【会議3日目、昼過ぎ――祈り、運命の呪い】
会議には、やはり昨日から1人も減っていないメンツが集まっていた。
全部で26人。議長のベンヤミンは訝し気な顔をしつつ、いつものように開会の声を上げた。
「――ではこれより、第3回人狼会議を開始いたします。前回同様、これまでの状況を整理するところから始めます。クララさんが人狼の襲撃を受けたことで始まった本会議は、これまで、エドヴィン様、カレンさんを処刑してきました。そして、一昨日の夜、ベラさんが人狼の襲撃に遭い、そして昨夜、襲撃された者はいません。順当に考えれば、“勇者ゴットハルト”様の代理人――すなわち、守護者の方が守護に成功したことになりますが……」
ベンヤミンが言葉を詰まらせると、
「あー……そのことについて、1ついいか?」
と手を挙げる人間がいた。大工のギルベルトだ。ベンヤミンは首を傾げる。
「? はい。どうぞ、ギルベルトさん」
傾げつつ、そう促すと、ギルベルトは立ち上がったりすることなく、上着に手をかけた。
「信じてもらえるかわからんが……いや、この有様を見ればわかるかもしれんな」
そう言って、ギルベル尾は上着を脱いだ。
生成り色のシャツに、かなりの広範囲で赤い染みが広がっている。じわりと染み込んだそれが、どういう経緯でついたものかは明白だった。
……ギルベルトは大怪我をしている。それも、恐らくは巻かれた包帯どころか、シャツにまで血がにじむほどの……並みの人間ならば死んでいる傷だ。
「ひ、ひい!」
「な、なにそれ……」
フレデリックとパミーナが悲鳴じみた声を上げた。ギルベルトの隣に座っているロナルドも、
「ギル、お前……」
と呆気に取られているようだ。エマヌエルも顔をしかめている。
「ギルベルトさん、それは?」
「もしかしてえ、それ守護者にやられた、とか?」
「は!?」
ヴィンフリートの発言に、不快そうに意義を唱えるロナルド。無理もない。ヴィンフリートは、ギルベルトの傷が、「人狼として誰かを襲撃しに行った結果、守護者に守られたことでできた傷」だと言ったのだから。
ベンヤミンが騒然とする村人たちを咎める。
「私語は慎むようにと何度も申していますが」
「はいはーい。……まさか、誰かを襲撃しようとしたら、守ってた守護者の返り討ちに遭ったから、怪しまれる前にさっさと人狼って自白して、他の人狼を守ろうって魂胆?」
「い、いや、違う! そうじゃねえ。むしろ逆なんだ」
「逆……?」
焦ったようなギルベルトの抗弁に、ティラが小さく呟く。
また騒ぎ始めた村人を制するように、ベンヤミンがもう一度口を開いた。
「ギルベルトさん、説明を」
「あ、ああ。実は……昨日、人狼の襲撃に遭ったのは俺なんだ」
ベンヤミンの努力は無駄になった。
今度の騒ぎは、ベンヤミンの制止の声では止まらないほど大きなものだった。……これは、しばらく私の出番はないわね。
「静粛に。静粛に!」
何度目かのベンヤミンの声で、やっと少しずつ騒ぎの波が引いていった。村人たちが落ち着きを取り戻した後、ベンヤミンは改めて声を上げる。
「ギルベルトさん。それが本当であれば、昨夜あったことを包み隠さず説明してください」
「あ、ああ。俺は守護者でも霊媒師でも何でもない、ただの村人だ。けど力には多少の自信がある。だから、もし人狼が俺のところに来たときは、返り討ちにしてやろうと思って、仕事道具のハンマーなんかを枕元に置いて眠っていたんだ。するとでかい音で目が覚めて、気づいたら……毛むくじゃらで目がギラギラした化け物たちに囲まれていた。俺はなんとか応戦したが、この傷を負った。けど、人狼たちは諦めたらしくて、どっかに行ってしまった。朝リサに診てもらったが、この傷は深すぎて、この村の医療力じゃあ、もって後1日の命らしい」
「そ、そんな……」
「そ、それなら大急ぎで街の大きな病院へ」
パミーナとティラが焦った声を上げるが、ギルベルトは首を横に振った。
「いや。俺はもうそれでいい。本来なかったはずの命だ。俺はこの村のために使いたい。会議に参加せずに街へ行ってしまったら、せっかく手に入れた情報が無駄になっちまう。そんなの、もったいないじゃねえか。それに、それくらいの覚悟じゃねえと、俺のことは信じてもらえないだろ? ただでさえ力が強いんだ。今日までの命じゃなけりゃ、今日処刑されるのは俺だったろうぜ」
「お前……」
「馬鹿だろう、ギル。お前は、そんなこと……」
アントンとヒューベルトが、珍しく悲痛さが見え隠れする声を上げる。まあ、ギルベルトはどうもその力と快活さで村に信頼されていたから、当然の反応ね。
ベンヤミンもさすがに少し思うところがあるらしいが、議長らしく話を進める。使命感がすごいわね。
「……あなたの勇気に感謝いたします、ギルベルトさん。人狼が誰かはわかりましたか」
「いや、正直でかい狼にしか見えなかった。暗かったし……。俺も確かに相手に傷を負わせた手応えがあったから、朝からずっとリサに怪我してる奴を探してもらってた。なあ、リサ?」
突然話を振られたリサは、それをわかっていたようにうなずいた。
「うん。けれど、人狼ってのは超回復能力でも持っているのかねえ。誰にもそんな傷はなかった。今皆を見ればわかると思うけどね」
「そうですか……」
ベンヤミンが呟く。
なるほど。リサが皆に怪我がどうのこうのって聞いて回ってたのはそういうことだったのね。
ギルベルトが改めて手を挙げる。傷に響くのか、少ししか挙げていないが、それだけで村人たちの注意はギルベルトに集中した。
「けれど、情報が1つ増えたぜ。人狼は、少なくとも今5匹いる。積極的に俺に飛びかかってきた奴が3匹、遠巻きに見てた奴が2匹。もっといるかもしれんが、5匹いることは確定だ。それだけは、数えてたから間違いない」
「5匹も……そんなにいるなんて……」
サマンサが囁く。
この情報はかなり大きい。……それだけで、ギルベルトがたった1日の命を生き延びた甲斐があった。もしかしたら、現時点で私が村に与えられている情報より遥かに有益かもしれない。
「ま、じゃなきゃ割に合わねえだろうな」
「この中の5人は、確実に敵ということか……」
ルイスが大して興味なさげに腕を組む。対照的にアントンは、顎に手を当て、村人たちに鋭い眼光を向ける。
「ギルベルトさん。貴重な情報をありがとうございます。他に何か言うことは?」
「いや……俺からはそんなところだ。大した情報じゃなくてすまんな。けど、伝えるのと伝えないのとでは全然違うと思ったんだ」
「ギルベルトさん、ありがとうございました。楽になさってください」
ベンヤミンの言葉に、ギルベルトが重苦しい息を吐くと共に体の力を抜くのがわかった。見ていて痛々しい。
すると、リサが「ベンヤミン」と挙手をした。
「はい、何でしょう」
「もし許されるなら、今ここに簡易的な寝台を作っていいかい? 横になった方が幾分か楽だと思うんだ。その状態で会議に参加することをギルに許してやっておくれ。ああやって気丈に振る舞っているが、あんな傷、常人なら死んでる」
「……許可します」
「俺にも手伝わせてくれ!」
「俺も」
「俺もやろう。会議はきちんと聞いている。必要があれば発言もするから」
「ええ、構いません」
そんなやり取りで、リサ、ロナルド、ヒューベルト、アントンの4人が、席を立った。どうやらこれまで広場の端に寄せていたテーブルを運んできて、つなげて寝台代わりにしようというらしい。リサは元々そのつもりだったのか、シーツやら毛布やらを持ってきていた。
少しだけその様子を見守っていたベンヤミンが、改めて会議の輪に向き直る。
「……それでは、議題を戻しましょう。本格的な議論を始める前にもう一つだけ。占い師のマリアナさん。昨夜の占いの結果を教えてください」
「ええ。待ってたわ」
やっと私の番ね。思わぬ情報が入ってきてびっくりしたじゃない。
私は立ち上がって、周りを見回す。皆、待ちかねたような顔、興味なさそうな顔、なんとか切り替えようとする顔。色々な表情を浮かべて、私に注目する。その状況下で、私はゆっくりと言葉を紡いだ。
「……昨日占ったのは、ユリア。彼女は……人狼だったわ」
再度、村人たちが騒然とした。
「え……私……?」
私に「人狼」と宣告されたユリアが、顔を青ざめている。
隣のイェフが、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がり叫んだ。
「そんなわけない! 母さんが人狼なわけないじゃん! 何言ってんだよ!」
「イェフさん、気持ちはわかりますが落ち着いて。マリアナさん、詳しく話していただけますか。ユリアさんを占った理由など、あれば教えてください」
ベンヤミンに促され、私は改めて説明を始める。
「ええ。まず、占う候補は何人かいたわ。まずターニャ。明らかに人狼の味方をする発言をしたカレンを、最もかばっていた。しかし、彼女自身が人狼に味方しているというより、どうにかして養女を守りたい養母にも見えたので、一旦保留。そして、ずっと目立つ発言をしていたヴィンフリート。彼は人狼である可能性は確かに高い。けれど、明らかに間違ったことを言ってるわけじゃない、彼の本来の性格も考えると、発言の矛盾を見極める形でも人狼か人間かを判断できる。私の占いは、推理だけではなく、普通ならばたどり着けない人狼を見つけることに使った方が良いのではないかと考えたわ。かといって、あまりに話さない人をあてずっぽうで占うのはあまりに確率が低い。適度に話す人の中で、違和感を覚える人を選ぼうと思ったの」
「それが……どうして、私になるのですか?」
青ざめたままのユリアが私に質問をする。
「あなたは初日から一貫して、自分の意見を持たない。初日の1人1人が発言したときのことを覚えてる? あなたは自分の言葉では話していなかったように感じたの。『こういう観点で人狼を探せばいいと思う』『あいつが人狼だと思う』と言うにしろ、『情報がないからわからない』にしろ、皆自分の言葉で自分の思うことを話していた。それに対してあなたの発言は、あくまで《永約聖書》に書いてあることや、オスヴァルトの意見をなぞるだけのもの。あなた自身の独自の意見が全く見えなかった。そして昨日のカレンへの言葉。あなたはやはり、ギーマ教の教えをなぞった。それだけじゃない、人狼に対する大袈裟なまでの敵意がそこにはあったわね。人間として自然なことかもしれない、けれど違和感に感じた。『私たち』という言葉を強調し、人狼を排除するという事実を強調し、いかにも『私は人間の味方であり人狼の敵です』ということをわざわざ強く述べることは、本当に人間ならするのだろうか、と、そう感じたのよ。だってそれは人間にとって共通項だもの。あえてそんなことをしなければならない理由はどこにあったのかしら? それは意見ではない、やりすぎのアピールよ」
「い……言いがかりです! 私は本当に、ギーマ教の教えに、《永約聖書》に、牧師様に従って、試練を全うしようとしただけです。確かに、しっかりした意見を言葉にするのは難しかったかもしれません、でも私は……人狼なんかじゃありません!」
「でも結果は出たのよ。あなたが人間に仇為す人狼であると、そう精霊たちが告げたの。たとえ私の占いが何の根拠もない勘によって選ばれたものだったとしても、それが全てよ。違う?」
ユリアが、黙り込む。ややあって、うつむいたまま、声を絞り出した。
「……やっぱり、偽物なんじゃありませんか? マリアナさん。あなたは“聖導師マリウス”様の代理人なんかじゃない」
ああ、いつか言うと思った。
「まあ、あなたはそう言うしかないでしょうね」
「だっておかしいじゃないですか。あなたが、ヴィンフリートさんと同じようにギーマ教を真っ向から否定していたあなたが、“五英傑”の代理人? そんなわけないじゃない。最初からおかしいと思っていました。そしてこの結果。ギーマ教徒である私を人狼だと告げる。人狼を明確に敵視する私を、その点だけにおいて目立っていた私を、人狼だと言ってしまうことは、今後人狼にとって有利に働くんじゃないかしら? だってギーマ教徒も人狼たりえるかもしれないと村人たちに思わせることができるもの。そうやって混乱を生むことが、あなたの真の目的なんじゃないですか?」
「今になって饒舌に自分の意見を話すのね」
それをもう少し早くやっていれば、もしかしたらあと数日くらいは生き永らえたかもしれないのに。
「あなたの口車に乗って皆が私を処刑することは村のためになりませんから」
だんだんと落ち着きを取り戻したのか、毅然とそう告げるユリア。しかし彼女は大切なことを失念している。私はさらに抗弁を続けた。
「だったら、あなたはこの村には占い師がいないというの?」
「きっとまだ潜伏しているんです。まだ人狼を見つけていないから。序盤は人数も多い、そして重要人物も多い。潜伏していた方が人狼の標的になりづらくて安全かもしれませんからね。人狼を見つけたときに名乗り出るつもりなのかもしれません」
「それまでの間ずっと私に主導権を握らせようとしたというの? それは些か無理があるんじゃないかしら?」
「昨日までのあなたの占いに特に不審なところはありませんでしたから。村のために動いているうちは、あなたにスケープゴートになってもらった方がいいんじゃないですか?」
「その考えでいくと、今この瞬間、新しく占い師が名乗り出ていないとおかしいと思うけど?」
2人で言い争っていると、ふいに、
「お2方、少し落ち着いてください」
という、ベンヤミンからの制止の声が割って入ってきた。仕方なく、一旦黙ることにする。
「皆さん、状況を整理しましょう。まず、占い師を名乗る唯一の人物であるマリアナさんが、ユリアさんを占い、人狼であると宣言しました。ユリアさんはそれを受けて、マリアナさんが偽物であり、自分は潔白であるということ、そして本物の占い師がまだ潜伏しているはずだと告げています。ここで皆さんに聞きたいのは、今改めて、自分こそが本物の“聖導師マリウス”様の代理人だと名乗りを上げるものはいないか、ということです。皆さんどうですか?」
ベンヤミンの言葉に、反応を示す者はいない。当然よ。だって本物は私だもの。それに、人狼を言い当てているこの段階で、人狼が偽物の占い師を騙って出ることもまあ、まずない。だって、今日ユリアを処刑して、霊媒師によって彼女が人狼であることが証明されれば、その人狼は無意味に命を散らすことになるもの、
「……どうして……? あの人が本物なわけないのに……」
「母さん……」
ユリア、イェフの親子が力が抜けたような声を出す。
それ以外の反応のない会議場の雰囲気を受けて、ベンヤミンが新しく発言した。
「……これでは、マリアナさんを偽物であると断ずるほどの根拠とはなり得ませんね。それを受けて、私から提案があります。今日はユリアさんを処刑しましょう。」
「そんな……!」
「皆さん」
ユリアの悲鳴を、ベンヤミンは意に介さない姿勢のようだ。
「今この場には“聖女ゲルダ”様の代理人、霊媒師の方がいるはずです。ユリアさんを処刑し、明日ユリアさんが人間だったか、人狼だったか、霊媒師に教えてもらうことで、マリアナさんの信用度を測ることができます。そして今後このような論争を行う必要もなくなるということです。現状において、これが最も合理的な判断のはずです」
「なんだよ! 合理的って! そんな理由で母さんを殺すのか!!」
イェフが叫ぶ。……なんかこの子、どっかで見たような態度をとるわね。誰だったかしら。
「イェフ……」
「なんだよ!」
彼の名を呼んだドミニクにも噛みつく。
「…………」
「なんかあるなら言えよお!!」
二の句が継げないでいるドミニクに追撃。
……そうそう、カレンだ。ちょっとカレンみたいって思ったのよね。
噛みついてきたイェフには何も答えず、ドミニクは挙手をした。
「あの……」
「何でしょう?」
「その、おれみたいなガキが言うことだから間違ってるかもしれないけど……たとえばさ。もし、今占い師の人がもう1人出てきたとして、そしたらマリアナさんとその占い師と、どっちが本物かはわからないよな」
「そうですね。それが?」
「ってことはだよ。もし今日ユリアおばさんを処刑して、明日霊媒師が2人出てきたときは? そして2人が違う結果を言ったとしたら? どっちが本物かも、マリアナさんが本物か偽物かもわからないってことにならないか? そしたら、ユリアおばさんが処刑される意味、なんにもなくならないか?」
「ドミ兄……」
「ドミニク……」
親子がドミニクの発言に声を漏らす。その雰囲気を壊したのは、ちょっと意外にも、マイケだった。
「はぁい」
「どうぞ、マイケさん」
「ありがとお。ごめんねドミ君、そうはならないと思うな」
「どうして?」
「あのね。そういう状況になったら、それはそれで情報が増えて、人狼を見つける材料が増えるってことになるんだよねぇ。占い師や霊媒師が2人出てくるってことは、どっちかは確実に偽物ってこと。偽物が人狼なのか、カレンみたいな人狼に味方する人間かはわからないけど、そういう奴は絶対に嘘を吐いてる。それを見抜くことさえできれば、偽物を見つけやすくなるってことじゃん? それに。今占い師がマリアナしかいない状態で、そしてマリアナの信頼度がかなり高い状態で、もしも霊媒師が現れて、ユリアを人間だって言ったら、普通に考えたらその霊媒師が偽物かもしれないって印象の方が強い。そんな無茶な賭けに出るかなあ? ま、5匹も人狼がいるなら、1匹くらい捨て駒にするかもしれないけどさ。どっちにしたって捨て駒になるような人狼ならすぐ見抜けると思うなあ」
ぺらぺらと喋るそれは、確かに正論だ。私だって同じことを考える。さすが人狼会議経験者といったところだけど、彼女はやっぱりここぞというときの強い発言がちょっと目立つわね。
そして、その正論に、ドミニクはショックを受けたように座り込む。
「そんな……」
「やだ……やだよ……なんでそんなこと言うの……」
「イェフ君。これは遊びじゃないんだよ。君のお母さんだからって優先されるわけじゃない。アントンとティラの娘のベラだってもう死んでる。家族がいるから生きてないとなんて、言えないんだよ。それとも、『お母さんだから死んでほしくない』以外に、ユリアを殺さない理由があるの?」
「う……うぅ……」
「ま、マイケさん。さすがにちょっと厳しすぎるかと……」
涙声で唸るイェフを見かねてか、サマンサがマイケの制止に掛かるが、
「じゃあサマンサはユリアの処刑には反対?」
「そ、それは……」
マイケの言葉に、結局引き下がってしまった。
次に発言を始めたのは、ロナルドだ。もう寝台を作る作業はあらかた終わったらしい。
「な、なあ」
「どうぞ、ロナルドさん」
「ちなみになんだが、今霊媒師を名乗り出させるわけにはいかねえのか? ここで本物の霊媒師が確定すれば、守護者が守ることで確実にユリアが人狼かそうじゃねえか見極められると思うんだが……」
それを遮るように、今度はルイスが手を挙げる。
「いや駄目に決まってんだろ。バカか? それで守護をなくしてがら空きになったマリアナが死んだらその後どうするつもりなんだよ。マリアナが本物って証明したことが何の役にも立たない」
「暴言はおやめください。しかし、意見は尤もですね」
「うーん……そうか……」
「これは、もうどうしようもないな……」
「そんな……ユリアが、人狼かもしれないなんて……」
ルイスと、その意見を尤もとしたベンヤミンの発言に、ロナルドだけでなく、ヒューベルトやティラからも諦めの混じった声が漏れた。
「違う……私は……人狼なんかじゃ……」
うわ言のようにすら聞こえるユリアの言葉。次いで彼女はゆらりと立ち上がり、ゆっくりとオスヴァルトの方へ歩き出した。
「牧師様……牧師様は、わかってくださいますよね。私が、このマルガレーテ・ユリアが、人狼なんかじゃないって、わかってくださいますよね」
「母さん……?」
イェフの困惑の声は、母親には聞こえていないらしい。
思い返せば、今日はずっと発言しておらず、成り行きを見守っていたオスヴァルトが、しばしの沈黙の後、言葉に迷うように口を開いた。
「……ユリアさん。あなたは私の目から見ても、敬虔なギーマ教徒です。この村でもかなり模範的なギーマ神の使徒と言えるでしょう。だから私は初日の会議で、あなたは人狼ではないと、そう思いたいと、言いました」
「そう、そうですよね。だったら……」
「マルガレーテ・ユリア。ギーマ教の牧師として、私はあなたを信じたい。けれども……“聖導師マリウス”様の代理人たるマリアナさんのその正体を疑う、その明確な根拠がないのです。……もしあなたが人狼であるならば、あなたはすさまじい精神力の持ち主だと、そう感じます」
「そんな……嘘ですよね。あなたは私を疑うのですか……そんなこと、あるはずないですよね」
「疑いたくはありません。……だから、マルガレーテ・ユリア。もしあなたが人狼なら、そしてこれまでの信仰が全て嘘でないのなら、どうか正直に名乗り出てください。神の三律法を最後まで貫いてください。それでこそ、ギーマ神はその大いなる勇気に、異例の赦しを与えてくださるでしょう」
「…………」
洗礼名を含めた呼び名で呼ばれ、諭されたユリアは、力なくその場にへたり込んだ。イェフが慌てて母に駆け寄っていく。
その様子を横目に、ベンヤミンはもう一度、会議の進行をした。
「……皆さん。今日のところは、ユリアに投票していただけないでしょうか。もし異論があれば、今の内に述べてください」
沈黙の末、
「もう、異論らしきものは出尽くしたと、思うな……」
と、フレデリックが呟くように言った。
「……そうですね。マリアナさんも、これでよろしいですね」
「もちろん。願ったり叶ったりだわ」
ベンヤミンの問いかけにそう答えると、ヴィンフリートが、
「もし偽物だったら、ほぼ確実に明日バレるわけだけどねー」
と茶々を入れてきた。
「そんなこと、あるはずないもの。今後も、必ず人狼を見つけてみせるわ。守護者の人は必ず私を守って。村に最大の貢献をしてみせることを約束する」
「霊媒師や守護者が生きているといいですけど……」
レオンの不安そうな呟きに応えるように、オスヴァルトが手を挙げた。
「これまでそれらしき人は死んでいません。エドヴィン様はそういった能力を持っていれば生き残るために必ず名乗り出たでしょうし、ベラは聖なる子供であると述べています。そしてカレンは人狼の味方だった。“聖女ゲルダ”様“勇者ゴットハルト”様、どちらの代理人も生き残っていると考えて良いでしょう。あとは、“勇者ゴットハルト”様の代理人がマリアナさんを守護した上で、人狼が“聖女ゲルダ”様の代理人を引き当てないことを願うばかりです」
「……今日の進行はほとんど決定したといって良いですね」
ベンヤミンがそう告げた。会議を締めるつもりなのかしら、と思う間もなく、タイミングを見計らっていたらしい、イレーネが手を挙げた。
「ちょっといいかしら?」
「何でしょうか、イレーネさん」
「これって、わざわざ投票を行う意味があるのかしら?」
「というと?」
「だって、もうユリアを処刑することは決まっているのでしょう?」
そう言って、イレーネはユリア、イェフ親子を見る。もう既に席には戻っているようだが、2人とも固く手をつないだまま、俯いて何も言わない。
そこから視線を外したイレーネが、言葉を続ける。
「だったら、もう投票なんかせずに、さっさと処刑に移りましょうよ」
「……いいえ。投票は行います」
「なぜ?」
ベンヤミンの言葉に、イレーネは眉を顰めた。
「今日の議論は、議題も、話す人も限定されています。滞りなく進んだといえばそうですが、新しい情報がほとんどありません。少しでも、意思表示の機会を減らすわけにはいきません。それに、まだあがきたい人がいないわけではないでしょう。裏切りもまた情報の1つ。ユリアさんに投票することは強制ではありません」
ベンヤミンは、ユリアやイェフたちの方向をちらりと見た。イェフ、ドミニク、そしてユリア。誰も発言をするどころか、誰とも目を合わせようとしない。
「……そう。まあ好きにすれば? 意味はないと思うけど」
イレーネは諦めたらしい。少し不満げにしながらも、大人しく席についた。
ベンヤミンは気にした様子もなく、先を続ける。
「まだ日没まである程度時間があります。明日以降の話、今日言い残したことなど、自由に発言する時間が残っています。今日の投票を行う前に、議論を先に進めてしまいましょう。……情報を整理します。今現在わかっていることは、マリアナさんによって、ユリアさんが人狼であると宣言されたこと。人狼は少なくとも5匹いるということ。霊媒師と守護者は名乗り出ていないが、まだ生存している可能性が高いということ。これらを踏まえて、何か発言がある人は?」
沈黙が続く。
このままじゃあ、無為に時間を浪費して投票時間がやってきてしまう。占い師の私としては、その状況はちょっと避けたい。……仕方ないわね。私は手を挙げた。
「マリアナさん」
「ありがとう。占い師として発言させてもらうわ。今日ユリアを処刑するとして、明日に向けての情報が、今日まであまり増えなかったように思うの。確実に疑わしい人を占うために、もっと情報がほしいわ。だから、もし今時間があるのなら、初日の最初と同じように、皆に今考えていることを1人1人話してほしい。できれば、今日ではなく、明日以降につながる議論を展開させてくれると嬉しいけど……どうかしら?」
「許可します。それでは、前回と同じように、私から順に左回りで、今考えていることを述べていきましょう。皆さん、いいですね」
沈黙は続いている。とはいえ、アントンやリサ、マイケ、オスヴァルトなど、何人かは静かにうなずいた。
「では……」
そう前置きして、ベンヤミンは改めて発言を始めた。
「ベンヤミンです。確認ですが、私は昨日、マリアナさんによって潔白と宣言されています。“賢者シュテファン”様の代理人を名乗っていることを加え、襲撃されることはあれど処刑される謂れはないでしょう。また、せっかくの機会ですので、この場を借りて言っておきます。私はこの手帳に、これまでの皆さんの発言、投票の結果、確定した情報など、議事録を記録しています。もし私が襲撃されたら、オスヴァルトさんか霊媒師の方、“五英傑”の代理人にこの記録を譲渡します。どうか役に立ててください。そしてこれを見る限り……極端に発言が少なく、一度も建設的な意見が見られないのは、エルザさん、エラさん、ティラさん、ターニャさん、イェフさん、パミーナさんと言えるでしょう。そしてよく発言し、多くの意見を言っているのは、やはりオスヴァルトさんとマリアナさんです。またサマンサさんやロナルドさん、ヒューベルトさん、アントンさん、マイケさん、ヴィンフリートさんは随所で自分の意見をよく言います。ノーマンさんは会議自体に関する意義を何度か唱えました。他の人たちは、少ないにしろ、意見を全くいわないわけではない、という印象を受けます。ギルベルトさんは、村にとって有益な情報をくれましたが、明日の生存は期待できません。人狼やその味方ということはありませんが、申し訳ありません、これ以上の活躍は望めないでしょう。今のところ、極端に寡黙な人や、今名前を挙げなかったあまり目立たない位置に人狼がいる方が、確率が高いのではないかと考えられます。以上です」
「オスヴァルトです。ベンヤミンさん、発言のまとめをありがとうございます。皆さんもこれを基に発言を増やしたり、推理の材料となさってください。ユリアさんが人狼である可能性が高い今、ギーマ教徒であることと人狼でないことにはあまり相関性が見られないことがわかりました。残念なことではありますが、今後は色眼鏡を着けるのはやめることとします。となると、私にもより論理的な推理と思考が必要になるということですが……これまでに気になる発言をしたのは、……そうですね、まだ疑うには早いヴィンフリートさんを除けば、やはりルイスさんでしょうね。言っていることは確かに間違ってはいない。しかし、矛盾している。2日目の朝、ルイスさんは初日まで一言喋っていなかったのにも拘らず、『喋らない人』を問題視していました。これは全員が感じた違和感でしょう。あまりにもわかりやすいのが気になりますが、少なくとも純粋な村の味方がこんなことをするでしょうか? ……私からは以上です。サマンサ、どうぞ」
「は、はい。大したことが言えてなくて申し訳ないです。初日に『ギーマ教の信者かどうかは大事だけど、それが全てではない』と言った通りになっていることに自分でもびっくりしています。覚えているかはわかりませんけど……。で、えっと、疑わしい人ですけど、私、正直ちょっとマイケさんが気になってます。マイケさんが本当に人狼会議経験者だったとして、本当に彼女が人狼でないかどうかはわかりませんし、どうにも大事なところで流れを作ってるように見えて……昨日、私が投票記名制を提案したときも、結局マイケさんが提案した票数のみの公表が採用されましたし、今日もユリアさんをかばったドミニク君を、結構強引に論破していたように見えて……もし敵だったら、怖いな、と思います。以上です」
「……エルザで、ごほっ! げほげほっ!」
「エルザ!?」
今日初めての発言をしようとしたエルザが盛大にせき込んだ。焦ったように腰を浮かせるリサを止め、先を続ける。
「平気……ほっといて。昨日、あんなこと言ってたカレンが処刑されて良かった。クララを殺した人狼の味方をするなんて信じられない。もし本当にユリアが人狼ってわかったら……処刑された後の死体をめちゃくちゃにしてやる。万が一にも神に赦されて楽園へ行くことのないように。あと……ヴィンフリートとルイスは、全然人狼のこと怒ってなさそう。ギーマ教も馬鹿にしてるし、私はあなたたちを信用しない。マリアナは……本物か偽物かはわからない。あんまり信じたくない、けど、ユリアが人狼なら信じざるを得ない、かな。でも私、どうせもう死ぬから、真面目に喋ったって意味ないでしょ?」
「……死ぬなんて縁起でもないことを言うんじゃないよ。どういうつもりで言ったかはわからないけれど。……そうだね。これはほとんど直観に近いものだけれど、私はイレーネがあまり信用できないかね。投票をわざわざやらないことを提案するメリットってどこにあるんだい? 言いたいことはわかったけど、決まりなんだし、情報が少しでも手に入るなら、たとえ結果が決まっていても、やればいいじゃないか。それとも……情報をできるだけ出したくない理由でもあるのかね。なんて。あとは、そうだね。ターニャは結局、カレンをかばったくらいで大して村に貢献するような発言はしていないけど、このままじゃ本当に人狼に味方するカレンの味方をしただけの怪しい人物にしか見えないよ。このくらいかね」
「おお、俺か。うーむ……そうだ。なんかずっと引っかかってたんだが、あれだ。ギルが言った人狼の情報。5匹の内、飛びかかってきた奴が3匹、遠巻きに見ていた奴が2匹。これって、本人の性格や身体能力が多少関係してるとしたら、例えばの話だぜ、ユリアがもし人狼だとしたら、女性で非力だし大人しい性格だから、もしかしたら遠巻きに見てた方の人狼かもしれねえなって思ったぜ。それでいったら、似たように大人しい奴があと1人、結構気が強かったり力があったりする奴が残り3人、人狼なのかもしれねえなって、まあそんな参考にもなんねえか? あとは、ヴィンフリートとルイスが結構目立ってキツイ物言いしてるのはやっぱ気になるよなあ。どうも味方とは思えねえんだよ。ただの勘なんだけどさ。俺学がねえから、まともなこと言えなくて悪いな」
「……ギルベルトさん、まだ話せそうですか?」
順当に言えば、順番はギルベルトだけど、今は彼は椅子に座らず、輪から外れた場所で寝台に寝かされている。けれども、ギルベルトはベンヤミンの声かけに対してしっかりと返事をした。
「あ、ああ。悪いな。気を遣わせちまって。よっ……うぐ」
傷が痛むのか、呻いたギルベルトに、すかさずリサの声が飛んだ。
「起き上がるんじゃないよ。傷に響く」
「いいさ……どうせ、俺の仕事もあと少し、だ。……ロナルドが言ったことは俺も少し思った。少なくとも、とは言ったけど、全然攻撃に参加しねえ人狼もいたし、実は5匹で全員なんじゃねえかと思ってる。あとは……そうだな。難しいな。人狼であることがどれくらい、そいつの性格とか、出身とかに関わってるか、判断材料が不確か、ってことがよ。ヴィンフリートは、別に、普段からずっとこういう奴だったし、あのユリアが、人狼なんての、も、にわかには信じ、られねえよ。牧師様も言って、たけどよ、変な偏見、で人を見るのは、勘違いのもと、だぜ。気を付けろよ。……悪ぃ、こんなもんで、いいか? さすがに、疲れちまった」
「無理するな。ギル。ゆっくり休め。……ヒューベルトだ。会議の外の話をするが、少し気になることがある。初日に言ったと思うが、ずっと一緒にいる人たちや、今まではそうでもなかったのに最近よく話す人たちは怪しいと言えると思うんだが、これまで見てきて、フレデリックは今までに比べてよく話す相手が増えたんじゃないか? エマヌエルとか、ノーマンとかハリーとか。何を話しているのかまでは聞いてないが、気になる。俺たち農夫は今までそれほど便利屋を頻繁に利用してないし、するとしてもこいつらはそんなに注文役をしてない。単なる便利屋と客の会話ではないと思うんだが。フレデリックは比較的ユリアとも仲が良かったし、もしかして……な。以上だ」
「レオンです。……全然話せていなかった自覚があるので、寡黙な人というところで名前が挙がらなかったことを意外に思います。ベンヤミンさんの議事録に、自分がどのように記録されていたのか気になりますね。推理の材料になると思うので、会議時間外でも良いので開示してくれないでしょうか。検討してみてほしいです。……それから、怪しい人、ですけど。正直、すみません、よくわからないんです。ギルベルトさんの言う通り、皆の性格や置かれた状況を鑑みれば、誰もおかしなことを言っているようには見えなくて。マリアナさんは精霊の話をいつもしていたので、占いの力を持っていても不思議ではありませんし、マイケさんが旅芸人の一団にいたことも事実で、そこから単身この村にやって来たのも事実。本当に人狼会議を経験していて、だから有益な意見をたくさん出せるだけかもしれない。イレーネ、イレーネは強い人ですし、無駄なことを嫌います。出来レースのような投票はする意味がないと思ったのかもしれません。……その、かばうことばかり言ってすみませんが……このあたりにしておきます」
「アントンだ。レオン、今この状況でそんなことしか言わないのはどうかと思うぞ。……そうだな。人狼を探す観点として、噛まれた人間について考えるのも悪い考えではないと思う。これまで人狼に襲撃されたのは、クララ、娘のベラ、そしてギルベルトだ。クララが初めの犠牲者として選ばれた理由は、勘でしかないが、あまりに素直で善良だから疑われないと、《人狼会議》が行われることを見越した上で脅威に思って真っ先に殺したのかもしれない。そしてベラは、エラと同様聖なる双子。絶対に人狼はあり得ないので、同じように襲撃したと考えるのが自然だ。そしてギルベルト。本人は自分は守護者ではないと言ったが、人狼はそうは思わなかったのかもしれない。ギルベルトは村一番の力持ちだ。守護者ではないかと疑うのも必至だからな。……こう考えると、非常に合理的な判断で襲撃する人間を選んでいると思わないか。だとすると、少なくとも1人は、よく考えられる明晰な頭脳を持っているだろう。潔白のベンヤミンはないとしても、ヒューベルトやヴィンフリート、マイケあたりは気になるところだ。どうだろうか。……以上だ。さあ、エラ」
「エラです。私も、お父さんと同じ考えです。ベラが殺されたのは当然、むしろ昨日私が殺されなかったことを不思議に思った。……攻撃的な人、協力的じゃない人は怪しい。それは聖書の観点からも、合理的判断からも言えること。変な偏見は勘違いのもとって言うけれど、私はヴィンフリートは人狼じゃないかと思ってる。だって、とっても人狼らしいから。元々。彼が人狼じゃなくて誰が人狼なの? ギーマ教が嫌いで、頭が良くて、皆を馬鹿にしてる。私、マリアナさんには彼を占ってほしいと思う。次、お母さん。……大丈夫? ……お母さん、ごめんね」
「……うん。エラ、よく考えて偉いわね。……私、ごめんなさい、ずっと、ベラを亡くしてからずっと、気が動転しているみたいなの。だから今から言うことが見当違いだったら教えてほしい。もしも、もしもよ。ユリアが人狼だったとしたら、その息子のイェフ君は人間であることがあり得るのかしら。ギルベルトは、人狼の中に子供らしい体型の個体がいたとは言わなかった。もしかしたら留守番していたのかもしれない、だとすると人狼は6匹いることになるわ。ごめんなさい、子どもを疑うなんてどうかしてるかもしれないけれど。私、もう……ごめんなさい、終わりにするわね」
「イレーネよ。ティラは何も間違ってないと思うわ。もしユリアが人狼なら、その息子も間違いなく人狼でしょうね。人狼の子は人狼、至極自然なことだわ。あとアントン。その理論を思いつく頭を持っているなら、それはもしかしたらあなた自身が人狼であることの証明にはならないかしら? まるで本当にそう考えて噛んできたかのような理由説明だったわね。……自分がやったならそんなこと言わないはずだ、みたいな逆張り理論はなしよ。だってそれも作戦かもしれないもの。それからリサ。あなたは私を怪しんだみたいだけれど、今までもそう、投票なんてする意味あるの? どう考えても議論の間に選ばれる人は決まり切っていたわ。そんな空気の中で人狼がわざわざ違う人に投票するはずがないじゃない。そんな何の情報にもならない投票、するだけ時間の無駄だと思って何がおかしいの? 大体、あなたは大した意見も言わないで、皆がわかりきってることの復唱ばかりじゃない。しかもギルベルトの看病を言い訳に真っ先に会議の離脱を申し出たわね。ちょっと怪しいんじゃない? さ、フレデリック。あなたも多少疑われてるみたいだし、何か言ってやったら?」
「え、あ、うん……。僕はまだ色々怖いなあ。それこそ、人狼が何の抵抗もなしに、空気に乗って投票してるってことは、今までの僕たちの推理や会議って、もしかしてずっと見当違いの方向に進んでるんじゃないかって……。人狼に良いように操られてるのかも。そう考えると、確かによく話す人、頭の良い人が怖いよね。でもそれってどうやってその人の嘘を見抜けばいいんだろう……。あとは、えっと、反論だっけ。うーん、僕自身はそんなに変わったつもりなかったんだけど……。今まではよく街を離れていただけで、僕エマヌエルとは結構仲いいつもりでいたから、大変なことになったねって話してただけだし、ノーマンとハリーは、やっぱり席も近いし、頭も良いから、考えてることを話し合ったりして、少しでも推理が進められれば、って思ったんだけどなあ。皆優しいから、人狼とはどうしても思えなくてね……終わり!」
「はい。なんでかちょっと褒められちゃったな。僕はそんなに頭が良いつもりはないんだけど、まあありがとう、フレデリック。でも、僕もそんなに会議中喋れてた自覚がないから、レオンさんと同じく名前が挙げられなかったことにびっくりしてますね。あと、正直結構気になってるのがパミーナです。発言してないわけじゃないけど、わかりやすく、会議に関係ないことを喋ってる印象があって、それでもマリアナさんのお弟子さんだからか、なんとなく皆信じちゃってるというか、印象に残ってないというか、そういう感じがするんですよね。そういう、なんとなく好印象を持ってる人って他にもいると思うんですよ。例えば普段頼られてるヒューベルトさんやアントンさんとか、薬屋のリサさんとか、あとは子どもたち、ドミニク君とかね。ドミニク君が喋ったのなんて、ユリアさんを守るため、ただその一回だけ。しかも、案外的を射ていた。もしかして、本当は色々考えられるのに、傍観してるだけ、なんてこともあり得るかもしれないですよね。僕からは、とりあえず以上です」
「次オレな。結局この会議続いてるし、なんか全然人狼殺せてる気配ねーし。霊媒師が名乗り出ないってことはそういうことだろ? 本当にこれでよかったのかね。オレは正直今でも思ってるよ。大体、ギーマ教徒が人狼じゃないってことと何の関係もないんだったら、牧師様だって疑って然るべきだよな? もしマリアナがユリアを占わなかったら、ずっとギーマ教徒だからって信じられ続けてたかもしれないんだ。それってすっげえ怖くね? 牧師様は《人狼会議》を始めるって言い出した奴らの1人だし、ベンヤミンの次くらいに会議を動かしてる。俺は正直、全然信用してねーかな。牧師様のこと。じゃ、オレ終わりで」
「マイケだよぉ。なんか、結構雰囲気悪くなってきたね。疑い合うってそういうことだけどさ、なんか旅芸人時代を思い出して毛が逆立っちゃうなぁ。ま、そんな経験あるからさ、人狼会議するときに皆がどんな気持ちになるかわかってるし、ある程度考え方も知ってる訳なんだよぉ。だからまぁ、頭良さそうに見えちゃったりとか、会議動かしてる風に見えちゃってもしょうがないかな? とは思ってるよぉ。でもホント、私は人狼なんかじゃないし、皆のためを思って発言してる。それでいったらイレーネはなんかさぁ、自分に攻撃した人に対して過剰反応しすぎ? って感じするなぁ。そういう反論の仕方してた人狼、いたなぁ、なんて思ったり。んじゃ、次いいよぉ」
「エマヌエルです。こうやって皆の話を聞いてると、ほとんどの人がしっかり考えてるから、会議に積極的に入っていけないからって理由だけで疑うのはちょっと違う気がするね。性格の問題もあるから。これからも毎日こういう風に、皆の意見を聞いてく時間を作ってもいいかもしれないね。……僕は未だに、この中に人狼がいるなんて信じられないなあ。皆いい人だし、僕は皆大好きなんだけど……ユリアだって、嘘みたいじゃない。ユリアみたいに優しくて穏やかで、素敵な心を持った人が、人狼だなんて、信じられないよ。でもそうするとマリアナさんのことを疑わないといけなくなっちゃうし……マリアナさんだって嘘を吐くような人じゃないと思うんだ。やー、困っちゃうなあ。ヴィンフリートやルイスも、素直じゃないだけで、悪い子ではないと思うんだけどなあ……。ごめん、全然役に立たないね、これじゃあ。もう次に回しちゃうね。あ、そうそう僕はターニャもカレンちゃん思いのいい人だと思ってるよ」
「……お褒めにあずかりどうも。皆、昨日はカレン共々、取り乱して悪かったね。今日はちょっと反省してたよ。油断すると余計なことを言ってしまいそうだったから、あまり何も言わなかったけど……そうだね。いつまでも落ち込んではいられないな。カレンのことも、今となっては処刑しておいて正解だったと思う。村のためにも、カレン自身のためにもね。それから、エマヌエル。褒められておいてなんだけど、誰も疑ったりしないような人は、この状況下ではむしろ怪しいよね。アントンに同意する。つまりレオンとか、エマヌエルとか。フレデリックもそうだね。誰も疑わないということは、嫌われることを恐れているようにも見える。敵を作らないように見せかけることで、誰にも敵意を向けられないように。私からはこれで。さあ、どうやら次の言葉が遺言になりそうだよ、ユリア」
「……言われずともわかっています。もう私は処刑されてしまうのでしょうね。誰も私のことは信じてくれなかったことにショックを受けます。皆普段はマリアナのことを煙たがっていたくせに、こんなときはほぼ無条件に信じるんですね。一体信じるって何なのでしょうか。……私は、私は、人狼なんかじゃありません。それが証明された暁には、どうか、どうかイェフのことだけは守ってやってください。父親も母親も先に亡くして、こんな年で……ごめんね、守ってあげられなくて、ごめんね……」
「…………」
イェフはずいぶん長いこと黙ったままだ。
見かねたドミニクが声をかける。
「イェフ? どうした?」
「……母さんのことを信じてくれない奴らにいうことなんかない」
そっけない答え。ドミニクは困ったようにベンヤミンを見る。ベンヤミンが頷いたのを見て、頷き返し、口を開いた。イェフの順番は飛ばすことにしたらしい。
「……ごめんな、イェフ。おばさんのこと、守れなかった。おれ、騎士なれないな。将来なってみたかったんだけどなあ……。おれ、マイケが怖い。あんな風に言わなくていいじゃんか。母ちゃん殺されそうになってるイェフの気持ち考えたことあんのかよ。怖いよ。お前母ちゃんいなかったのかよ。おれだって、あんまり母ちゃんのこと覚えてないけど、でもユリアおばさんが母ちゃんの代わりになってくれて、だからおれだって、こんなの嫌だ。おれ絶対ユリアおばさんに票入れないから。な、イェフ、一緒にマイケに入れてやろうぜ。ユリアおばさんに入れられるわけないもんな。ユリアおばさんをあんなはっきり殺そうとしたマイケ、許せないもんな」
すると、イェフはこくりとうなずき、マイケを睨みつけた。
睨まれたマイケは、そっとため息を吐いた。
「……ま、好きにしていいよ。結果は決まってるし、どうせ人狼がそれに便乗したってユリア票には勝てないし」
相変わらず冷酷なまでの発言。ベンヤミンが先を促した。
「……ヴィンフリートさん。発言を」
「子どもは面倒だね。感情で動くから。その点エラはやけに達観しててかわいくないけど。聖なる双子だから? それともアントンさんの娘だから? ま、どうせ潔白だし、思考停止よりましだからいいけど。思考停止って言えば、やっぱり僕は一定のヘイト集めるんだね。ま、そういう振る舞いしてる自覚はあるし別にいいや。それが分かってる人も一定数いるしね。大体、性格が人狼らしいから人狼って何? エルザ。思考停止にも程がない? 言ってることは正しいけどなんか怪しいってのも、何なのって感じ。もっとまともな根拠出しなよ。例えば……ノーマンは人狼会議に勝つことを発言の根拠としてないよね。いつまで経ってもずーっと、もう決まってることにグチグチグチグチ。女々しいったらないよ。そのくせ、エドヴィン様は会議の言い出しっぺだからってボロクソに叩いて、その後は大した発言もしない。やる気あるの? それ、決して村のためにはなってないからね。いい人に見せかけで足引っ張るだけ。全然印象持たれてないけど、別に信頼されてるわけじゃないから、勘違いするなよ。はい次どーぞ、怪しい筆頭のルイス君」
「はあ。大体序盤の何の情報もないときに不確かなこと言って議論をぐちゃぐちゃにしてどうすんだって話。能力者が全員出そろうとか、霊媒者が2人出て人外が露出したことが確定してから、そいつらに話聞いて推理すればいいってだけでしょ。でも大して考える力がない奴は別。そんな奴ら黙って会議見てたって何の役にも立たないんだからせめて情報落とせよって話。わかる? 本当、しょうもない村。はい次」
「ここの2人怖いんですけど……お師匠席代わってくれません? あーでもそっちはそっちでベンヤミンさんかあ……なんでここに座っちゃったんだろ……。やっぱ何喋っていいかわかんなくなっちゃいますよこの順番。えーっと、えっと……そうだ! 私、レオンさんって、結構アントンさんみたいに、色々推理して、皆を疑っていって、人狼を積極的に探すタイプって勝手に思ってたんですけど、今までの会議を通してみるとそうでもないなーって思って、例えば“五英傑”の代理人の扱いについての話をしたりとか、『誰が怪しいかわからない』ってはっきり言っちゃったりとか、誰が人狼か考えることを避けてるみたいに見えるのが、ちょっと気になるかなーって。あとはフレデリックさんとかも、初日からずっと怖い怖いって、誰かを疑うことを避けてるみたいに見えて、それこそ怖いなって、思います! どうですかお師匠!」
「今私にそんなこと聞かないでよ。あなたがそう思ったのならそれが全てよ。皆、私の提案に乗って色々話してくれてありがとう。これでだいぶ、現段階で見える情報は見えてきたわ。……でも、私が誰が怪しいと思うか、どこが怪しいか、誰を占うかについて言及することは避けるわ。私の考え方を人狼に逆手に取られたら困るもの。でも、次も必ず人狼を見つけ出すと約束するわ。だから、繰り返すけど、守護者の人は、必ず私を守って。それが最も村のためになることだから。頼んだわよ。以上」
私がそう発言を締めくくると、しばらく皆の発言を記録していたらしいベンヤミンが、改めて顔を上げた。今の発言を全部余すことなく記録したんだとしたら、相当筆が速いわね。
「……では、もう時間になります。今日の投票を始めましょう」
そう言って、ベンヤミンはまた紙とペンを村人たちに配った。皆、黙ったまま投票を行った。ティラなんかは、意図的にユリアの方を見ないようにしているように見えた。……わかりやすいこと。
「――それでは、結果を発表します」
開票作業を終えて、ベンヤミンが朗々とした声を上げる。
「マイケさんに3票、ユリアさんに23票。結果、本日処刑されるのは、ユリアさんに決定いたしました」
「へえ。人狼は皆ユリアに入れたってことかなぁ。だとするとユリアは人狼じゃない? いや、どうせ切り捨てられたんだろうねぇ……」
マイケがユリアをじっと見ながら呟くのが聞こえた。
ベンヤミンはその発言は無視して、事務的な締めくくりを行った。
「それでは、本日の人狼会議を終了します。皆さん、解散してください。……オスヴァルトさん、ユリアさん。こちらへ」
「はい」
ベンヤミンとオスヴァルトが立ち上がる。それを合図に、他の村人たちもぱらぱらと立ち上がり、開場を後にしていく。私もパミーナに目で合図をして立ち上がった。
ベンヤミンとオスヴァルトの2人が、座ったままのユリアに歩み寄っていくと、ぱっと立ち上がったイェフが、ユリアにしがみついた。
「嫌だ!! 母さん! 行っちゃやだ!!!」
「イェフ……ごめんね……ごめんね……」
うわ言のような弱々しいユリアの声。イェフは振り返って、ベンヤミンたちの前に立ちふさがった。
「母さんは殺させない! 母さんを連れて行くな! 連れてくなら、僕も連れてけ! 僕も死ぬ! 僕も母さんと一緒に死ぬ!」
「……あなたが、もし人狼なのであれば、それでも構いませんが……」
困ったようにそう告げるオスヴァルト。その言葉を、ユリアが遮った。
「駄目!!」
ユリアがそう言って、イェフを抱きしめた。
「絶対に、駄目。イェフは来ちゃ駄目。生きて。あなたは生きて。絶対に、強く、生きて。ドミニク、お願い、どうかこの子を守ってあげて。あなたは騎士になれなくなんかない。私のことも、守ろうとしてくれて、本当にありがとう……」
「おばさん……」
声をかけられたドミニクの瞳に、大粒の涙が溢れた。
「おれ、おれも嫌だ。おばさん、ごめん、守れなくて、ごめ、んなさ、ぐすっ」
「嫌だ! やだ! 母さん! やだあああああああああああああああ……!!」
子どもたちが泣き出す。2人の子どもにしがみつかれたユリアが、哀れっぽくオスヴァルトを見上げた。
「……牧師様……」
しかし、本来救いを与えるはずの聖職者からの言葉は救いようのないものだった。
「……ユリアさん。行きましょう。これもまた神の意志です」
「……今までの私なら、その言葉に素直にうなずいていましたが……もう、私にはわからなくなってしまいました……だってこれは、明らかに、神ではなく……この村の総意、ですから……」
そう言いながらも、ユリアはベンヤミンたちの手助けを受け、子どもたちを引き離し、立ち上がった。
「母さん! 母さん! 行っちゃヤダ! いかないで!!」
なおも母親の下へ行こうとするイェフを、仕方ないので私が阻む。嫌な役回りね、全く。めちゃくちゃに殴られるし。ちょっとローブをそんなに引っ張らないでよ。破れちゃうじゃない。パミーナはおろおろしているし。
その様子を見て、ユリアは悲しそうに顔を歪めた。
「イェフ……本当にごめんね。世界で一番あなたのことを、愛しているわ。どうか生きて、最後まで、生き残って。母さんとの約束」
「母さんが死んじゃうのにそんな約束しない!」
「……ごめんね。さよなら」
「母さん! ああああああああああああ……!!!」
鼓膜が破れそう、というより、その前に本人の喉が潰れてしまいそうな、叫び声。
私はベンヤミンとうなずき合い、彼らがユリアを連れて処刑場まで行くまでの間、ずっとパミーナと2人がかりで、イェフとドミニクを押しとどめる役を担った。