19.官邸内と花園
しかし、決められた事項なら受け入れるしかない。
郷にいれば何とやら、なのだから。
「…分かった」
明らかにしょんぼりしているのが理解出来たのか、聖藍は極力優しい声で言った。
「……独りぼっちにする訳じゃない。そばには常に紫穂がいるし、俺が言わずとも蒼緋が離れないはずだ。…俺も、なるべくそばにいる。だから、そんな顔をするな」
聖藍なりの優しさである。
それが分かったから、神流も笑って返事が出来た。
「はい…」
安心した聖藍が、次の扉を開ける。
そこは書庫となっていて朔羅がいた場所と同じ様な本が並んでいる。
「あれ。ここにも本が?」
「朔羅が管理する本とは種類が違う。あっちは歴史や勉学に関する本だが、こっちは主に俺達が仕事をする時の参考資料として使う」
「…なるほど、いっぱいあるね」
「ほとんどが外交…、他国との交流で使う分だ」
次に開けた部屋は、調理場となっていた。
「柚樹が持ってきた茶菓子はここからのものだ」
「ここで…」
数人の料理人と使用人が働いており、聖藍に気付くと皆が手を止めた。
「聖藍様!」
「いかがされましたか?」
「いや。“神託の娘”を案内している。皆、彼女に失礼のない様に」
「はっ!」
「かしこまりました!」
ピシッと敬礼する彼らに、神流は会釈で返す。こういった場合の正しい返し方などまだ知らない。
こんな感じで、聖藍は官邸内をぐるりと一周し、各部屋を案内して回った。庭に通じる扉をくぐるとそこは海底とは思えないほど一面色とりどりの花畑が広がっている。
「え…すごい…!」
駆け出す神流。見覚えはあるが、どれも地上にはない花だ。
「この世界は一年の気温が一定に保たれてるんだ。寒さで枯れる事はないが、定期的に種類の植え替えはしてるぞ」
つまりは巨大なビニールハウスか植物園状態。つくづく地上と変わらぬ環境である。
「植え替えをしてるって事は、庭師みたいな人がいるの?」
「庭師というより庭の管理人だな。植物を育てるのが趣味と聞いた」
小さな花から大きな花。かと思えば桜の様な木もあったりで多種多様に植えられている。
「興味があるなら定期的に来ると良い。管理人は花の手入れでしょっちゅう来るから、割とすぐに会えるだろう」
「勝手に入って良いの!?」
「入るのは自由だ。特に許可も要らないし鍵も掛けてない。“神託の娘”が気に入った花園となれば管理人も喜ぶ。運が良ければ花を摘ませてもらえるかもな」
「それはそれで何だか勿体無い気もする…」
気付けば神流はすっかり聖藍と打ち解けていた。
それこそ最初の頃が嘘の様に。




