【会議1日目、昼過ぎ――人狼会議の始まり】
その後昼の時間は、儀式のための祭壇や生贄や道具を用意しているだけで飛ぶように過ぎてしまった。
「わー! お師匠急いでください! 陽五刻に間に合わないですよお」
「大丈夫よ、多少遅れたところで」
「やめてください! 変に目立ったら疑われちゃいます!」
先に立って走るパミーナが叫ぶ。
……『変に目立ったら疑われる』ねえ。
妙に引っかかる言葉。愛弟子から発せられたその言葉の隠れた真意について考える前に、
「ほらお師匠! 早く!」
パミーナが私の腕を引っ張り、さらに足を速めた。
広場が近い。もう何人か集まっているみたいで、人影が見える。
さあ、『試練』という名の地獄のような会議が幕を上げる。
「これで全員だな?」
エドヴィンが広場を見回して言った。
今、広場には大きな円形に椅子が並べられ、29人の村人たちがそれぞれ座っている。ある者は不安そうに、ある者は退屈そうに、ある者は真剣な表情で、それぞれの思いを胸にここにいるのでしょう。
「ええ、そのようですね」
オスヴァルトがうなずいた。分厚い本を抱えている。《永約聖書》だ。まあ、あれをもとに会議を進めるのだから、おかしなことでもない。
エドヴィンと目でうなずきあったベンヤミンが、おもむろに立ち上がった。
「それではこれより、第1回人狼会議を開始いたします。先述の通り、この私ベンヤミンが“賢者シュテファン”様の代理人として、この会議の議長を務めます。まずは、簡単に状況をまとめましょう」
広場にベンヤミンの声だけが響く。誰も何も言わずに議長を見つめている。ジャケットの胸ポケットから手帳を取り出したベンヤミンが話を続ける。
「今朝、このフィライデン村の花屋クララさんが、人狼による襲撃を受け亡くなりました。発見者はフレデリックさん。都市への注文を受けて回る中でクララさんが店にいないことに気づき、家に行ったらあの惨状を発見。その後牧師であるオスヴァルトさん、農夫たち、その他村人たちの順に知らせて回った。間違いないですね?」
「は、はい……」
ベンヤミンに話を振られたフレデリックが、俯いているのかうなずいているのか微妙な様子で頭を垂れる。いかにも幸薄そうな彼が、やっぱり一番キツイ場面を目にしたらしい。
「我々はこの事件を人狼によるものと断定し、この村に潜んでいる人狼を見つけ出すために、今ここに集まっていただいています。この会議の進め方について、今一度オスヴァルトさんに説明していただきましょう。オスヴァルトさん、お願いします」
「はい。“大司祭ズィリック”様の代理人として、《永約聖書》に基づき、この人狼会議についてもう少し説明させていただきます。《神の三律法》に則り、『善良・正直・信頼』を厳守することを誓いますが、私の話をお疑いでしたら、後にこの聖書の記述をご覧ください」
ベンヤミンと入れ替わるように立ち上がったオスヴァルトが、手に持った《永約聖書》を開く。
「人狼は、人間と見た目は全く区別のつかない生き物です。昼の間は完全に人間に溶け込んでいますが、一度行動を開始すれば、毎夜必ず人間を1人喰い殺さないと生きていくことができません。そしてそれは、その場にいるのが人狼のみになるまで続きます。我々が人狼の脅威から生き残るには、会議によって人狼を暴き、処刑することのみです。ここで、人狼のもつ大きな特徴について述べます。人狼は、基本的に『邪悪・虚偽・疑心』の三大不徳を特徴として持ちます。人間を本能のままに喰い殺し、それを隠し、他の人に罪をなすりつけることで自分のみが生き残ろうとします。人狼を見つけ出すために最も大切なことは、彼らが生き残るためについた嘘を見抜くことです」
聖書の文章を指でなぞり、確認するように、オスヴァルトが言葉を紡ぐ。どこか宗教的な言葉も見られるが、実際の人狼の性質と変わらない説明をする。そこまで聖書をずっと見ていたオスヴァルトが、次は聖書から顔を上げてベンヤミンの方を見た。
「そこで今回の会議では、人狼が何も言わないことで嘘を吐くことを避けようとすることを防ぐために、全員が初めにそれぞれ自らの意見を述べることから始めることを提案します。その後、疑問がある方が質問し、あるいはそれによる新たな意見を述べる形で会議を進めるのが良いかと」
その提案にベンヤミンがうなずく。
「それでいきましょう。では、まずは全員、それぞれの主張をしていただきます。記録をわかりやすくとるために、名前を始めに述べ、それから意見をお願いします。それから、最初の発言には誰も口を挟まないように注意してください。質問の時間は後程とります」
「それからもう1つ、注意してほしいことがあります」
オスヴァルトがまた口を開いた。
「皆さん、それぞれ異なる人間関係があることでしょう。ここにいる29人が、それぞれ友人だったり、家族だったり、同業者だったり、犬猿の仲だったりすることでしょう。しかし、それに惑わされすぎないようにしてください。何度も言いますが、人狼は人間と全く区別がつかない生き物です。人間に完璧に紛れて生活することのできる生き物です。感情論ではなく、あくまで理性的に他の人を見るよう努めてください」
その言葉に、少しその場がざわついた。不安げに隣の人と顔を見合わせたり、「そんな……」とつぶやく人がいたり。私の隣に座るパミーナも、
「お、お師匠……」
と私を見る。例に違わず不安そうな目。私が人狼かもしれないと疑っているのか、逆に私に疑われるかもしれないことを不安がっているのか、それはわからない。どちらもかもしれない。
「私はあなたを疑う気はないわよ、パミーナ。それだけは言っておくわ」
「……お師匠、お師匠は絶対違いますよね。お師匠が人狼だったら、自分からあんなこと言いませんもん」
小声でそんな会話を交わす。あんなことって、今朝の発言のことかしら。
ここで、ベンヤミンが手を2回叩いた。よく通るその音に、皆だんだん静かになってくる。
「――では、今から会議を始めます。まずは私から、その後左回りにそれぞれ述べていきましょう。今日は何の情報もないところからのスタートなので発言も難しいかと思いますが、できるだけ情報を開示できるよう努力してください。それでは……」
ベンヤミンが一度言葉を止めた。ベンヤミンから右回りということは、ベンヤミンの右隣に座っている私は最後ってことね。それじゃあ、まずは皆の意見をじっくり聞こうじゃないの。私は姿勢を正してベンヤミンの次の言葉を待った。
「ベンヤミンです。“賢者シュテファン”の代理人を名乗ります。この早い段階でこの目立つ発言は人狼ならしづらいということは覚えておいてください。……私やエドヴィン様は、あまりこの村にいることがなく、我々のことをあまりご存じない方もいらっしゃるでしょうし、私自身あまり皆さんの人となりまでは理解していません。この後皆さんの発言を聞き、記録する中で分析できればと思います。現段階では、とりあえずなぜクララさんが犠牲者として選ばれたのかは気になるところではあります。皆さんにはクララさんとの関係についても言及していただければありがたいですね。人狼の可能性がありそうな人、人狼だとは考えにくい人なども、感想程度でもいいので教えてください。私の意見としては、オスヴァルトさんはギーマ教の聖職者ですし、“大司祭ズィリック”様の代理人を名乗ってもいますので、最も人狼から遠い存在だと認識しています。疑わしい人は特にいません。フレデリックさんは第一発見者ですが、不自然なところは今のところ見当たらないので、オスヴァルトさん以外の村人全員を今は平等に見ています。……少し話し過ぎましたかね。これくらいにしておきましょう。では、次の方、エドヴィン様、どうぞ」
「うむ。エドヴィンだ。そうだな……ベンヤミンの言う通り、我々は村にそう干渉していなかったからな。ヘイトが向きやすくはあるのだろうが。言えるとすれば、私は貴族の出だ。人狼などという化け物の血を引いているはずがないだろう。それから、人狼が誰かも見当もつかん。強いて言うなら、今行動を始めたということは、最近村に移住した者の中に人狼がいる可能性はあるのではないか? ここ数年で移住してきたのは……確かエマヌエル、リサ、ルイス、マイケ、レオン、あとは殺されたクララくらいか。他にいたら言ってくれ。それ以上言えることはない。次」
「オスヴァルトです。“大司祭ズィリック”様の代理人を名乗ります。先に言っておきますが、私には《聖なる護り》の能力があります。私を襲っても無駄足である可能性が高いことは覚えておいてくださいね、人狼さん。さて……人狼探しの1つの指標として、ギーマ教の信仰程度は無視できないと思いますよ。人狼を退ける方法を明記したギーマ教は、人狼にとって邪魔でしかありません。《神の三律法》である『善良・正直・信頼』も人狼と対極をなすものです。ギーマ教の敬虔な信者に人狼がいるということは考えづらいですね。聖職者である私はもとより、いつも手伝ってくれるサマンサや、数日ごとに訪問説法を希望なさっているエルザさん、ミサによくいらっしゃるユリアさんとそのご子息のイェフ君、アントンさんとそのご家族であるティラさん、エラさん、ベラさん、それからハリーさん、このあたりは今のところ人狼ではないと思いたいですね。襲撃されてしまったクララさんも敬虔なギーマ教徒でした。逆にギーマ教を真っ向から否定していたヴィンフリートさんやマリアナさんは気になる位置です。まあ、1つの指標でしかありませんが、ご参考までに。では次、サマンサ、どうぞ」
「は、はい。サマンサです。牧師さまのお手伝いをしている修道女です。牧師さまのおっしゃる通り、ギーマ教の信者かどうかは1つの重要な手がかりだと思います。ただ、それが全てではないと思います。ありえないと思いたいですが、熱心に信仰しているような演技をしていた可能性も皆無ではありませんし、それほど宗教に頼らなくてもいいと思う人たちが、それだけで人狼だと疑われるのも違うと思いますので……。ごめんなさい、まだ色々と混乱しています。この村に人狼がいるなんて、誰かを疑わないといけないなんて、私にできるのか、あんまり自信がありません。クララさんのことも……。すいません、ちょっとまとまらないので次に回します」
「……エルザです。…………ねえ、なんで? なんでクララが死なないといけないの? どうして人狼は人を殺すの? 何にもしなくたって人は死ぬのに、そんな悲しいことってないのに。……いっそ私が殺されればよかったのに。殺されなくたっていずれ死ぬもの。私なんかよりクララはとってもいい人だったのに。人狼が誰かなんてどうでもいい、誰だろうと私は人狼を許さない」
「……ええっと、もういいかな? リサだ。エルザ、自分が殺された方がよかったなんて言うものじゃないよ。そんなに興奮しない方がいい。……と言っても、難しいだろうけれど。まあ、エルザが人狼であることはまずないかなと思うよ。体が強くないのもそうだし、よりによってエルザがクララを最初に殺すとは思えないしね。あと、エドヴィン様に少し疑われているみたいだけれど、私は逆に、最近村に来た人に人狼はいないんじゃないかと思うねえ。充分信頼関係ができてからじゃないと行動しづらいだろ? すぐ疑われてしまうもの。ギーマ教のことはよくわからないけど、私は洗礼は受けてないからオスヴァルトの意見だと私は疑われることになるのかね。あまりに短絡的だとは思うけどねえ。まあ、真っ向から否定するつもりもないし、ギーマ教にわざわざ嫌悪感を向けている人は怪しいってことになるのかな。これくらいにしておこう」
「おお、次は俺か。ロナルドだ。うーん、誰が人狼か? ってのはよくわからんな。でも、あれじゃねえか? 夜の襲撃から身を守る方法を考えるってのもありだと思うんだがな。武器とか盾とか、頼まれれば作れるぜ。鍛冶屋だからな。……あ、でも、人狼に武器渡しちまったらまずいのか。悪い悪い、今のやっぱなしで。あとは、クララなー。俺はあんまり花とか買わなかったから、そんなに話したこともねえが、聡明ないい子なのは簡単にわかったぜ。可哀想になあ」
「……いや終わりかい。何か言ってくれよ。ギルベルトだ。そうだな。1つ気になるのは、人狼は何人いるんだろうな。1人ならなんとかなりそうだが、5人も6人もいたら見つけるのは骨が折れるぞ。せめて何人か知りたいんだがなあ。正直、1人くらいなら、襲われても撃退できる気がするんだよな。大工仕事は結構な力仕事だし、力には自信がある。って、もしかしてこれ疑われる要素になるのか? ロナルドの武器作るって発言もなんか怖いよな。……あと、この会議、ベンヤミンとオスヴァルトが主導で回してるけど、ここ人狼いたらめちゃくちゃ怖いな。こんなもんでどうだ?」
「次か。ヒューベルトだ。人狼の人数は確かに気になる。ただ、1人ということはないだろうと思うな。これだけいて、しかもギーマ教のことを知ってる奴なら、すぐ処刑されるかもしれないリスクも知ってるはずだ。まあ何人か仲間はいるんだろう。となると、ずっと一緒にいる人たちとか、逆にいつもはそうでもないのに最近よく話す人たちとかは怪しいと言えるんじゃないか。じゃあ誰が、と言われると困るが、例えばハリーとノーマンはずいぶんと仲が良いな。ターニャとカレンもずっと一緒にいるし、マリアナとパミーナも2人でよくわからないことをしている。そういう見方もあるのかもしれないとは言っておこう。次、どうぞ」
「はい。レオンです。私は、その、村に来たタイミングと人狼かどうかに関連性はないと思います。移住者が出てすぐ事件が起こったわけでもありませんし。……それに、もし最近村に来た人の中に人狼がいるとすれば、最も怪しいのはそれを言い出したエドヴィン様とベンヤミンさんということになりますからね。正直、この2人を信用することはあまりできません。――それから、1つまだ誰も言っていないことから言うとすれば、今“賢者シュテファン”様と“大司祭ズィリック”様の代理人の方が名乗り出ています。“五英傑”の他の方の代理人もいてもおかしくないと思うので、名乗り出てほしいと思います。特に“聖導師マリウス”様や“聖女ゲルダ”様の代理人の方は、今後情報を得るためにも、ぜひ。名乗り出たとしても、“勇者ゴットハルト”様の代理人がいれば守ってもらうこともできますし。逆に“勇者ゴットハルト”様の代理人は名乗り出ない方がいいと思いますがね。……い、以上です」
「アントンだ。正直俺はエドヴィン様は普通に怪しいと思う。自己弁護の方法が血筋しかないのは妙な話だし、レオンの言った通り、エドヴィン様とベンヤミンさんが来てすぐ事件は起こっている。怪しいと思うなという方が無理だ。ついでに言えば、“五英傑”の代理人って何なんだ。それを名乗ることが疑いを晴らす方法になるとは思えん。人狼があえて名乗り出ることもあるだろうし、代理人だから“五英傑”と同じ能力を持つと決まっているわけでもないだろう。この先に役に立てばいいがな。良くも悪くも目立ってるぞ、代理人は。次いいぞ、エラ」
「エラです。それから妹のベラ」
「ベラです」
「私たち、人狼は絶対にない」
「うん。私たちは双子、《永約聖書》によれば、人狼は双子として生まれない」
「双子は“聖女ゲルダ”様の子供と同じ。聖なる子供」
「だから、血筋の話をするなら、私たち家族は人狼じゃない」
「少なくとも私たちは絶対に人狼じゃない」
「疑うなら、牧師さまが証明してくれる。でしょう?」
「あと、怪しい人はよくわからない」
「私もよくわからない。情報がなさすぎる」
「どういう人が人狼になるのか、もっと情報がほしい」
「強いて言えば、攻撃的な人は怪しいと思う」
「あと協力的じゃない人も」
「そうだね、エラ」
「もういい? ベラ」
「いいよ。次どうぞ」
「……えー、ティラです。この子たちの母親。あなたたち、ちゃんとベンヤミンさんの言うこと聞きなさい。2人で一気に喋らないの。けど、双子の人狼はありえないことは、ギーマ教徒なら知っていることだと思います。この子たちの親である私たちも人狼じゃないってことにならないかしら。あと、怪しい人ね……。怪しいというわけではないけれど、強い言葉をもつ人が人狼だったら怖いと思うわ。ベンヤミンさんや牧師様――まあ牧師様は人狼はありえないと思うけど。とにかく、会議を大きく動かしてしまう人は要注意ね。逆に大して意見を言わない人も、情報が見えなくて怖いわ。ここまでだとサマンサやエルザ、ロナルドなんかね。とりあえずはこれくらいで」
「イレーネです。まず1つ、私も5年くらい前にこの村に来たわ。何でエドヴィン様は私を数に入れなかったのかしらね。疑われたいわけではないけど、単純に気になるわ。忘れられたのかしら。それから、疑わしい人だけど、やっぱり力のある人は怪しいわ。というか、扉を叩き割って家をめちゃくちゃにして、人を喰い殺すんだもの、非力な人には無理よ。子供とか、エルザみたいな病人とか。まあ、複数人いればあんまり関係ないけどね。あと、レオン様みたいに王都で騎士をしていた方や、ベンヤミンさんやマリアナさんのような学都の学校に行っていた人、エドヴィン様みたいな貴族は人狼とは言いづらいじゃないかしら。次どうぞ」
「え、えと……フレデリックです。いやー、みんなすごいねー。ちゃんとそれぞれ意見しっかり言ってて、僕はなんかもうただただ怖いなーって……第一発見者って疑われるってよく言うけど、僕は疑われるというか忘れられてる気がする……それはそれで寂しいなーなんて、あはは……。誰が人狼かなんて見当つかないよ。でもあれだなー。クララが殺されたそのままの現場を一番よく見たのは僕だけど、ちょっとトラウマものの光景だったよ。クララのことがちょっとでも好きならあんなことはできない。だから、表向きはどうであれ、クララのことが嫌いか、そもそも人間が嫌いか、そういう人じゃなきゃあれは無理だねえ。それとも人狼って正体を表したら理性飛ぶのかな? いや、そういうわけでもないんだよね? 襲い方からして。理性があるのにあんなことできるなんて、いやあ、怖いなあ。いくら人間にそっくりでも、やっぱり人間じゃないんだなあ……終わり!」
「あ、はい。ハリーです。もう結構色々な意見が出て、何か新しいことを言うのが難しくなってきましたね。だからちょっと視点を変えて、今までの意見について思ったことを言う形にしようかなと思います。人狼の見方としては、ギーマ教との関連、クララとの関係性、村に来た時期、性格や体格、他の人との結びつきが手掛かりとなるって意見が出ましたね。僕としては、最初にクララが襲われたこと自体はあまり人狼との関係性はないと思います。この先も誰かしらが狙われていくんですしね。言い方はよくないですが、もう少し犠牲者が増えないことには手掛かりとして役に立たないかと。性格や体格については、人狼は完全に人間に紛れ込んでいるので見分けづらいでしょうね。でも、強い発言をする人や寡黙な人が要注意であるという意見には賛成します。あと発言内容から気になるのは、他の人の意見に便乗する形の意見は気になりますね。それくらいですかね」
「あ、次オレ。ノーマンでっす。えー、何言やいいんだ? ぶっちゃけわかんねーよ。急に周りの奴ら人間じゃないかもしれません、さあ探せって言われたってさ。何で皆ちゃんと喋れんの? 考えてきたの? 大したこと言えないのが普通だと思ったんだけど。こんな会議も、オレは正直やりたくないし、皆よく当たり前のように仲間を疑えるよな。怖いよ。……まあ、だから絶対誰か処刑しろっていうなら、オレはこの会議を始めようって言った奴を処刑したい。それで会議をやめられるなら、だけど。じゃ、オレは終わり」
「マイケでぇす。そぉねぇ、色々人狼探しの手掛かりを言ってるみたいだけど……。初めに言っとくねぇ。私、前にも人狼会議したことある。知ってる人もいると思うけど、私、元々旅芸人の一団で踊り子やってたのね。でもある時、団の中で人狼による殺人事件が起こって、そこでやったんだ、人狼会議。結局生き残ったのは3人だけ。人狼の襲撃がなくなってからも、それぞれ疑心暗鬼になっちゃって、自動的に団は解散、で私はここに流れてきたってわけ。だからわかるけど、人狼って、本当にわからないよ。最後に処刑した人は、本当にいつも穏やかで優しい人だった。結果的に、その人は人狼だったわけ。誰が人狼か、無理やり探そうとする方が無謀だと思うなぁ。まあ、だからといって滅亡を待つ気もないけどぉ。――って、そんな昔話でした。信じるも信じないもご自由にどうぞぉ。それじゃ、次いいよぉ」
「ああ、はい。エマヌエルです。そうだなあ、ここらで話を一旦戻してみようか。ベンヤミンさんが聞きたかったのは確か、疑わしい人とそうでない人、それからクララとの関係性だったかな。うーん、僕は村の皆のことが大好きだから、誰も疑いたくないなあ。逆に疑わしくないと思う人だけど、やっぱり牧師様かな。ギーマ教の聖職者は人狼と全く対極をなす存在だと思うし。あとは双子のエラちゃんベラちゃんはほぼ確定で人狼じゃないね。そのご両親のアントンさんティラさんもほとんど人狼じゃないと見ていいんじゃないかな。あとは、ユリアさんとイェフ君。レオンさんなんかも僕は信用できると思う。あとそれから……って、挙げていくと全員になっちゃうよ。それとクララだっけ。僕は農夫だから、よくクララの花屋に皆で肥料を買いに行ったよ。いつも穏やかで元気で、笑顔が素敵ないい子だったよね。そんな人が襲われてしまうってことは、人狼はそういう人が嫌いなのかな。なんだかよくわからなくなっちゃったよ。これくらいにしておこうかな」
「……カレンです。疑わしい人も疑わしくない人も知りません。クララのことも知りません。大体ほんとに人狼の仕業なんですか。何で人間が人狼の仕業に偽装した考えとか持たないんですか。というか、人狼イコール邪悪って何なんですか。別の生き物ってだけで悪とか善とかそういう話じゃないと思うんですけど。気持ち悪いです。この状況。全部人狼のせいにして、それで人狼かそうじゃないかわからない人を毎日殺すんでしょ? 正気の沙汰じゃないと思います」
「……終わり? わかったよ。次な。ターニャだ。カレンは動物が好きだから人狼をそのまま悪って決めつけるのが許せないんだね。でもその言い方だと疑われちゃうよ。次は気を付けた方がいい。そうだねえ。1つ、ここまで来ても“五英傑”の代理人を名乗る人が現れないのは不安だね。誰もいないまま何の情報も得られないで会議が進んだら嫌だねえ。マイケの言葉を信じるなら、性格なんかでは区別がつかないみたいだし。ここまでで怪しい人っていうと、あえて挙げるなら議論のためになる大した意見がなかった人かな。エルザ、ノーマン、あとアントンとか、あとは誰だったかな。いっぱい聞きすぎて誰が何を言ったか忘れてきたよ。……あとカレン、悪いけどその様子だと人狼会議を続けてほしくない人狼にも見えちゃうよ。――これくらいにしとこう」
「では、次は私が……。ユリアです。いよいよ《試練》の時が来てしまいましたね……。神様のご指示通り、《三律法》を守ってこれを乗り越えられるよう努力します。牧師様やサマンサさん、エルザさんやアントンさんたちは疑いたくありません。よく共にミサに参加していましたから。逆に、たまに教会に来てわざわざギーマ教を否定しにかかったヴィンフリートは疑わしいです。あとギーマ教の洗礼を受けていない人も。便乗みたいになってしまいますが、私は牧師様のおっしゃったことに全面的に賛成しています。……さ、イェフ」
「う、うん。イェフです。ぼく、よくわからないや。みんな、むずかしいことをたくさん言うけど、牧師さまはいつももっとかんたんに色んなことを教えてくれるよ。よい心をもって、自分にも他の人にも正直に、みんなを信じていれば神さまは助けてくれるって。みんな、正直に本当のことを言えばいいんじゃないの? ぼくは人狼じゃないし、母さんも人狼なんかじゃない。それだけ」
「ドミニクです。イェフ、それじゃダメなんだよ。人狼は絶対嘘を吐くから、全員『自分は人狼じゃない』って言って終わりなんだ。だから皆で人狼の嘘を暴かなきゃいけないんだぞ。……でも、よくわかんないのはおれも一緒。嘘吐いてそうな人もわかんないし。皆喋るのがうまいんだ。ほとんど皆、自分が人間かそうじゃないかって話しないから、こいつが怪しいあいつが怪しくないって話とかしかしないから、嘘ついてるかどうかじゃないんだよなあ。わかんね。次!」
「はい、次僕ね。ヴィンフリートです。たまーに僕が叩かれてるけど。僕が人狼だとしたら、そんなわかりやすくギーマ教を否定する? そんな目立つこと、人狼がするって思うわけ? まあ、ギーマ教が馬鹿らしい変な宗教って思ってるのは事実だけど。そんなの思想の自由でしょ。皆ギーマ教をベースに全部考えてるの気持ち悪いと思うけどね。この人狼会議だってさ。逆に、わかりやすくヘイトが集まる僕を叩いてる人、怪しいと思うな。誰だっけ? 牧師様とかユリアとかかな。あとリサもだっけ。僕は全然牧師様人狼説も追うよ。だって聖職者だろうが何だろうが、人間の見た目してりゃわかんないでしょ。《聖なる護り》? 何だそりゃって感じ。バカバカしい。はい次どーぞ」
「……ルイス。この段階で特に言うことはなし。以上」
「え、ええー……。あ、パミーナです。な、なんか、ルイスさん本当にそれでいいの……? 怖いんですけど……。まって、今のが衝撃的すぎて全部飛びました。何でしたっけ。とりあえず私は誰の代理人でもないです。ええ……なんか今の聞いた後に喋りづらいよお……。もういいですか? さっさとお師匠に回しちゃいますね」
パミーナの話が終わり、ようやく私の番が回ってきた。
私は全員の話を注意深く聞いていた。誰がどういう意見を言ったのか、どういう考えを持っているのか、あるいはそれを表現しようとしているかどうか。私が今後、よりこの村に貢献するための重要な材料となる。
皆の視線が、最後の1人である私に集まる。私は立ち上がり、咳ばらいをした。
「マリアナよ。私は“聖導師マリウス”の代理人。大いなる自然を司る精霊の言葉に耳を傾けることで、毎夜1人の正体を把握することができる。人狼が行動を開始したのが昨夜だったから、今日は誰も占えていないけれど、占いの準備は昼の間に済ませたし、今夜から早速占いを開始できるわ。必ず人狼を見つけ出して見せるから、“勇者ゴットハルト”の代理人がいれば、どうか私を守ってね」
私の言葉にざわつく村人たち。その間に私はもう一度座りなおす。
これで全員の発言が終わった。ベンヤミンは他の人の意見を聞く間、ずっと紙に何か記録していたけれど、やがて記入を終えて立ち上がった。
ざわついていた村人たちが、少しずつ静かになっていく。全員が黙ったところで、ベンヤミンが口を開いた。
「――では、それぞれの発言を踏まえて、議論を進めていきますが、その前に1つ。今後、会議の効率化のため、“五英傑”の代理人の方々に個別の呼称を設けたいと思います。よろしいですか、オスヴァルト」
「はい。《永約聖書》によれば、彼らの代理人にはそれぞれ固定の呼称があります。“聖導師マリウス”様は「占い師」、“聖女ゲルダ”様は「霊媒師」、“勇者ゴットハルト”様は「守護者」、“賢者シュテファン”様は「議長」、そして“大司祭ズィリック”様は「聖職者」。今後はそのように呼ぶことも、ギーマ教牧師の立場、また“大司祭ズィリック”様の代理人として許可します」
オスヴァルトの言葉に、正直ちょっと安堵する。あんなに長い呼び方をずーっとこの先使っていくの、面倒だったのよね。
これで、私が「占い師」、ベンヤミンが「議長」、そしてオスヴァルトが「聖職者」ということになる。「霊媒師」と「守護者」はまだ名乗り出ていない。さて、今後どうなるかしらね。
「ありがとうございます。では、主に今日誰を処刑するか、今後会議をどう進めていくかについて、意見や質問のある方は挙手をしてください」
ベンヤミンの言葉に、アントン、イレーネ、ノーマン、ハリーの4人が真っ先に手を挙げる。……うーん、比較的強い言葉を選んでいた人たちね。例外がいるとすれば、ハリーくらいかしら。けれども、彼もなかなか有益な意見の言い方をしていたわ。
「では、アントンさん、発言をどうぞ」
ベンヤミンに差されたアントンが立ち上がる。
「まず、さっき言ったことと被るが、俺は“五英傑”の代理人だから信用するというのはおかしいと思っている。特に“聖導師マリウス”の代理人は、普通あるはずのない特殊な能力を持っている上に、それが会議の進行や村の存亡に大きく関わる重要な人物だ。その能力と正体が保証されない以上、信用することはできないだろう」
私をじっと見ながら発言するアントン。元々不気味なことばかりしている変わり者と思われていた私だもの。言わないだけで信用できないと思っている人たちもいるのでしょうね。
「それを受けて、どうです、マリアナさん」
ベンヤミンが私に話を振る。
「そうね。急に私からこんなことを言われて信用できないのもわかるわ。けれど、逆に私以外に『占い師』たりえる人がこの村にいると思う? 現に私以外にそれを名乗る人はいないわけよね。それとも今から名乗りを上げる人がいる?」
村人全員を見回して言う。名乗り出る人はいない。
「でしょう? それでも信用できないというなら、信用しなくて結構だけれど、情報が全然ない状態で会議を進めることがどれほど大変なことかはわかってるでしょうね」
「マリアナを完全に疑っているわけではない。だが、人狼に嘘の結果を教え続けられるリスクは無視できないだろう」
アントンが抗弁をする。私が何か言う前に、ベンヤミンに手で制された。
「発言は挙手の後指名されてからお願いします。……では、これらを受けて意見がある方は?」
アントンは言うことは言ってしまったのか、手を挙げることなく座る。私も腰を下ろした。私にこれ以上の抗弁はない。次に手を挙げたのはハリーだった。
「どうぞ、ハリーさん」
「はい。ひとまず、マリアナさんが“聖導師マリウス”様の代理人ということは、信じておいてよいと思います。マリアナさんの情報と何か矛盾が起きたとき、疑えばよいかと。それを念頭に、他の“五英傑”の代理人について述べたいと思います。マリアナさんの次に大事な情報を持ち得るのは、“聖女ゲルダ”様の代理人――つまり、霊媒師の方だと思いますが、霊媒師は、処刑した人が人狼かそうでないかがわかる能力をもつはず。ということは、今名乗り出るのは得策ではありません。占いで人狼を発見した日、その人を処刑して本当に人狼だったかどうか、それがわかってからでも遅くはありません」
「なるほど。他には?」
オスヴァルトがすっと手を挙げる。
「どうぞ、オスヴァルト」
「はい。ハリーさんの意見はよく理解できました。ただ、“聖女ゲルダ”様の代理人がずっと後まで名乗り出なくていいという意見にはあまり賛成できません。なぜなら、時間が経てば経つほど、嫌な話ですが亡くなる方は増えていきます。その中に本物の霊媒師がいて、人狼が霊媒師を騙って名乗り出る可能性が出てくるのです。遅くとも明日の朝には名乗り出ていいかと思います」
すると、難しい顔をしたレオンが次いで手を挙げた。ベンヤミンが指名をすると、おずおずと立ち上がりつつ、しかし口調はしっかりと、言葉を紡いだ。
「牧師様の仰ることもごもっとも、しかし、占い師、霊媒師の2人が名乗り出たとき、どちらか片方が早々に人狼の餌食となってしまう可能性が高まります。人狼の襲撃から村人を守ることのできる守護者は1人しかいないはずですし、いたとしても毎夜1人しか守護できませんから」
「そもそも“勇者ゴットハルト”様の代理人が本当にマリアナさんを守るとは限らないでしょう。誰を守っているかわからない状態で、“五英傑”の代理人を襲うことはしづらいと思うんです。それよりは守られる可能性の低い人を襲うのではないですか? 人狼からすれば、その方が確実に人を減らせる。まあ、大きな情報が出てきた、あるいは出てきそうなときはリスクを負って“五英傑”の代理人を襲うこともするかもしれませんが」
オスヴァルトの意見とハリーやレオンの意見がかみ合わない。確かに大事な議論の1つではあるのだろうけれど、このままではこの議論だけで日が暮れそう。ベンヤミンもそう思ったのか、一度まとめにかかった。
「――とりあえず、“聖女ゲルダ”様の代理人が名乗り出るかどうかは、今のところは本人に任せる形にしましょう。例えば人狼の処刑に成功したときは、それがいつであろうと出た方が村のためになりますし。この議論はひとまずこれくらいにして、他の意見・質問についても聞いていきます。他に発言のある方は挙手を。……どうぞ、ノーマンさん」
指名されたノーマンが立ち上がる。いつもお調子者の彼とは似つかわしくない、芳しくない顔色をしている。
「あのさ、なんか今の感じ怖いんだけど。ずーっとベンヤミンさんとか牧師様とか、同じ人ばっかり喋ってる感じ。何にも言わない奴も、ずっと喋ってる奴も、……まあ一番怖いのはやっぱりベンヤミンさんとエドヴィン様なんだけどさ。特にエドヴィン様、いつまで自分は関係ないみたいな顔してるんすか」
「は……?」
ノーマンに言及されたエドヴィンが不快そうに眉を顰めるのがわかった。それを見ても怯むことなくノーマンは続ける。
「レオンさんやアントンのおやっさんも言ってましたけど、あんた普通に怪しいっすよ。あんたとベンヤミンさんが来てすぐ事件が起こってる。疑うなってのが無理だし、あんた適当すぎなんすよ。貴族だから人狼はありえない? いやいや意味わからんし。透けて見えるんすよね。平民のいがみ合いを高みの見物してるって感じが。冷静に色んな人を疑うこと言える人たちも怖いけど、あんたはもうなんか理解できない。何なんすかマジで」
「確かにな。それから何も話そうとなさらないし、あれ以外に何の意見もないんですか?」
「意見は挙手の後に」
「単純に私のことだけ忘れてたのは何でなのかも気になるわ。聞いたのに答える気はなさそうだから、さっき聞こうとしたんだけれど」
「ヘイトが集まりやすいって言ってましたけど、そもそも潔白なら疑われるようなことはしないと思うんですよね」
「静粛に!」
ヒューベルト、イレーネ、ハリーが立て続けに、ベンヤミンの制止を聞かずに発言をしたけど、ベンヤミンが声を少し荒げると、その場が水を打ったように静かになった。
全員が発言をやめたのを確認すると、ベンヤミンは立ち上がり、咳ばらいをした。
「――皆さん、今の段階で皆さんが最も怪しいと思っているのは、私とエドヴィン様の2人、そういうことでよろしいですか?」
「まあ……」
「いやあ、僕は別に、よくわからないけど……」
「そういう人が多いのは確かだなあ」
ベンヤミンの確認の言葉に、何人かが呟くように言葉を発する。
「……ふざけるな」
ゆっくりと、地の底から響くような声が、エドヴィンの口から放たれた。
「お前たちは、誰に向かって、何を、言っている? そのようなことを言える立場か?」
おもむろに立ち上がり、1人1人、自分に対する中傷を向けた人たちを指さしていくエドヴィン。まるで呪いをかけるようなその動作に、皆が押し黙る中、オスヴァルトがそっと立ち上がる。
「エドヴィン様。この非常時に、通常通りの身分制度が通用するとはお考えにならない方がよろしいかと」
「は? それは、この状況にかこつけて貴族に逆らうという宣言か」
「元より私は俗世の身分制度からは逸脱した存在です。――が、私でなくとも同じでしょう。貴方が人狼でないという確証がないどころか、今のところ我々の中では貴方が人狼である可能性は決して低くないのですから。身分を気にして遠慮していては、我々は滅びるかもしれません」
「だから、私に人狼の血など混ざっているはずがないと」
「それを証明することはできるのですか? ……それに、突然変異の例がないわけでもありません」
「ぐ……」
オスヴァルトがエドヴィンを追求していく。ベンヤミンさんは呆れか諦めか、それとも別の感情からか、特に止めることはない。
さて、この状況をどう見るべきかしらね。今までエドヴィンには大して触れていなかったオスヴァルトがエドヴィンと真っ向から戦っている。しかも彼もまた、目立つ発言を繰り返している点では村人たちにそこそこ警戒されている。聖職者である彼が人狼であることは考えにくいけれど……今夜の占い候補として考慮しておいてもいいかもしれない。
でも何より、皆が危険視している、数人によって議論が動かされている状態が続いている。あまりいい兆候ではないでしょうね。
「……あ、あの」
不意に、オスヴァルトの隣で小さく座っていたサマンサが遠慮がちに手を挙げた。
「――どうぞ、サマンサさん」
ベンヤミンに差され、立ち上がったサマンサは、つっかえつっかえになりながら発言を始めた。
「はい。えっと、私はそもそもあんまり処刑制度には賛成できないんですけど、初日は特に情報が足りません。印象で思うままに発言をしても、あまり建設的ではないと思うんです。それは、特定の人が喋り続ける今のようなあまりよくない状態につながりますし……。で、その、何が言いたいかというと、今日はあまり時間もありませんし、皆でそれぞれ、自分が怪しいと思う人に自由に投票してはどうかと思います。票を強制的に合わせることなく自由にすることで、誰が誰に投票したのか、1つの大きな情報にもなると思うんです。もちろん、これをしようと思ったら投票は記名制になってしまうのですが……」
「ふーん。いいんじゃない? ま、この大した議論もない状態で、村の感情で投票したところで人狼が簡単に釣れるとは思えないけどねー。殺される人可哀想にね」
「う……」
「発言は挙手の後に」
「あーはいはい。ごめんなさーい」
口を挟んだヴィンフリートが、たしなめられて面倒くさそうに手をひらひらと振る。
次に手を挙げたのはフレデリックだった。指名されて立ち上がる。
「サマンサの意見、わからないではないよ。でも、それって2つくらい問題点があると思うんだよね。1つは今日の議論の時間を無駄にして、思考停止してしまうこと。もう1つは、投票を記名制にすることで、皆が本心のままに投票しづらくなるってこと。ただでさえ、自分の1票によって殺される人が決まってしまうのかもしれない、そんな悲惨な状況で、さらにプレッシャーを皆に与えることないんじゃないかなあ」
「はい。……どうも。それに、このタイミングで言った理由は何だ? この流れではどう考えてもほとんどの村人がエドヴィン様に入れるが」
「なっ……」
「人狼もその流れに乗るだろうね。記名制だろうがそうじゃなかろうが、大した情報にはならない」
ヒューベルトがジトっとした生暖かい目でサマンサを見る。エドヴィンが口を挟もうとしたけど、ヴィンフリートが引き継いで一気に先を続けた。
「~~~っちょっと待て!」
今までに増して声を張り上げたエドヴィンが、勢い余って数歩前に踏み出した。
「逆に、ここまで極端に私にヘイトを集める理由は何だ! 人狼に乗せられているとは疑わないのか!? 第一、私を疑う理由は何だ! タイミング良く村を訪れたからか? 私に疑いが向くよう人狼が仕向けた可能性をなぜ考えない! 血筋以外に抗弁のしようがないからか? なら、お前たちは自分が人狼でないことを合理的に証明できるとでもいうのか! ……違うだろう。お前たちが私を疑いヘイトを向けるのは、私が貴族だからだ。お前たちが平民だからだ。それが気に食わないからだ。そうでないと言い切れるか? ……無理だろう。事実だからだ。そうでないなら、なぜ私にだけ疑いが向く。私と同じときに村にやって来て、今、議論を最も思い通りに動かせる位置にいるこの男をなぜ疑わない」
「…………」
エドヴィンに視線を向けられたベンヤミンは、無表情のままその目を見返した。
「最も怪しみ危険視すべきはこいつだろう。違うか?」
重ねて言うエドヴィン。
……驚いた。こうも簡単に腹心を売るのね、この男は。今日の処刑を逃れたとて、その理論では次に処刑されても文句は言えないでしょうに。
私以外にもそう思った人がいたのかもしれない。村人たちの一部は、不信感溢れる視線をエドヴィンに向けていた。
「――占いましょうか?」
気づいたら口を継いでそんな言葉が出ていた。
ベンヤミンに視線を向けられ、何か言われる前に挙手をした。手を差し出されて了承を得たのでそのまま発言を続ける。
「そこまで言うなら、今夜私はベンヤミンを占いましょう。それで彼の正体は確定する。人狼なら明日処刑すればいい。人間ならこのまま会議の進行を任せても差し支えないわ」
「ちょ……ちょっと待て。なぜこいつなんだ。私を占ったっていいだろう」
「悪いけど、ベンヤミンを処刑して貴方を占ったとて、貴方がこの先会議に貢献するとは思えないわ。ベンヤミンと比べてね。――ああ、勘違いしないで。だからって今日貴方を処刑しろなんて私は一言も言ってないから」
「お師匠、それ逆効果です」
パミーナが私に囁く。あら? 私今何か失言したかしら。
「――」
エドヴィンが顔を真っ赤にして私を睨みつけている。うーん、やっぱり何か言ったみたいね。むしろフォローすら入れたと思うんだけど。
「……そろそろ時間です」
時計を見たベンヤミンが告げた。その声色は落ち着いていて、エドヴィンに何か言われる前と何も変わっていなかった。
「票を合わせる時間はなさそうです。すぐ日が暮れる。今日はひとまず、皆さんが最も疑わしいと思う人に投票してください。記名の必要はありません。投票用紙とペンを配布しますので、1人の名前を書いてこの箱に入れてください。全員の投票が完了したら、開票作業を行います」
淡々とした口調で、動作で、説明と配布をするベンヤミン。エドヴィンがそんな彼を振り返った。
「おい、待て。まだ議論は終わっていない」
「このまま夜を迎えるわけにはいきません。我々の行動機会を1日分失ってしまう」
「貴様、自分が処刑される可能性が減ったからと……」
「まさか。私は議長です。規則に基づいて会議を進めるまで。それに、これ以上やっても無意味でしょう。ここからは私の独り言ですが、エドヴィン様がこの人たちを完全に納得させることができるとも思いませんし」
「な、な、な……貴様、貴様この私に口答えなど……」
「私は奴隷ではありませんよ。時折勘違いしてらしたようですが」
怒り心頭のエドヴィンの方を見ようともせず、全員に紙とペンを配り終えるベンヤミン。
……この人たち、別に大した主従関係じゃなかったのね。だからすぐ互いに切り捨てようとするし、信頼なんて微塵もないみたい。でも、だとしたら猶更、私たち一般の村人と彼らとの間に、大した信頼関係が生まれるとは思えないけれど、こんな姿を見せて大丈夫だったのかしら?
私はベンヤミンに手渡された真っ白な紙をぺらりと動かす。
さて、誰に投票しようかしらね。……私が何か変わったことをしたところで、結果は変わりそうにないけれど。
「――それでは、結果を発表します」
全員の投票の後、開票作業を終えたベンヤミンが、感情の見えない顔のまま会議を進行する。
皆、押し黙って次の言葉を待った。
「皆さんの投票により、本日処刑される人は、……エドヴィン様に決定しました」
「はっ……だろうな。恩知らずな愚か者どもが。私がいなければ今日まで生き永らえることすらできなかったくせに」
「……それは、去年のことを言っているのですか」
アントンが静かに尋ねる。エドヴィンは答えないまま鼻で笑う。
そういえば、2年前の夏、村は酷い日照りに襲われ、作物が全滅し深刻な飢饉となった。その時、都市から食料や物資を手配してくれたのは確かにエドヴィンだ。まあ、それとこれとは全く無関係だけどね。
ターニャが片腕を掴む仕草と共にエドヴィンを見、口を開く。
「そのことを感謝していないわけではありません。村人だけでなく家畜たちも多くが貴方のおかげで助かりました。……けれど、これは“人狼会議”です。貴方を人狼と見る、これがこの村の総意」
「……そもそもこの会議を始めると最初に言い出したの、あなたですし。拒否権なんてない」
カレンがエドヴィンを冷酷な目で見ながら続けた。
エドヴィンはそれを憎しみのこもった目で見返す。何を言うこともない。ベンヤミンは誰も何も言わないことを確認するように見回してから、立ち上がった。
「――では、処刑場へ行きましょう。広場の裏に特設してあります。見たくない者はここで解散。自分の目で確かめたい者はついてきてください。それでは、また明日お会いしましょう」
「さ、イェフ、ドミニク。帰りましょう」
「はあい……」
「エラ、ベラも。帰るわよ。あなたは?」
「後から行く」
「そう……」
ユリアとティラ、2人の母親が子供たちを連れて立ち去る。フレデリックやハリー、イレーネといった人たちがそれに続いて立ち去る中、大半の男たちと、私とパミーナは残った。
「パミーナ、あなたはどうするの? 帰ったっていいのよ」
「お師匠にお供します」
「そう? ならついてきなさい」
「はい」
私たちはベンヤミン、エドヴィンの後に続いて、広場を後にした。
処刑はつつがなく執り行われた。
処刑場は言い換えれば、屋外に組まれた質素な祭壇だった。その上に壺とグラスが用意されていた。《永約聖書》の記述のままなら、あれは毒ね。安楽死の薬。
オスヴァルトが壺の中身をグラスに注ぎ、エドヴィンに手渡す。
「貴方が人間ならば、貴方の魂に安らぎがありますように。人狼ならば、神の赦しを得られますように」
「ふん。どちらもいらん」
低い声で呟いたエドヴィンは、そのままグラスを呷った。そして、
「う、グ……」
数秒後、小さくうめいて、ドサリと地に沈んだ。