1
「聞いていますか!若様!」
真っ暗でほとんど何も見えないが二十畳はあるであろう講堂でしゃがれた声が響いた。
それと同時に雷が鳴る。光ってから音が鳴るまでに一秒もなかったからものすごく近くで鳴ったもののようだ。その雷の光のおかげでこの部屋の様子が見ることができた。
光に照らされた部屋の中はお城の中であろうか、石造りの真っ白な壁により囲まれた部屋は高いところにある窓からの光でしか照らされていない。壁にはたいまつが取り付けられているが火がつけられていなかった。中央に長机があり、約二十の椅子が置かれている。しかし、その椅子に座っているのは俺だけのようだ。
今、自分の目の前にいるのは先ほどの声を上げた人物なのだろう。
見た目的には八十歳はあると思うが、タキシードを着た姿は背筋がピンとしておりその年をまるで感じさせない。白い髭、白い髪が立派で低い身分ではなさそうということは分かった。
こんなところでいったい俺は何をしているんだろうか。
「だから、聞いているんですか、若様!」
大きな声とともに雷がまた落ちた。怒られたときに雷が落ちると表現されるのは正しいようだ。
雷が鳴ったのと同時にダンと大きな音を立てて目の前の机がたたかれた。そのため、若様と呼ばれたのが自分だと分かった。
「まったく、ご自分がこれから行うことが何かわかっているかどうかすら危ういですな」
「これから?何をすればいいんだろう…」
「そんなことも聞いてなかったんですか?」
はぁ、と大きなため息が聞こえたのでそうとう参っているようだ。だが、今自分は何も思い出せない。この老人は誰だ?名前もわからない。
「もう一回言いますよ。これで最後ですからね。若様にはこれから異世界へと旅立ってもらいます。その世界は遥か遠くにある銀河系にある唯一生物の住める星、地球と呼ばれるところへテレポートしてもらいます」
異世界?どちらかというとここが異世界に来てしまったようだと表現できそうなところだが…。きっと何か言ったら怒られそうな気がするので黙っておく。
「なぜ?」
本当に黙っておくつもりだったんだよ?信じてほしい。
「一から説明しますよ?」
本当に怒っている顔だがわからないものは仕方ない。ちなみに、この老人(爺やと呼べばいいそうだ)が一から教えるというのはそのままの意味で教科書や黒板と思われるものを取り出し今までの歴史から語り始めた。あの黒板はさっきまで近くになかったはずだ。勉強は嫌いだがこれで覚えないと本当に殴られそうなので何とか覚えることにした。
まず、この星。双子星と呼ばれているように、この星を竜の星、窓の外から見える星が精霊の星と呼ばれる星なんだそうだ。つい最近から、二つはテレポートのような高い技術で行き来できるらしい。星の名前はその名の通りのようで、ドラグサーは古代から竜族の住まう星で、エレメンサーが精霊の住まう星である。単純。
ドラグサーでは、およそ10万年前から竜族がその縄張り争いを続けてきた。その中で独自に進化し、竜王族という新しい種族が生まれたのがおよそ一万年前。その種族は俺と同じ人の形をし、竜族と比べてひどく頭が切れた。竜王族は竜族を使役し、自分たちの思うがままに利用し、領土を広げた。しかし、大陸の領土は限りがある。次第に竜王族の中でも国が乱立し、領土争いを始めることになる。
その争いが終結したのは今から99年前。数十に及ぶ国は、いつの間にかその数を減らし、その数を四つとした。その際に結ばれたのが”百年締結”と呼ばれる百年間の争いを一切禁じるというものだった。これまでおよそ百年、冷戦状態と呼ばれる殺伐とした空気のまま時間だけが進んでいる。
おそらくあと一年、百年締結が切れれば残った四つの国がまた戦争を始める。百年前にはなかった、新たな技術の開発により、戦争が激化することが考えられる。しかも、百年前のように停戦はなく、おそらく統一されるまで続くだろう。
俺の今いる国は残った四か国のうち最大の国土を誇るロートリッダー帝国で、俺はその国の王子であるらしい(もちろんそんな記憶は全くないが…)。ちなみに爺やは俺の教育係であり、できる限り逆らってはいけないようだ。
百年締結は平和とともに、多くのの不安要素を作った。その一つは先ほども述べたように技術の進歩。それから百年前には知られていなかったが、技術の進歩で明らかになった新たな事実などだ。
基本的に竜王族は竜族との戦いでは明らかに無力だ。なぜなら、竜族の力=竜王族の知といった感じであり、竜王族には力がないかわりに知恵があると考えられてきたからだ。しかし、技術の進歩によりエレメンサーとの行き来が可能となった今、竜王族は次のステップを進んだ。竜王族は精霊族の力で、<日陰竜>の力を引き出せることが分かったからだ。
この日陰竜というのは、竜王族は人の形で生まれてきた竜族と考えられているので、竜王族の中に眠るその竜のことを日陰竜といった。竜王族は人のまま竜の力を引き出せるようになったのだ。これにより竜族同士の争いだけでなく竜族対竜王族、竜王族対竜王族も考えられる。
で、日陰竜の考えから、今回俺がどうして地球と呼ばれる星にテレポートさせられるのかが導かれる。
日陰竜は精霊の霊力が高いほど強く力を引き出すことができる。よって帝国の王子である俺には高い霊力を持つ精霊を付けてしかるべきだと現国王である親父は言い張った。そのため、俺は地球に行かされるというわけですな。
ちょっと待て、どうして地球に霊力の強い精霊がいるんだ。
エレメンサーにある大陸を支配するのは精霊たちの上位種である霊王族であるらしい。実は精霊たちも長きにわたる戦争もあったのだが、約百年前に終結し(ドラグサーに似ているな…)、今はヴァイス王国がその大陸を制圧していた。で、親父は考えた。『ヴァイス国王の娘なら霊力強いんじゃね?』疑惑。うわー、さすが俺の親父(あったことないけど)。単純。ちなみに、竜王族には精霊の霊力の高さはどれほどかということは分からない。
しかし、ここで話はややこしくなる。俺の親父のような単細胞の竜王族がほかにもたくさんいるかもしれないと考えたヴァイス王国の王様は霊力の高い”かもしれない”自分の娘を、竜王族の技術のテレポートを使って遠い遠い星に飛ばしてしまった。ロートリッダー帝国混乱時代が始まったのはこれが原因。具体的には帝国は有力者を生物の住める星へとどんどん飛ばしまくった挙句、百年締結の期限が切れそうになるにつれ、テレポートにエネルギーを使いにくくなったのだ。なお、テレポートの際、エネルギー源となるのはレート鉱石と呼ばれるもので、これは武器を扱うのにも使われる大切な資源である。だからこれを戦争用に取っておきたいということだな。
でも、有力者を飛ばしまくっていたおかげか、とうとう地球という星でヴァイス国王の娘を発見。わーいわーい。喜んだのもつかの間、地球までテレポートには多大なエネルギーがいるということを思い出した。よって、俺一人だけが護衛もなく地球に行くと。まぁ、地球に行ったら地球に飛ばされた有力者がいるらしいし、別にほかの竜王族の国の人が地球にいるということもなく、俺が命を狙われることはなくため、安全と。
「……つまり、そのヴァイス国王の娘を引き連れてくればいいわけだな」
いつの間にかこの食堂に教卓が持ち込まれていた。本当にただの授業だな。気が付くと、壁に取り付けられていたたいまつに火がともされていて、部屋の中は明るくなっていた。テレポートを作れるほどの技術力があるなら、電球を作ればいいのに…。……あれ?電球って何だろう。
「そうです。ちなみに地球からドラグサーへのテレポート手段はなく、通信手段にレート鉱石を使えるほど個数に余裕もないので、あくまでドラグサーから地球へつなぐときにしか地球からドラグサーへ移動できないのであしからず」
「えーと、つまりどういうこと?」
「この後、テレポートしていただいた後、一年後まであなたはドラグサーへ戻ってこれませんし、その間こちらにいる人間と会話することもできないということです」
「は?」
えーと、よくわからない。
そもそも、どうして俺はここにいるのかよくわかってない。とりあえず、気が付いたらここにいて、記憶がない。そしてなぜか中二的状況説明をされる。この後、地球へ行く。一年後、ドラグサーに戻ると。……うん、整理はできたけど。
よく考えたら記憶もないんだしこの世界に対して思い入れもない。つまりこの世界で目覚めないで、地球ってとこで初めて目覚めたってことにすれば意外と話は簡単だ。
「委細承知」
「急に物わかりがよくなりましたな」
爺は不安そうに見つめるが、いいじゃないかしら、どうでも。
「あ、ついでに聞いておきたいんだけど…、精霊ってどうやったら日陰竜の力を引き出してくれんの?」
「……前にも説明したように、……」
あーーーーーー、また説教(勉強)が始まった。だから、前略(俺が聞いてなかっただけ)。
「………つまり、ヴァイス国王の娘、リリア・ヴァイスを惚れさせればいいのです」
「はぁ……そーですか」
なんてこって。つまり、俺は再びドラグサーに戻ってくる前に女の子を俺に惚れさせなければならない。無理やり連れてきたところで日陰竜の力を引き出せず、効力を持ちませんと。一年か…、地球ってどんなとこなんだろう。住みやすいところだといいんだけど。
「もう、質問はありませんか、若様」
できれば、俺の名前を教えてほしい。でも、いいか。
「では、若様、時間はありません。早くテレポートステーションへ行きましょう」
爺やに連れられてテレポートステーションとやらにろうそく一本で向かう。
おそらく、先ほどからの説明から考えれば、ここはロートリッダー帝国のにあるお城の城内といったところだろうか、先ほどから廊下には騎士の鎧が並んでいた。これは鎧だけだろうか?ろうそくの明かりだけではよく見えない。どうして、この廊下にたいまつを付けないんだろうか?
「ここでございます。若様」
連れてこられたのはたくさんの管が天井や壁から延びている研究室のような場所だった。廊下の天井も高かったが、この研究室は上が暗すぎて見上げても天井が見ることができないくらい高かった。そこに人一人が寝ながら入れる大きさの三つのカプセルがあった。たぶん、それがテレポートの用具だろう。カプセルの近くには緑色に光る石が百個近く置かれているので、あれがレート鉱石というものなんだろう。
「あれ?ステーションて駅じゃないの?」
確かさっきテレポートステーションって言ってたからてっきり駅みたいなところに行って電車みたいなものがあるのかと。というより俺は自分の名前すら憶えてないのに、どうして駅とか電車とか電球とかのまだ見たこともないはずのものの記憶ははっきりあるんだろうか。
「何を言っておられる。ささ、そこにあおむけになってくださいませ。向うに行ったら案内役としてフリードを待たせています。地球での暮らしをするのに役立つでしょう」
「一年後の春、もう一度地球とドラグサーをつなぎますが、それまでに何とか日陰竜の力を引き出せるようになっていてください」
「それでは若様……、いや、クロード・クローズ王子。行ってらっしゃいませ」
カプセルの中が先ほど見たレート鉱石の緑の光でいっぱいになる。その光がまぶしくて目をつぶると一瞬、体が無重力状態になり酷く吐き気がしてきたが何とかこらえた。再び目を開けると周りが虹色に包まれていた。しばらくはそのまま無重力状態のままだったが、急に背中の方に引力を感じ引き寄せられる。いや、背中側に落ちていくと考えた方がいいかもしれない。
なんだここ。テレポート中ってやつ?カプセルに入ったけど別にそのカプセルが移動するってわけじゃないんだね。
取りあえず分かったことは、俺の名前はクロード・クローズらしい。この名前が地球ってところでも使われるのかわからないが……。
やることを整理しよう。俺はこれから地球という星に行く。で、リリア・ヴァイスって名前の霊王族の女の子を惚れさせなければいけない。タイムリミットは一年。
そもそも、惚れさせなくてないけない理由は…、そう、確か日陰竜の力を引き出すため。精霊の霊力が高いほど強く日陰竜の力を引き出せると。
…ここまで考えて、あれ?となる。
もしも、だよ。もしも、二人以上の精霊に惚れられたらどうなる。二人合わさると霊力に相乗効果が出て日陰竜の力がより引き出される?いや、確か精霊ごとに日陰竜のどんな能力を引き出せるのかが決まってるとか爺やが言ってたはずだ(ちゃんと聞いておくべきだったな…)。ある精霊に日陰竜の炎を引き出しでもらって、また、ある精霊に日陰竜の力を引き出してもらったならば、俺は日陰竜の炎と力を両方とも使えるんじゃないか…。
え?まさかのハーレム最強説が誕生する?
……まぁ、地球にいる精霊が一匹だったら大して意味はなくなるけど…。あと、俺の日陰竜ってどんな竜なんだろう。
まぁ、いいか。
期待と不安を胸に俺はまた目を閉じた。次に目を開くのは地球でだ。