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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

幸福な世界より、ハピエンを

作者: 猫野沙子
掲載日:2026/07/10

平民のマリアは、聖女に選ばれて貴族が通う学園に入学する事に。

そこで出会った第一王子殿下に恋をしてしまう。

第一王子殿下の婚約者の公爵令嬢リゼルからいじめを受けるが、彼女は第一王子殿下と愛を育んでいく――

 マリアは父と弟の3人暮らしだ。母はマリアが10歳の時に病気で他界してしまった。マリアの母と言う人は没落貴族の娘だったそうで、その名残のガラスペンはマリアが受け継いだ。弟は、小さなコイン型の没落した家の紋章が刻まれたペンダントを受け継いだ。

 マリアが聖女に指名されたのは14歳の時。15歳で貴族も通う学園に”聖女見習い”と言う特待制度で入学した。

 

 マリアはお守りのように母の遺品であるガラスペンを持って、学園の入学式にのぞんだ。王侯貴族たちの、平民とは違った華やかな雰囲気に気おされながらも、マリアは新しい生活に胸を躍らせていた。マリア以外にも平民の大金持ちの商人の子などが入学しているため、いくらかは気が楽であった。


 入学生の挨拶で、初めて近くから第一王子殿下の顔を見た。銀髪が月光の様で、神秘的な紫の瞳を持った王子の顔は息をのむほど整っており、身分に関係なく感嘆のため息が聞こえてきた。


 入学式が終わると、初めて教室へ案内された。マリアは聖女見習いのため教会から派遣された護衛がついている。始めは、これでは誰とも仲良くなれないと思ったが、貴族たちは侍女や侍従がついて回っていて、教室へ入ると侍女や侍従は待機部屋へ下がるのが通例の様だった。マリアの護衛も心得たもので、マリアが教室に入るのを見届けると、待機部屋に下がった。

 

 教室をおずおずと見回すと、先ほど見た月光のような銀髪が見えて再びマリアは息をのんだ。

(第一王子殿下と同じ教室なの?!)

入り口で立ち止まっていたマリアの背後から、

「聖女見習いマリア様。そこは皆さまの邪魔になりますから、移動なさって?」

と聞こえた。振り返るとマリアより背の高い、金髪と青い瞳を持った冷たい美貌の少女と目が合った。

「あ、あの、すみません……」

 口元は微笑を刻んでいるのに、冷たい青い瞳に感情がないこの少女にマリアはゾクリと身を震わせた。

「リゼル、もう少し柔らかな言い方をしたらどうだ?」

そう言って割って入ったのは、第一王子殿下だった。

「将来は聖女となる方だ。まだ身分の変化に戸惑っておられるのだろう」

そう言って、マリアを見て柔らかく微笑むと、

「この者は私の婚約者だ。婚約者が失礼した」

と言ってくれた。マリアは頬が赤くなるのが分かった。

「い、いいえ。わ、わたし、その、まだ貴族様の事がよくわからなくて――――」

「学べばよいのだ。そのための学園だ」

第一王子の優しい対応に、マリアは胸が高鳴るのを覚えてしまった。


 それからの日々は、マリアにとって夢の様だった。第一王子の対応は完璧で、マリアに不愉快な思いをさせないよう気を配ってくれた。第一王子の側近たちも、マリアが平民だからとバカにしてくるような者に近づけないようにしてくれた。

 

 ただ、リゼルだけは別だった。

 いつもマリアを冷たい視線で射貫くように見てきた。公爵令嬢と言う貴族で最上位の身分も手伝って、彼女の取り巻きもマリアには冷たかったし、第一王子たちの目を盗んで、小さな嫌がらせをしてきた。

 時折、侍従を後ろに従えているところも見かけたが、侍従は黒い髪と黒に近い青い目をしていた。マリアを見かけると無遠慮にジロリと見てくるのが怖かった。公爵令嬢がいつか侍従をけしかけてくるのではないかと、マリアは怯えていた。


 マリアが入学して半年を過ぎた頃、第一王子殿下と昼食を共にする機会があった。マリアの食事のマナーが上達してきたと教師から聞いたと言って、

「聖女となれば王侯貴族と食事をする機会もあろう。今のうちに一度所作を確認しよう」

と言ってくれたのだ。マリアは喜んだ。こんなにやさしい王子様が他にいるだろうか、と。

(第一王子殿下とリゼル様では釣り合わないわ。こんなにやさしい方に、あんな冷たい方が婚約者だなんて)

と、マリアは心の中で憤った。

 昼食は和やかに進み、マリアの至らない点を第一王子殿下や側近が丁寧に教えてくれた。

 昼食後は、花園へ誘われた。貴族が通うこの学園には、美しく整えられた花園があるのだ。

「薔薇はもう少しで咲きそうですね」

ほころび始めている赤いバラを見てマリアがそう言うと、

「この薔薇は、学園の生徒の間では”告白のバラ”と呼ばれているのですよ」

と、側近の1人が教えてくれた。

「ロマンチックな習わしですね」

とマリアが微笑むのを、第一王子殿下は何か考えながら見ていた。


 花園からそろそろ教室へと言う頃、1人の伯爵令息が息を切らせてこちらへ走ってきた。第一王子殿下の側近やマリアの護衛が素早く2人の前に出ると、伯爵令息は立ち止まって、息も切れ切れに、

「ま、マリア様の……ガラスペンが……!」

 マリアは、嫌な予感に襲われた。

「リゼル様が、壊しました!」

何とか言葉を紡いだ伯爵令息に、礼を言うことなど忘れて、マリアは教室へ駆け出した。

(そんな、そんな、あれはお母さんの……!)

 泣きそうなになりながら教室に駆け込むと、粉々になったガラスペンが目に飛び込んできた。

「酷い……!」

 マリアの目から、涙があふれ出る。大切な遺品が無残にも壊されたのだ。

「なんということを」

少し遅れて駆けつけた第一王子殿下の声に、マリアは顔を上げて、

「リゼル、様は、なんで……?」

と言って、第一王子殿下の胸に顔を埋めて泣いた。

「すまない、マリア嬢。私の婚約者がこんな事をするとは……」

「いいえ!第一王子殿下は何も悪くありません!謝らないでください」

マリアはそう言って、第一王子殿下の腕の中で、大切なものを失った悲しさに身を震わせた。


 その後の第一王子殿下の対応は、素晴らしかった。公爵家の後ろ盾など構わないと言って、より一層マリアを側で守ってくれた。マリアの大切なものを壊したリゼルは、その事でみんな離れていった。リゼルの側にいるのは、あの不気味な側近だけになった。 


 マリアは、第一王子殿下と長く過ごすうちに、

(私が第一王子殿下をお支えしたい。大それた願いかもしれないけれど、第一王子殿下だってリゼル様のような方と結婚するくらいなら、私がお支えした方がずっといいと思うはずよ)

と考えるようになった。思い悩んだマリアは聖女に相談すると、聖女は背中を押してくれた。それから、聖女のアドバイス通り、思い切って第一王子殿下の側近の一人に第一王子殿下への気持ちを、相談と言う形で伝えた。


 赤い薔薇が満開となった初夏、その日は午後から魔法の授業があった。マリアは癒しの魔法以外は使えないので、魔法体系についての授業となるが、慣例となった昼食後の花園のそぞろ歩きのあと、第一王子殿下がマリアを呼び止めた。

「これを、君に」

 少し照れた様な顔で、差し出されたのは1本の赤い薔薇だった。マリアは顔を赤くして、第一王子殿下の端正な顔を見上げた。

「あ、ありがとうございます!」

とっさに出た言葉に、また顔が赤くなって、うつむいた。

「喜んでくれて、私も嬉しいよ」

「あ、あの……」

「リゼルとは正式に婚約を解消しようと思う。私たちは王侯貴族で、手続きが煩雑で時間がかかるが、待っててくれないか?」

「は、はい!」

 マリアが頬を赤く染めて嬉しそうな笑顔で返事をするのを、第一王子殿下も嬉しそうに見つめ、

「では、また後で会おう、マリア」

「っ!は、はい、殿下!」

マリアは授業へと去っていく第一王子殿下の背中を、ずっと見ていた。と、不意に手に激しい痛みを感じると同時に、バラが砕け散ったのが見えた。

「きゃぁっ!」

思わず悲鳴をあげると、第一王子殿下がこちらへ駆け戻ってきて、マリアの手を見て表情を険しくした。マリアの手は血の気を失っていた。感覚も鈍い。

「手当を。応急処置後に、癒しの魔法を使うと良い」

と、マリアの肩を抱いて医務室へと連れて行ってくれた。


 次の日から、マリアの周囲では異変が起こり始めた。最初は、教科書やペンが消えうせた。リゼルのいじめだと悟ってはいたが、第一王子殿下がすぐに対応してくれたため、大したダメージはなかった。むしろ、第一王子殿下との仲が急速に深まっていった。

 数日して、弟から手紙が届いた。

 ――――ねえちゃんへ。おとうさんが帰ってこない。どうしよう?

短く、つたない弟の文字にマリアは背筋が冷えた。この手紙を第一王子殿下へ見せると、直ちに警備隊に連絡し、弟を保護して父親を捜してくれた。幸いにも、父親は王都の隣の町にいた。なんでも、辻馬車に乗ったらいつの間にかここに居たという。

 ほっとしたのも束の間、弟がさらわれそうになったり、仲の良かった近所の人が急に消えたりした。マリアの周囲では物が消え続けた。

 怯えるマリアを第一王子殿下は守りつつも、尻尾をつかませないリゼルに苛立っているのがマリアにも分かった。

 学園生活に暗い影は落ちたものの、マリアは3年間、リゼルからの陰湿な嫌がらせに耐えた。第一王子殿下が側にいてくれたことが、マリアの大きな支えとなった。


 やがて、学園を卒業すると同時にリゼルは平民になった。


 初めてリゼルの父であるという、ヴァルヘルム公爵に会ったのは、学園を卒業する少し前だった。第一王子殿下と共に会うと、まず、公爵はこちらに丁寧に謝罪を申し入れてくれた。

「我が娘ながらリゼルは昔から素行が悪く、私の至らなさで抑えることが出来ませんでした。聖女様にこんな非道なことをしていたとは露知らず、まことに申し訳ありません」

そう言って、悲し気な顔で謝罪するヴァルヘルム公爵がマリアには哀れだった。あのリゼルの父親はいい人なのに、リゼル自身は陰湿で悪魔のような少女なのだ。

「私は、ヴァルヘルム公爵家にたいしては何も思っていません。悪いのは、リゼル様ですから」

「なんと寛大なお方でしょう」

「うむ。マリアは聖女としてふさわしい、清らかで純真な女性だ」

「まったくもって、私もお会いしてそう思います。もし、聖女様がお嫌でなければ、当家に形だけ養女となっていただけませんか?ゆくゆくは第一王子殿下と婚姻なさる時に、公爵家と言う後ろ盾があれば、ご安心かと」

「ヴァルヘルム公爵家は引き続き私を支援するという事か?」

「もちろんでございます。当家の意思は変わりません」

「よかろう。して、あの者は?」

「はっ。すでに我が家を放逐し、平民として牢獄に繋がれております」

 第一王子殿下は鷹揚にうなずいて、マリアにほほ笑んだ。


 平民用の牢獄に入れられたリゼルを、マリアは第一王子殿下と訪ねた。最後に、謝ってもらいたかったのだ。それが、リゼルの罪を軽くするわけではないが、罪を背負っては天に行けないと昔から言い伝えられている。謝ってもらえば、マリアは許してあげるつもりだった。

 空気の流れが悪い牢獄は、嗅いだ事のない酷い匂いだった。我慢してリゼルの牢獄の前まで行くと、リゼルは牢獄の中央の床に座っていた。美しかった髪はぼさぼさになり、全体的に薄汚れていた。

「リゼル様、罪を認めて、私に謝ってください。そうすれば、私はあなたを許しましょう。せめて、死んだあとは天国に行けるよう、慈悲を与えます」

 聖女となった威厳を少しのぞかせたマリアは、リゼルにそう告げた。リゼルは、ゆっくりと顔をあげたが、その顔は聖女となったマリアではなく、第一王子殿下に向けられた。

「……」

小さな、聞き取れないつぶやきがため息のように洩れて、リゼルの両目からは涙があふれだした。

「私には謝らないのですね?」

 マリアは小さないら立ちを感じた。第一王子殿下は表情を変えずにリゼルを見ていた。リゼルはゆらり、と立ち上がると

「若き太陽、第一王子殿下にご挨拶申し上げます。ヴァルヘルト公爵家、リゼルでございます」

とかすれてはいたが、しっかりと挨拶の口上を述べ、カーテシーをした。その姿に、マリアは訳も分からずぞっとして、第一王子殿下を引っ張るように牢獄を後にした。


 それから2週間ほどして、王宮前の広場には大勢の民が集まって、ごった返していた。中央に設けられた断頭台の近くを陣取ろうと小競り合いが起きている。国の宝である聖女を苛め抜いた悪魔のような女が処刑されるとあって、民たちは義憤に駆られていた。

 やがて、囚人が引き出されてきた。くすんだ金髪と青い目を持つ、やつれてもなお美しさを失っていない囚人に、民は罵詈雑言を浴びせ、石を投げつけた。一段と高くなった断頭台に囚人が引き上げられると、民たちの興奮は最高潮に盛り上がった。

 その様子を、高く作られた物見台の特等席でマリアと第一王子殿下、王と王妃や主だった貴族が見ていた。さすがにヴァルヘルム公爵家は遠慮したようだった。

「哀れですね」

マリアがそう言うと、第一王子殿下は、

「アレはそれだけのことをしたんだ。気分が悪くなりそうなら、目を閉じているといい」

「いいえ。最後まで見届けます」

マリアは聖女として囚人の、リゼルのために祈った。いや、祈るふりをした。マリアは、はやり謝らなかったリゼルを許せなかったのだ。

 見届ける決意はしたが、はやり、刃が落とされるところは直視できなかった。民の歓声が湧き上がって、恐る恐る見ると、刑は執行されていた。あれほどマリアを苦しめた悪魔のようなリゼルは、これで完全に消えたのだ。

「血なまぐさいものは、聖女に似合わない。そろそろ行こうか?」

 第一王子殿下の言葉に少しほっとしたマリアは頷いた。リゼルの事は、もう思い出さないと決めて、一度も振り返らず退出した。


 1年して、マリアは第一王子殿下と婚姻した。

 誓いのキスの時、第一王子殿下の端正の顔が見れなくて、うつむいてしまった。第一王子殿下は低く笑って、マリアの顎を指ですくいあげて優しくキスをしてくれた。

 第一王子殿下との甘く幸せな生活の中で、リゼルと言う悪魔の記憶からすっかり抜け落て、聖女として平和を祈り、王子妃として民を導き、子にも恵まれ、マリアは幸福に包まれた一生を過ごした。


最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

幸福な結末でしたが、その裏側にはどんな事があったのか――

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