【会議3日目、夜――裏切りの気配】
「結局、今回はユリアさんを見送れませんでしたねえ……」
「まあいいわ。出来れば責任を負いたかったけれど……」
「お師匠って変なところ真面目ですよね」
「何よそれ、どういう意味?」
夕食の片づけをしているパミーナの背中を少し睨む。
「いい、パミーナ。この会議を決してきれいごとにしては駄目よ。どんな言葉で取り繕っても、私たちは人を殺しているの。そして私は『誰を殺すのか』ということを決めるためにかなりの影響を与えているの。その死を見届けないでどうするの」
「わかってますよお。私だって、同じ気持ちだからお師匠のお供をしてるんですから。……それで、今日も誰を占うかは教えてくれないんですよね、どうせ」
「ええ、もちろんよ。ちゃんと眠りなさいね」
「はあい……」
不満そうにしてるけど、パミーナを同席させるわけにはいかない。儀式に集中したいから、それも間違いではない。けれども、それだけじゃなく、占い師としてのけじめもある。
いくら私の弟子とはいえ、パミーナは占い師ではない。それは、他の村人たちと同様。なのに、彼女だけを贔屓して、先に大事な情報を与えてしまうのは、ちょっと違う気がするのよね。
そんなわけで、私は今日も今日とて、儀式の間にいる。
また、状況を整理するところから始めましょう。今日も、確実に人狼を見つけられるように。
絶対に占うべきでないのは、潔白だと確実にわかっているベンヤミン、エラ。
襲撃されたのは、クララ、ベラ、そしてギルベルト。そのギルベルトの発言によって、人狼はあと5人……ユリアを除くと、あと4人はいる計算になる。
25人中4人というのは、案外少ない確率かもしれない。ユリアは村人たちにとってかなり意外な人物だっただろうし、次占う人は、もしかしたらもう少し素直に考えた方が良いかもいれない。
今、目立っていて気になるのは……やっぱりヴィンフリートとルイスの2人。個人的にはマイケも気になるわ。強い発言力を持っている人を占っておけば、もし万が一狙いが外れたとしても、安心材料になる。
……とはいえ、発言が目立たない人の方が割合が強い。紛れ込むならそっちの方がやりやすい。
どうしたものかしらね……。
と、考え込んでいると、
――ォオーン……――
何か、風とも違う、音が聞こえた。
ぞくり、と背筋が震える。
「まさか……」
私は慌てて水晶玉に向かう。そして、時空の精霊ラウムツァイトを呼び出す。焦っていたからか、少し手間取ってしまった。やきもきするのをなんとか抑え、呼吸を意図的にゆっくりに抑えて、呪文を唱えて……
『――時空の精霊よ、時の流れと空の広がりを司るものよ、我が前にその姿を現し、我が願いを聞き届けよ』
魔法陣に光が、少しずつ集まって、水晶玉の方に――
バキッ!!!!!
すさまじい大音声。扉が破られた。
振り返らない。どうせ振り返っても見られるものは、毛むくじゃらの真っ黒で巨大な体躯と、ぎらぎら光る眼でしょう。
そんなものに興味はない。どうして守護者がいないのか、どうしてわざわざ私を襲いに来たのか、そんなことを考えている暇はない。村のために、愛弟子のために、私の自己満足のために、私は呪文を唱え続ける。
バリッ!!
「っ――!!!」
背中に走ったあまりに鋭く熱い痛みに、喉の奥から勝手に悲鳴が絞り出される。呪文が中断された。そんなことを気にしている場合じゃない。私は、私は……
肩に、腕に、足に、獣の爪が、牙が、襲い掛かる。ついには視界全体が、黒い毛と苦痛による火花で覆われた。
最後の言葉は、ちゃんと精霊に届いただろうか。わからないまま、私の意識はここで潰えた。
「らうむ、つぁいと。パミー、ナ、を、おねが、い……」
――神聖ルスタ王国フィライデン村にて、人狼が現れ、早数日。
“五英傑”が1人、“聖導師マリウス”の代理人、この村の最大の貢献者となるはずだった人物が、命を散らした。
守護者はどこへ行ってしまったのか。人狼は一体誰なのか……。
フィライデン村の住民は、全部で30人。これまでの犠牲者を除くと、残り……22人。
占い師が死亡した次の朝、大量の死体と強大な恐怖が、村を襲う。
悪夢はまだ、始まったばかり。