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性別を隠しているハイスペ令嬢(α)と底辺令息(Ω)、互いの秘密を知ってしまう

作者: サトウミ

この世界には、男女の性以外に『第二の性』と呼ばれるものが存在する。


ずば抜けた知能と身体能力を持つ『α』。

人口が圧倒的に多いものの、能力は平均的な『β』。

常に発情状態であるが故に、日常生活に支障をきたす『Ω』。


そんな世界で私は、残念なことにαとして生まれてきてしまった。



◆◆◆



「行って参ります。お父様、お母様」


私はいつものように両親に挨拶をして、学園行きの馬車に乗る。


「いいか、ソニア。もし誤って成績上位者になってしまったら『カンニングした』って言うのだぞ?」

「そうよ。αの令嬢だってバレるより、カンニングした令嬢だと思われた方がまだ世間体がいいのだから」

「十分に、承知しております」


試験結果が張り出される日は、いつもこうだ。


「ちゃんと今回も、問題の難易度に合わせて誤答しましたし、平均点を取れるようにも調整しました。私をαだと疑う人はいないでしょう」


毎回そう説明しても、両親は浮かない顔をして私を見送る。


──私がもし、男だったら。

──私がもし、Ωだったら。


両親はさぞ喜んでいただろう。

私が家督を継げる男だったら『優秀なαであれば安泰だ』と歓喜したはずだ。

私がΩの令嬢なら、男性から重宝されて結婚には困らなかっただろう。


だが女のαは、貴族社会では厄介な存在でしかない。


貴族の令嬢は後継ぎを作る以外のことは、あまり求められていない。

にも関わらず、αの女は男の仕事に口を出して女主人を気取るのだとか。

だから貴族の男性にとって、αの令嬢は目障りな存在なのだろう。


まぁ、私からすれば、ただの僻みだとしか思えない。

領主の仕事を真面目にこなしていれば口出しする気はないし、女主人になるつもりもない。

仕事に口出しされるのは、言われる方に原因があるのでは?

と、言い返したくなるが、貴族男性達にそれを言ったところで『これだからαの令嬢は』と煙たがれるだけだろう。


「あぁ、面倒くさい」


私はボソリと愚痴を呟くと、馬車に揺られながら学園へと向かった。



◆◆◆



試験結果が張り出された掲示板へ向かうと、そこは

大勢の人だかりができていた。

成績上位者と赤点補習者の欄を確認したところ、私の名前はない。

ま、当然の結果だ。


それにしても、成績上位者は見事に男性しかいない。

きっと他の女性達も、私のようにαだと疑われたくないから敢えて手を抜いているのだろう。

男性はそんな事を考えなくてもいいから気楽なものだ。

嗚呼、羨ましい。


「今回も上位陣はみんなαか。まぁ、当然だよな」

「αは俺達βとは別次元の生き物だよなぁ〜」

「相変わらず今回もディラン様が一位か」

「毎度毎度、凄いよな。流石はαの中のα。格が違う」


今回の試験結果でも注目を集めたのは、ディラン・フェアチャイルド公爵令息だった。

容姿端麗、次期公爵家当主、αの中のα……。

人付き合いが悪い点を除けば、誰もが完璧だと思う人物だろう。

当のディラン様は、そんな噂を気にも止めず、試験結果を確認すると早々にその場を去った。


同じαとはいえ、公爵令息の彼と子爵令嬢の私とでは住む世界が全く違う。

学園を卒業したら、関わることもなくなるのだろう。

──この時までは、そう思っていた。



◆◆◆



午後のお昼休み。

私は友人達と一緒に談笑しながら食堂で昼食を摂っていた。


「ねぇ、見てあそこ! ディラン様が一人でランチしているわ」

「本当だわ! あぁ、ディラン様。お食事されている姿も素敵。私の婚約者も、ディラン様のようなαだったら良かったのに」

「そういえば、貴女の婚約者ってΩなのよね?」

「そうなのよ! もう本っ当に最悪! 性欲剥き出しでいつもキモいし、赤点取っても『発情状態が辛くて集中できない』とか言い訳して全く勉強しないんだから。Ωの男なんて性犯罪者か穀潰しの2種類しかいないんだから、殺処分されればいいのに」


酷い言われようだが、私はΩの男性にシンパシーを感じた。

Ωの男性も、αの女性と同じくらい……いや、それ以上に貴族社会では冷遇されている。

Ωは男女共に、性欲に振り回されるためか、学力が著しく低い。

女性の場合はそれでも問題ないが、男性の場合だと家督を継がせるのが困難になる。

それどころか、大した労働力にならないため外に出て働くことも難しく、かといって婿に迎え入れる家も少ないため、穀潰しとして一生を終える者も少なくないのだとか。


それを踏まえて考えると、ボロカスに叩かれながらも婿入りできた彼女の婚約者……の家族は、まだラッキーだったに違いない。


「噂じゃ、ディラン様はΩの男に襲われたせいで人間不信になってしまわれたそうよ」

「お可哀想に。やっぱりΩの男は害悪でしかないわね」


Ωの男性は、その性質故に性犯罪に走りやすい。

貴族社会で忌避される要因の一つでもある。


「ああ、卒業したらアイツと一緒に暮らし始めるんだって考えただけで憂鬱。誰かアイツを引き取ってくれないかしら?」

「αのご令嬢がいたら引き取ってくれるんじゃないかしら?」

「確かに! 厄介者同士、きっとお似合いよね」


友人たちにとっては他愛のない冗談でも、私は内心、苛立ちを覚えた。

いくらαとΩは惹かれある関係だとはいえ、αの令嬢(わたし)にだって選ぶ権利はある。

……今の私、ちゃんと笑えているかしら?


そんな雑談で盛り上がっていると、噂のディラン様が昼食を終えて席を離れた。

よく見ると彼が座っていた席に、何かが置いてある。

忘れ物だろうか?


「あら、ソニア様。急に立たれて、どうされましたの?」

「ディラン様が忘れ物をされたようなので、届けに行って参ります」


私はディラン様の忘れ物を取ると、急いで彼を追いかけた。

この忘れ物は薬のようだが、彼には持病でもあるのだろうか?

そんなことを考えている間に、階段を降りている彼に追いついた。


「失礼します、ディラン様。忘れ物を……」

「ぅわぁ!」

「っ!」


私の呼びかけに酷く驚かれたディラン様は、体勢を崩して階段を踏み外す。

私は慌てて彼の腕を取るも、そのまま一緒に体勢を崩して階段から落ちてしまった。


「痛っ……」

「……申し訳ありません」


顔を上げると、私はディラン様に馬乗りしていた。


間近で見る彼はとても美しく、艶かしい。

蜂蜜のように甘い匂いを放っていて、貪りたい衝動に駆られる。


「はっ……やく……どけっ……!」


掠れた声でそう言うディラン様の顔は、のぼせているかのように真っ赤だった。

照れ隠しのように顔を逸らしてわなわなと震える姿は、嗜虐心がくすぐられる。


──彼を、滅茶苦茶にしたい。


鼓動が高鳴るのを感じる。

今まで感じたことのない衝動が身体中を巡って、抑えるのが難しい。


「あっ、いた! ソニア様!」


背後から聞こえた友人の声で、我に返った。

気がつけばディラン様の顔が、目の前にある。

いや、違う。

私がディラン様に迫っていたのだった。


「あっ、申し訳ありません!」


私は咄嗟に、両手を挙げて彼の腕を手放した。

いつの間にか彼の腕を拘束していたようだ。


ディラン様は起き上がると、渡そうとしていた忘れ物を奪い取り、顔を真っ赤にしたまま遠くへと走り去ってしまった。


「ソニア様、ディラン様に何をしようとしていたのですか?」

「何、と言われましても」


むしろ私が聞きたいくらいだ。

さっきまで湧き上がっていた、あの恐ろしい衝動はなんだったのだろう?


「ソニア様はもしかして、Ωなのですか?」

「えっ?」

「Ωは定期的に『ヒート』と呼ばれる強い発情期が来ると聞いたことがあります。なんでも、通常の発情とは比べ物にならない程に性欲が高まり、フェロモンを撒き散らすのだとか」

「ヒート……そっか……!」


あの衝動の原因がわかった。

私はΩのヒートに当てられて、『ラット』と呼ばれるαの発情状態になっていたのだ。

αはヒート状態のΩと接触するとラットになってしまうことは知っていたが、体験するのはアレが初めてだ。


ということは、まさか──。

私の頭の中に、ある可能性がよぎった。



◆◆◆



数日後。

ディラン様を襲いかけたことが噂になり、私は見事にΩだと勘違いされるようになった。


「ソニア様、今まで気づかなくて本当にごめんなさい」

「ですがソニア様も水臭いですわ。Ωなのでしたら、最初から教えてくださってもよろしいのに」

「ヒートしそうになりましたら、いつでも教えてくださいね。なんでしたら、ヒート欠席されても構いませんのよ?」

「それにしてもソニア様は凄いですわ。Ωなのに赤点を取ったことがないし、それどころか私達より成績がよろしいのですから。私の婚約者に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいです」


私は今日もそんな雑談をしながら、友人達と教室で授業が始まるのを待っていた。

あの一件で友人達から過度な気遣いをされるようになり、男子生徒達からは好意的な目で見られるようになった。


Ωの令嬢が見ている世界は、こんなにも優しい世界なのか。

少し羨ましい。


何はともあれ、これで私がαだと疑われることはなくなっただろう。

ディラン様には感謝しなくては。


そんな事を考えていると、私達のもとにディラン様が現れた。

彼は冷たい眼差しで私をじっと見つめてくる。


「ソニア・ハーヴィット子爵令嬢。話がある。ついてこい」


ぶっきらぼうな口調で命令するディラン様に、友人達は物珍しそうに騒ぎ出した。


「ディラン様がソニア様を呼び出し?!」

「ほら、きっとあの時のことよ!」

「ああ。やっぱりαとΩは惹かれ合う関係なのよね」


友人達に噂されながらも、私はディラン様についていく形で誰もいない中庭へと移動した。


中庭に着くと、ディラン様は気まずそうに目を逸らしながら口を開いた。


「あの、さ……その……この前は、悪かった」


大きく頭を下げるディラン様。


「えっと、何のことでしょうか?」

「ソニア嬢も、Ωだということを隠していたんだろ? なのに俺の薬を届けたばかりにバレてしまって、本当に申し訳ない」

「その事でしたらお気になさらずに。むしろ好都合ですので」

「好都合?」


おっと、うっかりボロが出るところだった。

話を逸らすついでに、あの日の件でディラン様に確認したかったことについて聞いてみよう。


「……それよりも、ディラン様。つかぬことをお聞きしますが、よろしいでしょうか?」

「何だ?」

「ディラン様はもしかして、Ωなのでしょうか?」


核心をつく問いに、ディラン様はビクリと飛び跳ねた。


「……はぁ? この俺が、Ωだと?」

ディラン様は眉間に皺を寄せて私を睨みつける。


「何を根拠にそんなことを」

「根拠は、この前届けた忘れ物のお薬です。アレって発情抑制剤ですよね? それに階段から落ちた時、ディラン様は顔が真っ赤でした。もしかしてあの時、ヒート状態だったのではないのでしょうか?」

「ちっ、違うっ!!」


するとディラン様の顔は、あの時のように耳の先まで赤く染まった。

その姿を見ていると、あの時抱いた嗜虐心が沸々と湧き上がってくる。

あぁ、この表情。

クセになりそう。


「俺がΩなワケがないだろ。ソニア嬢はこの前の試験結果を見ていなかったのか? Ωが学年首位になれると思うか?」

「発情抑制剤を服用すれば、勉学どころか日常生活でも支障はないのではありませんか?」

「発情抑制剤はそんな便利な薬じゃない。服用しすぎると耐性がついて薬が効かなくなるし、何より毎日気軽に飲めるほど安くはない。俺ですらヒートした時くらいでしか飲めな……あっ」


墓穴を掘ったことに気付いたディラン様は、額に汗を掻きながら口を押さえた。


「ディラン様、分かりやすすぎます。さっきも『ソニア嬢()Ωだと隠してたのか』って言っていましたし」


誤魔化せないと察すると、観念したかのように頭を掻きむしって項垂れた。


「最っ悪。あ〜……もう人生詰んだ」


今更だが、野暮なことをしてしまった。

私が彼の秘密を明かさなければ、彼は今まで通り平穏な日常を過ごせたのに。


「そんなことはありません。この事は誰にも言いませんし、第一ディラン様は学年首位になられる程、優秀なお方ではありませんか」


「学年首位でもΩなことには変わりないんだよ! フェアチャイルド公爵家の一人息子がΩだと知られたら、世間の笑いものだ。

いいよな、Ωの女は。需要があるんだからさ。

あーあ。せっかく今までバレないように、自宅に帰ってからも、休日も、ずっっっと気が狂いそうになりながら毎日勉強し続けたのに。全部無駄じゃねえか」


「それは……すみません、秘密を暴いてしまって」


「全くだ。って言いたいとこだけど、ソニア嬢がΩだってバレるきっかけを作ったのは俺だから、むしろお互い様だな」


お互い様、ではないのが少し心苦しい。


「ディラン様。もしよろしければお詫びに今後、ディラン様がΩだと悟られないよう、微力ながらお力添えをさせていただけませんでしょうか?」

「えっ?」


私の提案に、彼は目を大きく見開いた。


「もしディラン様がヒート状態になってしまっても、『ヒート状態のソニア(わたし)が近くにいたせいでαの発情状態(ラット)になってしまった』と言えば多少は誤魔化せると思います。それに、一人で秘密を抱え込むより協力者がいた方が、心理的な負担が少ないのではないのでしょうか?」


「それはそうだけど……いいのか? 俺を助けたところで、ソニア嬢にとって何のメリットもないだろ」


「メリットは、ありますよ」


ディラン様と接点が持てること。

それが最大のメリットだ。


階段から一緒に落ちた、あの時。

ヒート状態になりながらも、わなわなと肩を震わせて堪えていた、あの姿。

ギリギリまで近づけた私の顔を見て、とろんと惚けて赤くしていた、あの顔。


もう一度、見たい。

もう一度、触れたい。

もう一度、感じたい。


──嗚呼、これがαの(さが)か。

Ωのディラン様に惹かれるαとしての本能に、逆らえない。


「何だよ、メリットって」

「それは内緒です♪」


私が微笑みかけたタイミングで、予鈴が鳴り、私達は急いで教室へと戻った。



◆◆◆



ディラン様の秘密を知ってから、数週間が経過した。

あれからよくディラン様に話しかけるからか、周囲からはα男性とΩ女性のお似合いカップルだと思われている。

ディラン様狙いの上位貴族令嬢達から嫉妬され、嫌がらせを受けたりもしたが、こっそりバレないようにやり返しているうちに、それも無くなった。

私に嫌がらせをすると後で酷い目に遭う、と本能で学んだのだろう。


あれから、ディラン様との心の距離が近づいた気がする。

ディラン様は最初こそ『間違って襲ってしまいそうだからあまり近づくな』と神経質になっていたが、今では私限定で、近づいても警戒されなくなった。

Ωとしての悩みをよく相談されたり、愚痴を聞いたりすることも増えた。


今日も今日とても、人気(ひとけ)のない中庭でディラン様の相談を受けている。


「なぁ、ソニア。お前ってヒートになった時、いつもどうしているんだ?」


開口一番に難しい質問が来た。


「私はヒートの時も呼吸を整えて心を無にするよう気をつけております。それでも、この前のように失敗する時もありますが」


いつもそれっぽく返すだけで中身のない答えだが、未だに気づかれないのはある意味奇跡だ。


「心を無にするって、よくそんなことができるな。俺は平常時ですら、何度も欲望に負けそうになるというのに」

「私も似たようなものですよ。ですが二人とも、今こうして理性を保てているじゃないですか」

「本当にいつも、ギリッギリだけどな。今日だけで何度、お前を襲いそうになったか」


そう言われると、逆に煽りたくなる。

ディラン様の理性が崩壊するところを想像しただけで、胸が高鳴る。


「ぶっちゃけ医者にはヒート欠席した方がいいレベルって言われてるけど、Ωだってバレるから欠席できないし。かと言って、発情抑制剤も効きが悪くなっててさ。この前お前と会った時、ニ包飲んでたけどヒートしてしまったし。はぁ〜……刻一刻と、薬が使えなくなるタイムリミットが迫ってるな」


「そう気を落とさないでください。ヒートしてしまっても、この前は自我を保てていたじゃないですか」

「あの時はたまたま人が来たから助かっただけだ。誰も来なかったら、絶対一線を越えてた」


「ところで、今日はなぜヒートの話を? まさか」

「その()()()だ。俺、もうすぐヒートになりそう。感覚でわかる」


──また、あの時のディラン様と会える!

その瞬間、鼓動が跳ね上がるのを感じた。


ああ、早くヒートになって欲しい。

ヒートになった瞬間に押し倒したら、彼は腰を抜かしたまま立てなくなるのだろうか。

発情抑制剤を隠したら、絶望した表情で理性を溶かすのだろうか。


すごく、今すぐにでも彼を滅茶苦茶にしたい。


「……っ」

「どうした、ソニア?」

「いえ、何でもありません」


いけない。

彼より私の方が先に理性を失いかけていた。

『呼吸を整えて心を無にする』という自分の発した言葉が、いかに陳腐で薄っぺらい言葉であるか、身をもって理解した。


「とりあえず、そういうことだからソニアはしばらく俺に近づくな。薬を飲む前にヒートしたら、確実にお前を襲ってしま…」


「よぉ! そんなところで何の話をしているんだ?」


唐突に背後から大きな声で話しかけられて、私達は思わず飛び跳ねそうになる。

背後にいたのは元婚約者のダッシュ・アーノルド子爵令息だった。

一学年上でαを自称しているが、αにしてはポンコツなので恐らくβだろう。


「ソニア、知り合いか?」

「元婚約者のダッシュ様です」

「元?」

「ダッシュ様がΩのご令嬢と不貞行為を行いましたため、婚約解消致しました」


「仕方ないだろ? Ωの女に惹かれるのは、αの男の本能なんだからな。お前も、お前の家もその程度のことでいちいち文句言い過ぎなんだって」


相変わらずカスな男である。


「それよりソニア。お前、Ωだったんだってな? 最初から言ってくれりゃ、もっと優しくしてやったのに」


いやらしい笑みを浮かべながら、気安く私の頬に手を添える。

その手を払いのけたのはディラン様だった。


「ソニアに酷いことをしたアンタが、今更何の用だ?」

「はぁ? お前には関係ねぇよ。強いて言えば、俺はソニアにチャンスを与えにきた」

「チャンス、だと?」

「これからはΩの妻として、俺に奉仕するならヨリを戻してやってもいい。お前だって、αの俺と一緒にいた方が幸せになれるはずだ」

「お断り致します」

「そう強がんなって。普通を装ってても、本当は欲求不満なんだろ? お前を満足させられるのは、αである俺くらいだ」

「ふざけるな!」


ディラン様が私以上にダッシュにキレているからか、私がダッシュに言い返す隙がない。


「たとえαでも不貞行為をする奴が、ソニアを幸せにできるわけがない! そもそも、相手がαだろうがβだろうが、婚約者を大切にするのが普通だろ?」

「そんなのは建前だ。だったらお前は、αの女と結婚できるのか? 自分より優秀で、男のやることに口出しする、可愛げのない女と結婚できるのか?」

「そんなの、当然だ!」


結婚、できるのか。

αの女と。


迷いなく即答するディラン様に、私に心に長年かかっていた薄いモヤのようなものが、一瞬で晴れたような気がした。


私という存在を肯定してくれたディラン様が、輝いて見える。

それに心なしか、さっきより美しく感じる。

食欲をそそるような芳しい香りがして、彼から目が離せない。


「……まずい」


ディラン様は聞き取れないくらいの声で呟くと、急に顔を伏せてどこかへと立ち去ろうとした。


「おい待てよ! お前、どこに逃げるつもりだ?」


ダッシュが引き止めようとすると、ディラン様は声を裏返らせて驚き、その場にへたり込んでしまった。

のぼせているかのように耳を赤く染めて、わなわなと震えながら必死に顔を隠していた。

そんな姿が愛らしく、頭のてっぺんから足の先まで咀嚼したくなる。


「お前、まさかヒート? ってことは、Ωなのか?」


すると、中庭にダッシュの下品な笑い声が響いた。


「ヒャハハハ! あぁ〜傑作だ! そりゃΩの男だったら、αの女を拒否する権利はねぇよな。ま、お前みたいな社会の底辺が結婚できるわけねーか」


はぁ?

何言ってんだ、コイツ。

ダッシュ如きが、ディラン様を見下す資格はない。


「というか、ヒートしてんなら学園に来んな! 男のヒートは気持ち悪いだけなんだよ!」


あろうことか、へたり込んでいるディラン様を足蹴にしやがった。

それを見て、私の中で何かが『ブツン』と音を立てて切れた。


「気持ち悪いのは、ダッシュ様の方ですわ」


私は亜空間魔術を展開して、ダッシュの周辺を別次元に変化させた。


「なっ?! どうなってる?!」


そしてダッシュのいる次元に対し、極限波動魔術と原子破裂魔術を展開し、次元ごと塵に変えた。


「死んで楽になれると思わないで下さいね? ディラン様を愚弄した罰はその程度では済みませんわ」


物理時間逆行魔術でダッシュを空間ごと元に戻すと、真っ青な顔をした間抜けなダッシュが私を睨みつけた。


「お前……今、何をやった? こんな魔術、きいたことないぞ!」

「当然です。私オリジナルの魔術ですから」

「オリジナル魔術だ? 馬鹿を言え! 魔術を作り出すなんて、上級宮廷魔術師くらいしか聞いたことがないぞ?」

「αならオリジナル魔術の10個や20個、簡単に作れますよ。ダッシュ様はαを自称するくせに、その程度のこともできないのですか?」


その後も、私は様々な魔術を使ってダッシュをボコボコにしては、物理時間逆行魔術で元に戻した。


「あら、ダッシュ様。もうお喋りできなくなったのですか? それでは次の魔術は……」

「もう、やめろ!」


ディラン様の呼びかけに、私は我に返った。

改めて自分がダッシュにしたことを振り返る。


なぜ、あれ程までに暴走していたのだろう?

原因は分かっている。

ディラン様のヒートに当てられて、ラット状態になっていたのだ。

ラット状態のαは外敵に対して非常に攻撃的になることは知っていたが、これ程までに酷いあり様だとは。

つい先程の行動に、自己嫌悪に苛まれる。


改めてディラン様に目を向けると、さっきまでの虐めたくなるような艶めかさを感じなくなっていた。

私がダッシュを嬲っている間に、発情抑制剤を飲んだのだろう。


「ソニア、お前……本当は、αだったんだな」

「……はい」


あそこまで暴れたのだから、誤魔化しようがない。

自業自得だ。


「階段から落ちたあの日も、ついさっきも、ヒートじゃなくてラットになってた、ってことか」

「はい。今まで騙していて、すみませんでした」


ディラン様は苦虫を噛み潰したような顔で、視線を逸らした。


「あはは。こんな性質だからαの女は嫌われるのですね。ディラン様も、流石に引きましたよね」

「そんなことはない! 確かに、少しは驚いたけど……それ以上に、凄いヤツだって思った。第一、さっきはソニアのお陰で助かったわけだし。αだろうがΩだろうが、ソニアはソニアだろ」


視線を無理矢理私に合わせると、照れくさそうに鼻を擦った。


「αの性質剥き出しのソニアも、その……悪くないと思うぞ?」

「本当ですか?」

「ああ。むしろ良かったというか……」

「えっ、いま何て言いました?」

「なんでもねーよ! それより、どうする? ダッシュに俺達の性別がバレてしまったぞ?」


「ご安心ください。ダッシュ様には記憶改竄魔術を施しましたから。先程の出来事は『ソニア(わたし)がヒートを起こして、ラットになったディラン様がオリジナル魔術でダッシュ様をお仕置きした』という記憶に変更しました。無理に本当の記憶を取り戻そうとすると精神が崩壊する仕様になっていますので、私達の性別がバレる心配はありません」


「怖っ! その魔術もオリジナル魔術か?」


「はい。万が一、性別がバレた時のために作っちゃいました」


「流石はαだな。それじゃあ、俺も記憶を消されるのか?」


「いえ。ディラン様の記憶は消しません。その代わり」


私が手を強く引っ張ると、ディラン様は前かがみになり、額と額がぶつかりそうになる。

急に顔を近づけたため、彼は頬を赤く染めて目を見開いた。


「ずっと、そばにいてくださいね? 逃しませんから」

「っ!?」


耳元に口を近づけて吐息をかけるように囁くと、ディラン様は力が抜けてその場でへたり込んだ。


──ああ。照れるディラン様って、本当に愛おしい!

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