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人狼会議列伝  作者: 志月ゆかり
第1章 マリアナの場合:Side占い師
12/18

【会議2日目、昼過ぎ――人間の罪と狂女の慟哭】

「――ではこれより、第2回人狼会議を開始いたします。まず、これまでの状況を整理しましょう」


 会議は、少し疲れた顔をしたベンヤミンの一言から始まった。目の下の隈が濃くなっている。一体昨夜何をしていたのかしらね。


「皆さんご存じのように、この“人狼会議”は昨日の朝、クララさんが人狼の襲撃を受けたことが発見されたことをきっかけに開始しました。昨日第1回の会議では多数決によりエドヴィン様が処刑され、そして今朝、ベラさんが人狼の襲撃を受けました。人狼に襲撃されたので、ベラさんは人狼ではなかったということになります。また、“勇者ゴットハルト”様の代理人――守護者は護衛を成功させていないようですので、まだ存在しているかは確定していません。“聖女ゲルダ”様の代理人――霊媒師も名乗り出ていません。“聖導師マリウス”様の代理人、もとい占い師を名乗ったマリアナさんは、その言葉が正しければ今日、1人を占ってその正体を把握している。そうですね?」

「ええ」


 話を振られてうなずくと、ベンヤミンはうなずき返して話を続ける。


「それでは、本日はマリアナさんの発言を聞いた後、もし“五英傑”の代理人を名乗る方が他に表れればその方の話を聞き、それ以後は昨日のように挙手制で意見を言ってください。黙ったままにならないよう、少なくとも1人1度は必ず発言をするよう心掛けてください。では、マリアナさん、発言をお願いします」


 促されて立ち上がると、皆の視線が私に集中した。私は咳払いをしてから口を開く。


「――昨日宣言した通り、昨夜私はベンヤミンを占ったわ。皆警戒していたし、人間なら安心して会議の進行を任せられるからね。その結果、ベンヤミンは人狼ではない、普通の人間だということがわかったわ。今日以降ベンヤミンを処刑することはしない方がいいでしょう。他の怪しい人を処刑するべきよ。それから、私は今後、誰を占うか事前に宣言することはしない。人間だという確認作業的な占いも今日で最後。確実に人狼を狙って占うから、そのつもりで」


 そう言いきって座る。さわさわ、と風のように村人たちの囁き声がざわめいた。それが落ち着くのを待って、ベンヤミンがまた発言を始める。


「マリアナさん、把握しました。私の正体を証明してくださりありがとうございます。それでは、次に、“五英傑”の代理人が他にいらっしゃるか、確認させていただきます。名乗り出るなら、今か、処刑候補となりそうなときにしてください。いらっしゃいますか? ……そうですか。ここでは名乗り出ないということですね。それでは、次に参りましょう。本日の処刑を誰にするか、あるいはこれまでのことへの質疑や意見、今後のことに関して意見がおありの方は挙手をお願いします」


 少し、村人たちがざわめくだけで、誰も手を挙げない時間ができる。パミーナを挟んだ横に座っていたルイスが大げさなため息と共に手を挙げた。


「どうぞ」

「どうも。あのさ、あんたら会議する気あんの? まあいいや。これで僕をいっぱい喋るからとか言って理不尽に怪しむのやめろよ。……マリアナ、まあベンヤミンを占ったのが正しかったかどうかの議論はもう無駄だから置いとく。ベンヤミン潔白な。とりあえずは信じとく。霊媒師はまだ出ないってことは、まあエドヴィン様は人狼じゃなかったってことか。それかエドヴィン様、ベラのどっちかが霊媒師だった線だけど、まあそれはほぼないわな。この先も死にそうなときか人狼が処刑されたとき以外は潜伏しとく方向で。――で、今後のことだけど」


 一気に喋っていたルイスが、じろりと村人たちを睨むように見る。


「あのさ、昨日の会議でも、喋ってる人が怪しい怪しいって言ってたけど、喋ってる奴は、嘘吐いたときわかりやすいから後々処刑できるし、序盤は放っておいていいんだよ。問題は喋ってない奴。吐いてない嘘は見抜けないだろ。……あんたらのこと。リサ、ロナルド、ギルベルト、レオン。あとエマヌエルとかマイケとか。まだいるだろ。喋らない奴多すぎ。あんたら喋れ。何でもいいから」


 言うだけ言って、ルイスはドサッと椅子に腰を下ろした。

 ……会議で1、2を争うくらい何も喋っていなかった人が言うことではないわね。まあ、言っていることは間違ってない。喋ってもらわないと意見を精査できなくて、占うべきか否かわからないし、私としても喋ってもらった方がありがたい。

 ルイスに指名された人たちは、顔を見合わせて黙っていたが、やがてリサがスッと手を挙げた。


「どうぞ、リサさん」

「喋れって言われてもねえ……まだそう情報もないし、何を考察したものやらわからないよ。確認事項は大体ルイスが言ってくれたし。――ただ、まああえて何か意見を絞り出すとしたら、昨日処刑されたエドヴィン様が人間だったという仮説を信じるなら、エドヴィン様を怪しんでいた人はちょっと怪しいんじゃないかい? もっと言えば、エドヴィン様が怪しいって言い出した人に乗っかる形で疑い出した人はさ。投票先とか、見られたらもっと楽なんだけど」

「俺はあれだ――あっ、すいやせん。手挙げるんでしたね。――どうも。ごほん。俺は今日ずっと盾を作るために鉄を打ってて、もう一個できたけどさ。打ちながらちょっと思ったのは、なんでベラが襲撃されたことに同じ家にいた他の奴らは気づかなかったんだ? ……ああ違う、アントンたちを責めてるわけじゃなくてさ。何か面妖な力でも使えるのかなあと思ったんだよ、人狼がさ」


 ベンヤミンにへこへこしたり、顔色をさっと変えたティラに慌てたりしながら、ロナルドが続いて発言した。それを聞いたオスヴァルトが手を挙げる。


「よく喋る人からの発言ですみませんが。……人狼にも色々な能力がある者はいます。我々人間の中に、“五英傑”の力を引き継ぐ者がいるように。人間に対抗して人狼の力も日々進化しているので、細かくはわかりませんが、誰にも気づかれないように襲撃を完遂することは、ある意味必須の、基本的な能力かもしれませんね。夜の間に正体がバレてしまっては、人狼からすれば隠れる意味がありませんから」

「ふーん。そうなのかい。じゃあ夜の間に正体暴くってのは無理そうだな」


 腕を組むロナルド。


「あの……いいですか?」


 話が一区切りしたと判断したのか、サマンサが昨日と同じように遠慮がちな主張をした。


「もちろん。どうぞ」

「ありがとうございます。話を戻しますが、リサさんの発言に関連して少し……。やっぱり、誰が誰に投票したのか、公表するのも1つの情報になるのではないですか? せめて誰に何票入ったのか、もしかしたら何か見えてくるかもしれないって思うんですけど……どうでしょうか」

「はぁい。私は投票先を公表するのは反対。だって、今生きてる人に入れた人がいたとして、それがバレたら、たとえ1人とも人間だったとしたってお互い疑い合っていい議論できないと思うんだよねぇ。までも、人数くらいならいいと思うよぉ。誰が入れたかわかんないし。まあ、入れられたってわかった人の気分はよくないと思うけどぉ」

「はい。……人数だけ公表することに意味はあるのでしょうか。例えば、誰が誰に入れたか公表した上で、なぜその人に投票したのか説明してもらう、という風なら関係性もわかり、情報も増えますが、人数だけ把握したところで何になるのですか? 昨日のように大した情報もない中一番多い票を得た人は、人狼からも人間からも投票されているでしょうし」

「はぁい。何もないよりましじゃなぁい? 公表されたくないって人もいるのに問答無用で出しちゃうのぉ?」

「公表されたくないと思うのが既に怪しくありませんか? 自分の意思で決めたことなら堂々としているべきです。誰が人狼かわからない中投票している。間違えることもあることは全員理解していますし」


 マイケとレオンがサマンサの意見に反応する。ベンヤミンやルイスに言われたことを意識しているらしく、積極的に発言をしている。とはいえマイケとレオンは意見がかみ合わない。どちらの言い分もわからないではないけど、この構図は一応覚えておいた方がいいわね。

 ベンヤミンが、そっと手を挙げて全員の視線を自分に向かせた。


「昨日の投票は無記名で行ったので、誰が誰に投票したのか公表することは不可能です。しかし、票数の内訳は把握していますし、この先記名制に変えることも可能です。そこで、このことについても多数決で決めようと思いますがよろしいですか? とりあえず、現時点では『投票は無記名』ということになっているので、全員目を閉じてください。その状態で、投票の在り方について多数決を採ります。私だけは見えてしまいますが、絶対にここで得た情報を公開することはありませんので、安心して自分の思うところで挙手をお願いします。投票を記名制にするか、票数の内訳のみ発表するか、現在のまま公表せず進めるか。お決めになった方から目を閉じてください」


 ベンヤミンの指示を受けて、私はすぐ目を閉じた。

 入れるところは決まっている。『投票記名制』だ。だって、占い師である私としては、情報は多ければ多いほど良い。

 しばらく待つと、ベンヤミンの声だけが聞こえてくる。


「それでは採決します。投票を記名制にすることに賛成の方は挙手を。……手を下ろしてください。次に、票数の内訳のみ公表することに賛成の方。……下ろしてください。それでは最後に、投票先を公表せず進めるのに賛成の方。……はい、下ろしてください。全員目を開けてください」


 指示に従い、最初に手を挙げ、全て終わってから目を開ける。


「多数決の結果、票数の内訳の公表を行います。投票する際はこれまで通り無記名で結構です」


 ……あら、そう。ふーん。

 ベンヤミンがずっと記入を続けていた手帳を開く。


「まず、エドヴィン様に投票した方が22人。私ベンヤミンに投票した方が1人。マリアナさんに投票した方が1人。白紙で投票した方が5人。以上です」

「そりゃまたずいぶん固まったね。そりゃそうか。ベンヤミンさんに投票したのはエドヴィン様かな」


 場違いな口笛と共にヴィンフリートが言った。


「だろうな。マリアナに投票したバカは何なんだ。するとしても絶対に今じゃねえだろ。あと白紙も。誰かに入れろよ意気地なし」

「発言は挙手の後で」


 ルイスが無遠慮に続く。ベンヤミンの固い制止の声に2人とも黙った。

 この2人、なんとなく似てるかもしれないわね。他の人にどう思われるか全く考えず、自分の思うように発言している辺りが。ある種要注意人物かも。その内占った方がいいわね。

 ……それはおいておいて。この結果については、私もちょっと発言したいかも。

 私が手を挙げると、ベンヤミンがすぐ「どうぞ」と促してくれた。立ち上がって口を開く。


「ルイスの言うこともあながち間違っていないわ。2点言わせて頂戴。まず1つ。皆、投票することに勇気を持ってほしい。確かに、自分の1票によって誰かの命を奪ってしまうことは恐ろしい。それでも、人狼撲滅のために必要なこと。そしてそのためには、場の空気に流されることなく、皆が皆、しっかりと考えて、人狼だと思う人を指名しないといけない。そうしたときはじめて、あなたの行動は責められるべきことではない、勇気ある行動となるの。だからどうか恐れないで。……そして、2点目。私に投票した人は、もし生きていれば名乗り出てほしい。この段階で私に投票したことの理由を教えてほしいの。必ずしも責めるためではない。その理由に正当性があるのなら、考え方の違いゆえに徒に疑いすぎることがあってはならないと思うから。あなたの考えを聞かせてほしい。だから、どうかあなたが人狼の仲間でないのなら、勇気をもって名乗り出て」

「お師匠……」


 パミーナが呟く。どういう意味が込められているかは正確にはわからない。


「――だ、そうですが。それを受けて名乗り出る方は?」


 ベンヤミンが村人たちを見渡すけれど、応える人は……いなさそうね。


「……まあ、そうでしょうね……」


 目を逸らす人。辺りを見回す人。俯いたままの人。いずれにせよ、こんな露骨にヘイトを買いそうなこと言われて、名乗り出る方がおかしいか。もう少し言い方を考えた方が良かったかもしれない、と思いつつ、これ以上オブラートに包んだら、誤解を招くかもしれない。仕方のないことね。


「――では、次の議題へ、」


 とベンヤミンが話を変えようとした、その刹那。

 勢いよく手を挙げた人物がいた。

 ベンヤミンが、静かにその名を呼ぶ。


「……カレンさん。どうぞ」

「…………私」

「カレンさん?」

「カレン……?」


 聞き取れなくてもおかしくない小さな声で、カレンが呟いた。ベンヤミンだけではなく、カレンの隣に座っていたターニャが訝しげにターニャに声をかける。

 次のカレンの発言は、もう少しだけ、明瞭に聞こえた。


「だから、私。私があなたに投票した」

「あ、ああ。そうだったの。それはどうして?」

「あなたが死ぬべきだと思ったから」


 ……は?

 信じられない。聞き間違いだろうか? いや、そんなわけない。


「だから、それはどうして?」


 気を取り直してそう聞き直すと、カレンはものすごい勢いで立ち上がり、私の方に突進してきた。


「カレン!」

「お師匠!」


 ターニャとパミーナの叫び声を無視して、カレンは私の胸倉を掴んだ。


「あなたが! 人狼を殺そうとするから!! このヒトゴロシ!!!!」

「カレンさん。暴力はお控えください」

「黙れ! ヒトゴロシ筆頭!!」

「お師匠から離れて!」


 ベンヤミンの制止にも止まらないカレンを、パミーナが立ち上がって止めようとしたけど、私はそれを手で制した。


「……どういうこと?」


 私が取り乱しても仕方ない。そう尋ねると、カレンは大音声でまくしたてた。


「どういうことですって!? なんでわからないの! 自然の摂理を説くあなたが! 人狼だって生き物なの! 生きるために必死なだけなの! 人間だって生きるために動物を殺すじゃない! 生きるためどころじゃない、ただ娯楽のため、もっと身勝手な理由で動物を殺すじゃない! どうして人間が許されるの! どうして人間が許されて、人狼が許されないの! 人狼が悪魔!? 信じられない! 人狼よりよっぽど、人間の方が悪魔だわ! こんな会議で、投票で、気軽に人を殺して、人狼を探して、吊し上げて、正気の沙汰じゃない!!」

「カレン!!」


 ターニャまでも立ち上がり、こちらに向かってくる。


「もう、やめるんだ」

「やめない。こんな会議間違ってる。人狼を殺すのも間違ってる。あなたたちなんか、皆人狼に喰われて死ねばいい」

「カレン!!!!」


 近くまでやってきたターニャが、カレンの両肩を強引に掴んだ。それを見たパミーナの加勢もあり、カレンは私から引きはがされた。……ローブの襟が少しばかり伸びちゃったかも。ターニャは抵抗するカレンをそのまま引きずって席に戻った。


「…………」


 憮然と、なのか、カレンは黙って大人しく座り、うつむいた。よく見ると、ぎゅっと握りしめられた拳が震えている。

 唖然とした様子の村人たちの中で、オスヴァルトが耐え切れないという様子で手を挙げた。


「……それは、聞き捨てなりませんね。カレンさん。ギーマ教も《人狼会議》も、全て真っ向から否定するその発言。人狼の味方をしていると理解してよろしいですか?」


 そんなことを言うオスヴァルトを、顔を上げたカレンは憎しみの光を瞳に湛え、睨みつけた。


「……あなたがいなければ、こんなことにならなかったのに。あなたが、人狼を悪く言うから。あなたたちがこんなひどいことを人狼に言うから」

「カレン。カレン、お願いだからもうやめてくれ。このままではカレンが……殺されてしまう」


 絞り出すような悲痛な声と共に、ターニャがカレンの腕をつかむ。


「ターニャさん」


 場の雰囲気に合わず、ベンヤミンの静かな静止の声に、ターニャは「……すみません」と謝りつつ、手を挙げた。促されてもう一度話し始める。


「お願いです、どうかカレンを許してやってください。この子はちょっと特殊な事情を抱えているんです。人狼と長く付き合って、自分の目の前で罠師に『友人』を殺された経験があるんです」

「余計なこと言わないで!」

「余計なもんか、あんたのためだよ! この子は何も悪くない。この子自身は人狼じゃないはずなんです。だからどうか……この子を許してやって」


 村人たちはターニャの発言に、近くの人と口々に話し始めた。全員の声は聞き取れない。


「お師匠……この場合って、カレンちゃんは人狼ってことになるんでしょうか……」

「さあ、どうかしらね。少なくとも私たちの味方ではないでしょう」


 人狼、という感じはしない。人狼ならば、こんなにはっきりと人間への敵対心を露にするような自殺行為は行わないと思うけれど……どうなのかしら。

 そんな中、ユリアがスッと挙手をした。


「静粛に。……ユリアさん、どうぞ」


 ベンヤミンの声で、村人たちは改めてユリアに注目した。


「……カレンさん。私たちは、あなたの発言を看過することはできません」

「ユリア……」


 またも声を上げるターニャ。ユリアは無視して続ける。底冷えする光を、瞳に宿していた。


「そのような罰当たりな発言、ギーマ神の御前で決して許されることではありません。人狼は、神に逆らい、『邪悪・虚偽・疑心』の三大不徳を犯す、生まれながらの大罪人です。赦されるはずがないのです。その人狼を見つけ出し、排除し、彼らの悪意に打ち勝つことが、人間に与えられた試練なのです。人狼は排除されなければならない。人狼は殺さなければならない。人狼は、決して赦されることはない。……その人狼を擁護し、人間に仇為す者ならば、それが人間であろうと人狼であろうと、私たちは、絶対に許しません。――そうでしょう、牧師様」

「え、ええ……」


 話を振られたオスヴァルトが、改めてカレンに向き直る。少し、ユリアの勢いに圧されてるみたい。


「カレンさん、あなたが先ほどの発言を撤回なさらないのならば、我々はあなたに投票する他なくなってしまいます。ユリアさんの言う通り、人狼の味方を明確にしている人を見過ごすわけにはいきませんから」

「撤回しない。殺すなら殺せばいい。私は絶対に私の考えを曲げない。あなたたちこそ本物の悪魔。悪魔の仲間入りをするくらいなら、私は人狼が殺されることを1日分だけでも避けるため、私の矜持を守って死ぬだけ。投票するならすればいい」

「カレン……ああ……!」


 カレンの言葉に、泣きそうな顔をするターニャ。本人の代わりにしてあげていた必死の命乞い空しく、ね。


「……これは、もう決まりかねえ」

「うひゃあ、おっかねえ嬢ちゃんだ」

「そんなことを考えていたとはなあ。いやあ恐ろしい」

「あり得ないなぁ……人狼の恐ろしさを知らないからあんなこと言えるんだよ」

「私語は慎んでください」


 ベンヤミンの言葉で、口々に感想を言っていたリサ、ロナルド、ギルベルト、マイケが黙る。


「……他の意見がある方は、今の内に挙手を」


 と、ベンヤミンがきちんとした発言を促すと、次に手を挙げたのはヴィンフリートだった。


「ちなみにさあ、今のうちに聞いておきたいんだけど。他にカレンの意見に賛同する人は、まさかいないよねえ? ……ま、名乗り出たらカレンと同じようにぶっ殺されるだけだと思うけど。出る訳ない、か」

「人狼会議の是非については思うところがないではないけど、さすがにあんなぶっ飛んだ考えを持ってる奴は相当稀なんじゃねえかな」


 ノーマンがそうつぶやくと、次いでエマヌエルが手を挙げる。……彼が発言をするのは久しぶりかもしれない。


「はい。……あの、もう遅いかもしれないけど、僕はカレンをこのまま殺してしまうことに手放しで賛成はできないな。だって、こんなにわかりやすく人間への敵意と人狼への賛美を行うなんて、本当に人狼ならしないと思うんだ。それに、確かに極端ではあるけど、考え方の違いだけで人を排除するのは……ちょっと、どうかなって」


 ……うん。それはそうなのよね。言いたいことはわかる、けれど。


「だったらあんたは投票しなきゃいいんじゃないの? 他に人狼の味方って確信できる奴がいるなら、な」


 ルイスがぴしゃりと言い放つ。……そう、結局そうなるのだ。皆それがわかっていたのか、それともルイスの勢いに唖然としたのか、黙り込んでしまった。

 その沈黙を破ったのは、アントンの挙手。


「アントンさん、どうぞ」

「ああ。エマヌエルの意見もわからんではない。しかし、この場合は極端が過ぎる。例えカレンが人狼じゃなかったとして、これ以降の会議をこのように引っ掻き回されては、たまったものではないだろう。カレンは明確に我々人間への敵意を表している。今後はもっと酷い邪魔をするかもしれない。そんな懸念を残してはおけないだろう」

「はい。……私は、ここでそんなことを言うエマヌエルもちょっと違和感を覚えるわ。だって、あんなことを言ったカレンをかばう理由がないもの。どう考えても人間の敵、処刑一択。敢えて反論するほど重要な意見でもなかった。気になるわ。それより、もう今日処刑する人はカレンって決めてしまって、今後の方針を固めるのに残りの会議の時間を使った方が良いんじゃないかしら」


 アントンに次いでエマヌエルを口撃したイレーネ。エマヌエルはちょっと焦ったように言葉を返す。


「ご、ごめん。変なことを言っちゃったかな。でも、僕の個人的な考え方として、ちょっと嫌だなって思っただけなんだ、本当に」

「ぼ、僕はエマヌエルの言っていること、ちょっとわかるかなあ、なんて……。マリアナは『勇気をもって』って簡単に言うけど、やっぱり恐ろしいもの。だって、結局人を殺してるって点は、人狼と何ら変わらないわけだしね……」

「やめて。全然違う。あんな化け物たちと、……クララをあんな風に殺した化け物たちと、私たちを一緒にしないで。罪人は裁かれるもの。絶対に許されない。絶対に許さない。私は絶対人狼を見つける。人狼を見つけて、クララの仇を取って見せる」


 フレデリックの言葉に、エルザが不快そうにカレンを睨んだ。睨み返すカレン。


「は? ありえない。人間だって人間を殺すじゃない」

「人間を殺す人間はそのように裁かれる。人狼だって同じ。人間を殺すから裁かれるだけ。何もおかしいことはない。カレン、あなただって理不尽。必死に生きてる? 生きるために人間を殺す? だから何? 人狼は人間に化けて、人間を騙して、人間を惨殺して、人間を食べる。これが罪でなくて何? どうしてクララを殺した化け物を、優しい心で許してあげないといけないの?」

「人間にとっての家畜が、人狼にとっての人間ってだけじゃない。生きるために、食べるために殺す。どうしてそれが罪になるの」

「だったらあんたが人狼に喰われればいい。そういう人狼に味方をする酔狂なバカ者たちだけ、人狼の家畜になればいい。勝手にやって、私たち普通の人間を巻き込まないで」

「そんなことしてたら食べ物が足りなくなるに決まってるでしょ。バカなの?」

「馬鹿はあなた」


 娘たちの言い争いが続く。

 エルザも、久しぶりの発言ね。彼女は本当に、人狼への憎しみの言葉しか言わないわね。カレンとは逆のベクトルに振り切っている子だわ。正直、人狼ではないと思うけど、あんまり会議に有用な人とは言えないわね……。


「議論が大筋から離れています。この話は中断しましょう。他に意見のある方は?」


 ベンヤミンが議長らしく、収拾がつかなくなってきていた話を切り上げ、2人を黙らせた。次の発言者は、ギルベルト。


「はい。それで言えば、ターニャもおかしいと思うぜ。カレンをあそこまで必死でかばうのは、まあ養母としてわからんでもないが、もっと他の理由があったりしてな?」


 視線を向けられたターニャは、ベンヤミンに手で促され、気まずそうに口を開いた。


「……疑われても仕方がない。取り乱してしまった。けれども、私を疑うなら私に投票しても構わない。それでカレンが守れるなら……本望さ」

「余計なこと言わないでってば」

「それはこっちの台詞。皆があんたにそう思ってるよ」

「……だって、私は人間が大嫌いだもの」


 重苦しい沈黙が会議場を包み込んだ。


「……他に意見はありますか?」


 しばらくして会議を再開したベンヤミン。手を挙げたのはヒューベルトだった。


「はい。……どうも。ところでなんだが、俺はノーマンの発言が気になる。『人狼会議の是非について思うところがないわけではない』……今になってこの発言は適切とは言えないが、どういう意図があってのものだ」

「ノーマンさん、どうですか?」

「どうって……昨日も言った通りだよ。この中に人狼が潜んでます、さあ探せ、探して殺せって。当たり前のように皆順応してるのも不気味だしよ。子どもだっているんだぜ。普通皆委縮して一言も話さない。それに、どうしたって人望ない奴とか不気味な奴、悪目立ちする奴にヘイトが集まるだろ。もしイェフとかドミニクみたいな子供や、アントンさんやヒューベルトさんみたいな人望ある奴が人狼だったら? 絶対投票されなさそうじゃん。もっと確実に人狼だけ炙り出せる方法はなかったものかね?」


 ここで、オスヴァルトが再度参戦する。


「はい。……ありがとうございます。ノーマンさん。これは試練です。ギーマ神の定めた《永約聖書》に則り、人狼に打ち勝つための我々が持つ手段です。人狼は頭が良く、狡猾で、そう簡単に正体を現しません。だからこそ、このような方法でないと人狼を撲滅することができないのです」

「本当にそうかね?」

「それに……現実的な話をしてしまえば、これ以外の方法について、より確実性を求めて新しく考えるとなると時間がかかります。そんなことをしている間、人狼は待ってはくれません。無為に犠牲者を増やしてしまわないためにも、こうするしかないのです。……そうでしょう? あなたにとって妙案があったとしても、それを全員が確実性を納得できるとは限らない、そしてそれを提案するのが人狼で、その口が上手かった場合、防ぎようがないのですから」

「うーん……」


 腕を組んで唸るノーマン。さらに、ロナルドとリサが手を挙げた。


「ほい。確かになあ、牧師様の言うことは尤もだ。だけどよ。もどかしいもんだな。身を守れもしねえ、友人や仲間が実は自分を騙してるかもしれねえ、こんな状況の恐ろしさったらないぜ。俺の武器や防具も諸刃の剣となって何の役にも立ちはしねえ。やな世の中だぜ」

「我々がもつ唯一の防衛手段が、守護者による守護だけだなんて、心もとないにも程があるよねえ。大体、その守護者だって、今の状況じゃあ、まずマリアナを守るのが妥当だろうし。我々一般の村人は、ずっと殺される恐怖に怯えて眠らないといけない」

「……もう、これ以上を子供を失いたくありません。本当は守護者様がエラを守ってくれたら。守護者様が誰かわかっていれば、どんな手段を使ってでも頼み込むのに……」


 ティラは、仕方ないことだけど、ずっと子供を失ったことを嘆いている。しばらくは議論の参加者として使い物にならないかもしれない。人狼である可能性は今のところ低いと思うけど、後々人狼に悪いように利用されないか心配だわ。


「お母さん。私は大丈夫。聖なる子供として名乗り出たときから、私たちは覚悟してた」

「エラ……」

「ティラ。やめろ」

「あんたまで……」

「言っても仕方のないことだ」

「でも……」

「すみません、私語は……」

「……ごめんなさい」


 ティラ達家族の会話に、ベンヤミンが少しばかり申し訳なさそうに割り込んだ。


「守護者様、気にしないで。マリアナ様を守って。マリアナ様、どうか人狼を早く見つけ出して。それが、皆を守ることにもつながる」

「……ええ、任せて」


 エラの言葉にうなずく。彼女はあまり発言はしないけれど、どうも年齢に合わず達観しているわね。今は人数が多いからあまり必要性を感じていないだけで、もし万が一今後人数が減って、強い発言をする人がいなくなったら、意外と雄弁に語り出すかもしれない。


「他に、意見のある方は? ……いませんね。それでは、時間も来ました。投票を始めましょう」


 ベンヤミンがそう言って、会議を切った。昨日と同じように、紙とペンを村人たちに配った。

 妙な感じで会議が終わったわね……。これは、明確に票合わせの作業が行われたわけではないけれど、昨日と同じように、皆大体同じ人に入れることになるんじゃないかしら……。

 投票を終えて、開票作業を行ったベンヤミンが、結果を発表する。


「それでは、結果を発表します。マリアナさんに1票。ルイスさんに1票。そして……カレンさんに24票。結果、カレンさんを処刑することに決定しました。何か言い残したことがあれば、どうぞ」


 あら。また私に入れたのはカレンだとして、ルイスに入れたのは誰かしら。カレンに投票することを躊躇ったエマヌエル? それとも最後の悪あがきをターニャがしたのかしら。

 ともあれ、話を振られたカレンは、静かに応える。


「ふん。私はただの人間。そうやってあんたたちは人間を殺す。人狼よりたちが悪く、人狼より理不尽にね。私はあなたたちを憎むわ。永遠に」

「……それでは、解散しましょう。皆さん、お疲れ様でした。また明日、同じ時刻に」


 カレンの呪いのような言葉には特に反応せず、ベンヤミンが会議を締めくくった。

 私はパミーナを連れ、昨日と同じように、処刑を見届けに行くことにした。




 処刑の段取りは初日と同じ。安楽死の薬を入れた杯を、オスヴァルトがカレンに手渡す。


「……貴方が人間ならば、貴方の魂に安らぎがありますように。人狼ならば、神の赦しを得られますように」


 昨日に比べ、オスヴァルトの言葉には躊躇いのようなものが見られた。当然ね。だってこの祈りの言葉、もしかしたらカレンに対しては侮辱どころか冒涜に近いかもしれないもの。


「なに、それ?」


 案の定、カレンは不快そうにそう聞いた。


「……祈りの言葉です」

「ふーん。人狼は神の赦しなんか求めてないとおもう。むしろあなたたちが人狼に許しを請うべき」

「それは、ありません。断じて」


 オスヴァルトは、流石に看過できなかったのだろう、少し強く言葉を返した。それすら嫌そうに、カレンが顔をゆがめた。


「……大っ嫌い。人狼に喰われてしまえ」


 そう言って、カレンは一気に毒を呷り、音もなく地に伏した。

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