【会議3日目、朝――比較的、平和な朝?】
「――ぅ、……」
何か、耳元でかすかな声が聞こえる。ふわりと肩のあたりに圧力がかかる。ぽん、ぽん、と2回。その柔らかい刺激に、私の意識はゆっくりと浮上した。
目を開けると、パミーナがベッドの横にちょこんと座って、私の方をどこか心配そうに見ていた。
「……おはよう」
「お、お師匠。大丈夫ですか?」
「何よ、随分珍しい起こし方するじゃない。いつもの大胆さはどこに行ったのよ」
「いや、だってお師匠、夜中まで儀式してたから、疲れてるかなーって……起こさない方が良いのかなって、これでも考えたんですよぉ?」
パミーナが殊勝なことを言う。私は思わず少し笑ってしまった。
「いつものことじゃない。平気よ。――って、そんなことより、私が部屋に戻って来るまで起きてたの?」
「ち、違いますよお。気配で一回起きちゃったんです。すぐ寝ましたって」
「本当に?」
「本当です! ……人狼が来なくて良かったです。お師匠、危ないことしてるので……カレンちゃんがあんなこと言って、改めて、お師匠って人狼にとってかなり邪魔なんだなって思うと……」
どうやら本当に不安らしい。パミーナはシーツをぎゅっと握ってうつむいた。
まあ、今更ではある。それを承知で私は“五英傑”の代理人なんて名乗り出たのだ。それもこれも、私たちの地位や評価を正当なものとするため。そして何より、村に最大限の貢献をして、私と、この愛弟子の命を守るために。
「……大丈夫よ。私のことは守護者が守ってくれているはず。……パミーナ。あなたはもう少し喋りなさい。議論についていくのがやっとかもしれないけど、思ってることはもっと積極的に話しなさい。寡黙な人間は人狼の襲撃には遭いにくい傾向があるけど、逆に処刑されるリスクが上がるわ」
「は、はい……」
「私が生きている間は、あなたを処刑なんてさせはしないけど、あなたの言う通り私はいつ死ぬかわからない。だから守られなくても生き延びられるくらいにはなりなさい」
「お師匠ぉ~……」
「何泣きそうになってんのよ。どういう感情なのよ」
目に涙が浮かび、口元が歪むパミーナの頭をポンっと叩きつつ、本格的に起床の準備をする。
「何で死ぬとか簡単に言えるんですかぁ~……」
「まあ死んで自然に還元されるならそれはそれでいいわ。あらでも人狼に喰われたら微妙ね」
「平然と言わないでくださいよ~! お師匠のばか~!」
「ちょっ何なに痛いわよ」
ぽかぽかと殴られた。解せないわね。
実際、死ぬことはそれほど怖くはないのだ。だって、死んだら自然に還るのだ。大いなる自然の、あるときは水に、あるときは木の葉に、あるときは風の中の塵に。そしてあるとき集まった気が、少し大きな命に、つまり花や虫や動物になるのだ。もちろん、人間にも。そうして自然を巡る。だから恐ろしくも寂しくもない。
……とはいえ、パミーナはまだその境地には達していない。パミーナはまだ死を恐れるだろう。だから、彼女を守らなくては。それに、人間である間は、ちゃんとこの生を全うしなくてはね。
「まったくもう! お師匠なんて嫌いです! 朝ごはんできてますから! 今日の茹で卵最高の出来ですから!」
「ええ……何それ……」
ひとしきりぽかぽかしたかと思ったら、ぷんすか憤慨しながら立ち上がり、パミーナは部屋を足音高く出ていく。置いて行かれた私は、仕方ないので大人しく身支度をする。「嫌い」なのに私の好物の出来が良いことを言い残していくのね……。
さて、なかなかの出来らしい朝ごはんを食べたら、早速出かけないと。朝から気が抜けるようなやり取りをしたけど、外はきっと穏やかなんかじゃないんでしょうから。
「おかしいわね」
「おかしいですね……」
誰の嘆き声も聞こえない。誰も遺体の乗った担架を運んでいない。
……まさか、昨夜は誰も襲撃されなかったってこと?
「誰か、事情を知ってそうな人いないですかね……」
パミーナが辺りを見回す。もう機嫌は直っているらしい。まあ、それどころじゃないものね。
と、そこへフレデリックが通りがかる。
「あれ? マリアナさんとパミーナさん。どうかしました?」
「どうもこうもないわよ。フレデリック、あなた何か知らない? 昨夜は誰も犠牲になっていないのかしら」
「うーん、僕は何も聞いてないですね……あっ、そういえば」
「な、何かあったんですか?」
パミーナが身を乗り出すようにして聞くと、フレデリックは慌てたように手を振った。
「あ、いや、誰が襲撃されたみたいな話じゃないんですけど。さっきリサさんが声をかけてきたんです。『どこか怪我とかしてないかい?』って……どうしたのか聞いたんですけど、なんかはぐらかされて……」
「……怪しいわね」
「怪しいですねえ……」
「うーん。人狼だったらそんな露骨なこと聞かないと思いますけど……でも、気になりはしますよね。僕だからダメだったけど、もしかしたら占い師のマリアナさんなら何か答えてくれるかもですね」
「どこに行ったかはわかる?」
「いや……皆に聞いて回ってるみたいだから、他の人も話しかけられなかったか聞いてみるのもいいかもしれないです」
「そう、ありがとう」
「それにしても、どうしようかなあ……街に仕入れにも行けないし、僕は昼の間どうしてよう……やっぱり、農夫の皆の手伝いでもしようかな……あ、じゃあ僕はこれで」
フレデリックはいそいそとそのまま、畑の方へと向かっていった。
「これは、リサさんを見つけないとですね! お師匠!」
「そうね。とりあえず酒屋の方に行ってみましょうか」
傍らで意気込むパミーナを連れ、私はなんとなく広場に向かっていた足を別の方へ進めることにした。
酒屋の扉を開けると、意外な人物がいた。
「……あれ? 珍しいな」
テーブル席に一人で座っていたギルベルトが振り返る。
「え? ギルベルトさん。どうしてここに?」
「ああ、いや……お前たちこそ、珍しいな。怪我でもしたのか」
「いいえ。あなたこそ『怪我』したの? リサも皆に『怪我』の有無を聞きまわってるそうね」
「あー……いや、そのあたりの話は会議で改めて、皆にしようと思ってるんだがな」
「ここでは話してくれないわけね」
はぐらかすように目を逸らすギルベルトをじっと見ると、ギルベルトは逆に真っ直ぐ私を見た。
「じゃあ、昨夜誰を占ったのか、その結果を俺に先に教えてくれるかい?」
「……なるほど。それくらい重要なことってことね」
「ああ。そういうこった。それから、リサは別に怪しくないぜ。ただ、村を出られない、病院に行けない以上、薬屋としての役目を果たしてるだけだ」
「…………」
「あれ、だってここに来たってことはリサに会いにきたんだろ? お前ら酒も飲まねえし、薬も勝手に薬草とか採って来てるんだろ」
「……ええ、まあ、そうね」
「お師匠、お師匠」
ギルベルトと会話していると、隣でパミーナがちょいちょいと私のローブの袖を引っ張りながら、小声で私を呼んだ。
「何よ」
「この2人、何を隠してるんでしょうね?」
そんなことを尋ねてくる。
「さあね。会議の時に聞いてみるしかなさそうね」
と返し、私は改めてギルベルトに向き直った。
「まあ、とりあえずわかったわ。大人しく会議まで待つことにする。じゃ、もうここに用はないわ。また会議で」
「ああ、またな」
「行くわよ、パミーナ」
「はい、お師匠」
酒屋を出ると、早速パミーナが声を上げる。
「それじゃあ次はどこに行きましょうか。このままじゃ全然情報が集まりませんね」
「そうね……ここからだと教会が近いわ。また誰か来ていないか見てみましょうか」
「そうですね」
「その後は畑の方へ行って……まあ、それくらいかしら」
「ですね。あまり時間もないですし」
私たちはまた歩き出した。
教会にいるメンツは、昨日とあまり変わらなかった。
ユリアとイェフ、ドミニク、それからティラとエラの親子。アントンはいないみたい。
「今日も情報収集ですか?」
サマンサが果実水を私たちに手渡しながら尋ねた。
「まあ、そんなところね」
「サマンサちゃんは、昨日誰が人狼に襲われたか知ってる?」
「いえ、私は何も聞いてないです」
「恐らくですが」
ユリアたちと話していたオスヴァルトが、こっちの方にやって来る。
「“勇者ゴットハルト”様の代理人の方が守ったのだと思いますよ」
「牧師様……」
「人狼が自ら襲撃をしないということは、その生態上あり得ません。犠牲者が出ないということは、まず間違いなく守護されたということでしょう。私はまだ《聖なる護り》の力を使っていませんしね」
「やっぱりそうでしょうね……でも、それだと違和感があるのよ」
「なぜですか?」
オスヴァルトが尋ねる。……けれど、彼がわかっていないとは思えない。実際、その目は探るようにこちらを見ている。
「あなたならわかるでしょう? 守護者が守るべき人物は、今のところこの私だけ。それなのに人狼の襲撃が成功しなかったということは、考えられることは2つ。1つ目は、守護されていることがわかっていながら、人狼が私を襲撃するというミスを犯したということ。そして、もう1つが……守護者が、私を守っていないということ」
「でもお師匠、1つ目ってことはあり得るんですか? だって、今まで人狼は、一番脅威であるお師匠を避けて襲撃する人を選んでいたのに」
「私がベンヤミンみたいに潔白を証明させるための占いではなく、確実に人狼を見つけるための占いをすると宣言したから、守護されることを承知で、万が一の可能性に賭けたということも……まあ、考えられなくはないけど」
「マリアナさんが言いたいのは、つまり、守護者が必ずしも我々の味方をしているとは限らないのではないか……ということでは?」
黙って聞いていたオスヴァルトが口を挟む。私はそんな彼にうなずいた。
「ええ。考えすぎだったら良いんだけど」
「そうですね。まあ、人狼が、マリアナさんは守護されている、つまり他の村人たちは守護されていないと考えているということの裏をかいて、敢えて他の人を守った可能性もあります」
「そうね、そう考えていたのならいいけど」
私とオスヴァルトが話している間に、パミーナが参拝者の方に話しかけに行く。
「皆さんも、昨夜誰が襲撃されたかは知らないってことですよね?」
「は、はい……」
「ティラさん、アントンさんは?」
「農夫だもの。畑で仕事してるわ。ハリー君やノーマン君も、今日はちゃんと手伝ってるみたい。ヒューベルトに連れられて行ったわ」
ティラは昨日よりは落ち着いているみたい。エラも寄り添ってるし、まあ今日の会議では復活してることを願うわ。
「ユリア」
私はユリアの方に歩み寄る。
「はい、何でしょう? マリアナさん」
ユリアは落ち着いた様子で私の方へ振り向いた。……いつもと変わらない様子だ。
私が黙ったままでいた時間が長かったらしい、ユリアは首を傾げた。
「……あの……?」
「ああ、ごめんなさいね。ちょっと聞きたいことがあるの」
「はい、何ですか?」
「あなたは会議でも、ずいぶんとギーマ教に入れ込んでいる発言が多いわね」
「そ、そうでしょうか……? 私は思ったことを話しているだけですけど……それに、信教は自由ですよね?」
「ええ、そうね。ねえ、ユリア。貴女は自分が神の楽園へ行けると思う?」
「…………」
私の質問に、ユリアは口を閉じた。
「マリアナさん、その質問はどういう意味ですか?」
オスヴァルトが後ろから声をかけてきた。声色だけで、気に食わないらしいことがわかる。
「別に、他意はないわ」
「……わかりません。神様の考えることは、私には。ですが、私はそう信じています。この《試練》を乗り越えれば、神様は決して私を、私たちを、見捨てはしないでしょう」
「……そう。楽園へ行けるといいわね」
「ありがとうございます。マリアナさん、貴女も」
「私は死んだら楽園へ行くんじゃなくて自然に還りたいわ」
「……そうですか。それもまた、自由ですね」
静かに答えるユリア。……正直、何を考えているかはよくわからない。
すると、隣で大人しく座っていたイェフが、椅子から下りて私とユリアの間に立った。
「……母さんに何か酷いことを言うの?」
じっと、私を睨むように見上げる。
「……さあ、ね。私が言うことがユリアにとって『酷いこと』かどうかはわからないわ」
「母さんを悲しませたら許さないから」
「そう。覚えておくわ」
「お師匠~何でそうすぐ雰囲気を殺伐とさせること言うんですかもう」
「ぐえ」
パミーナが私の服を引っ張った。
「何すんのよ」
「もう行きますよー畑の方にも行くんですよね?」
「わかった、わかったから放しなさいパミーナ」
「それじゃ、お邪魔しましたー」
全然人の言うことを聞かないパミーナ。そのまま生暖かい目線に見送られて教会を後にした。
「ああ、リサならさっき来たよ。僕らは誰も怪我なんかしてないって言ったら、酒屋に帰っていったみたいだけど……」
「入れ違いだったんでしょうか……」
作業の手を休めて、エマヌエルが私たちの話の相手をすることにしたらしい。リサのことを聞いたパミーナが微妙な目線をこちらに向ける。
「何か言いたいことでもあるのかしら?」
「何でもないですよー。まあ、会議のときに聞けばいいだけですね」
「それもそうだけど、やっぱりマリアナさんたちも誰が襲撃されたかわからないんだね。本当に、皆無事だったんだ。それなら何よりだよ」
エマヌエルがにっこりと微笑む。本当に嬉しそうだ。
「とはいえ、人狼が既に撲滅されているとは考えにくいだろう」
「というか、エマヌエル。これ以上サボり魔はいらないのだが」
たまたま近くを通りがかったアントンとヒューベルトが、通り過ぎ際にエマヌエルに厳しい声をかける。エマヌエルはそれを受けて苦笑する。
「ちょっと、そんなつもりじゃないですってー」
「大体もうそろそろ会議始まるんだし、片付けだけだからいいじゃんかよー」
「ノーマン……お願いだから火に油を注がないで……あ、エマヌエルさんそれ預かります」
「あ、ありがとうごめんねー」
ノーマンをたしなめたハリーが、エマヌエルの軍手を受け取っていく。
「サボり魔筆頭が言うな」
「ほらー」
「そんなこと言ったらヴィンフリートは今日もいねえけど?」
「あいつはもう諦めた」
「えー」
ヒューベルトたちを追いかける若者2人。
「なんか……やたら平和的な光景ですね?」
「うーん。今日はちょっと皆気を抜いてるのかも。誰も悲しんでないから。それじゃ、僕も片付けを手伝ってくるので。また後で」
「ええ、また」
結局エマヌエルも去って行ってしまって、私たちは取り残された。
「なんか、何の収穫も得られませんでしたねーお師匠。皆元気ってことくらいしか」
「まあそんなこともあるわよ。それにしても、こんな状況でも簡単に平和ボケできるのね」
「もーお師匠ってばすぐそんな言い方する。大体農夫の皆さんは、会議のせいで普段より仕事を詰め込まないといけないんですから、私たちみたいな人は普通に邪魔じゃないですか」
「邪魔? 今最優先は人狼会議なんだから、会議の救世主たる私を邪魔者扱いしていいと思ってるわけ?」
「……それさすがに冗談ですよね?」
「ま、救世主は言い過ぎかもね」
パミーナはすぐ文句ばかり言う。私にツッコミを入れることで優位に立とうなんて思ってないでしょうね。まあ、いいけど。
「そんなことより、ほら、もうここに用はないんだから、さっさと行きましょう」
「はいはーい。あ、お師匠、会議に行く前に一回帰りましょうよ。私お腹すきました」
お腹を押さえてふにゃあと姿勢と表情を崩すパミーナ。……あなたも十分平和ボケしてるじゃないの。
とは思ったけど、別に言わなくてもいいか。
「そうね、思ったより時間もとられなかったし、腹ごしらえしてから行きましょうか」
「わーい」
パミーナが家に向かって駆けだす。
……さて。気を引き締めていかないとね。今回の会議はきっと荒れるわ。




