッセイなど、無意味な戯言になる。
「そこまでしてやることか?」「やれるものならやってみろ」とも思うから、遠慮なく続けるが。
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このように、冒険者ギルドをそのまま、規模や影響力を巨大化させることは、不可能と見るしかない。
諸々のことを中世レベルに抑えると、せいぜい一国内が限界だろう。こんな世界観ならば、各地方都市に支部があるだけでも、充分すぎるくらいに先進的な試みのはずだ。極論言えば国王ひとりが「やる」と言い出せば、なんとかできる範囲でもある。
国内だけならば、ひとつの組織が示す身分証明書のランク付けが、信用おけるものだと判断できるかもしれない。現存する日本の資格・検定も、そういう類のものだ。
全ギルド長が年一で会合でき、なにかあった時に調査員を派遣できる距離ならば、組織全体の引き締めもなんとかできるかもしれない。