黒き魔獣
声にならない声。
叫びにならない叫び。
涙と
悲しみと
目の前にころがる
おかあさんの顔。
摑まってしまった
悪夢に
もう逃げる場所は無い。
千春は地に伏せたままだった。
腐り果てた匂いが満ちている。
夢魔だった。
ぬめぬめと月の光を照り返す肌
縦
に
割
れ
た
瞳。
割
れ
て
い
く
口。
チ
ロ
チ
ロ
と
蠢
く
紅
い
舌。
・・あたしは
たべられるの?・・・
どれほどの時が過ぎたのだろう。
気がつくと
夢魔の姿はなかった。
月は隠れ
そこは漆黒の闇。
すべては夜の底に沈み、
音すらも死んでいた。
そのとき音が生じた。
バギッ・・・・
ガツッ、ガツッ・・・・
シャグ・・・・
・・・・何? なんの音?!
・・・肉に歯をたてる音。
・・・歯と骨の当たる音。
・・・肉を 噛む音。
そして、飲み込む音。
想像が千春をおびえさせた。
そのとき
風が雲を押しのけた。
月が光を取り戻す。
闇を背に
夢魔が宙に浮いていた。
そこにあったのは。
囓り取られ
貪られ
消えてゆく夢魔の顔。
そこに屹立するモノは。
地を踏み轟かす
たくましき四肢。
三角の頭にきらめく複眼。
その両の腕は
死さえも刈る神の鎌。
伝説の半馬神が如きそれは。
象ほどもある
黒き カマキリであった。
夢魔は消えた。
カマキリの胃の中に。
闇に屹立する、
魔神の如き漆黒のカマキリ。
巨大な三角の頭。
きらめく複眼。
うごめく触角。
ガチガチと鳴る顎。
二本の鎌を
なめ上げたカマキリが
千春のほうを向いた。
動けない。
手も
足も
動こうとはしない。
死ぬんだ
ここで死ぬんだ
悪夢の中で。
蟲に喰われて。
カマキリが千春を見る。
くるくる
まわる首が
ゆらゆら
揺れる両腕が
がちがち
鳴る顎が
ゆっくりと千春に近づく。
食べられてしまう。
頭から。
腕も。
脚も。
おなかも。
あの夢魔のように、くちゃくちゃと。
そのときだったー
月
が
歪
ん
だ
カ
マ
キ
リ
も
歪
・
・
風景の
一部が
地面の
一画が
カマキリの
腹部までも
・・・・・消えた
恐ろしい叫びが響いた。
半身を失ったカマキリが跳ねる。
目の前の地面が
すり鉢状に消えている。
その中心に立つのは巨人だった。