うたかた
大学からの帰り道、僕は街の図書館に寄った。
お気に入りの作家の本を探し、大きな本棚の間を歩いていく。
やがてその本を見つけ、そっと手を伸ばしたとき、
「あ――」
いつの間にか、隣に女の子がいた。
彼女もまた、僕が探していた本を取ろうとしている。
「――あ、ごめん」
「いえ、その、どうぞ」
制服姿の彼女は、そっと手を引っ込め、僕に譲ろうとした。
「あの、もしかして、同じ学校の?」
僕は彼女にそう訊く。
言葉を違うことなく。
「え、西高?」
「うん。二年生」
そう答えると、彼女は照れ臭そうに、目を伏せて微笑んだ。
「私も。びっくりした。ここ、西高の人、あんまり来ないから」
「君もこの作家さん、好きなの?」
「うん」
頷いた彼女の頬は、僅かに赤く染まっていた。
「いいよね、この人の本」
「うん。好き。すごく好き」
少しの沈黙を挟んでから、彼女が「じゃあ――」と振り向きかけたとき、
「あ、あのさ、僕は後でいいから」
僕はその本を差し出した。
「え、いいの?」
「うん。また後で、感想聴かせて」
「あ、ありが――」
「あ、結末は言わないでね」
そう言うと、彼女はふふっ、と小さく噴き出した。
「ありがとう。すぐ読むから。私、二年五組の――」
そうして僕たちは、自己紹介を交わす。
会社からの帰り道、僕は街の図書館に寄った。
お気に入りの作家の本を探し、大きな本棚の間を歩いていく。
やがてその本を見つけ、そっと手を伸ばしたとき、
「あ――」
いつの間にか、隣に彼女がいた。
「――あ、ごめん」
「いえ、その、どうぞ」
「あの、もしかして、同じ学校の?」
「え、西高?」
「うん。二年生」
「私も。びっくりした。ここ、西高の人、あんまり来ないから」
「君もこの作家さん、好きなの?」
「うん」
「いいよね、この人の本」
「うん。好き。すごく好き」
少しの沈黙を挟んでから、彼女が「じゃあ――」と振り向きかけたとき、
「あ、あのさ、僕は後でいいから」
僕はその本を差し出した。
「え、いいの?」
「うん。また後で、感想聴かせて」
「あ、ありが――」
「あ、結末は言わないでね」
そう言うと、彼女はふふっ、と小さく噴き出した。
「ありがとう。すぐ読むから。私、二年五組の――」
そうして僕たちは、今日も自己紹介を交わす。
今日も散歩がてら、僕は街の図書館に寄った。
お気に入りの作家の本を探し、大きな本棚の間を歩いていく。
やがてその本を見つけ、そっと手を伸ばしたとき、
「あ――」
いつの間にか、隣に彼女がいた。
「――あ、ごめん」
「いえ、その、どうぞ」
「あの、もしかして、同じ学校の?」
「え、西高?」
「うん。二年生」
「私も。びっくりした。ここ、西高の人、あんまり来ないから」
「君もこの作家さん、好きなの?」
「うん」
「いいよね、この人の本」
「うん。好き。すごく好き」
少しの沈黙を挟んでから、彼女が「じゃあ――」と振り向きかけたとき、
「あ、あのさ、僕は後でいいから」
僕はその本を差し出した。
「え、いいの?」
「うん。また後で、感想聴かせて」
「あ、ありが――」
「あ、結末は言わないでね」
そう言うと、彼女はふふっ、と小さく噴き出した。
「ありがとう。すぐ読むから。私、二年五組の――」
そうして僕たちは、今日も自己紹介を交わし、今度会うときは学校で、と約束する。
いつもそうするように。
「じゃあ、また――」
背中を向けて立ち去ろうとした彼女の姿が、ふっと消えた。
ぱたん、と音を立てて、本が床に落ちる。
僕はそっと本を拾い上げ、すっかり皺だらけになった自分の手に視線を落とした。
彼女が死んだ日から毎日欠かさず図書館に通い、今日でもう六十年になる。
この本をきっかけに、僕の恋人になった彼女。
図書館にしか居場所がなかった彼女。
六十年前のあの夜、線路の上に寝転んで、静かに命を手放してしまった彼女。
結局僕も、彼女の心を癒せなかったから。
だからこれは、償いなんだと思う。
あの子が短い一生の中で、一番喜んでくれた瞬間を――
僕は、明日も繰り返す。