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由美子
美しすぎたかもしれない。
透きとおるような肌
天鵞絨のかがやきを放つ黒髪
湖の深みをたたえた瞳
均整のとれた、その肢体・・・
いや
たとえ
幾百の言葉を並べたとしても
彼女の”美”をあらわせはしない。
どんな巨匠でも
彼女の”美”を
カンバスに写し取れはしない。
かのミケランジェロでさえ、
彼女の”姿”を
大理石に刻むことは出来なかったであろう。
彼女を
美の化身と呼ぶのもおこがましい。
そう、
彼女は
”美”
そのものであった。
その彼女が唇を開いた。
深いアルトが空間を震わせる。
美しい人は声まで美しい。
「私の名は由美子。
中善寺由美子。
おじょうちゃん、
あなたのお名前を教えてくれる?」
触れることさえはばかれる美貌が
千春に向けられる時には
柔らかく解けた。
花がほころんだようであった。
千春が
その笑顔に向けて小さく答えた。
「千春。」
巨人の瞳が動いたように見えた。
千春の心は
両親を亡くした夜以来
凍りついていた。
巨人の幻の太陽も
千春の心を
溶かすことが出来なかった。
その硬い氷が
由美子の笑顔で
今、
溶け始めていた。
千春と由美子の間には
暖かいなにかが
流れている・・・