こんなコーヒーのCMがあったら
「こりゃあどうにもなりませんな」と言いかけてしまう、それも仕方ないような時はある。上手くゆくならお道化てしまう己であれと、誰に言うわけでもなく笑う感じでちらっと外を眺める。止んではいるがいつ降り出してもヘンじゃない色。
ヘビーな時間さえ避けて通れないもののように訪れる、そんな日々かも知れない。慣れるようで慣れないというか「あ、心折れそうだな」と実況している妙に冷静で淡々しているへんてこりんな『部署』が、
<とりあえずコーヒー飲んどけ>
と指令を出している。最近発売したペットボトルの微糖コーヒーがここまで頼もしく感じられる、程に、実はピンチじゃないかという、それはそれでまた一つの分析がやってくるのだが、その辺りは保留しつつキャップを回して一気に口に含む。
「うまい…」
思わず独り言が出てしまったけれど、同僚には聞かれていないだろう。メンタルボコボコに殴ってくる『出来事』が連絡で入ってきて、内容的には「アホか」と思うような部分もあるのだが事実は覆らないもので受け入れるしかなく、まあプライベートな事なので自分でやって行くしかないという事も分かっている。
「うまい…」
気付くと無意識にコーヒーを飲み干していた。すると向かいのデスクの同期の女性が、
「そんなに美味しかったの…」
とドン引き気味にこちらを見ていた。考えてみれば、あんまりにも平静を装い過ぎてコーヒーを一気飲みして「うまい」を連呼していただけだから、そこだけが強調されてしまっている。同期には何となく変な所を見せたくない気もするから誤解を解くつもりで、
「いや、そうじゃなくて…いや、まあ美味いんだけれどもさ」
と言うと、
「ふーん…。まあ美味しいならわたしも飲んでみよっと」
と先ほどの表情に比べると幾分マイルドな返答。誤解はさせていないが、何かしら不十分なんじゃないかと思ったが、けれどこれでいいんだよなという認識がやってくる。あんまりこういう事を考えすぎると疲れてしまうし少し気が紛れたから、段々と作業に戻ってゆく。丁度お昼が近いのも幸いした。
そして30分後くらいに皆が昼食に出掛けてゆくのを確認して、ちらっと確認するに留まっていた『連絡』の詳細を見返す。
『公演中止』
一言で言えばその表現である。前から楽しみにしていた舞台があって、念願のチケットを手に入れた舞台が演出と演者のトラブルで…というありがちと言えばありがちな理由でおじゃんになったという知らせ、とそれに伴う返金の手続きについての連絡。それだけであったら「まあ仕方ないか」で切り替えられるところが、自分にとってはタイミングが非常に宜しくなかった。実は今度友人と遊ぶ約束をしていたのが、どうしても都合が悪いらしくお流れになりそうなのと、細々としているところでは好きな野球選手が怪我をして戦線離脱というニュースを知ったばかりというのも大きい。
「さすがに3連発はなぁ…」
連絡を確認してみてどうにもならそうだなと思い至って、とにかく今日を乗り切る事だけに専念しようと応急の目標を立てる。食欲も湧かないし、とりあえずコンビニのおにぎりとかでお昼を済ませようと思い立ち上がった時だった。
「あれ?まだ居たの?」
先程の同期である。よく見ると手にコンビニの袋を下げている。
「ああ、ちょっとね」
「ふーん。あ、わたし『これ』買ってきたよ!」
なんだ、と思ったら微糖のペットボトル…さっき飲んでいたものと同じ物を買ってきていたらしい。
「はや…そんなに飲みたかったのか?」
「だって、凄く美味しそうに飲んでいたから。飲んでみよっと。あ、本当だすっごく美味しい!!」
「まあ美味いのは事実だな。個人的に画期的な商品なんじゃないかって思ってるよ」
「こういうのあるといいね。いやーな事とかちょっと、こう何ていうか楽になる感じ」
彼女の口から気になる表現が出てきたのでこう訊いてみる。
「いやーな事って、例えば…?」
すると彼女は「うん、それは」と言ってからコーヒーを口に含んでから一呼吸おいて、
「元カレが結婚しましたとか白々しいメール送ってきた時とかね!!」
「うわ…」
こちらも思わずドン引きしてしまうようなヘビィな内容。妙に大きい声で言った彼女はただその後、
「例えばの話。例えばそういう事があった時とか…」
と少し殊勝なとでもいう様子でゆっくり椅子に座った。何か色んな想いがありそうだけれどこういう時、何となく自分の事がぼんやりしてきてしまう。
「ま、これ飲んでお互いに頑張りましょう!」
私はその時の彼女の言葉に何か救われたような気がする。気の利いたことは言えないタチだが、
「何か良いことあると思うよ、たぶん」
と言うと、
「それっていつ?」
と尋ねられたので、
「いつか。晴れてきたらじゃないかな」
と適当に答えておいた。そんな感じ。




