第6話『隠さない隠し事』
――カラン。
店内の静けさをやさしく揺らす、ドアベルの音。
結衣が振り向くと、そこに立っていたのは、見知らぬ少女だった。
ふわりと揺れる栗色の髪。長めの前髪が、伏し目がちな目元を隠している。
彼女は一瞬戸惑ったように辺りを見回し、そしてゆっくりと歩を進めた。
「こんにちは……あの、私……気づいたらここにいて……」
「あら、ようこそ」ルアンがやさしく微笑んで迎える。
続いてリリィが、「大丈夫。ここは、あなたみたいな子のための場所だから」と、穏やかな声をかけた。
「……花美 綾音です。よろしくお願いします」
綾音の声は少し震えていたが、その名前には確かな芯があった。
「わたし、佐倉 結衣。私も、最初はそうだったよ。気づいたらここにいて……」
「ふふっ、綾音ちゃんを連れてきたのは私なんだよ」ルルが手を挙げて得意げに言った。
「最近、外でずっとひとりでいたから、つい……ね」
「……え?」と綾音が驚いたようにルルを見る。
「もしかして……あの時、公園で声をかけてくれたの……」
「うん。あれ、実はわたしだったの。気づかなかった?」
ルルの明るい笑顔に、綾音は思わず頬をゆるめた。
「なんとなく、優しい人だなって思ってた……」
リリィがティーカップを手渡しながら言う。
「ここでは、無理に話す必要はないの。でも……話したくなったら、いつでも聞くからね」
綾音はカップを受け取り、そっと微笑んだ。
「ありがとう。……でも、少しくらいなら、話してもいいかも」
その瞳の奥に、小さな痛みと、それ以上に大きな安堵の光が宿っていた。
結衣はそれを見て、思った。
ここは、隠し事を“しなくてもいい場所”。
誰かに打ち明けてもいい、誰かと過ごしてもいい。
そんな、静かで優しい秘密の場所――それが、カフェ・ルアンなのだと。